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14.MMA襲来
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「――福田さんもリアルタイムでは知らないんですね」
「ばーか。俺を何歳だと思ってやがる」
小石川の軽口を、福田は冗談だとすぐに読み取り笑い飛ばした。
小石川が福田と電話で話した日から三日後の夕刻。
(何だか騒がしいな)
レールにゴミでも挟まったのだろうか、個室のスライド式のドアが中途半端に空いており、通路から物音や人の声が聞こえてくる。通常レベルではなく、急患が担ぎ込まれたようだ。
(あんまりうるさいようだと、ナースを呼んで閉めてもらうかな。勝手に動き回ったらまた怒られるだろうから)
常人だとすればまだまだ安静でなければいけない時期だったが、小石川は時折ベッドを離れていた。それだけ治りが早いのを誇らしく感じてもいた。
読書に集中してみるかと、本を手に取る小石川。入院中はプロレス雑誌の類は見ないように心掛けている。今は時代小説にはまり込んでいた。
しおりを挟んでいたページに指を掛けたそのとき、ドアががらりと乱暴に開いた。
何ごとだ?と振り返る小石川。そこに立っていたのは悪役レスラーの鬼頭だった。
「――鬼頭さん? まずいんじゃ」
驚いた小石川は本を戻しながら言った。
「見舞いは嬉しいけど、悪役が一緒にいるところを見られたら」
「そうも言ってられないことが起きた。おまえには伝えておく」
緊張を帯びた声の鬼頭はやや青ざめた顔をしているようだった。
「何かあったんですか」
「道場破りがあった」
「え! 今どきですか?」
プロレスの道場に殴り込んでくる血気盛んな者は、かつてはそれなりの数がいたという。総合格闘技の登場により、強さの象徴としてのプロレスが地盤沈下して以降は滅多に来なくなった。たまに来る者といえば、総合格闘技ルールで負けるプロレスラーの姿をテレビで観て、あれなら俺にでも勝てると思い込んだ若い連中と決まっていた。その程度ならあしらうのは簡単だ。
「病院に来たってことは、相手の素人を瀕死の状態にしちまったとかですか」
当然、小石川はプロレス側が負けるところなんて想像していない。シリーズ巡業に出ている最中だから、東京の道場にはキャリアの極浅い若手と練習生、あとは欠場中の何人かがいる程度だろうが、それでも充分に勝てる。信じて疑わなかった。
「いや、逆だ。うちがやられた」
「……まさか」
「本当だ。わしも現場に居合わせたんじゃないから詳しくは分からんが、総合格闘技をやっている奴だったそうだ」
「何で総合の奴がわざわざ今さら」
「高松さんの話をざっとだが聞いてきた」
高松は引退したばかりの元レスラーで、レフェリーに転身するためのトレーニングを積んでいるところだ。ちょうど道場にいたという。
「東京居残り組でスパーリングやってると、いつの間にかそいつらは道場内に入ってきていたらしい」
「複数で来たんですか。それだと道場破りと言うよりも、殴り込みに近い」
「相手は二人だ。身長百八十センチぐらいの岩のような男と、百七十センチ足らずの筋肉質の男。しゃべったのは主に小さい方だったそうだ。最初に気付いた高松さんが関係者以外は出て行ってもらえるかと注意したところ、道場破りに来たと。続けて小さい方が井関と名乗り、“志貴斗”で総合格闘技をやっていると自己紹介した」
志貴斗は日本国内では最大級の競技人数を誇る総合格闘技の組織で、同じく国内最大規模の格闘技イベント“ロード”にも多くのプロ選手を送り込んでいる。
「井関って奴は志貴斗代表の獅子吼猛の言葉として、『最近、面白そうなことをやっていると聞きつけたものだから、我々にも一枚噛ませてください』という打診を伝えてきて、続いて『ただ、実力差がありすぎるとお話にならないので、その査定に来た』と井関自身の言葉で語ったという」
「まだるっこしくて分からんのですが、連中が興味を示した面白そうなことっていうのは、俺達がやっているセメントのトーナメントのことですよね?」
「そうだ」
「一枚噛みたいというのは?」
「そっちは分からん。優勝した奴を総合格闘技の方に出してくれってこと……いや、そいつはないな。実力の査定なんて言葉、吐くはずがねえ」
状況を察し、前面に立ったのは福田だったという。
「福田さんが……。また巡業を離れていたんですね」
「ああ。『ごちゃごちゃ言ってないで、どうしたいのかはっきりさせろや』と挑発気味に呼び掛けると、井関はお手合わせを願いたいと明言した。そして勝ったら我々をトーナメントに加えてほしいとまで言い出した」
「何だと。馬鹿にしやがって」
トーナメントに加えろとはすなわち、プロレスのリングに上がらせろと同義。プロレスリングの訓練を一切受けず上がれるほど軽い舞台と思われたのは、小石川にとって我慢ならない出来事なのだ。
「あんまり興奮すんな。まだ穴は塞がってないと聞いたぞ」
「血の気は多い方だから大丈夫ですよ。それよりも顛末を」
小石川は気が急いていた。福田がいてよもや不覚を取るなんて?
続く
「ばーか。俺を何歳だと思ってやがる」
小石川の軽口を、福田は冗談だとすぐに読み取り笑い飛ばした。
小石川が福田と電話で話した日から三日後の夕刻。
(何だか騒がしいな)
レールにゴミでも挟まったのだろうか、個室のスライド式のドアが中途半端に空いており、通路から物音や人の声が聞こえてくる。通常レベルではなく、急患が担ぎ込まれたようだ。
(あんまりうるさいようだと、ナースを呼んで閉めてもらうかな。勝手に動き回ったらまた怒られるだろうから)
常人だとすればまだまだ安静でなければいけない時期だったが、小石川は時折ベッドを離れていた。それだけ治りが早いのを誇らしく感じてもいた。
読書に集中してみるかと、本を手に取る小石川。入院中はプロレス雑誌の類は見ないように心掛けている。今は時代小説にはまり込んでいた。
しおりを挟んでいたページに指を掛けたそのとき、ドアががらりと乱暴に開いた。
何ごとだ?と振り返る小石川。そこに立っていたのは悪役レスラーの鬼頭だった。
「――鬼頭さん? まずいんじゃ」
驚いた小石川は本を戻しながら言った。
「見舞いは嬉しいけど、悪役が一緒にいるところを見られたら」
「そうも言ってられないことが起きた。おまえには伝えておく」
緊張を帯びた声の鬼頭はやや青ざめた顔をしているようだった。
「何かあったんですか」
「道場破りがあった」
「え! 今どきですか?」
プロレスの道場に殴り込んでくる血気盛んな者は、かつてはそれなりの数がいたという。総合格闘技の登場により、強さの象徴としてのプロレスが地盤沈下して以降は滅多に来なくなった。たまに来る者といえば、総合格闘技ルールで負けるプロレスラーの姿をテレビで観て、あれなら俺にでも勝てると思い込んだ若い連中と決まっていた。その程度ならあしらうのは簡単だ。
「病院に来たってことは、相手の素人を瀕死の状態にしちまったとかですか」
当然、小石川はプロレス側が負けるところなんて想像していない。シリーズ巡業に出ている最中だから、東京の道場にはキャリアの極浅い若手と練習生、あとは欠場中の何人かがいる程度だろうが、それでも充分に勝てる。信じて疑わなかった。
「いや、逆だ。うちがやられた」
「……まさか」
「本当だ。わしも現場に居合わせたんじゃないから詳しくは分からんが、総合格闘技をやっている奴だったそうだ」
「何で総合の奴がわざわざ今さら」
「高松さんの話をざっとだが聞いてきた」
高松は引退したばかりの元レスラーで、レフェリーに転身するためのトレーニングを積んでいるところだ。ちょうど道場にいたという。
「東京居残り組でスパーリングやってると、いつの間にかそいつらは道場内に入ってきていたらしい」
「複数で来たんですか。それだと道場破りと言うよりも、殴り込みに近い」
「相手は二人だ。身長百八十センチぐらいの岩のような男と、百七十センチ足らずの筋肉質の男。しゃべったのは主に小さい方だったそうだ。最初に気付いた高松さんが関係者以外は出て行ってもらえるかと注意したところ、道場破りに来たと。続けて小さい方が井関と名乗り、“志貴斗”で総合格闘技をやっていると自己紹介した」
志貴斗は日本国内では最大級の競技人数を誇る総合格闘技の組織で、同じく国内最大規模の格闘技イベント“ロード”にも多くのプロ選手を送り込んでいる。
「井関って奴は志貴斗代表の獅子吼猛の言葉として、『最近、面白そうなことをやっていると聞きつけたものだから、我々にも一枚噛ませてください』という打診を伝えてきて、続いて『ただ、実力差がありすぎるとお話にならないので、その査定に来た』と井関自身の言葉で語ったという」
「まだるっこしくて分からんのですが、連中が興味を示した面白そうなことっていうのは、俺達がやっているセメントのトーナメントのことですよね?」
「そうだ」
「一枚噛みたいというのは?」
「そっちは分からん。優勝した奴を総合格闘技の方に出してくれってこと……いや、そいつはないな。実力の査定なんて言葉、吐くはずがねえ」
状況を察し、前面に立ったのは福田だったという。
「福田さんが……。また巡業を離れていたんですね」
「ああ。『ごちゃごちゃ言ってないで、どうしたいのかはっきりさせろや』と挑発気味に呼び掛けると、井関はお手合わせを願いたいと明言した。そして勝ったら我々をトーナメントに加えてほしいとまで言い出した」
「何だと。馬鹿にしやがって」
トーナメントに加えろとはすなわち、プロレスのリングに上がらせろと同義。プロレスリングの訓練を一切受けず上がれるほど軽い舞台と思われたのは、小石川にとって我慢ならない出来事なのだ。
「あんまり興奮すんな。まだ穴は塞がってないと聞いたぞ」
「血の気は多い方だから大丈夫ですよ。それよりも顛末を」
小石川は気が急いていた。福田がいてよもや不覚を取るなんて?
続く
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