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やっててよかった部門式
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五所川原刑事の返答に栄尾口は得心し、次の質問が思い浮かんだ。
「それもそうか。じゃあ、ラックにあった収集品全部から指紋、採ったんでしょうね」
「ああ。被害者の指紋が多数ある他、身元不明の古いのが出たとしか聞いていない。それらは犯人のものではないと考えられている。以前の所有者の指紋と見なすのが妥当だ」
「犯人が被害者のコレクションを物色したとしたら、当然、手袋をはめていたはず。手袋をして触ると、触った箇所が拭き取られたようになるのでは。手袋で触った箇所があったとしたら、想定される犯人の手のサイズが分かるはず……」
「そこまでは聞いてないな。重要事項だから、聞いてないってことは、なかったんだと思うぞ。犯人が最初から高値で売れる物に狙いを付けていたのなら、物色せずにそいつだけいただいて立ち去ったのかもしれない」
「そうですね、その方が納得できる。若林某が犯人である積極的な証拠がほしいところなんですが、他に何があるだろう……」
「悩むことか?」
意外そうに目を見開く五所川原。そんな彼を見て、栄尾口もまた目を丸くした。
「え、五所川原さんはもう何か掴んだということですか」
「現場からコレクションを一品でも盗み出したのなら、そいつを持っているか、売り払っているかしてるだろ。決め手になり得る」
「あ……」
何だ、そんな単純なことか。栄尾口は全身から力が抜けるのを感じた。
「さすが刑事だなあ」
「おいおい、全然たいしたことじゃないぞ。皮肉にしか聞こえんよ」
「いや、僕は不慣れなせいか、思い付かなかったもので」
そう言ったとき、事務所の電話が鳴った。一番近くにいた大前田が電話機を指差しながら、「私が出ようか?」と栄尾口の方へと振り向く。
栄尾口は「いや、いい」と言いながら移動し、送受器を持ち上げた。こちら栄尾口工探偵事務所です云々と、決まり文句で受け答えを始める。と同時に、手元ではメモを取り始めていた。いつものことだ。
が、ある瞬間、彼はいささか頓狂な声を上げた。
「――えっ? あ、すみません、よく聞き取れなかったもの。もう一度お名前をお願いします」
気になった大前田と五所川原が、相次いでそのメモ覗き込む。すると彼らも息を飲んだ。
メモには「若林春一」と書き記されている。
「大変珍しいビデオソフトを売り払いたいが、最も高値を付けてくれる業者か個人を探したいと、こういうことですね。はい、AV部門の範疇です。ただ、ちょっとだけお時間をいただけますでしょうか。今抱えている案件の報告が今日でして、それが片付いてからということで。ええ、はい、本日の午後三時に、折り返しで電話を差し上げる形に。あ、かまいませんか。どうもありがとうございます。それではそのときにまた、詳しいことを詰めるとしましょう。はい、失礼いたします」
電話を切った栄尾口に、五所川原が詰め寄った。
「おい切っちまうのかよ。今の、メモにある若林ってのが電話してきたんだろう?」
「見たんですか。ええ、その通りで」
「珍しいソフトを売り払いたいから相手を探せ、だって? まさしく思い描いていた犯人像に重なるじゃないか。ビデオソフトの名前こそ分からないが」
「はい、僕も五所川原さんに聞いてもらいたいくて、ああいう電話になりました」
「だったら、即座に依頼を受けて、この事務所なりどこか喫茶店なりにおびき寄せたらよかったんじゃないか。俺達警察に遠慮したのか?」
「いえいえ」
栄尾口は顔の前で片手を左右に振った。
「依頼を正式に受けちゃうと、守秘義務が発生しますから。建前ではありますが、仕事上知った事実を、警察にも話せなくなる。それは避けたかったんですよ」
苦笑交じりにこう説明した探偵に対し、五所川原は呆れたように嘆息した。
「妙なところで拘りを持つ人だな、あんたって」
「守るべきラインをいくつか持っておかないと、際限がなくなりそうなので」
栄尾口は話しながら、右手をひらひらさせて、何か探す風に机周りを見やる。
「そこいうもんかね。ま、俺からすれば遵法意識の高い探偵は、使いやすくて助かるね。にしても、若林は何でまたここに依頼するんだろうな? 当然、依頼料が発生するってのに。中古品を買い取る店に持ち込めば、査定は無料のところも多いだろう」
「多分、法律に引っかかるような代物、少なくともグレーな品物なんじゃないですか、正規の店に買い取らせるのも、ネットオークションへの出品も端から考えていない様子でしたから。お、あった」
独り言を口にし、彼が手に取ったのは置き型の目覚まし時計。プラスティックでできたいかにも安物のそいつを裏返し、つまみをいじる。
「それにしてもやってみるもんですねえ、AV部門も。どうやら犯罪者の方から食い付いてくれるなんて」
そうして机に置いた目覚まし時計は、二時五十五分にベルが鳴るようにタイマーセットがされていた。
終わり
「それもそうか。じゃあ、ラックにあった収集品全部から指紋、採ったんでしょうね」
「ああ。被害者の指紋が多数ある他、身元不明の古いのが出たとしか聞いていない。それらは犯人のものではないと考えられている。以前の所有者の指紋と見なすのが妥当だ」
「犯人が被害者のコレクションを物色したとしたら、当然、手袋をはめていたはず。手袋をして触ると、触った箇所が拭き取られたようになるのでは。手袋で触った箇所があったとしたら、想定される犯人の手のサイズが分かるはず……」
「そこまでは聞いてないな。重要事項だから、聞いてないってことは、なかったんだと思うぞ。犯人が最初から高値で売れる物に狙いを付けていたのなら、物色せずにそいつだけいただいて立ち去ったのかもしれない」
「そうですね、その方が納得できる。若林某が犯人である積極的な証拠がほしいところなんですが、他に何があるだろう……」
「悩むことか?」
意外そうに目を見開く五所川原。そんな彼を見て、栄尾口もまた目を丸くした。
「え、五所川原さんはもう何か掴んだということですか」
「現場からコレクションを一品でも盗み出したのなら、そいつを持っているか、売り払っているかしてるだろ。決め手になり得る」
「あ……」
何だ、そんな単純なことか。栄尾口は全身から力が抜けるのを感じた。
「さすが刑事だなあ」
「おいおい、全然たいしたことじゃないぞ。皮肉にしか聞こえんよ」
「いや、僕は不慣れなせいか、思い付かなかったもので」
そう言ったとき、事務所の電話が鳴った。一番近くにいた大前田が電話機を指差しながら、「私が出ようか?」と栄尾口の方へと振り向く。
栄尾口は「いや、いい」と言いながら移動し、送受器を持ち上げた。こちら栄尾口工探偵事務所です云々と、決まり文句で受け答えを始める。と同時に、手元ではメモを取り始めていた。いつものことだ。
が、ある瞬間、彼はいささか頓狂な声を上げた。
「――えっ? あ、すみません、よく聞き取れなかったもの。もう一度お名前をお願いします」
気になった大前田と五所川原が、相次いでそのメモ覗き込む。すると彼らも息を飲んだ。
メモには「若林春一」と書き記されている。
「大変珍しいビデオソフトを売り払いたいが、最も高値を付けてくれる業者か個人を探したいと、こういうことですね。はい、AV部門の範疇です。ただ、ちょっとだけお時間をいただけますでしょうか。今抱えている案件の報告が今日でして、それが片付いてからということで。ええ、はい、本日の午後三時に、折り返しで電話を差し上げる形に。あ、かまいませんか。どうもありがとうございます。それではそのときにまた、詳しいことを詰めるとしましょう。はい、失礼いたします」
電話を切った栄尾口に、五所川原が詰め寄った。
「おい切っちまうのかよ。今の、メモにある若林ってのが電話してきたんだろう?」
「見たんですか。ええ、その通りで」
「珍しいソフトを売り払いたいから相手を探せ、だって? まさしく思い描いていた犯人像に重なるじゃないか。ビデオソフトの名前こそ分からないが」
「はい、僕も五所川原さんに聞いてもらいたいくて、ああいう電話になりました」
「だったら、即座に依頼を受けて、この事務所なりどこか喫茶店なりにおびき寄せたらよかったんじゃないか。俺達警察に遠慮したのか?」
「いえいえ」
栄尾口は顔の前で片手を左右に振った。
「依頼を正式に受けちゃうと、守秘義務が発生しますから。建前ではありますが、仕事上知った事実を、警察にも話せなくなる。それは避けたかったんですよ」
苦笑交じりにこう説明した探偵に対し、五所川原は呆れたように嘆息した。
「妙なところで拘りを持つ人だな、あんたって」
「守るべきラインをいくつか持っておかないと、際限がなくなりそうなので」
栄尾口は話しながら、右手をひらひらさせて、何か探す風に机周りを見やる。
「そこいうもんかね。ま、俺からすれば遵法意識の高い探偵は、使いやすくて助かるね。にしても、若林は何でまたここに依頼するんだろうな? 当然、依頼料が発生するってのに。中古品を買い取る店に持ち込めば、査定は無料のところも多いだろう」
「多分、法律に引っかかるような代物、少なくともグレーな品物なんじゃないですか、正規の店に買い取らせるのも、ネットオークションへの出品も端から考えていない様子でしたから。お、あった」
独り言を口にし、彼が手に取ったのは置き型の目覚まし時計。プラスティックでできたいかにも安物のそいつを裏返し、つまみをいじる。
「それにしてもやってみるもんですねえ、AV部門も。どうやら犯罪者の方から食い付いてくれるなんて」
そうして机に置いた目覚まし時計は、二時五十五分にベルが鳴るようにタイマーセットがされていた。
終わり
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