闘技者と演技者

崎田毅駿

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29.マッチメイカー

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 ここでもまだ、若い水橋は迷った。リング内に戻ってからが真剣勝負の始まりなんじゃないかと。そのため、鬼頭の反則にいいようにやられ、流血こそ免れたが足下はふらふら。結局、場外二十カウントが数えられて両者リングアウトの引き分けに。タイムにして六十四秒。当然のごとく観客からはブーイング、そして延長を求める声が起き、その場での延長戦が決まった。
 改めてリング中央で向かい合う両選手。こうなると鬼頭も奇襲攻撃はできない。ゴングが鳴って、水橋のキックやパンチを十発ももらうと悶絶してダウン。水橋が追い打ちとばかりグランドに持ち込み、逃げようとする鬼頭の背後からスリーパーホールドに捉えた。ほぼリングの中央で極まった絞め技に、少しだけもがいた鬼頭は、次の瞬間、にやっと笑みを浮かべてパンチを、背後の水橋に対して放った。狙いを定めていない、でたらめなパンチでダメージを与えられる訳がない。だが、このときの鬼頭の意図はそんなところにはなかった。
 鬼頭のパンチは水橋の下腹部に集中して当たった。急所打ちされたのと変わらぬダメージに思わず手を離し、水橋は股間を押さえて背を丸くし、マットに横たわった。その苦しむ様子を見たレフェリーが鬼頭に警告を与える。と、鬼頭は待ってましたという風にレフェリーに手を出す。いくつか平手で叩いたあと、首根っこを掴んで場外に放り投げた。無法地帯になったリング上で、水橋に近付く鬼頭。だが、手を触れる前にゴングが乱打された。鬼頭の反則負けを告げるアナウンスがされ、ゴミやら何やらが飛び交う。
「引き上げてきた鬼頭のおっさん、オフレコでこんなことを言ったそうだ。『社長と組めるのは魅力あるが、獅子吼みたいなのとやらなきゃいかんのは、とてもじゃないが荷が重い。いちぬけたぁの気分だ』とな」
 退院した福田からそう知らされて、小石川は苦笑いをしばらくやめられなくなった。
「鬼頭さんには、追加のご褒美がご褒美には見えなかったと、こういうことなんですかね」
「悪役レスラーらしく退場したってことさね。道山社長もこの結末には喜んでいたそうだしな」

 こうして迎えたガチンコトーナメントの決勝、佐波と水橋の一戦は、当初の予定通りに姫路大会で組まれた。この翌々日に大阪でのビッグイベントだが、そちらのカードはまだ本決まりになっていない。
 世界王者のクラッシャー・モーガンは、以前に福田が深読みしたように、来日して一試合、タッグマッチをこなしただけで負傷。そこからの帰国となっていた。
 大阪のメインは当初、このモーガンに道山か長羽が挑む、もしくはダブルタイトル戦が組まれる手筈になっていたのが、完全に浮いてしまっている。
 現在、決定カードとして発表されているのは三試合。ライナーマスクにジェリー・キッドが挑むジュニアヘビー級タイトルマッチに、宇城の海外遠征壮行試合としてブギー・ロックとのリベンジマッチ、それから福田の復帰戦、対鶴口のみだ。通常ならこれだけでチケットがばんばん売れるほど、大阪の客層は甘くない。なのに現実にはそれなりの数が捌けているのは、志貴斗勢の本格参戦に対する期待の大きさの表れと言えた。
「返事は今日がリミットだったよな。結局どうだって? 代表は出られねえとしても、チャンピオンクラスは誰が来る?」
 関西で行きつけとしているジムでのトレーニングを終え、定宿に戻った道山は渉外部長を掴まえて聞いた。全員を出せる確約はできないが、六人、リストにして出してくれと伝えてあった。
「あ、はい。連絡はございました。まず、ぎりぎりになってしまったことに関して丁寧なお詫びが。体格的に見合う者が少ないため、難儀していた故とのことです。それでどうやらロードの伝を辿って、ヘビー級の外国人を急遽呼べることになったそうです」
「外国人か。ロード常連で強い奴と言ったら、ロシア系かブラジル系ってイメージだな。まあ現役王者じゃなくても、プロレスにはあんまりいない国の選手が上がってくれるのはありがてえ。歓迎するぜ」
「社長、この短期間で来日して試合というのは無理な話です。必然的に、日本に既にいて、練習を積んでいる者に限られますよ」
 団体運営の参謀格・新妻寿人にいづまひさとが、渉外部長の手元を覗き込みながら言った。
「何でえ。ロシアやブラジルは無理か。早く聞かせてくれ」
「外国人は二名です。一人はロナルド・ハワード。元在日米軍の人間で、日本人女性と結婚しており、日本暮らしの」
「そいつなら確かアメリカの方でプロレスもかじってなかったか」
「はい。特殊部隊のギミックでやってますね。総合格闘技では軍隊格闘術の使い手という触れ込みでロードに参戦し、七勝五敗。勝ちのほとんどはサブミッション。飛び抜けて強くはないにしても、人気のある選手ですよ」
「プロレス経験があるってのが、ちと残念だな。うまくぶっ倒しても、約束事が成立してたんだろって色眼鏡で見る輩がいるからなあ」
 嘆いた道山は、もう一人は?と急かしてきた。
「中国からロードに格闘技留学した選手ですね。曹鉄泉と書いてソウ・タイクァンと読ませるみたいです」
「ん? よく覚えてないがあのでかい奴かな。二メートルぐらいあって、バスケの方が似合いそうだと思ったが、デビュー戦は勝った。相撲取り上がりを相手に、横蹴りと膝蹴りで。あいつか?」
「そのようです。身長が二メートル二センチとありますから。バックボーンの格闘技は散打」
「あいつか。あれなら倒したとき見栄えするからいいよな。ただ、総合の戦績が一試合だけってのは気に食わん。たとえどれほど才能があろうと、王者クラスとは呼べないだろ」
 道山は不満たらたらで、へし口を作った。

 続く
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