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16.手打ち
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「まだ診断は出てない。意識が戻ってないことは確かだ。ただ、福田は石頭のせいか、脳に異常は見られないというのが救いだな。木下の方はきれい折られていたから、治りも早いだろうって。ああ、折れて治ったら前より頑丈になっているってな話は迷信だそうだ」
「それは知っています。――だったら鬼頭さんは、福田さんのところに着いていた方がいいですよ。いや、そうしなきゃいけない」
「あ、ああ。福田にかわいがられているおまえにはなるべく詳しい状況を、早く伝えてやろうと思ったまでだ」
言い訳がましく言って鬼頭は丸椅子から腰を上げると、「拓人、今のおまえなら無茶もできんし、大人になったと思うから心配してないが」と忠告を最後に始めた。
「くれぐれも治療に専念してくれよ。間違っても、福田のかたきを取ろうなんて考えんな」
「――そいつは無理な注文てもんですね」
寝台の上の小石川は、鬼頭から線を外し、まっすぐ前を見つめた。鬼頭はドアの方へ向きかけていたつま先を戻し、「何? どういうつもりだおまえ?」と食って掛かる。もし看護師がいたら間違いなく止められる。そう確信できるほど、鬼頭は小石川に詰め寄り、胸ぐらを掴んでいた。
「殴り込みを掛けても何の得にもならんぞ。今、道山社長と獅子吼代表との間で会談をセッティングする準備が進められているそうだ。そこでことを収める何らかの道筋が付けられるはずだ。それを待て。おまえが独断で動いたら、かえって邪魔だっ」
「そんなにやかましくしなくても聞こえていますって、充分に」
小石川は耳の穴を指でいじった。
「じゃあ、さっきの発言を取り消せ」
「かたきを取るのは取り消しませんよ」
「おま――」
弟弟子をいよいよ持ち上げんばかりに腕の筋肉に力がこもる鬼頭。小石川は「いててて」とわざとらしく声を上げた。
「鬼頭さん、早とちりだ。俺が言っているのは、正々堂々、試合で返してやるっていう意味ですよ」
「はあ? 試合?」
首を捻る鬼頭に対し、小石川は当たり前のように言い放つ。
「うちの社長のことだから、絶対に話をまとめますよ。志貴斗との対抗戦に持って行くに決まってる」
その頃までには絶対に治して、復帰してやると誓うのだった。
騒動から四日後の朝、お達しが出た。
道場破りの件は金輪際、他言無用。双方とも手出しはならぬ。いつとは約束できないが、戦いの場は必ず設ける。
「この文言から推測するにだ」
車椅子で小石川の病室までやって来た福田は、その首をコルセットで固定しており、話しにくそうだった。
「志貴斗と試合をする大枠では合意できたが、条件が詰め切れてないんだろうな」
「条件と言ったって、真剣勝負をやろうっていう連中にプロレス興行の理屈をぶつけても噛み合わないことぐらい、道山社長も承知のはず」
困惑を口にする小石川に、福田は「ばーか」と笑った。が、すぐにしかめっ面になる。
「社長がその辺のことを分からんなんて、想定するだけ無駄だ。条件ていうのは十中八九、初っぱなに誰と誰がやるかって話だろうな。もちろんガチンコで」
「つまり、対抗戦」
ごくりと唾を飲む小石川。何としてでもそのメンバーの一人に選ばれたい。そのためには、挙行される日が三ヶ月は先ではないと彼にとっては厳しい。
「おまえ、その顔は自分が出ることを考えてるな」
「当たり前ですよ。福田さんの仇討ちをって、寝ても覚めてもずっと考えてんですから」
「おいおい、俺をさしおいてか」
思わず苦笑いを浮かべるも、またすぐに顔をしかめる福田。
「絶対に俺の方が復帰が早いぞ」
福田の診断結果は軽めの脳しんとうに頸椎捻挫、それに左足の小指の骨折が主だったところだった。あとは全身に打撲と擦り傷レベルの外傷を負ったが、プロレスであればこの程度なら無理をして試合に出場することぐらいざらにある。ただ今回は、「看板選手じゃねえんだし、この際じっくり休め!」と道山社長から直々に言われている。
「来たるべき日に備えて完全に治しておけって意味に受け取ったよ、俺は」
「そういうことですか。じゃあ、何試合組まれるか知りませんが、その初っぱなのイベントでは福田さんと井関か、もう一人のでかい奴との試合が組まれるのは確実ですね」
「いや、それは分からん」
確信ありげに否定する福田。
小石川としては、福田と当たらなかったもう一人の奴とどうにか試合が組まれないものかと思い始めた矢先だっただけに、冷や水をぶっかけられた気分になった。
「え、どうしてです。興行的にもありでしょ。対抗戦の発端となった顔合わせ」
「ばーか、もう忘れたか。道場破りの一件は丸々なかったことになるんだ」
「あっ」
「少なくとも興行の売りにはならねえよ。サブミッションが得意な中堅が先兵として出たんだな、程度に思われるだけだろう」
「それは分かりました。でも、業界的にというか、内部向けにはやはり組まざるを得ない試合じゃないですか。けりを付ける意味で」
「いずれ組まれる可能性は高いと思ってるし、俺自身そう願ってるよ。だが初っぱなはねえな」
続く
「それは知っています。――だったら鬼頭さんは、福田さんのところに着いていた方がいいですよ。いや、そうしなきゃいけない」
「あ、ああ。福田にかわいがられているおまえにはなるべく詳しい状況を、早く伝えてやろうと思ったまでだ」
言い訳がましく言って鬼頭は丸椅子から腰を上げると、「拓人、今のおまえなら無茶もできんし、大人になったと思うから心配してないが」と忠告を最後に始めた。
「くれぐれも治療に専念してくれよ。間違っても、福田のかたきを取ろうなんて考えんな」
「――そいつは無理な注文てもんですね」
寝台の上の小石川は、鬼頭から線を外し、まっすぐ前を見つめた。鬼頭はドアの方へ向きかけていたつま先を戻し、「何? どういうつもりだおまえ?」と食って掛かる。もし看護師がいたら間違いなく止められる。そう確信できるほど、鬼頭は小石川に詰め寄り、胸ぐらを掴んでいた。
「殴り込みを掛けても何の得にもならんぞ。今、道山社長と獅子吼代表との間で会談をセッティングする準備が進められているそうだ。そこでことを収める何らかの道筋が付けられるはずだ。それを待て。おまえが独断で動いたら、かえって邪魔だっ」
「そんなにやかましくしなくても聞こえていますって、充分に」
小石川は耳の穴を指でいじった。
「じゃあ、さっきの発言を取り消せ」
「かたきを取るのは取り消しませんよ」
「おま――」
弟弟子をいよいよ持ち上げんばかりに腕の筋肉に力がこもる鬼頭。小石川は「いててて」とわざとらしく声を上げた。
「鬼頭さん、早とちりだ。俺が言っているのは、正々堂々、試合で返してやるっていう意味ですよ」
「はあ? 試合?」
首を捻る鬼頭に対し、小石川は当たり前のように言い放つ。
「うちの社長のことだから、絶対に話をまとめますよ。志貴斗との対抗戦に持って行くに決まってる」
その頃までには絶対に治して、復帰してやると誓うのだった。
騒動から四日後の朝、お達しが出た。
道場破りの件は金輪際、他言無用。双方とも手出しはならぬ。いつとは約束できないが、戦いの場は必ず設ける。
「この文言から推測するにだ」
車椅子で小石川の病室までやって来た福田は、その首をコルセットで固定しており、話しにくそうだった。
「志貴斗と試合をする大枠では合意できたが、条件が詰め切れてないんだろうな」
「条件と言ったって、真剣勝負をやろうっていう連中にプロレス興行の理屈をぶつけても噛み合わないことぐらい、道山社長も承知のはず」
困惑を口にする小石川に、福田は「ばーか」と笑った。が、すぐにしかめっ面になる。
「社長がその辺のことを分からんなんて、想定するだけ無駄だ。条件ていうのは十中八九、初っぱなに誰と誰がやるかって話だろうな。もちろんガチンコで」
「つまり、対抗戦」
ごくりと唾を飲む小石川。何としてでもそのメンバーの一人に選ばれたい。そのためには、挙行される日が三ヶ月は先ではないと彼にとっては厳しい。
「おまえ、その顔は自分が出ることを考えてるな」
「当たり前ですよ。福田さんの仇討ちをって、寝ても覚めてもずっと考えてんですから」
「おいおい、俺をさしおいてか」
思わず苦笑いを浮かべるも、またすぐに顔をしかめる福田。
「絶対に俺の方が復帰が早いぞ」
福田の診断結果は軽めの脳しんとうに頸椎捻挫、それに左足の小指の骨折が主だったところだった。あとは全身に打撲と擦り傷レベルの外傷を負ったが、プロレスであればこの程度なら無理をして試合に出場することぐらいざらにある。ただ今回は、「看板選手じゃねえんだし、この際じっくり休め!」と道山社長から直々に言われている。
「来たるべき日に備えて完全に治しておけって意味に受け取ったよ、俺は」
「そういうことですか。じゃあ、何試合組まれるか知りませんが、その初っぱなのイベントでは福田さんと井関か、もう一人のでかい奴との試合が組まれるのは確実ですね」
「いや、それは分からん」
確信ありげに否定する福田。
小石川としては、福田と当たらなかったもう一人の奴とどうにか試合が組まれないものかと思い始めた矢先だっただけに、冷や水をぶっかけられた気分になった。
「え、どうしてです。興行的にもありでしょ。対抗戦の発端となった顔合わせ」
「ばーか、もう忘れたか。道場破りの一件は丸々なかったことになるんだ」
「あっ」
「少なくとも興行の売りにはならねえよ。サブミッションが得意な中堅が先兵として出たんだな、程度に思われるだけだろう」
「それは分かりました。でも、業界的にというか、内部向けにはやはり組まざるを得ない試合じゃないですか。けりを付ける意味で」
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続く
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