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13.昔話
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小石川は現在よりもさらに若手だった頃を思い起こし、身震いを覚えた。
道山力が前座試合の最中にリングサイドに現れ、睨みを利かせることなら昔はしょっちゅうあった。若いのが気の抜けた試合をしていると、リング下までやって来て、鬼の形相でにらみつけ、それでも効果がないとなると声を張り上げて叱咤していた。挙げ句、リングサイドに立ってちんたらやっている選手らを竹刀で殴打したことも二、三度あったはず。
試合数を減らし始め、世間に通用する著名人となってからは、いわれのない暴力及びハラスメントに見える行為は慎むようになっていたが。
「まあ、実際にはそんなに怖くはなかった。椅子にどっかと腰掛けて、『おまえらもっと行けるだろ!』程度の優しい野次を飛ばすくらいだったからな。客席からも軽く笑いが起きたほどだ」
「でも、闘ってる水橋と開原にしたら、相当なプレッシャーだったでしょうね。嫌でも動かざるを得ない」
「ああ。社長の思惑通り、激しくなった。盛り上がったよ。ただ、水橋にせよ開原にせよ、プランになかった急なギアチェンジだ。疲労が来るのも早かったようだ。十分経過した頃には、二人とも息が乱れて、すぐにはセメントに行けなかった」
一分あまりお見合い状態が続いたあと、開原がタックルに行くが足が重く、切られる。ただ水橋の反応も早くはない。案の定、二度目のタックルには対処が遅れて、仰向けに寝かされる。すかさず腕を取りに行った開原だが、身体の柔らかい水橋は関節が極まらない方向に逃れる。グランド状態が崩れて両者立ち上がり様、開原の両手首を正面から掴んだ水橋が膝蹴り一閃。開原は額の一番固い部分でこれを受けると、両手を振りほどいて水橋の右足を掴まえた。そのまま両足を相手の左足に絡め、股裂きとアキレス腱固めの複合技に移行。
「ここでアキレスじゃなくヒールホールドに行っていれば、開原の勝ちだったかもしれない」
福田が想像を述べた。
「あとで当人に聞いたら、頭にいいのをもらってぼーっとしていた。だから反射的にプロレス的なムーブの方のサブミッションに行ってしまったんだとさ」
水橋もそこから脱出するパワーは残っておらず、開原の太ももにパンチを打ち下ろす。プロレスでは反則なので注意が入り、途中で掌底に変更するも、開原の技を解かせるには至らなかった。
結局、最後の一分半ほどは同じ体勢のまま時間が過ぎ、タイムアップのドローとなった。
「引き分けだったんすか。開原の勝ちだったかもしれないなんて言うから、てっきり水橋の逆転勝ちだとばかり」
「ふふん。文脈的には間違ってねーだろ。社長の判定でもドローが妥当だとなって、後日再戦が組まれることに決まった」
「何日後ですか」
「一週間空けるそうだ。というのも、欠場者がぽつぽつ出だして、前座が組みにくくなってきたからよ。今度は心置きなくやれるよう、会場もどこだっけな、関西の地方の屋外特設リングの日だ」
目の肥えたプロレスマニアが少なそうな会場ならば、試合開始当初から総合格闘技でやり合っても、さほど騒ぎにはなるまいという計算が見て取れた。
「二回戦の一つが順延てことは、他の試合も先延ばしになるんでしょうかね」
「さあな。とりあえず、明日は予定通り、二回戦最後の試合が組まれる。鬼頭と鶴口の野郎だ。残りはうまく間隔を開けてやるんじゃないかね。そうそう、これはまだ決定じゃないんだが、社長は姫路大会で決勝を組みたいようだ」
「へえ? 姫路って兵庫の都市ですよね。現在のシリーズって、関西なら大阪と神戸でもっとでかい会場が入っていたはずなのに。日程的にも余裕でしょう」
「理由は色々とある。まず、ノーテレビじゃないとだめだからな。だから大阪は除外」
「ああ。そういう理由だったら、マニアがより少ないであろう姫路にしても不思議じゃないですね」
「だったらなんで姫路を選んだと思う?」
「え?」
「地方都市とは言え、あそこの箱は結構でかいぞ。今のウチが興行を打てば最低でも四千は入る(※筆者註.かつての厚生会館のイメージで書いています)」
「……分かりません。俺は一介のレスラーに過ぎないんで」
「ははは。団体を引っ張るようになったとしたら、もっと歴史を学んでロマンを持たんといかんてことさ」
「歴史って、豊臣秀吉が大返しの途中で姫路城を休憩ポイントにしたってことくらいなら、俺でも知ってますよ」
小石川は唇を尖らせて、電話の向こうにいる福田に抗議した。
「そんな古い歴史じゃない。プロレスの歴史だ。昔な、やっぱり若い連中だけでセメントのトーナメントが催されたことが何度かあったんだ。関西でも一度集中的に行われて、今や伝説的に語られている。その決勝の舞台が姫路だったんだよ」
小石川は知らなかったが出場した面々を聞くと、レジェンド級の名前がいくつも並んでおり、今でもプロレスに携わっている人物も数名いた。
「その頃は総合格闘技なんて世に知られていなかったからな。現在俺達が繰り広げている真剣勝負よりも、ずっとゴツゴツした洗練されていない戦いだったそうだ」
続く
※参考文献『G SPIRITS』VOL.55(辰巳出版)
道山力が前座試合の最中にリングサイドに現れ、睨みを利かせることなら昔はしょっちゅうあった。若いのが気の抜けた試合をしていると、リング下までやって来て、鬼の形相でにらみつけ、それでも効果がないとなると声を張り上げて叱咤していた。挙げ句、リングサイドに立ってちんたらやっている選手らを竹刀で殴打したことも二、三度あったはず。
試合数を減らし始め、世間に通用する著名人となってからは、いわれのない暴力及びハラスメントに見える行為は慎むようになっていたが。
「まあ、実際にはそんなに怖くはなかった。椅子にどっかと腰掛けて、『おまえらもっと行けるだろ!』程度の優しい野次を飛ばすくらいだったからな。客席からも軽く笑いが起きたほどだ」
「でも、闘ってる水橋と開原にしたら、相当なプレッシャーだったでしょうね。嫌でも動かざるを得ない」
「ああ。社長の思惑通り、激しくなった。盛り上がったよ。ただ、水橋にせよ開原にせよ、プランになかった急なギアチェンジだ。疲労が来るのも早かったようだ。十分経過した頃には、二人とも息が乱れて、すぐにはセメントに行けなかった」
一分あまりお見合い状態が続いたあと、開原がタックルに行くが足が重く、切られる。ただ水橋の反応も早くはない。案の定、二度目のタックルには対処が遅れて、仰向けに寝かされる。すかさず腕を取りに行った開原だが、身体の柔らかい水橋は関節が極まらない方向に逃れる。グランド状態が崩れて両者立ち上がり様、開原の両手首を正面から掴んだ水橋が膝蹴り一閃。開原は額の一番固い部分でこれを受けると、両手を振りほどいて水橋の右足を掴まえた。そのまま両足を相手の左足に絡め、股裂きとアキレス腱固めの複合技に移行。
「ここでアキレスじゃなくヒールホールドに行っていれば、開原の勝ちだったかもしれない」
福田が想像を述べた。
「あとで当人に聞いたら、頭にいいのをもらってぼーっとしていた。だから反射的にプロレス的なムーブの方のサブミッションに行ってしまったんだとさ」
水橋もそこから脱出するパワーは残っておらず、開原の太ももにパンチを打ち下ろす。プロレスでは反則なので注意が入り、途中で掌底に変更するも、開原の技を解かせるには至らなかった。
結局、最後の一分半ほどは同じ体勢のまま時間が過ぎ、タイムアップのドローとなった。
「引き分けだったんすか。開原の勝ちだったかもしれないなんて言うから、てっきり水橋の逆転勝ちだとばかり」
「ふふん。文脈的には間違ってねーだろ。社長の判定でもドローが妥当だとなって、後日再戦が組まれることに決まった」
「何日後ですか」
「一週間空けるそうだ。というのも、欠場者がぽつぽつ出だして、前座が組みにくくなってきたからよ。今度は心置きなくやれるよう、会場もどこだっけな、関西の地方の屋外特設リングの日だ」
目の肥えたプロレスマニアが少なそうな会場ならば、試合開始当初から総合格闘技でやり合っても、さほど騒ぎにはなるまいという計算が見て取れた。
「二回戦の一つが順延てことは、他の試合も先延ばしになるんでしょうかね」
「さあな。とりあえず、明日は予定通り、二回戦最後の試合が組まれる。鬼頭と鶴口の野郎だ。残りはうまく間隔を開けてやるんじゃないかね。そうそう、これはまだ決定じゃないんだが、社長は姫路大会で決勝を組みたいようだ」
「へえ? 姫路って兵庫の都市ですよね。現在のシリーズって、関西なら大阪と神戸でもっとでかい会場が入っていたはずなのに。日程的にも余裕でしょう」
「理由は色々とある。まず、ノーテレビじゃないとだめだからな。だから大阪は除外」
「ああ。そういう理由だったら、マニアがより少ないであろう姫路にしても不思議じゃないですね」
「だったらなんで姫路を選んだと思う?」
「え?」
「地方都市とは言え、あそこの箱は結構でかいぞ。今のウチが興行を打てば最低でも四千は入る(※筆者註.かつての厚生会館のイメージで書いています)」
「……分かりません。俺は一介のレスラーに過ぎないんで」
「ははは。団体を引っ張るようになったとしたら、もっと歴史を学んでロマンを持たんといかんてことさ」
「歴史って、豊臣秀吉が大返しの途中で姫路城を休憩ポイントにしたってことくらいなら、俺でも知ってますよ」
小石川は唇を尖らせて、電話の向こうにいる福田に抗議した。
「そんな古い歴史じゃない。プロレスの歴史だ。昔な、やっぱり若い連中だけでセメントのトーナメントが催されたことが何度かあったんだ。関西でも一度集中的に行われて、今や伝説的に語られている。その決勝の舞台が姫路だったんだよ」
小石川は知らなかったが出場した面々を聞くと、レジェンド級の名前がいくつも並んでおり、今でもプロレスに携わっている人物も数名いた。
「その頃は総合格闘技なんて世に知られていなかったからな。現在俺達が繰り広げている真剣勝負よりも、ずっとゴツゴツした洗練されていない戦いだったそうだ」
続く
※参考文献『G SPIRITS』VOL.55(辰巳出版)
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