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エピソード4:処女懐胎 1
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石造りの家屋の中、うなだれる女性が一人。
彼女の横には同じ年頃の男性、正面には顔にしわの多い老いた男性が座っていた。
「早く孫の顔が見たいもんだ」
歳の行った男が口を開いた。案外、張りのある声。
「早くしてくれんと、俺も若くないからなあ。はっ、わはは!」
彼は豪快に笑った。
他の二人も、つられたように笑みを浮かべる。仕方なしに笑っているような印象だ。
「跡取りは、こうしてギルがやってくれとるから心配ないんだが、やっぱりなあ。頼むから、ベラさん。息子と協力して、頑張ってくれよ」
多少、下品な色が混じったが、それでも彼は真剣だ。息子のギルの背を叩きながら、その嫁、ベラに浅く頭を下げた。
「……はい」
ベラはやっと聞こえる程度の声で言って、小さくうなずいた。その動作もかすかだったため、うつむいたままなのと一緒だ。
「そうかしこまらなくたって、かまわんよ。まあ、俺がおっても邪魔なだけだな。さっさと退散するとしよう」
「酔いは抜けたかい?」
すぐに立ち上がったのはギル。まだ膝も立てていなかった父――モルダー=カスティオン――の手を取り、引っ張る。
「あ、ああ。あの程度、何ともない。じゃあ、なっ」
「送ろうか」
「平気だと言っとるだろうが。年寄り扱いしくさって」
やや乱暴に息子の手を払うと、どすどすと足音をさせ、モルダーは息子の家を出た。
二人のため息が、彼らが残された空間の大部分を占めた。
つい一時間ほど前まで晴れていた空は、いつ降り出してもおかしくない、どんよりとした模様を急速に濃くしつつあった。
アニタは気味悪かったが、隣のキーナはそうでもないようだった。むしろ、状況を面白がっているような表情を見せている。
「よしなさいよ」
目の前の女に聞こえぬよう、キーナに囁いてみても、従う気配はない。いいからいいからと言わんばかり、片手をひらひらさせている。
「お祈りを始めてよろしいかしら」
女が言った。大学帰りのアニタとキーナに声をかけてきた彼女は、何の脈絡もなしに、「お祈りさせてください」と申し出てきた。
見れば、やせぎすの身体に、くたびれた黒い服をまとっている。やせているせいか、背が高い印象がある。髪は長く、手入れをすれば美しくなりそうだが、今はその逆である。小さな目、魔法使いの老女を想起させかねない鷲鼻と、目鼻立ちもぱっとしない。唇だけは薄く、血色がよいのだが、かえってそれが異様だ。
天気の悪さもあって、アニタは関わり合いになるのを避けようと、歩みを速めようとした。が、キーナの方が立ち止まってしまったのである。
「将来、いい奥さんになれるよう、祈ってくれるんだって。アニタもやればいいのに」
「遠慮する」
「どうしてよ。ただなのに」
キーナはどうやら、お金がかからないことに最も引かれたよう。
「いいわ。私だけ、お願いします」
女の方へ向き直ると、キーナは軽く頭を下げた。金色のお下げが二つ、上下に揺れる。
「分かりました」
女の話し声は抑揚に乏しい。アニタはますます気味悪く感じながら、相手を見守った。
女は両手を胸の高さに組んでから、キーナの左横に立つと、その場にゆっくりとしゃがんだ。かざした手が、ちょうど腰の辺りに来る。
「力を抜いてください」
「は、はい」
少しは緊張しているのか、慌てて返事するキーナ。そのため、逆に力が入ってしまった様子だ。
「深呼吸をしてみましょう」
促され、素直に従うキーナ。
「落ち着きましたでしょうか」
「と、思いますけど」
「では」
女は組んでいた手を解くと、その間にキーナの身体が来るように、前へと伸ばした。左手がキーナの腹部、右手が腰部のすぐ上で止まる。
それから女は何やら呪文らしき言葉を唱え始めたが、声量が小さい上、外国語らしく、さっぱり聞き取れない。アニタの友人は、さすがに居心地悪そうだ。人通りは少ないとは言え、昼間、往来でこんなことをされれば、当然だろう。
「……終わりました」
女が言った。
「いいんですか?」
「はい。あなたのお名前は」
「キーナ=ローズです」
「キーナ=ローズさん、あなたがお幸せになりますよう、心から願います。それから」
口調が変わったように、アニタには感じられた。
「子供をお生みになったら、どんな名前を付けます? その子にもお祈りさせてもらおうと思うのです」
「あ――いきなり言われても……ねえ、アニタ?」
「そ、そうよね」
女に対するアニタの印象は、さらに悪くなった。
「私が名前を差し上げましょう。男の子なら……アーメッド、女の子なら……ベニーがいい。その子も幸福になるし、あなたにも幸福をもたらすわ。きっとねえ」
「え、ええ……」
ここに来て、ようやく身体を引き気味にするキーナ。でも、今度は意識の方が呆然としてしまっている。
「そ、それじゃ、これで」
アニタはキーナの手を引っ張り、女の前から立ち去ろうとした。
女は少しも気を悪くした素振りを見せず、にっこりと微笑んできた。
「お幸せに」
夏期休暇で久しぶりに帰ってきた孫娘に、スティーブン=ロビンソンは暗さを感じ取った。いつもは笑顔で挨拶してくれるのが、今日に限って、黙ったままである。
「アニタ、お帰り」
「――ただいま帰りました、おじいさま」
声をかけても素っ気なく、そのまま自分の部屋に向かう気配である。
「母さんに顔は見せたのかい?」
「ええ」
会話が続かない。アニタは部屋に入ってしまった。
スティーブンは、がたの来つつある足腰に無理を言って、階段を駆け下りた。
「ベルサさん」
アニタの母――スティーブンから見て義理の娘に当たる――ベルサの姿を求め、あちこち部屋を覗いて回る。
「ベルサさんっ」
「何でしょうか、お義父さん」
台所から現れたベルサは、手を布巾でよく拭っている。洗い物か何かの最中だったらしい。
「珍しく大声を出されるから、びっくりしましたわ」
「ベルサさん、アニタを見て何か感じんかったかね」
「ああ、それですか」
ベルサの表情に、わずかに影が差す。彼女もおかしいと感じていたらしい。
「何か、落ち込んでいるみたい」
「私もそう見えた。思い当たる節はないかね」
「さあ……。寮から戻って来て、いきなりですし」
「私は訳を聞こうとしたんだが、うまく行かんかった。何も聞かなかったかな、ベルサさんは?」
「今すぐは難しいと判断しましたから。折を見て聞き出してみますわ」
「そういうものか、ふむ。難しい年頃になって来よった。気を付けないと意志の疎通が断たれてしまいかねん」
両腕を広げるスティーブンに、ベルサは苦笑した。
「そんな大げさな。あの子はそんなことありませんよ」
「母親のあんたがそう言ってくれると、私もほっとするが……。こんなこと、言いたくないんだが、ヘンリーがおらんようになったことが影響してなけりゃいいんだがねえ」
「――そうですわね」
亡き夫の名を出されたためか、ベルサの反応は一拍、遅れた。
「とにかく、注意しておきます」
「頼みますよ」
スティーブンは、とりあえずの義務を果たした気分になって、落ち着いた。そうして、行きとは別人のように、ひょこ、ひょこっと階段を昇り始めた。
スティーブン=ロビンソンを訪ねたアベルは、博士にいつもの快活さがないのを見て取った。
「どうかされたんですか」
「ん? 何がだね」
星々の運行表から目を上げるロビンソン博士。
「お元気がないように見える」
「そうかね……」
「私が余計な相談を持ちかけたせいで、博士の研究が進まず、迷惑をかけているのではありませんか?」
「いや、そんなことはない。気にしないでくれ」
「しかし」
「……相談、ね。ふむ。一つ、こちらの相談にも乗ってくれるかな。なに、気休めになればいいんだ、深刻に受け止めることはない」
「はあ。私で役に立つのであれば、喜んで」
アベルは手元のノートを閉じた。
ロビンソン博士も書類を机に追いやり、アベルへと向き直る。
「孫娘のことなんだよ」
「お孫さん……アニタさんがどうかしましたか?」
つい先日、初めて顔を合わせたアニタ=ロビンソンの容姿を思い浮かべるアベル。なかなか理知的な顔立ちをしていると、そのとき感じた一方、人見知りする質なのか、ほとんど会話しなかった点も気になっていた。
「実に失礼な態度を、君に対しても取っておると思うが」
「そんなことは」
「嘘を言わんでいい。あの子は、私らに対してもそうなんだよ」
「……博士や母親に対しても、ですか」
「ああ。誤解してほしくないのは、今年の春、帰って来たときはこんな態度ではなかったということだ。この夏になって、ああいう風になってしまった」
「何かあったのではないですか。例えば、大学で」
「そこなんだが……聞いても答えてくれん」
難しい顔になり、腕組みするロビンソン。
アベルはいささか困惑を覚えた。
「博士ご自身やベルサさんをして何も聞き出せないのでしたら、私なぞお呼びでないでしょう。アニタさんとはこの夏初めて、顔を合わせたのですから、なおさらです」
「それは分かっておるよ。考えてもらいたいのは……君のところのフランク君、彼は尾行は得意かね?」
「尾行……できないことはないと思いますが」
相手の言わんとすることが飲み込めず、アベルは手を返して説明を求めた。
「孫娘はときどき、ふいと出かけおる。行き先を尋ねても、話そうとせんのだ。
それが気がかりでの」
「私が言うのもあれですが……。彼女も立派な学生なのだから、そこまで気にせずともいいのではないですか」
「そうかもしれん。しかし……笑わんでくれよ。万が一、悪い男につかまりでもしたんじゃないかと思うと、気になって仕方がない」
アベルは呆れて、いささか興味を失いかけていた。
が、考え直す。魔玉の謎を解明するためには、今のところ、天文学の線しか思い当たらない。その天文学の専門家の中でアベルが頼れるのは、目の前のスティーブン=ロビンソンただ一人しかいない。
「顔の割れていない者、例えばフランクにアニタさんをつけさせて、何ともないと分かれば、それで安心できるのですね?」
「ああ、まあ、そうかな。できれば、前のように会話を交わしたいものだが」
「分かりました。幸い、カインも目立った動きを見せていません。フランクを当たらせてみましょう」
「そうかね。いや、ぜひ、頼むよ」
ロビンソン博士が顔をくしゃくしゃにして喜ぶのを見て、アベルは軽く息をついた。
彼女の横には同じ年頃の男性、正面には顔にしわの多い老いた男性が座っていた。
「早く孫の顔が見たいもんだ」
歳の行った男が口を開いた。案外、張りのある声。
「早くしてくれんと、俺も若くないからなあ。はっ、わはは!」
彼は豪快に笑った。
他の二人も、つられたように笑みを浮かべる。仕方なしに笑っているような印象だ。
「跡取りは、こうしてギルがやってくれとるから心配ないんだが、やっぱりなあ。頼むから、ベラさん。息子と協力して、頑張ってくれよ」
多少、下品な色が混じったが、それでも彼は真剣だ。息子のギルの背を叩きながら、その嫁、ベラに浅く頭を下げた。
「……はい」
ベラはやっと聞こえる程度の声で言って、小さくうなずいた。その動作もかすかだったため、うつむいたままなのと一緒だ。
「そうかしこまらなくたって、かまわんよ。まあ、俺がおっても邪魔なだけだな。さっさと退散するとしよう」
「酔いは抜けたかい?」
すぐに立ち上がったのはギル。まだ膝も立てていなかった父――モルダー=カスティオン――の手を取り、引っ張る。
「あ、ああ。あの程度、何ともない。じゃあ、なっ」
「送ろうか」
「平気だと言っとるだろうが。年寄り扱いしくさって」
やや乱暴に息子の手を払うと、どすどすと足音をさせ、モルダーは息子の家を出た。
二人のため息が、彼らが残された空間の大部分を占めた。
つい一時間ほど前まで晴れていた空は、いつ降り出してもおかしくない、どんよりとした模様を急速に濃くしつつあった。
アニタは気味悪かったが、隣のキーナはそうでもないようだった。むしろ、状況を面白がっているような表情を見せている。
「よしなさいよ」
目の前の女に聞こえぬよう、キーナに囁いてみても、従う気配はない。いいからいいからと言わんばかり、片手をひらひらさせている。
「お祈りを始めてよろしいかしら」
女が言った。大学帰りのアニタとキーナに声をかけてきた彼女は、何の脈絡もなしに、「お祈りさせてください」と申し出てきた。
見れば、やせぎすの身体に、くたびれた黒い服をまとっている。やせているせいか、背が高い印象がある。髪は長く、手入れをすれば美しくなりそうだが、今はその逆である。小さな目、魔法使いの老女を想起させかねない鷲鼻と、目鼻立ちもぱっとしない。唇だけは薄く、血色がよいのだが、かえってそれが異様だ。
天気の悪さもあって、アニタは関わり合いになるのを避けようと、歩みを速めようとした。が、キーナの方が立ち止まってしまったのである。
「将来、いい奥さんになれるよう、祈ってくれるんだって。アニタもやればいいのに」
「遠慮する」
「どうしてよ。ただなのに」
キーナはどうやら、お金がかからないことに最も引かれたよう。
「いいわ。私だけ、お願いします」
女の方へ向き直ると、キーナは軽く頭を下げた。金色のお下げが二つ、上下に揺れる。
「分かりました」
女の話し声は抑揚に乏しい。アニタはますます気味悪く感じながら、相手を見守った。
女は両手を胸の高さに組んでから、キーナの左横に立つと、その場にゆっくりとしゃがんだ。かざした手が、ちょうど腰の辺りに来る。
「力を抜いてください」
「は、はい」
少しは緊張しているのか、慌てて返事するキーナ。そのため、逆に力が入ってしまった様子だ。
「深呼吸をしてみましょう」
促され、素直に従うキーナ。
「落ち着きましたでしょうか」
「と、思いますけど」
「では」
女は組んでいた手を解くと、その間にキーナの身体が来るように、前へと伸ばした。左手がキーナの腹部、右手が腰部のすぐ上で止まる。
それから女は何やら呪文らしき言葉を唱え始めたが、声量が小さい上、外国語らしく、さっぱり聞き取れない。アニタの友人は、さすがに居心地悪そうだ。人通りは少ないとは言え、昼間、往来でこんなことをされれば、当然だろう。
「……終わりました」
女が言った。
「いいんですか?」
「はい。あなたのお名前は」
「キーナ=ローズです」
「キーナ=ローズさん、あなたがお幸せになりますよう、心から願います。それから」
口調が変わったように、アニタには感じられた。
「子供をお生みになったら、どんな名前を付けます? その子にもお祈りさせてもらおうと思うのです」
「あ――いきなり言われても……ねえ、アニタ?」
「そ、そうよね」
女に対するアニタの印象は、さらに悪くなった。
「私が名前を差し上げましょう。男の子なら……アーメッド、女の子なら……ベニーがいい。その子も幸福になるし、あなたにも幸福をもたらすわ。きっとねえ」
「え、ええ……」
ここに来て、ようやく身体を引き気味にするキーナ。でも、今度は意識の方が呆然としてしまっている。
「そ、それじゃ、これで」
アニタはキーナの手を引っ張り、女の前から立ち去ろうとした。
女は少しも気を悪くした素振りを見せず、にっこりと微笑んできた。
「お幸せに」
夏期休暇で久しぶりに帰ってきた孫娘に、スティーブン=ロビンソンは暗さを感じ取った。いつもは笑顔で挨拶してくれるのが、今日に限って、黙ったままである。
「アニタ、お帰り」
「――ただいま帰りました、おじいさま」
声をかけても素っ気なく、そのまま自分の部屋に向かう気配である。
「母さんに顔は見せたのかい?」
「ええ」
会話が続かない。アニタは部屋に入ってしまった。
スティーブンは、がたの来つつある足腰に無理を言って、階段を駆け下りた。
「ベルサさん」
アニタの母――スティーブンから見て義理の娘に当たる――ベルサの姿を求め、あちこち部屋を覗いて回る。
「ベルサさんっ」
「何でしょうか、お義父さん」
台所から現れたベルサは、手を布巾でよく拭っている。洗い物か何かの最中だったらしい。
「珍しく大声を出されるから、びっくりしましたわ」
「ベルサさん、アニタを見て何か感じんかったかね」
「ああ、それですか」
ベルサの表情に、わずかに影が差す。彼女もおかしいと感じていたらしい。
「何か、落ち込んでいるみたい」
「私もそう見えた。思い当たる節はないかね」
「さあ……。寮から戻って来て、いきなりですし」
「私は訳を聞こうとしたんだが、うまく行かんかった。何も聞かなかったかな、ベルサさんは?」
「今すぐは難しいと判断しましたから。折を見て聞き出してみますわ」
「そういうものか、ふむ。難しい年頃になって来よった。気を付けないと意志の疎通が断たれてしまいかねん」
両腕を広げるスティーブンに、ベルサは苦笑した。
「そんな大げさな。あの子はそんなことありませんよ」
「母親のあんたがそう言ってくれると、私もほっとするが……。こんなこと、言いたくないんだが、ヘンリーがおらんようになったことが影響してなけりゃいいんだがねえ」
「――そうですわね」
亡き夫の名を出されたためか、ベルサの反応は一拍、遅れた。
「とにかく、注意しておきます」
「頼みますよ」
スティーブンは、とりあえずの義務を果たした気分になって、落ち着いた。そうして、行きとは別人のように、ひょこ、ひょこっと階段を昇り始めた。
スティーブン=ロビンソンを訪ねたアベルは、博士にいつもの快活さがないのを見て取った。
「どうかされたんですか」
「ん? 何がだね」
星々の運行表から目を上げるロビンソン博士。
「お元気がないように見える」
「そうかね……」
「私が余計な相談を持ちかけたせいで、博士の研究が進まず、迷惑をかけているのではありませんか?」
「いや、そんなことはない。気にしないでくれ」
「しかし」
「……相談、ね。ふむ。一つ、こちらの相談にも乗ってくれるかな。なに、気休めになればいいんだ、深刻に受け止めることはない」
「はあ。私で役に立つのであれば、喜んで」
アベルは手元のノートを閉じた。
ロビンソン博士も書類を机に追いやり、アベルへと向き直る。
「孫娘のことなんだよ」
「お孫さん……アニタさんがどうかしましたか?」
つい先日、初めて顔を合わせたアニタ=ロビンソンの容姿を思い浮かべるアベル。なかなか理知的な顔立ちをしていると、そのとき感じた一方、人見知りする質なのか、ほとんど会話しなかった点も気になっていた。
「実に失礼な態度を、君に対しても取っておると思うが」
「そんなことは」
「嘘を言わんでいい。あの子は、私らに対してもそうなんだよ」
「……博士や母親に対しても、ですか」
「ああ。誤解してほしくないのは、今年の春、帰って来たときはこんな態度ではなかったということだ。この夏になって、ああいう風になってしまった」
「何かあったのではないですか。例えば、大学で」
「そこなんだが……聞いても答えてくれん」
難しい顔になり、腕組みするロビンソン。
アベルはいささか困惑を覚えた。
「博士ご自身やベルサさんをして何も聞き出せないのでしたら、私なぞお呼びでないでしょう。アニタさんとはこの夏初めて、顔を合わせたのですから、なおさらです」
「それは分かっておるよ。考えてもらいたいのは……君のところのフランク君、彼は尾行は得意かね?」
「尾行……できないことはないと思いますが」
相手の言わんとすることが飲み込めず、アベルは手を返して説明を求めた。
「孫娘はときどき、ふいと出かけおる。行き先を尋ねても、話そうとせんのだ。
それが気がかりでの」
「私が言うのもあれですが……。彼女も立派な学生なのだから、そこまで気にせずともいいのではないですか」
「そうかもしれん。しかし……笑わんでくれよ。万が一、悪い男につかまりでもしたんじゃないかと思うと、気になって仕方がない」
アベルは呆れて、いささか興味を失いかけていた。
が、考え直す。魔玉の謎を解明するためには、今のところ、天文学の線しか思い当たらない。その天文学の専門家の中でアベルが頼れるのは、目の前のスティーブン=ロビンソンただ一人しかいない。
「顔の割れていない者、例えばフランクにアニタさんをつけさせて、何ともないと分かれば、それで安心できるのですね?」
「ああ、まあ、そうかな。できれば、前のように会話を交わしたいものだが」
「分かりました。幸い、カインも目立った動きを見せていません。フランクを当たらせてみましょう」
「そうかね。いや、ぜひ、頼むよ」
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