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どう思う?とばかりに、ヒルはモントレッティとレイモンドに、交互に視線をやった。
「副長官にお任せします」
レイモンドは短く答えた。
「武器は取り上げました。足の自由を奪っているのですから、手はほどいてやっても大丈夫でしょう。万が一、足のロープを外そうとしても、取り押さえられます」
モントレッティの意見に、ヒルは同意した。
両手の自由を取り戻すと、幽霊騎士は素直に兜に手をかけた。
レイモンドの助けた男が、ランプを掲げる。騎士の赤い髪が浮かび上がった。
細面の顔が現れた。目の下に隈がある他は、取り立てて凶悪そうに見えない。
「名前を聞こう」
ヒルが言った。
幽霊騎士だった女性は、一旦、ぐっと唇を噛みしめた。しばらくその状態が続いたが、ついには思い切った様子で口を開いた。
「私はヒルカ=クリスコ=ダルバニア」
「ダルバニア? では、君はダルバニア家の子孫なのか」
ヒルは驚きを押さえつつ、重ねて聞いた。
「血は受けておりません。私は、ダルバニアの血を受け継いだ最後の人間であるキャミル=ダルバニアの妻――」
きっぱりと言い切った彼女の目から、涙が一粒だけこぼれた。
ヒルは納得したように言った。
「幽霊騎士が女だという手がかりはあったわけだ」
ヒルからにらまれたオースキーは、先ほどからしきりに頭をかいている。
まだ事情を把握できないモントレッティが上司に尋ねる。
「長髪のことですか? それとも細身で身が軽いこと?」
「違うさ。私も今しがた、知ったばかりの手がかりだ。こちらの冒険家が大事な証拠品を隠してくれたおかげで、分からなかったんだ」
「証拠品?」
オースキーに目をやるモントレッティ。
反省して何も言えないらしいオースキーに代わり、ヒルが答える。
「ま、遺留品だな。オースキー氏は、初めて幽霊騎士と遭遇したとき、つるはしでその鉄靴の片方を弾き飛ばしているのだよ。いや、大したものだ。そのことを我々に知らせていれば、勲章ものだったかもしれんな」
「靴が何だと言うんです? 細身なんだから、サイズが小さいからと言って、女性と断定はできない」
「サイズが小さいってもんじゃなかったんだ。実物を見れば分かる」
木製の机の上に、鉄靴がどさりと置かれた。銀色の表面に、かすかに土が付着している。
「これは……小さいですねえ。それに本物と比べると軽い」
手に取り、その足首の細さを実感するモントレッティ。あまりの細さに驚いたか、口を半開きにしてしまっている。
「こんな物、女だって履けないんでは?」
「子供ならともかく、普通の大人が普通の履き方では、絶対に無理だ。何しろそいつは、装飾用の甲冑なんだから」
「装飾用?」
モントレッティは首を捻った。
「装飾用の甲冑は、細く作られているんですか?」
「さいです」
オースキーの横で小さくなっていたグーダが言った。
「実戦用と違って、装飾用の甲冑は格好が第一ですからね。ぱっと見た目に、格好よくあろうとすれば、足は人が履けないような細さにするのが適当なんでさあ。いかにもスマートに見えます」
「それでは、彼女はどうやって履いていたのですか? 特別に小さい足でもなかったようですが」
「彼女――ヒルカ=クリスコの本業は、バレリーナだそうです」
これまで黙って聞いていたレイモンドが、ゆっくりと言った。
モントレッティはいくらか考える顔つきをする。
「バレリーナ……。あ、まさか、つま先立ちをしていた?」
「その通り。バレエで鍛えたつま先立ちで、しかも女でないと、この鉄靴は履けない。男ではいくらバレエをやっていても無理だろう。甲冑そのものが装飾用で軽めにできていたこともあって、あれだけ軽い身のこなしが可能だったようだ。これだけ条件がそろえば、ダルバニアに縁のある者を徹底的に調べることで、早期に解決できたはずなんだがね」
ヒルは最後まで、オースキーに軽蔑の眼差しを送り続けた。
鉄靴の件が片付いたので、オースキーとグーダは御役御免となった。
「解決のことなんですが」
レイモンドが、小さく手を挙げた。
「何だね?」
「ヒルカ=クリスコは、殺人については認めていないそうですが」
「そうなのだ」
首を傾げるヒル。
「ダルバニア家の財産を守るため、侵入者――彼女の言葉だ――を追い払いはした。しかし、誰も殺してないと主張している。昔、キャミル=ダルバニアが健在だった頃は、彼が幽霊騎士に扮していたそうだ。その当時、財産を狙ってきた者を三人、やむなく殺したことはあったらしいが、最近の殺しは認めていない。今一つ、しっくり来んのだ」
「捕まった際、あれだけ潔かったのが、変ですよ」
モントレッティも納得できない風。
レイモンドがヒルに聞く。
「彼女は、ずっとあの城に暮らしていたと、そう言っているんですか?」
「いや。住んでいるところは別だ。バレエの仕事の合間、時間ができたときだけ、城に隠れて見張っていたのだと言っている。我々に気付かれずに城と外を往復できたのは、あの城に通じる秘密の通路があって、それを利用していたと」
「副長官にお任せします」
レイモンドは短く答えた。
「武器は取り上げました。足の自由を奪っているのですから、手はほどいてやっても大丈夫でしょう。万が一、足のロープを外そうとしても、取り押さえられます」
モントレッティの意見に、ヒルは同意した。
両手の自由を取り戻すと、幽霊騎士は素直に兜に手をかけた。
レイモンドの助けた男が、ランプを掲げる。騎士の赤い髪が浮かび上がった。
細面の顔が現れた。目の下に隈がある他は、取り立てて凶悪そうに見えない。
「名前を聞こう」
ヒルが言った。
幽霊騎士だった女性は、一旦、ぐっと唇を噛みしめた。しばらくその状態が続いたが、ついには思い切った様子で口を開いた。
「私はヒルカ=クリスコ=ダルバニア」
「ダルバニア? では、君はダルバニア家の子孫なのか」
ヒルは驚きを押さえつつ、重ねて聞いた。
「血は受けておりません。私は、ダルバニアの血を受け継いだ最後の人間であるキャミル=ダルバニアの妻――」
きっぱりと言い切った彼女の目から、涙が一粒だけこぼれた。
ヒルは納得したように言った。
「幽霊騎士が女だという手がかりはあったわけだ」
ヒルからにらまれたオースキーは、先ほどからしきりに頭をかいている。
まだ事情を把握できないモントレッティが上司に尋ねる。
「長髪のことですか? それとも細身で身が軽いこと?」
「違うさ。私も今しがた、知ったばかりの手がかりだ。こちらの冒険家が大事な証拠品を隠してくれたおかげで、分からなかったんだ」
「証拠品?」
オースキーに目をやるモントレッティ。
反省して何も言えないらしいオースキーに代わり、ヒルが答える。
「ま、遺留品だな。オースキー氏は、初めて幽霊騎士と遭遇したとき、つるはしでその鉄靴の片方を弾き飛ばしているのだよ。いや、大したものだ。そのことを我々に知らせていれば、勲章ものだったかもしれんな」
「靴が何だと言うんです? 細身なんだから、サイズが小さいからと言って、女性と断定はできない」
「サイズが小さいってもんじゃなかったんだ。実物を見れば分かる」
木製の机の上に、鉄靴がどさりと置かれた。銀色の表面に、かすかに土が付着している。
「これは……小さいですねえ。それに本物と比べると軽い」
手に取り、その足首の細さを実感するモントレッティ。あまりの細さに驚いたか、口を半開きにしてしまっている。
「こんな物、女だって履けないんでは?」
「子供ならともかく、普通の大人が普通の履き方では、絶対に無理だ。何しろそいつは、装飾用の甲冑なんだから」
「装飾用?」
モントレッティは首を捻った。
「装飾用の甲冑は、細く作られているんですか?」
「さいです」
オースキーの横で小さくなっていたグーダが言った。
「実戦用と違って、装飾用の甲冑は格好が第一ですからね。ぱっと見た目に、格好よくあろうとすれば、足は人が履けないような細さにするのが適当なんでさあ。いかにもスマートに見えます」
「それでは、彼女はどうやって履いていたのですか? 特別に小さい足でもなかったようですが」
「彼女――ヒルカ=クリスコの本業は、バレリーナだそうです」
これまで黙って聞いていたレイモンドが、ゆっくりと言った。
モントレッティはいくらか考える顔つきをする。
「バレリーナ……。あ、まさか、つま先立ちをしていた?」
「その通り。バレエで鍛えたつま先立ちで、しかも女でないと、この鉄靴は履けない。男ではいくらバレエをやっていても無理だろう。甲冑そのものが装飾用で軽めにできていたこともあって、あれだけ軽い身のこなしが可能だったようだ。これだけ条件がそろえば、ダルバニアに縁のある者を徹底的に調べることで、早期に解決できたはずなんだがね」
ヒルは最後まで、オースキーに軽蔑の眼差しを送り続けた。
鉄靴の件が片付いたので、オースキーとグーダは御役御免となった。
「解決のことなんですが」
レイモンドが、小さく手を挙げた。
「何だね?」
「ヒルカ=クリスコは、殺人については認めていないそうですが」
「そうなのだ」
首を傾げるヒル。
「ダルバニア家の財産を守るため、侵入者――彼女の言葉だ――を追い払いはした。しかし、誰も殺してないと主張している。昔、キャミル=ダルバニアが健在だった頃は、彼が幽霊騎士に扮していたそうだ。その当時、財産を狙ってきた者を三人、やむなく殺したことはあったらしいが、最近の殺しは認めていない。今一つ、しっくり来んのだ」
「捕まった際、あれだけ潔かったのが、変ですよ」
モントレッティも納得できない風。
レイモンドがヒルに聞く。
「彼女は、ずっとあの城に暮らしていたと、そう言っているんですか?」
「いや。住んでいるところは別だ。バレエの仕事の合間、時間ができたときだけ、城に隠れて見張っていたのだと言っている。我々に気付かれずに城と外を往復できたのは、あの城に通じる秘密の通路があって、それを利用していたと」
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