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8.逃げるは恥じゃないし役に立つ
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「おうよ」
総合格闘技では最早必須の競技用具と化した感のあるオープンフィンガーグローブ(OFG)だが、そのルーツはプロレスのリング上で行われてきた異種格闘技戦にある。社長の道山も最盛期に何度かはめて、他の格闘技者と対峙したことがあり、当然、OFGは道場に置いてあった。
「森内寮長、何かわめき立てている……」
録音の方は機種がお粗末だったのか、ひどい音割れがしてしかとは聞き取れない。ただおおよその意味は掴めた。「前回引き分けた決着を付けよう。これをはめてな」と要求しているようだ。
「つまり、端っからガチンコでやる合意ができていた訳ですか」
「そうなるな。社長がよく許したもんだ。まあ、ノーテレビの地方大会だからいいのかね」
「当然、水橋は受けると」
OFGを装着するまで、少し時間を要した。
そのあと水橋がシャドーボクシングを軽く披露すると、その切れ味鋭い動きに観客が盛り上がる。森内の方も負けじと大振りのハンマーフックのポーズを決めた。
「二人ともプロレスラーだな。余計と分かっていても、パフォーマンスで魅せようとする」
福田が目を細めて評した。
ルールについての説明は当然なく、プロレスでございという顔をして、試合の火蓋は切って落とされた。
両者ともボクサーの動きで距離を詰めていき、ジャブを放つも届かない。この辺りは形だけのようだ。
森内がタックルに出るが、水橋は難なくかわす。二人とも立って、最初と同じお見合い状態になる。すると今度は水橋がローキックを相手の左膝裏に放った。一発食らってもびくともしない森内だが。
「カットがまるでできていない」
小石川と福田は期せずして声が揃った。
「寮長の方からOFGを持ち出すくらいだから、相当練習しているものと思ったのに、戦い方はプロレスラーそのもののようですね」
「うむ。どちらかと言えば水橋の方が、色々やっているように見えたな」
福田の言葉通り、一発のローを皮切りにして、蹴り技を増やしていく。多彩とまでは行かないが、ローからミドルとうまく相手の意識を集めておいて、頭部を狙ったハイキックを出す。慣れた動きに映った。スピードもあって、森内の方はハイキックをすんでの所でよけるのが精一杯のようだ。
だが、何度目かのハイキックのとき、パターンが単調になっていたのか、森内は明らかに読んでいた。軸足として残る左を目掛けてタックルに行き、水橋を倒しに掛かる。水橋も右を戻して膝蹴りを狙うがさすがに遅く空振り。仰向けに寝かされた。
その体勢のまま、ポジション取りには頓着せず、とにかく殴ろうと両拳を振るう森内。水橋は冷静に軌道を見て避けると、相手の右手首をがっちりと掴んだ。そうして腕ひしぎを狙いつつ、三角締めも窺う。
「うまいな、水橋」
「総合格闘技を見て育った世代だからだろうな」
肘を徐々に伸ばされ、首に足を掛けられ、森内は追い詰められていく。脱出を期して空いている左手で、水橋の脇腹にパンチを打つも、大きなダメージを与えるには至らない。
ここからは暗さ故に判然としないが、森内は右腕に力を込め、相手を持ち上げようとしたらしい。プロレスでは希にある攻防だが、最低限の体格差があってこそ。森内と水橋とではどだい、無理があった。やがて森内は尻餅をつく形でマットにへたり込む。結果、水橋はますます三角締めに移行しやすくなった。
「ロープ! ロープブレイク」
突然、レフェリーが割って入った。森内が左手でサードロープをしっかり握っていた。
「あ、そうか」
一瞬ぽかんとなった小石川だが、すぐさま思い出した。
「これってプロレスルールだったんだ。格好もやっていることも総合格闘技だったので、つい失念していましたよ」
「だろ? 俺がスリーカウントでやられたのも似たような思い込み故だ」
苦笑いを噛み潰す福田。
画面ではレフェリーの指示により、水橋は技を解いた。完全にブレイクしきらない内に、森内が仕掛ける。ストンピングに出た。いわゆる踏みつけ攻撃は、いくつかは水橋の太もも前面にヒット。「うげ」「ぐあ」と悶絶するときに似た声を上げ、太ももを押さえ、のたうつ水橋。
「これは意外と効いた? えげつない」
「ああ。しばらくはうまく蹴れないだろうぜ、水橋」
結果を知っているはずの福田だが、さも初見のように語る。しゃべりが達者で関節技に詳しい点を買われ、プロレス中継の実況席にゲスト解説として呼ばれたことのある福田だが、生中継なのに「とどめにジャーマン」とスリーカウントが入る前に口走ってしまい、少々問題になった。以来、解説の声が掛かることはない。
そのときに比べると、実況する技術は上がったと言えるのかもしれない。
よたよたと足を引きずる風にして立ち上がった水橋に、レフェリーの制止もそこそこに、森内が襲いかかる。組み付き、相手の首を抱え、膝蹴り連発。しばらく棒立ちで食らった水橋だが、タイミングを計って膝蹴りをキャッチ。残っているもう片方の足を刈って、森内を転倒させる。しかも胸をひと突きするだめ押しまで。普段は好青年キャラの水橋だが、曖昧なブレイクでの踏みつけに相当頭に来たと見える。気が付くと、眉間に近い右眉の端っこが切れて、血が流れていた。
続く
総合格闘技では最早必須の競技用具と化した感のあるオープンフィンガーグローブ(OFG)だが、そのルーツはプロレスのリング上で行われてきた異種格闘技戦にある。社長の道山も最盛期に何度かはめて、他の格闘技者と対峙したことがあり、当然、OFGは道場に置いてあった。
「森内寮長、何かわめき立てている……」
録音の方は機種がお粗末だったのか、ひどい音割れがしてしかとは聞き取れない。ただおおよその意味は掴めた。「前回引き分けた決着を付けよう。これをはめてな」と要求しているようだ。
「つまり、端っからガチンコでやる合意ができていた訳ですか」
「そうなるな。社長がよく許したもんだ。まあ、ノーテレビの地方大会だからいいのかね」
「当然、水橋は受けると」
OFGを装着するまで、少し時間を要した。
そのあと水橋がシャドーボクシングを軽く披露すると、その切れ味鋭い動きに観客が盛り上がる。森内の方も負けじと大振りのハンマーフックのポーズを決めた。
「二人ともプロレスラーだな。余計と分かっていても、パフォーマンスで魅せようとする」
福田が目を細めて評した。
ルールについての説明は当然なく、プロレスでございという顔をして、試合の火蓋は切って落とされた。
両者ともボクサーの動きで距離を詰めていき、ジャブを放つも届かない。この辺りは形だけのようだ。
森内がタックルに出るが、水橋は難なくかわす。二人とも立って、最初と同じお見合い状態になる。すると今度は水橋がローキックを相手の左膝裏に放った。一発食らってもびくともしない森内だが。
「カットがまるでできていない」
小石川と福田は期せずして声が揃った。
「寮長の方からOFGを持ち出すくらいだから、相当練習しているものと思ったのに、戦い方はプロレスラーそのもののようですね」
「うむ。どちらかと言えば水橋の方が、色々やっているように見えたな」
福田の言葉通り、一発のローを皮切りにして、蹴り技を増やしていく。多彩とまでは行かないが、ローからミドルとうまく相手の意識を集めておいて、頭部を狙ったハイキックを出す。慣れた動きに映った。スピードもあって、森内の方はハイキックをすんでの所でよけるのが精一杯のようだ。
だが、何度目かのハイキックのとき、パターンが単調になっていたのか、森内は明らかに読んでいた。軸足として残る左を目掛けてタックルに行き、水橋を倒しに掛かる。水橋も右を戻して膝蹴りを狙うがさすがに遅く空振り。仰向けに寝かされた。
その体勢のまま、ポジション取りには頓着せず、とにかく殴ろうと両拳を振るう森内。水橋は冷静に軌道を見て避けると、相手の右手首をがっちりと掴んだ。そうして腕ひしぎを狙いつつ、三角締めも窺う。
「うまいな、水橋」
「総合格闘技を見て育った世代だからだろうな」
肘を徐々に伸ばされ、首に足を掛けられ、森内は追い詰められていく。脱出を期して空いている左手で、水橋の脇腹にパンチを打つも、大きなダメージを与えるには至らない。
ここからは暗さ故に判然としないが、森内は右腕に力を込め、相手を持ち上げようとしたらしい。プロレスでは希にある攻防だが、最低限の体格差があってこそ。森内と水橋とではどだい、無理があった。やがて森内は尻餅をつく形でマットにへたり込む。結果、水橋はますます三角締めに移行しやすくなった。
「ロープ! ロープブレイク」
突然、レフェリーが割って入った。森内が左手でサードロープをしっかり握っていた。
「あ、そうか」
一瞬ぽかんとなった小石川だが、すぐさま思い出した。
「これってプロレスルールだったんだ。格好もやっていることも総合格闘技だったので、つい失念していましたよ」
「だろ? 俺がスリーカウントでやられたのも似たような思い込み故だ」
苦笑いを噛み潰す福田。
画面ではレフェリーの指示により、水橋は技を解いた。完全にブレイクしきらない内に、森内が仕掛ける。ストンピングに出た。いわゆる踏みつけ攻撃は、いくつかは水橋の太もも前面にヒット。「うげ」「ぐあ」と悶絶するときに似た声を上げ、太ももを押さえ、のたうつ水橋。
「これは意外と効いた? えげつない」
「ああ。しばらくはうまく蹴れないだろうぜ、水橋」
結果を知っているはずの福田だが、さも初見のように語る。しゃべりが達者で関節技に詳しい点を買われ、プロレス中継の実況席にゲスト解説として呼ばれたことのある福田だが、生中継なのに「とどめにジャーマン」とスリーカウントが入る前に口走ってしまい、少々問題になった。以来、解説の声が掛かることはない。
そのときに比べると、実況する技術は上がったと言えるのかもしれない。
よたよたと足を引きずる風にして立ち上がった水橋に、レフェリーの制止もそこそこに、森内が襲いかかる。組み付き、相手の首を抱え、膝蹴り連発。しばらく棒立ちで食らった水橋だが、タイミングを計って膝蹴りをキャッチ。残っているもう片方の足を刈って、森内を転倒させる。しかも胸をひと突きするだめ押しまで。普段は好青年キャラの水橋だが、曖昧なブレイクでの踏みつけに相当頭に来たと見える。気が付くと、眉間に近い右眉の端っこが切れて、血が流れていた。
続く
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