9 / 42
9.勝ち残りと負け残り
しおりを挟む
「これは分からなくなってきた」
一観客となって見入る小石川。単純な技術の比較なら水橋の方が総合格闘技に対応できているが、この出血は真っ当な技による負傷。出血がひどくなった場合、レフェリーストップやドクターストップもあり得る。
「視野も悪くなりそうだし……ああ、案の定」
森内が細かなジャブを続けざまに当て、水橋の傷口を広げようとする。水橋も同じくジャブを返すが、出血のためか目標がいまいち定まらず、スピードも若干落ちてきている。
距離感を取りづらくなった水橋に対し、森内はどたどたとやかましいながらもフットワークを使い、翻弄する。
そして森内が試合前のデモンストレーションで披露した大ぶりなハンマーフックに行こうとした。その刹那。
「おおっ!」
完全に観客になっていた小石川は、思わず大声を上げた。
水橋の振り上げた右足の先が、森内の顎に下からきれいにヒット。崩れ落ちた森内。もうその時点で勝負ありだったが、手応えならぬ足応えを感じたに違いない水橋がダッシュで駆け寄り、パンチの速射砲を森内のこめかみや顔面に放つ。やっとレフェリーが割って入り、試合終了。水橋のKO勝ちで終わった。
「さあ、映像で記録されていた物はこれで全部だ。参考になったろ?」
「はい。色々気付かされたっていうか、何よりも面白かった。色んな捉え方があるんだなプロレスって」
「ガチンコや総合格闘技が、ではなく、あくまでもプロレスが、か」
「そりゃあそうでしょう。こいつはプロレスのルールの下で行われたんだから」
「違えねえ」
ひとしきり笑って、小石川拓人はだいぶ気が晴れた。まだまだ痛みの残る身体の節々をさすり、今度の負けを噛み締め、受け入れることができた。
(宇城さんが本来ガチンコ開始の合図だったビンタで、ガチな張り手を入れてきたのもプロレス。そしてそんな行動に出ざるを得なかったのは、俺を恐れていたからだ)
そう決め付けることにした。
「今日は誰と誰がやるんでしたっけ。一回戦ラストですね」
「おまえなあ、いくら敗退が決まったからと言って、もうちょっとは組み合わせとかトーナメント表なんかにも興味を持っておけよ。将来、団体を背負って立つかもしれんのだから、そういうマッチメークは大事な仕事の一つだ」
「ま、まあ、今回のトーナメントはガチですから」
「ったく。鬼頭のおっさんと戸宮だ」
典型的な悪玉プロレスラーの鬼頭に対するは、戸宮恵一。アマチュアキックボクシングや柔道の経験があり、齢若い頃は有望株と目されていた。が、故障続きで欠場が一時常態化。太りにくい体質故に強い受けができないこともあって、今は中堅の下が定位置と言えた。団体内の格付けで言うなら、対戦成績は反則決着(戸宮の反則勝ち)を除けば五分五分、キャリアを込みで鬼頭の方がわずかながら上と見るのが妥当だろう。でも普段から格闘技スタイルのプロレスを展開することの多い戸宮が、このガチンコトーナメントなら本領を発揮できる余地は充分にありそうだ。
「すでに勝ち上がった人達は、プロレス巡業に着いて行けてるんですかね」
気になっていたことを聞く小石川。宇城以外の勝ち上がり三人は、宇城と同じようにプロレス巡業に同道し、プロレスの試合をこなしているのだろうか。
(もしも宇城さん以外の三人が休んでいるとしたら、俺だけ対戦相手に傷跡を残せなかったことになっちまう)
負けず嫌いの小石川にしてみれば、許せない事態だ。
「勝った方だけじゃなく、負けた方も気になるだろ」
「それはそうですが」
ガチンコトーナメント敗退が決まった面々で、自分だけが病院送りだとしたら格好が悪いし、復帰したときにも何を言われるやら分からない。
「ま、いいや。順番に話していってやるよ。長崎は翌日は休んだが、これは人数の関係でカードからあぶれただけで、組めば多分試合はできた。その後はちゃんと出ている」
映像を見る限り、小林との一回戦でセメントな攻撃を一切もらってないのだから、長崎が無事に巡業に参加できるのは分かる。
「小林の方はさっきも言ったが、脱臼を治して練習に復帰した。しかし今無理をすると外し癖が付く恐れが高いため、試合はしばらく休ませる。練習も様子を見ながら徐々に戻して行く」
「まあ当然かと。小林も一応、病院送りなんですよね」
「一応はな。あいつも意地があるから、さっさと退院したんじゃねえかな。小石川拓人、おまえと一緒は嫌だってな」
「次で勝った水橋は?」
福田の言葉を無視して聞いた。
「水橋は顔の怪我が少々目立つので、一日休ませた。俺と違ってイケメンだもんな。客の前に出るときは、きれいでいてもらわんと。はっはっは」
「今日から復帰ってことですね」
「ああ。で、森内は膝が悪化して欠場中だ。軽い脳しんとうも起こしていたみたいなんだが、そっちは公には発表してない。ガイジンを含めて世話係が足りなくなるので、巡業には付いてこさせている」
「なるほど。そして福田さんは」
小石川の真正面からの問い掛けに、福田は唇を歪めてニタッと笑みをなした。
続く
一観客となって見入る小石川。単純な技術の比較なら水橋の方が総合格闘技に対応できているが、この出血は真っ当な技による負傷。出血がひどくなった場合、レフェリーストップやドクターストップもあり得る。
「視野も悪くなりそうだし……ああ、案の定」
森内が細かなジャブを続けざまに当て、水橋の傷口を広げようとする。水橋も同じくジャブを返すが、出血のためか目標がいまいち定まらず、スピードも若干落ちてきている。
距離感を取りづらくなった水橋に対し、森内はどたどたとやかましいながらもフットワークを使い、翻弄する。
そして森内が試合前のデモンストレーションで披露した大ぶりなハンマーフックに行こうとした。その刹那。
「おおっ!」
完全に観客になっていた小石川は、思わず大声を上げた。
水橋の振り上げた右足の先が、森内の顎に下からきれいにヒット。崩れ落ちた森内。もうその時点で勝負ありだったが、手応えならぬ足応えを感じたに違いない水橋がダッシュで駆け寄り、パンチの速射砲を森内のこめかみや顔面に放つ。やっとレフェリーが割って入り、試合終了。水橋のKO勝ちで終わった。
「さあ、映像で記録されていた物はこれで全部だ。参考になったろ?」
「はい。色々気付かされたっていうか、何よりも面白かった。色んな捉え方があるんだなプロレスって」
「ガチンコや総合格闘技が、ではなく、あくまでもプロレスが、か」
「そりゃあそうでしょう。こいつはプロレスのルールの下で行われたんだから」
「違えねえ」
ひとしきり笑って、小石川拓人はだいぶ気が晴れた。まだまだ痛みの残る身体の節々をさすり、今度の負けを噛み締め、受け入れることができた。
(宇城さんが本来ガチンコ開始の合図だったビンタで、ガチな張り手を入れてきたのもプロレス。そしてそんな行動に出ざるを得なかったのは、俺を恐れていたからだ)
そう決め付けることにした。
「今日は誰と誰がやるんでしたっけ。一回戦ラストですね」
「おまえなあ、いくら敗退が決まったからと言って、もうちょっとは組み合わせとかトーナメント表なんかにも興味を持っておけよ。将来、団体を背負って立つかもしれんのだから、そういうマッチメークは大事な仕事の一つだ」
「ま、まあ、今回のトーナメントはガチですから」
「ったく。鬼頭のおっさんと戸宮だ」
典型的な悪玉プロレスラーの鬼頭に対するは、戸宮恵一。アマチュアキックボクシングや柔道の経験があり、齢若い頃は有望株と目されていた。が、故障続きで欠場が一時常態化。太りにくい体質故に強い受けができないこともあって、今は中堅の下が定位置と言えた。団体内の格付けで言うなら、対戦成績は反則決着(戸宮の反則勝ち)を除けば五分五分、キャリアを込みで鬼頭の方がわずかながら上と見るのが妥当だろう。でも普段から格闘技スタイルのプロレスを展開することの多い戸宮が、このガチンコトーナメントなら本領を発揮できる余地は充分にありそうだ。
「すでに勝ち上がった人達は、プロレス巡業に着いて行けてるんですかね」
気になっていたことを聞く小石川。宇城以外の勝ち上がり三人は、宇城と同じようにプロレス巡業に同道し、プロレスの試合をこなしているのだろうか。
(もしも宇城さん以外の三人が休んでいるとしたら、俺だけ対戦相手に傷跡を残せなかったことになっちまう)
負けず嫌いの小石川にしてみれば、許せない事態だ。
「勝った方だけじゃなく、負けた方も気になるだろ」
「それはそうですが」
ガチンコトーナメント敗退が決まった面々で、自分だけが病院送りだとしたら格好が悪いし、復帰したときにも何を言われるやら分からない。
「ま、いいや。順番に話していってやるよ。長崎は翌日は休んだが、これは人数の関係でカードからあぶれただけで、組めば多分試合はできた。その後はちゃんと出ている」
映像を見る限り、小林との一回戦でセメントな攻撃を一切もらってないのだから、長崎が無事に巡業に参加できるのは分かる。
「小林の方はさっきも言ったが、脱臼を治して練習に復帰した。しかし今無理をすると外し癖が付く恐れが高いため、試合はしばらく休ませる。練習も様子を見ながら徐々に戻して行く」
「まあ当然かと。小林も一応、病院送りなんですよね」
「一応はな。あいつも意地があるから、さっさと退院したんじゃねえかな。小石川拓人、おまえと一緒は嫌だってな」
「次で勝った水橋は?」
福田の言葉を無視して聞いた。
「水橋は顔の怪我が少々目立つので、一日休ませた。俺と違ってイケメンだもんな。客の前に出るときは、きれいでいてもらわんと。はっはっは」
「今日から復帰ってことですね」
「ああ。で、森内は膝が悪化して欠場中だ。軽い脳しんとうも起こしていたみたいなんだが、そっちは公には発表してない。ガイジンを含めて世話係が足りなくなるので、巡業には付いてこさせている」
「なるほど。そして福田さんは」
小石川の真正面からの問い掛けに、福田は唇を歪めてニタッと笑みをなした。
続く
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる