2 / 11
AVにはまった、もとい、AV部門設置のきっかけ
しおりを挟む
栄尾口は前の仕事を辞めてから、独り身になったこともあって、次の職業に探偵を選んだ。子供の頃から憧れ、その延長でなった探偵なので、当然、扱う依頼は殺人事件を主とする凶悪犯罪を基本としたい。
当たり前だが、これでは仕事にならない。少なくとも現代の日本においては。
探偵を始めて一ヶ月ほどが経過した頃、盗難事件の依頼が舞い込んだことがあった。依頼者は元暴力団員の男で、警察に頼るのも癪だし、そもそも盗まれた物というのが法に沿わないデータの入ったDVDで、通報したくともできなかった。こんなレアなケース、何度もあるものじゃない。ちなみに依頼を受けて調査した結果、盗まれたというのは依頼人の勘違いで、ケースに入ったDVDは、冷凍食品の下にへばりついた形で、冷蔵庫の冷凍室から見付かった。
このとき上乗せを含めて結構な謝礼をちょうだいしたこともあり、刑事事件専門の探偵としてやっていける望みがあると自信を持ったのが間違いの元。あとはさっぱりの鳴かず飛ばずだった。
そんな状況下、打開策としてAV部門の設立という珍妙な案に至ったきっかけは、女性ばかり狙ったある連続絞殺事件の捜査で、刑事と関わったからだった。もちろん、捜査協力を依頼された訳ではない。刑事の方が、事情を聞きに事務所へやって来た。何でも、被害女性の一人が財布に栄尾口探偵事務所の真新しい名刺を入れていたという。
「この人に見覚えは」
最初、刑事は名刺の件などおくびにも出さず、写真を示してきた。ただ、猛暑日の真っ昼間から、ほとんど役立ちそうにない聞き込みに回されて、二人組の刑事は頭がぼんやりしていたのか、被害者の遺体の写真を出すというミスを犯した。壁にもたれ掛かった絞殺死体の図に、栄尾口は「うぇっ?」と短く叫び、ぎょっとした顔つきになる。刑事らはすぐに誤りに気付き、写真を引っ込めた。
本来の聞き込み用に用意された上半身の写真を見て、栄尾口は浮気調査の依頼に来た女性だと答えた。そして知る限りのことを正直に伝えた。
「ところで、最初の写真、もう一度見せてくれませんか」
「なに。何かあるの、あんた」
きびすを返し掛けていた刑事の内、若い方が応じた。写真を出し間違えた張本人が彼だ。
「ええ、女性の姿格好がちょっと記憶に引っかかるというか。見せてもらえたら、はっきりすると思うんですが」
そう言って再度、遺体の写真をじっくり見て、確信を持った。
「これって発見されたときのまんまですよね?」
「当然。それが?」
「できたら、犠牲になった他の方の遺体発見時の写真も見たいのですが」
「あんたね」
明らかに業を煮やしていた若いのに代わって、ベテランとおぼしき方が手で相棒を制した。
「何か思い付いたんなら、そいつを先に言ってくれんとな、探偵さん。名を売りたくて、情報だけ抜き取ろうとする輩がいないとも限らん」
「えっと。じゃあ、お話しします。変なこと言うな、こいつ頭大丈夫かと思っても、最後まで聞いてください」
「分かった」
年かさの方は腕組みをした。若い方は対照的に、いらいらと片足のつま先で床を踏みならし、額の汗を乱暴に拭う。
「では……えー、自分も若いときは人並みにアダルトビデオのお世話になりました」
「何だって?」
「AVです。人並みの線引きが難しいかもしれませんが、とにかくそれなりに見て、今でも印象深い作品があります」
「何を言い出すのやら……」
「見せてもらった被害者女性は、アダルトビデオのパッケージ写真を模倣している気がしたんです。記憶にある画像と、そっくりそのまま」
問題の写真を指差し、栄尾口は続ける。
「ほら、ポーズを取らせている節がある。床に座り込み、大きく開脚した姿勢で胸を強調するかのように両腕で胸の下から自分自身を抱きしめている」
「言われてみりゃポーズっぽいが。しかし、こんなポーズ、アダルト物なら珍しくもないだろう」
「私の記憶にある作品のみのオリジナルとは言い切れませんが、服のデザインや色までそっくり、恐らく一致しているのは、偶然では片付けられないんじゃないかと思いまして。それに、殺人犯は何故、こんなポーズを取らせたのかの方がより重要では。首を絞めて殺害しただけなら、こんな格好にならない」
つづく
当たり前だが、これでは仕事にならない。少なくとも現代の日本においては。
探偵を始めて一ヶ月ほどが経過した頃、盗難事件の依頼が舞い込んだことがあった。依頼者は元暴力団員の男で、警察に頼るのも癪だし、そもそも盗まれた物というのが法に沿わないデータの入ったDVDで、通報したくともできなかった。こんなレアなケース、何度もあるものじゃない。ちなみに依頼を受けて調査した結果、盗まれたというのは依頼人の勘違いで、ケースに入ったDVDは、冷凍食品の下にへばりついた形で、冷蔵庫の冷凍室から見付かった。
このとき上乗せを含めて結構な謝礼をちょうだいしたこともあり、刑事事件専門の探偵としてやっていける望みがあると自信を持ったのが間違いの元。あとはさっぱりの鳴かず飛ばずだった。
そんな状況下、打開策としてAV部門の設立という珍妙な案に至ったきっかけは、女性ばかり狙ったある連続絞殺事件の捜査で、刑事と関わったからだった。もちろん、捜査協力を依頼された訳ではない。刑事の方が、事情を聞きに事務所へやって来た。何でも、被害女性の一人が財布に栄尾口探偵事務所の真新しい名刺を入れていたという。
「この人に見覚えは」
最初、刑事は名刺の件などおくびにも出さず、写真を示してきた。ただ、猛暑日の真っ昼間から、ほとんど役立ちそうにない聞き込みに回されて、二人組の刑事は頭がぼんやりしていたのか、被害者の遺体の写真を出すというミスを犯した。壁にもたれ掛かった絞殺死体の図に、栄尾口は「うぇっ?」と短く叫び、ぎょっとした顔つきになる。刑事らはすぐに誤りに気付き、写真を引っ込めた。
本来の聞き込み用に用意された上半身の写真を見て、栄尾口は浮気調査の依頼に来た女性だと答えた。そして知る限りのことを正直に伝えた。
「ところで、最初の写真、もう一度見せてくれませんか」
「なに。何かあるの、あんた」
きびすを返し掛けていた刑事の内、若い方が応じた。写真を出し間違えた張本人が彼だ。
「ええ、女性の姿格好がちょっと記憶に引っかかるというか。見せてもらえたら、はっきりすると思うんですが」
そう言って再度、遺体の写真をじっくり見て、確信を持った。
「これって発見されたときのまんまですよね?」
「当然。それが?」
「できたら、犠牲になった他の方の遺体発見時の写真も見たいのですが」
「あんたね」
明らかに業を煮やしていた若いのに代わって、ベテランとおぼしき方が手で相棒を制した。
「何か思い付いたんなら、そいつを先に言ってくれんとな、探偵さん。名を売りたくて、情報だけ抜き取ろうとする輩がいないとも限らん」
「えっと。じゃあ、お話しします。変なこと言うな、こいつ頭大丈夫かと思っても、最後まで聞いてください」
「分かった」
年かさの方は腕組みをした。若い方は対照的に、いらいらと片足のつま先で床を踏みならし、額の汗を乱暴に拭う。
「では……えー、自分も若いときは人並みにアダルトビデオのお世話になりました」
「何だって?」
「AVです。人並みの線引きが難しいかもしれませんが、とにかくそれなりに見て、今でも印象深い作品があります」
「何を言い出すのやら……」
「見せてもらった被害者女性は、アダルトビデオのパッケージ写真を模倣している気がしたんです。記憶にある画像と、そっくりそのまま」
問題の写真を指差し、栄尾口は続ける。
「ほら、ポーズを取らせている節がある。床に座り込み、大きく開脚した姿勢で胸を強調するかのように両腕で胸の下から自分自身を抱きしめている」
「言われてみりゃポーズっぽいが。しかし、こんなポーズ、アダルト物なら珍しくもないだろう」
「私の記憶にある作品のみのオリジナルとは言い切れませんが、服のデザインや色までそっくり、恐らく一致しているのは、偶然では片付けられないんじゃないかと思いまして。それに、殺人犯は何故、こんなポーズを取らせたのかの方がより重要では。首を絞めて殺害しただけなら、こんな格好にならない」
つづく
0
あなたにおすすめの小説
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
奇異なる事象万お委せあれ:奇異探偵社
崎田毅駿
ミステリー
高校生の礼南は、巫女姿で探偵をするという珍しいバイトに精を出している。社長の大室がこの度引き受けてきた依頼は、なんと礼南の同級生で幼馴染みでもある御厨からのものだった。何でも、御厨がバイトをしているカラオケボックスの一室で、四人の男女が首を絞められ、うち三名が死亡、一名だけどうにか命を取り留めたという。その部屋を担当していた御厨に容疑が向きかねない状況だったため、近場の探偵社に依頼を出したところ、たまたま礼南のバイト先だったようだ。幼馴染みの前で、首尾よく解決となるか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる