闘技者と演技者

崎田毅駿

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32.予定は未定であり決定ではない

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 やり取りする声が漏れ聞こえてきて、道山は立ち上がった。
「俺にじゃないか?」
「あ、はい、そうです、代わってもらいたいと」
 差し出された端末を巨大な手で慎重に持つと、道山は第一声を発した。
「道山だが。獅子吼さんか?」
「獅子吼です。急な電話ですまないね。その上もう一つ条件を付けるようで申し訳ないが、これから病院に連れて行かなきゃ行けない人間がいるので、手短に済ませたい」
「は? 何だってそんなタイミングで電話を。まあいい、先に文句を言わせろや。獅子吼さん、あんたの送ってきたリストを見たが、いまいちしょぼいな」
「おお、電話したのはまさしくその件でしてね。ヘビー級の中川が出られなくなった」
「何? 井の中の蛙とは言え重量級の王者が、一度は承知しておきながら出られないたあ、どういう了見かな?」
 部屋中に響く胴間声で詰問する道山。少しだけ間を置いて、獅子吼から返事があった。
「中川は日本ヘビー級王者じゃなくなったので、引っ込めた方が妥当だと判断し、急遽連絡を入れた次第ですよ」
「意味が分からない。そっちは興行入ってなかっただろ。まさか対抗戦が嫌で、王者を返上したとかか? ならば宣伝に使わせてもらうぜ」
「違う違う。中川君の名誉のためにも早合点は困る」
「じゃあ、さっさと話してくれ。俺は気が長い方だが、いくらでも短くできる質なんだ」
「プロレス流に言えば道場マッチってのをやってみた。そして中川が敗北したので、王座を取り上げたんだ」
「はあ? リストに載せておいて、その直後に道場で試合? ますます分っかんねえな。よほどの超大型新人でも入ったか?」
「新人ではないな。大ベテランの復帰。ああ、すみませんね。手短にと言いながらつい勿体ぶってしまった。要するに、私が中川を倒したので、私が代わりに出るよ」
「――そう来たか」
 このときの道山と獅子吼の両者は、ともに悪魔じみた笑みの形を作っていた。
「面白え。ブランクありありの身体にむち打って、自分とこの重量級トップを倒したって訳だ」
「そこまでなまってはいないよ、道山さん。苦労はしたがね。私のわがままで中川君を壊してしまっては師匠として申し訳が立たない。だから壊さないように、少々時間を食った。おかげでこんな土壇場での変更になったが、問題はありますかな?」
「ある訳ねえよ。じゃあ、今夜中にカードを決めて送る。――この短期間でよく仕上げやがったな。礼を言うぞ」
「私からもお礼を言いたい。燃えさせてくれてありがとうと」
 熱量過多な言葉の応酬から、二人の電話は唐突に終了した。しばしの間、誰も言葉を発さずにいたが、新妻がやがて口を開いた。
「社長……」
 ただこれだけ。渉外部長のみならず、参謀格の彼までも事態の急展開にうろたえているようだ。彼らの肩や背をばんばん叩き、道山は言った。
「さあて、これで面白くなってきた。今回は完全にこっちが主導権を握っている。大阪の段階で可能な限り客達をぞくぞくわくわくさせるカードを組もうじゃねえか」
 その夜遅く、姫路大会の結果を受けて、大阪でのカードが以下のように組まれた(試合順は未定)。


対抗戦
 道山、佐波vs獅子吼、丸尾まるお(元・日本ヘビー級王者)

 伊藤vs佐倉

 水橋vs田所たどころ(日本ライトヘビー級王者)


ナショナルタッグ選手権試合
 王者:長羽、実木vsデューク・バレンタイン、デビッド・ブレアー

世界ジュニアヘビー級選手権試合
 王者:ライナーマスクvsジェリー・キッド

東洋タッグ挑戦者決定戦
 橋野、柳本vsロニー・グラハム、ケリー・グラハム

 豊坂とよさか鹿野しかの熊田くまだvsカーティス・モレッティ、ロベルト・エストラーダ、鬼頭

宇城宙馬海外遠征決定壮行試合
 宇城vsブギー・ロック

 福田vs鶴口

 長崎vs戸宮

スペシャルMMAマッチ
 曹鉄泉vsロナルド・ハワード



「深夜にすまんね、道山さん。送られてきたカード見たよ」
 獅子吼から直接電話が掛かってきた時刻は、午前一時を過ぎていた。だが、両巨頭ともに声には気力が漲っている。
「おう。一発目はこんなものだと思うが、何か意見はあるかい?」
 道山は酒による酔いを覚まそうと、氷水を呷った。
「不満が……二点かな、あるね」
 獅子吼は手元にカードをプリントアウトした物を持っていた。鉛筆であれやこれやと書き込みをしてある。
「第一に、そちらの若きエースたる長羽と実木の両君が控えに回る点がいささか気に入らない。志貴斗は日本人選手の一線級を並べたつもりだよ。次に、こちらの用意した外国人選手二名を互いに闘わせるとは、どうしてそんなことになるのやら。MMAマッチを解体して、長羽・実木の両名に出て来てもらいたいのが本音だねえ」
「やはりそこか。ちゃんと理由があるんだ。ちっと長くなるが聞いてくれるか?」
「もちろん、聞きましょう」
 道山は唇をひと舐めして、事情を伝えにかかった。
「まずブレアーとバレンタインは、今シリーズを引っ張ってくれたガイジン側のエースだ。人気も高い。彼らのプライドを傷つけるようなマッチメイクはできんのよ」
「プライド云々は分かりますが、ガイジン同士をやらせるのでは駄目なのかと問いたい。この下の方にあるグラハムというのは兄弟チームと聞いた。ガイジン同士のタッグでいいのでは?」
 獅子吼からの意見に道山は思わず、ひゅーっと口笛を鳴らした。
「意外とプロレス心があるんだねえ、獅子吼さん。ただ、格が違うんだな。後楽園ホールや博多スターレーンならそういうマニア向けもいいが」
「そこまで格だの何だの言うのであれば、そのガイジンレスラーをプロレス代表として、総合に出してくれればいい。いつでもお相手する」
 不意に刃物を突きつけてくる。そんな物言いに、道山は空気を弛緩させる方向へ舵を取った。
「無茶を言わんでくれ。奴らをMMAに出すにはどれだけボーナスを上乗せしてもできるかどうか分からん。その結果、下手に怪我をさせたら、向こうのプロモーターにどやされる。こっちの信用問題になる」
「長羽と実木の二人及びガイジンレスラーは、どうあっても出せないと」
「ああ。シナリオもあるんだ。長羽達はタッグ王座を防衛後、わしとあんたのタッグ対決をリングサイドで観戦。勝った方に対戦を迫るというな」
「ほう。それはつまり、この獅子吼に、プロレスのタッグ王座へ挑戦しろと」
 面白がっているのか侮辱と受け取ったのかは分からないが、声のトーンが変わる獅子吼。道山は気付かぬふりをして続けた。
「悪くはないだろう? タッグのルールも特別に、志貴斗寄りにしてやったつもりだぜ」
「ふん……まあ仕方ありませんな。こちらが挑む立場なので、ある程度の無理は飲みましょう。だが、うちの外国人同士のMMAを組む意図は?」
 そっちの説明が残っていたなと、道山は頭を掻いた。
「体格的に見合う相手が豊坂、鹿野、熊田ぐらいなんだが、三人ともあんまり乗り気じゃねえんだわ。揃ってベテランだしな。鹿野と熊田は翌日のシリーズ最終戦で、東洋タッグの防衛戦もあるし、色々と調整が面倒なんだ。それならいっそそちらの二選手にMMAをやってもらって、こういう戦いもあるんだよってことをお客さんに認識していただくのがいいだろ」
「前座の選手で使える者はいないのですかな」
「うーん、当日のカードだと長崎と戸宮のシングルを崩すしかないが、長崎はまだしも、戸宮は小さいからなあ」
 気乗りしないが、どうしてもと言うのであれば豊坂と長崎を出そうと心中で算段を立てた道山。ところが獅子吼は別のことを言ってきた。
「噂によればその上に名前のある福田と鶴口の両選手は、なかなかのやり手だとか。福田選手は関節技を得手とし、鶴口選手はアマチュアレスリングでの実績があり、ともに腕に覚えありの口でしょう」
「いや、この組み合わせは崩せない。福田の復帰戦であると同時にリベンジマッチでもあるんでな。次の機会に出すよ」
「ううむ、どうしてもだめか」
「今回は飲んでくれや。次はどうせ、こっちがそちらさんへ出陣することになるんだろ? そのときにはあんまりごねねえよ」
「あんまり、ですか」
 獅子吼は苦笑まじりのため息を漏らすと、これで最後だとして提案をしてきた。
「それならせめて私のパートナーを変えてもらいたい」
「おや。元ヘビーチャンプじゃ不安かい?」
 半ば茶化し気味に聞いた。すると大真面目な返事があった。
「残念ながらね。タッグというのは片方がやられれば負けになる。丸尾では心許ない。ここは曹を起用したいのだがどうだろうね」

 続く
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