闘技者と演技者

崎田毅駿

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31.一本の電話

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「うむ、もうちっとでかけりゃなあ。うーん、まあしょうがねえ。大阪はビッグマッチと言ったって、前哨戦の第二弾だ。物足りないが盛り上げてなんぼ。全員出ていただくとするか。シングルマッチ四つと、タッグを一つやらせたい」
「タッグマッチ、やってくれるんでしょうか」
「安全面がどうとかうるさそうだからな。ルールをいじる必要はありそうだ。ツープラトンやカットに入るといったタッグマッチならではの反則は全面的に禁止にして、ロープエスケープしたら自動的にタッチ成立で選手交代。これくらいで行けると思うんだが」
 反則を今さら全面禁止というのもおかしな話だが、プロレスでは成り立つ理屈だから面白い。要は、五秒以内の反則はレフェリーの裁量に任せられるという部分をなくす訳だ。
「あー、あと、シングル四つの内半分は総合格闘技のルールでやってみるか」
「社長、それはどうかと」
 新妻がすかさず止めに入った。
「今後、こちらの選手を先方の興行に送り込むことだってあるでしょう。その場合、先方がプロレスルールで試合をやってくれるとはとても思えません。うちのリングでやるときはプロレスルールを土台にすべきです。シナリオ通りに行くとは限らないんですからね。白星を稼げるときに稼いでおくのが重要です」
「新妻、俺にそこまで強く言うとは、偉くなったもんだ」
「しゃ、社長。私は――」
「分かってる。長い付き合いだからな。新妻が俺の考えを把握した上で動いてくれてるのは、ようく分かるよ」
「ではやはり、社長はMMAのパイをいただこうと……?」
 新妻は声に緊張を漲らせた。表情は正反対に、喜色に満ちあふれている。
「えっと。頭が悪くてすみません。話が見えないのですが」
 この場にいる三名の内、一人だけ取り残された渉外部長が、恐る恐る口を挟む。
「闘う選手はともかく、団体同士は友好関係を築くつもりで交渉をしてきたのですが。興行の目玉にもなるし」
「ああ、それでいいとも。猫でも羊の皮でも頭からすっぽり被っとけ」
 道山は笑い声を短く立てた。真顔になり、ささやくような調子で付け加える。
「準備万端整って、いつでも取って食えるようになるまではな。――新妻、どこで俺の考えに勘付いた?」
「若手中堅を集めて、いきなりガチンコでトーナメントをやらせるなんてまず普通じゃありません。将来のエース候補を作るためだとしても危険だ。考えられるのは、手っ取り早くMMAに向いている選手を見付けたかったのではないかと思いました。じゃあ何のために見付けたいのか。うちにはまあ、連戦連勝とはならないまでも、MMAでも充分に通じる奴が二、三人はいるのに。ただ、その面々はいずれもチャンピオンクラスか、将来のエース路線がほぼ決まっている選手だ。一方、トーナメントは若手中堅。これを考え合わせたら、なるべくうちの上位選手を出さずに、前座選手を使って日本の総合格闘技界を牛耳ろうっていう意図が浮かび上がってきた。それだけのことです」
「相変わらず聡いな。だけどよ、プロレスの方が強いんだと天下に示すために、敢えて前座連中を向かわせようとした、とは考えなかったのか」
 道山からの疑問に、新妻は先の想像が当たっていたことで気をよくしたか、一層得意げに答える。
「今も総合格闘技はそこそこ人気を有し、強さの象徴でもあります。そんな美味しい相手を興行の目玉とせずに絡むなんて、あり得ない。道山社長なら絶対に、うちのエースを使って向こうのチャンピオンを倒す絵を作るはず。そのエースとして出て行くのが社長自身か、長羽か実木かまでは分かりませんですがね」
「何だか全部読まれているみたいで、気味悪いくらいだ。で、実際問題、ガチンコトーナメントをやってみて、誰が適していると思った? ついでだから、選手ではないおまえ達の率直な意見を今聞かせてくれ」
 道山は先に渉外部長を促した。
「そう、ですね……伊藤君がブレイクしたのは衆目の一致するところとして、この手の試合に強そうな福田選手や小石川君が早々に敗退したのは意外でした。だから、彼らに勝った鶴口・宇城の両名はセメントでも強いってことになるんでしょうか」
「まあセメントと言っても、総合格闘技のルールとは違うからな。プロレスルールの曖昧さをうまく突いた奴が勝つ場合もある」
 次いで新妻に目を向ける道山。
「宇城君は今後のトレーニング次第で、MMA向きに化ける可能性はあるでしょうが、彼はプロレスの方でトップを取るべき人間。MMAやらせるのなら、小石川君の方が見所があると感じましたね。怪我で当分、出陣させられないのが惜しい」
「あの内容でか」
「いえ、普段の練習での取り組み方から。プロレスは格闘技たるべしって意気込みでやっている。その点は福田選手や鶴口君にも共通しているかも」
「福田は分かる。鶴口を評価する理由を聞こう」
「これもまた練習の姿勢なんですが、彼は投げを極めようとしてる。プロレスの試合ではもちろんセーブしていますが、危険な角度で投げることを研究している。総合のリングに送り込めば、相手を投げまくって勝つんじゃないかと」
「なるほどな。よく見てるもんだ」
「それはまあ誰をプッシュするかは重要ですから、私もつぶさに見ておかないと」
「だが、よく見ているいる新妻でも、鶴口がランカシャースタイルのレスリングを習いに行っているのは知らんだろ?」
 にやっと笑って問う道山。新妻は首を横に振った。
「え? それはよその道場にですか。だったら無理です、把握していません」
「色々と裏技も覚えてきてるみたいだから、楽しみだ」
「あの~、お二人とも、決勝に進んだ佐波選手と水橋選手については、評価をなさらないので?」
 渉外部長が再び、遠慮がちに口を挟んだ。応えるのはもちろん道山社長だ。
「水橋についてはジュニアの次のスターに育てたいってのもあるが、あいつ程度の蹴りだけで勝てるほど総合は甘くない気がするんだよな。まああちらは完全に階級制だから何とも言えん。
 佐波は素質はあるが、性格がどうだろうな。あんまり使いたくない言い回しだが、一度心が折れるとあっさりやられてしまう。トーナメントに限って言えばそんなタイプに見えた」
「で、ではどちらが勝っても社長のパートナーとしては不安が残るんじゃありませんか?」
 渉外部長は焦りと驚きがない交ぜになったか、表情を歪ませる。
「うん? 相手が獅子吼と誰かって組み合わせなら、別にこっちは負けてもいい。乗っ取りを念頭に置きつつ、興行での盛り上げも考えないといけないのは大変なんだぞ、はっはっは」
「何と……」
 唖然とした渉外部長はそれ故、自身の携帯端末がなっていることに気付けなかった。新妻が「おい、電話」と指摘してようやく応じる。と同時に部屋から一旦出ようとドアに向かった。
「――はい。そうですが。えっ、獅子吼、さん?」

 続く
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