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21.速さには種類がある
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「――伊藤が先かよ。何でデビュー戦の奴に花を持たせるんだ」
プロレスに限らず、リングで行う格闘技は基本的にあとから入場する方が格上だとされる。
「憤るほどのこっちゃない。先に井関らを入場させたら、リングを占拠される恐れがあるからだろ。たとえパフォーマンスでも、そんなことをされればうちのイメージが落ちる」
「なるほど。そういえば連中は全部で何人で来るんだろう? うちらのようなプロレスと違って、試合間隔が開いてるだろうから、暇な奴らを総動員して来るかもしれませんねえ」
「獅子吼代表が本当に足を運んでいるのなら、そんなに大勢引き連れてくるのも格好悪いように思うが、さてどうかな」
ネット番組のカメラマンも状況を把握できていないらしく、志貴斗代表の獅子吼や道山社長を探して、その姿をカメラで捉えようという気配はない。
やがて井関が巨漢の入雲らとともに入場してきた。総勢四人。そこに獅子吼の姿はもちろんのこと、チャンピオンクラスの人間もいないようだ。尤も、小石川達は総合格闘技の選手に精通している訳ではないので、見落としている可能性はもちろん残る。
「ん? よく見るとオープンフィンガーグローブをしている。あ、伊藤の方もだ」
両者とも総合格闘技スタイル。いや、伊藤の方は足はシューズを履いている。井関はベアフットで、足関節狙いの技を少しでも掛かりにくくしようという当たり前の格好だ。
対戦する二人がリングに並び立つと、歓声が大きくなった。軽く音割れしている。
「おお、盛り上がっている。気持ちいいだろうな」
リングアナウンサーによる選手紹介に差し掛かった。コールの順番は入場とは逆で、井関が先であった。本日はプロレス会場とあってか、ブーイング六割、歓声四割といったところ。
一方、伊藤はプロレス代表のような形で、ファンの声援を一身に受けた。武者震いのように一度ぶるっと、身体を震わせた。
「特にルールの説明はなしか」
福田がそう呟いた直後に、リングアナウンサーがマイクを通して説明した。
「なおこの試合は、両者ともOFG着用に合意しており、拳によるパンチは反則に取りません。その他の点はプロレスのルールに準じます」
これにまた観客が沸く。セコンドはこの段階で早々にリングを降りてコーナー下で待機。
リング中央ではレフェリーを手招きで、選手二人が真向かいに立った。その間の距離は五十センチもないであろう。胸を突き出して挑発しようとする伊藤を、井関は身体を退いてやんわりとかわす。
と、いきなり伊藤が宙を舞った。ドロップキックだ。
つま先あるいは靴底が、井関の胸板をかすめる。完璧なヒットにはほど遠く、ダメージゼロに違いないが、それでも観客は沸き返る。
「やるねえ。試合前、ゴング前だっていうのに。他の格闘技にはまず見られないからな、開始前の奇襲なんて」
「ええ。それにゴングが鳴ってないから、奇襲のドロップキックをすかされても、相手は反撃してこない。あっ、セコンドのでかいのが」
入雲がリングの縁――エプロンに立ち、太い腕を伸ばしてアピールする。反則だとか卑怯だぞとか言い立てているようだ。
井関が入雲を宥めて、リング上から下がらせる。
「いいぞ。こっちのペース、会場の雰囲気もプロレス寄りだ」
「ああ。しかし闘う当人は、予想以上に冷静だな」
「ええ確かに」
レフェリーの指示で一度両者赤と青のコーナーに分かれ、試合開始を待つ。
レフェリーの機敏な身振りから、ゴングが鳴った。
井関は腕によるガードを固め、上半身を上下左右に小刻みに振りながら、伊藤に近付く。
伊藤は伊藤で、望むところだと同じように構え、距離を詰めていく。まるでボクシングの試合の立ち上がりだ。
フットワークは井関の方が慣れている感がある。が、伊藤も負けじと着いていく。スピードでは決して劣っていない。程なくして体格差故か、大きい伊藤が小さな井関を追い掛けるような形になる。右へ左へと向きを転じる井関を、伊藤がしつこく追う。やがてニュートラルコーナーに徐々にではあるが詰め始めた。
「いいぞ。でももうちょっと押し込みたいところですね」
小石川の感想に福田も即座に返す。
「ああ。それにいい緊張感だ。会場にいればもっとヒリヒリしているのかもしれねえ」
約一分が経過してもまだ両者の接触はないが、観客は固唾を飲んで見守っている。
伊藤が動いた。サイドステップで相手に逃げられそうなところ回り込み、いきなりの右ストレートを放つ。
だが、井関はかわす。明らかに余裕がある動きだ。その後も左のジャブを連発した伊藤だったが、苦もなくよけられる。
「こりゃいかん。スピードでは互角と思っていたが、認識を改める必要がありそうだ」
福田がそう口走った矢先、この試合で初めて井関が攻撃に出た。ジャブとフックを連続で繰り出す。ほぼカウンターの形となったか、伊藤は顎への右フックをまともにもらった。次の瞬間にはすとんと腰砕けのようにその場にへたり込んでいた。
「ああっ」
小石川は思わず立ち上がり、車の天井に頭をぶつけた。
続く
プロレスに限らず、リングで行う格闘技は基本的にあとから入場する方が格上だとされる。
「憤るほどのこっちゃない。先に井関らを入場させたら、リングを占拠される恐れがあるからだろ。たとえパフォーマンスでも、そんなことをされればうちのイメージが落ちる」
「なるほど。そういえば連中は全部で何人で来るんだろう? うちらのようなプロレスと違って、試合間隔が開いてるだろうから、暇な奴らを総動員して来るかもしれませんねえ」
「獅子吼代表が本当に足を運んでいるのなら、そんなに大勢引き連れてくるのも格好悪いように思うが、さてどうかな」
ネット番組のカメラマンも状況を把握できていないらしく、志貴斗代表の獅子吼や道山社長を探して、その姿をカメラで捉えようという気配はない。
やがて井関が巨漢の入雲らとともに入場してきた。総勢四人。そこに獅子吼の姿はもちろんのこと、チャンピオンクラスの人間もいないようだ。尤も、小石川達は総合格闘技の選手に精通している訳ではないので、見落としている可能性はもちろん残る。
「ん? よく見るとオープンフィンガーグローブをしている。あ、伊藤の方もだ」
両者とも総合格闘技スタイル。いや、伊藤の方は足はシューズを履いている。井関はベアフットで、足関節狙いの技を少しでも掛かりにくくしようという当たり前の格好だ。
対戦する二人がリングに並び立つと、歓声が大きくなった。軽く音割れしている。
「おお、盛り上がっている。気持ちいいだろうな」
リングアナウンサーによる選手紹介に差し掛かった。コールの順番は入場とは逆で、井関が先であった。本日はプロレス会場とあってか、ブーイング六割、歓声四割といったところ。
一方、伊藤はプロレス代表のような形で、ファンの声援を一身に受けた。武者震いのように一度ぶるっと、身体を震わせた。
「特にルールの説明はなしか」
福田がそう呟いた直後に、リングアナウンサーがマイクを通して説明した。
「なおこの試合は、両者ともOFG着用に合意しており、拳によるパンチは反則に取りません。その他の点はプロレスのルールに準じます」
これにまた観客が沸く。セコンドはこの段階で早々にリングを降りてコーナー下で待機。
リング中央ではレフェリーを手招きで、選手二人が真向かいに立った。その間の距離は五十センチもないであろう。胸を突き出して挑発しようとする伊藤を、井関は身体を退いてやんわりとかわす。
と、いきなり伊藤が宙を舞った。ドロップキックだ。
つま先あるいは靴底が、井関の胸板をかすめる。完璧なヒットにはほど遠く、ダメージゼロに違いないが、それでも観客は沸き返る。
「やるねえ。試合前、ゴング前だっていうのに。他の格闘技にはまず見られないからな、開始前の奇襲なんて」
「ええ。それにゴングが鳴ってないから、奇襲のドロップキックをすかされても、相手は反撃してこない。あっ、セコンドのでかいのが」
入雲がリングの縁――エプロンに立ち、太い腕を伸ばしてアピールする。反則だとか卑怯だぞとか言い立てているようだ。
井関が入雲を宥めて、リング上から下がらせる。
「いいぞ。こっちのペース、会場の雰囲気もプロレス寄りだ」
「ああ。しかし闘う当人は、予想以上に冷静だな」
「ええ確かに」
レフェリーの指示で一度両者赤と青のコーナーに分かれ、試合開始を待つ。
レフェリーの機敏な身振りから、ゴングが鳴った。
井関は腕によるガードを固め、上半身を上下左右に小刻みに振りながら、伊藤に近付く。
伊藤は伊藤で、望むところだと同じように構え、距離を詰めていく。まるでボクシングの試合の立ち上がりだ。
フットワークは井関の方が慣れている感がある。が、伊藤も負けじと着いていく。スピードでは決して劣っていない。程なくして体格差故か、大きい伊藤が小さな井関を追い掛けるような形になる。右へ左へと向きを転じる井関を、伊藤がしつこく追う。やがてニュートラルコーナーに徐々にではあるが詰め始めた。
「いいぞ。でももうちょっと押し込みたいところですね」
小石川の感想に福田も即座に返す。
「ああ。それにいい緊張感だ。会場にいればもっとヒリヒリしているのかもしれねえ」
約一分が経過してもまだ両者の接触はないが、観客は固唾を飲んで見守っている。
伊藤が動いた。サイドステップで相手に逃げられそうなところ回り込み、いきなりの右ストレートを放つ。
だが、井関はかわす。明らかに余裕がある動きだ。その後も左のジャブを連発した伊藤だったが、苦もなくよけられる。
「こりゃいかん。スピードでは互角と思っていたが、認識を改める必要がありそうだ」
福田がそう口走った矢先、この試合で初めて井関が攻撃に出た。ジャブとフックを連続で繰り出す。ほぼカウンターの形となったか、伊藤は顎への右フックをまともにもらった。次の瞬間にはすとんと腰砕けのようにその場にへたり込んでいた。
「ああっ」
小石川は思わず立ち上がり、車の天井に頭をぶつけた。
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