闘技者と演技者

崎田毅駿

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5.プロレス内決着

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「宇城の野郎、合図の取り決めを破って、脳しんとうが起こるように俺の顎に張り手を食らわせてきた」
「悔しいのは分かるが、野郎はやめとけ」
「しかし」
「あの程度の張り手、プロレスの試合でも食らったことはあるだろ。ほんとに頭にくらくら来ちまって、しばらくはうまく動けなくなる」
「そりゃあそうですけど」
「つまりあれもプロレスの範疇だ。おまえは普段通りの音だけが派手な張り手が来るつもりで、顎を差し出した。だがプロレスにはちょっと手元がずれることくらいいくらでもある」
「そんな。宇城、宇城さんは何て言ってるんですかっ?」
 無意識の内に身を乗り出そうとする小石川を、福田が両腕を出して止めた。
「興奮するな。血の巡りがよすぎるのも、今の身体にはよくないそうだぞ。早く復帰したいんだろ」
 小石川は鼻息が収まるのを待ち、加えて深呼吸を三回続けてやった。
「……落ち着きました。宇城さんが言っていたコメントを聞かせてください」
「断るまでもなくマスコミ向けだが、『つい熱くなった。拓ちゃんの成長を感じたので僕も必死だった』だとさ」
「それじゃ意味がないですよ。本音を聞きたい」
「巡業を外れたこともあって、俺は聞いてないが、かなり冷静に対処してたな。何しろ、試合のフィニッシュはボストンクラブに持って行ったくらいだから」
「え、逆エビで負けたんですか、俺は」
 総合格闘技ではまずあり得ない決まり手だ。
「ああ。もちろんおまえは意識が飛んでたから、ギブアップじゃなくレフェリーストップだがな」
「宇城さん、あくまでもプロレスで終わらせたってことですか」
「そうなるな。少なくとも観客にはいつものプロレスとは違うが、互いにヒートアップしての喧嘩試合と映ったろう」
「……畜生。今度、宇城さんと当たったら、仕掛けてもいいっすか」
「やめとけ」
 即答されて驚いた。小石川は「何でですかっ」と食って掛かった。
「おまえは知らなくて当然だが、宇城の勝ちっぷりを社長がえらく気に入ってな。ガチンコトーナメントからは除けて、海外遠征に出してやると約束したんだよ。前から目を掛けていたし、これ以上ガチを続けて、故障されてはかなわんといったところだろう」
「じゃあ、トーナメントはどうなってるんです?」
「だから宇城を除いただけで、続いてる。ついでに俺がどうやって負けたかを話してやろう。思い出すだけでむかむかするから、手短に言うぞ、二度と言わないから聞き逃すな」
「はい」
「はっきり言えば油断してた。そこは認める。いつでもサブミッションで極められると考えていたからな。肘や手首、足首なんかの関節をきゅっと逆に極めては放すの繰り返しだった」
「それはガチンコ開始の合図のあともですか」
「ああ。俺と鶴口の試合では、その辺の取り決めは五分経過のアナウンスがあったと同時ってことになっていた。実際、場内アナウンスが聞こえたときも、あいつの肘を脇固めでがっちり極めていた。おいおい、五分間ずっと同じ展開を繰り返して、そのまま終わりか? つまらんだろ――と思って、あと五分くらいは付き合ってやると決めた。鶴口も少しは打撃やタックル、投げを出してくるだろうと思ったしな。そんで……何だったかな。それまでずっと避けたり切ったりしていたタックルを性懲りもなく出してきたから、今度は膝を額に当ててやろうと狙った」
「福田さん、打撃系はあんまり得意じゃないのに……」
「うるせえ。そうしたら鶴口の奴、それまでとは全然違う、スピードの乗ったタックルを出して来やがった。対応が間に合わず、マットに倒された。息が詰まったね。仰向けはまずいと思って起き上がろうとしたところを腰の辺りを抱えられ、サイドスープレックスで投げられた。これには受け身で対応が取れたんだが、タックルのダメージでまだ息が苦しい。亀の姿勢でわずかでも回復をと待っていたら、鶴口の奴、俺と背中合わせに乗って来やがった」
 福田は右手で自身を、左手で対戦相手を表現し、右手の甲に左手の甲を重ねる。
「え? 何ですかそれ」
 小石川は知らず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていた。福田の語った鶴口の動きは、プロレスにも総合格闘技にもないものだったから。
「俺も分からんかった。あとになってみりゃ立ち上がって反撃する好機だったんだが、あまりの意外さに反応が一瞬遅れちまった。やつは腕力に任せて俺の両脇に腕をねじ込むと、強引に持ち上げた。やばい、担がれて落とされると思ったが、違った。鶴口は俺を逆さ押さえ込みでフォールに持って行ったんだ」
「逆さ押さえ込み……って、ガチンコでそれはないですよ。フォールを取りに行く技じゃないですか」
「ルール上、スリーカウントを奪うのもれっきとした勝ちだ。ガチンコだろうとな」
「あっ。そ、そうでした。……けど、逆さ押さえ込みなら割と楽に逃げられるんじゃあ」
「ばっかやろ。おまえ、鶴口は腕を絡めただけじゃあないんだ。手で俺の肩をがっしり固めてきたんだぞ」
 福田の声には怒りと驚きが入り混じっているようだった。

 続く
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