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エピソード4:処女懐胎 3
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「キーナを助けたいんだね、アニタ?」
フランクが話しかけると、アニタはこくりと静かにうなずいた。
「どうすればいいのか、頭が混乱して……そのまま生んでいいものかどうかも分かりません」
「生むかどうかは、判断しにくい問題だ」
右手の人差し指を振るアベル。本腰を入れ、考え始めたのだ。
「まず、原因を探りたいのです。原因が分かれば、対処のしようも見つかるかもしれない。あなたが気付いた範囲でかまわない、何か心当たりはありませんか?」
「それが……あります」
アベルの予想に反して、アニタはきっぱりと断言した。
「それは?」
「一笑に付されると思い、これまで誰にも話さないできましたが……。一つ、気にかかることがあります。
私達二人は、大学で初めて知り合ったのですが、話してみると故郷も近くだと分かったので、ますます親しくなりました。ですから、長期休暇が始まれば、一緒に帰って来ます。今夏の休みもそうでした。S**駅に着いて、あとはバスに乗るだけでしたのに……時間があったし、買い物もしたかったので、私達は駅周辺の店を覗いて回ろうとしました。それがいけなかったのかもしれません」
後悔しているのか、アニタは言葉を切った。
アベル達は続きを黙って待った。
「――歩いていると、一人の女性が近付いてきました。そしてこう言うのです、『あなたのためにお祈りさせてください』。女性の風貌はとてもやせていて、病人じみて見えました。服装も決して上等とは言えません。私は気味悪くて、無視しようとしました。けど、あの子――キーナは面白がって、相手の話に付き合い始めました。二人の間で交わされた会話がどんな内容だったか、私は感心がありませんでしたので、うろ覚えなのですが、『将来、よい母親になるためのお祈りをする』とか『子供に恵まれるようになる』とか、そんなことだったかと思います」
「キーナさんはお祈りを受けたんですね。どんなお祈りでした?」
「女性がキーナの横に立ち、両手でキーナの身体を挟むように――触れはしませんでした――して、そう、高さはお腹の位置です。お腹と腰の辺りに手のひらを平行にかざす感じでしたわ。それからその女性は、外国語らしい言葉で呪文を唱えました。何を言ったのか、まるで聞き取れませんでした。それでお祈りは終わって……そうだわ、キーナに名前を聞いて、答えると、『キーナ=ローズさん、生まれる子供に名前を付けるなら何がいいか』とか何とか。キーナが困っていると、相手は勝手に名前を口にしました。確か……アーメッドとベニー、二つの名前を。……これだけです」
気のせいか、話し終えたアニタの顔色はよくない。思い出すだけで気分が悪くなったのかもしれない。
「その女性はどこへ?」
アベルが質問する。
「見ていません。最後にはキーナも気味悪くなって、私達、逃げるようにその場を立ち去りましたから」
「お金は取られなかったのかね?」
ロビンソンが心配そうに言った。
「はい。ただただ、祈りを求めてきただけでしたわ」
「奇妙な話で、実に暗示的ですね……うむ」
腕を組むアベル。
「何とかなるでしょうか、アベルさん、フランクさん?」
「正直なところ、任せてくださいとは言えません。だが、放置してもおけない。手を打ってみましょう。何かが分かるまで、アニタ、君はキーナさんの側についてあげるといい。それが彼女の力になるはずだ」
気休めだなと内心では思いつつ、アベルはアニタを励ました。
「博士、もしやと思いますが、魔玉との関係があるかもしれません。念のために注意していてください」
「あ、ああ。分かった。君達もな」
「ありがとうございます。急ぎの用もできたことなので、すぐに失礼を。行こう、フランク。まずはコナン警部に」
アベルの声に、フランクは素早く立ち上がった。
「アベル。君の言っていた妙な女のことだが」
アベルの家に入り、応接の間の椅子に腰掛けるなり、始めたコナン=ヒュークレイ警部。
フランクに呼ばれたアベルは、個室から飛び出してきて、同じように着席した。
「何か分かったと?」
「S**駅周辺で聞き込んだだけでも、いくつかの証言を得られた。アニタ、だっけ? その子の証言するような風貌の女性が一時期、駅の辺りを徘徊していたのは間違いなさそうだ」
「お祈りをされた人はいましたか?」
フランク、そしてアベルの気がかりは、その点だった。
「いや、調べた範囲ではおらん。お祈りを持ちかけられた人は何人もいたんですがね。全て断って、逃げている。ああっと、お祈りさせてくれと言われたのは、全員が女性だ。本人達に会えた訳じゃないからはっきりしないが、二十代から三十代ぐらいを対象としていたようだ」
「現時点では、問題の女性は姿を見せなくなったんだね?」
「そのようだ。一応、駅の界隈に張り込みをさせてはいるが、期待薄だろう。しかしなあ、その女性が本当に罪を犯したのかどうか、分からんのだろ?」
「怪しいとしか言えませんね、今のところ。それより警部。もう一つの件は?」
「妊娠に関わる異常、か? 漠然とし過ぎ。唯一具体例として君が示したのは、処女なのに妊娠の兆候を見せている女性がいるかどうか、なんて馬鹿げたものだ」
「では、そういう例は報告されていないと」
「ああ。病院の方だってガードが堅いんだ。何も起こっていないのに、ずかずか入り込んで、調べられるはずもなかろう」
「他の異常例には、どんなものがあったか、教えてください」
「ん? ああっと、そうですな」
面倒くさそうに手帳を開く警部。
「どう統計を取るべきやら、分からん。とにかく、症例だけ挙げましょう。子宮外妊娠は十を越えている。手足の欠損といった様々な奇形が四つ。シャム双生児等はなかった。それから、これが分からんのだが……想像妊娠らしき症状の後、当人が死亡。何のことだ、こりゃ?」
「想像妊娠? それはつまり、胎児はできていなかったってことですね」
「分からんと言ってるだろう」
癇癪を起こしたように吐き捨てるコナン警部。
「こっちが聞きたいよ。死んだ女性の名は、デスピナ=スポックとあるだけだ。若い俳優らしい」
「警部、そこの病院の医師の名前、教えてください。直接、話がしたい」
「いいとも。ポール=バリアント。病院は市立の」
警部の言葉を書き留めると、アベルは礼を言った。
「さあ、すぐにでも行かないと、キーナの命に関わるかもしれない。警部、これは特殊な症例のはずだよ。もう一度、この症例に限って、各産婦人科医院を当たってもらえないかな」
「そうそう人員を割けないんだ。あやふやな話では、動くに動けないのは、これまでの経験から、君もよく分かってると思っていたがね」
皮肉めいた口調だったが、コナン警部は腰を上げた。
「やってくれるんですか?」
「幸い、大事件は抱えていません。ははっ」
片手を小さく振る警部に、アベルは会釈を返した。
ポール=バリアントは、外見から、比較的若い医師のように感じられた。眼鏡をかけ、金髪を短く刈り、こざっぱりとしている。背はさして高くないが、人――妊婦を安心させるであろう笑顔の持ち主だ。
「まともに取り合ってもらえるとは、意外です」
話を聞きたい旨を伝えると、すぐに時間を取ってくれただけあって、バリアントは協力的に始めた。
「意外ですが、ほっとしてもいます。目の当たりにした私でさえ、とても信じられない出来事でしたからね。今ではあれは夢かと思い、一日も早く忘却しようとするもう一人の自分がいるのです。第三者に伝えたかった」
「私達とて信用するかどうかまでは、まだ言えませんが、興味を持っているのは事実です」
アベルも気さくな調子で応じる。
「ただの興味本位ではありません。ある人の命が関わっているかもしれませんし、ある犯罪と関係しているかもしれないのです。そこのところを、よくご了解ください」
「分かっていますよ。警部さんの紹介ですし、信用しています。では、始めましょう。あの方はデスピナ=スポックさんと言いました」
こうしてバリアントが語った、デスピナ=スポックなる女性の死に様は、異様を極めていた。
妊娠した兆候が顕著にも関わらず、胎児の確認ができない。中絶しようにも失敗してばかりで、恐らく不可能と思われる。さらに胎児(らしき存在)の成長が通常と比べて早すぎる。
とにかく、普通に言う産み月が訪れたので、出産の手筈に取りかかるも、うまくいかなかった。母胎にも悪影響が出るため、やむを得ず、帝王切開してみたところ、赤ん坊が見当たらないという奇異。
とにもかくにも、開いた腹を縫い合わせ、様子を見るが、デスピナの苦しみは収まらず、帝王切開から二日後に、死亡した……。
「そのときが、異様さのピークでした」
身震いするポール=バリアント医師。眼鏡の向こうの眼球が、落ち着きをなくしている。
「縫合した彼女の傷が、音を立てて内側から開かれたのです」
「内側、ですか?」
「はい。赤ん坊の手のような物が傷の内側から覗き、傷を開いてしまった。暗い色の肌を持つその赤ん坊は、そのまま全身を現した。かと思ったら、次にはもう消えてなくなったのです」
「消えた……」
医師の言葉を繰り返すしかないアベルとフランクは、呆然と顔を見合わせた。
「デスピナ=スポックさんの遺体は、すぐに解剖されました。死因は大量失血によるショック死と判断されます。そして……彼女は妊娠していたのです。その形跡が認められました」
「……志望者が出ると、警察に報告義務が生じるでしょう。何と報告を?」
「ですから……形式上は、想像妊娠によるショック死、でした。実際にあった妊娠痕は、過去のものだということにして。でも、彼女はかつて一度も妊娠した経験はないそうでしたから、矛盾するのですがね。とにかく、警察にも彼女の関係者にも、これで押し通しました。他に説明のしようがない」
「……仕方ないんでしょう。とやかく言いませんよ、その点については。それでですね、亡くなったデスピナ=スポックは、あなたに何か言っていませんでしたか?」
「何か、とは」
首を傾げるバリアント。
「例えば、道端で女性から子宝に恵まれるよう、お祈りを受けた、という……」
「ああ、言っていましたよ」
目を輝かせたのは、医師だけでない。アベル達二人も同様だ。
「本当ですか!」
「ええ。名前まで決められたって、あのときは冗談めかした世間話のようでしたが。でも、何故、あなた方がこのことを?」
「我々の身近にいる女性が、同じ目に遭っているのです」
「――なるほど」
「彼女を救うためにも、少しでも情報がほしい。お答えいただけますか」
「もちろん。スポックさんが目の前で死んでいくのを、私はどうすることもできなかった。あの無力感は、今後、二度と味わいたくありません」
強い意志が感じられる口調だった。
続く
フランクが話しかけると、アニタはこくりと静かにうなずいた。
「どうすればいいのか、頭が混乱して……そのまま生んでいいものかどうかも分かりません」
「生むかどうかは、判断しにくい問題だ」
右手の人差し指を振るアベル。本腰を入れ、考え始めたのだ。
「まず、原因を探りたいのです。原因が分かれば、対処のしようも見つかるかもしれない。あなたが気付いた範囲でかまわない、何か心当たりはありませんか?」
「それが……あります」
アベルの予想に反して、アニタはきっぱりと断言した。
「それは?」
「一笑に付されると思い、これまで誰にも話さないできましたが……。一つ、気にかかることがあります。
私達二人は、大学で初めて知り合ったのですが、話してみると故郷も近くだと分かったので、ますます親しくなりました。ですから、長期休暇が始まれば、一緒に帰って来ます。今夏の休みもそうでした。S**駅に着いて、あとはバスに乗るだけでしたのに……時間があったし、買い物もしたかったので、私達は駅周辺の店を覗いて回ろうとしました。それがいけなかったのかもしれません」
後悔しているのか、アニタは言葉を切った。
アベル達は続きを黙って待った。
「――歩いていると、一人の女性が近付いてきました。そしてこう言うのです、『あなたのためにお祈りさせてください』。女性の風貌はとてもやせていて、病人じみて見えました。服装も決して上等とは言えません。私は気味悪くて、無視しようとしました。けど、あの子――キーナは面白がって、相手の話に付き合い始めました。二人の間で交わされた会話がどんな内容だったか、私は感心がありませんでしたので、うろ覚えなのですが、『将来、よい母親になるためのお祈りをする』とか『子供に恵まれるようになる』とか、そんなことだったかと思います」
「キーナさんはお祈りを受けたんですね。どんなお祈りでした?」
「女性がキーナの横に立ち、両手でキーナの身体を挟むように――触れはしませんでした――して、そう、高さはお腹の位置です。お腹と腰の辺りに手のひらを平行にかざす感じでしたわ。それからその女性は、外国語らしい言葉で呪文を唱えました。何を言ったのか、まるで聞き取れませんでした。それでお祈りは終わって……そうだわ、キーナに名前を聞いて、答えると、『キーナ=ローズさん、生まれる子供に名前を付けるなら何がいいか』とか何とか。キーナが困っていると、相手は勝手に名前を口にしました。確か……アーメッドとベニー、二つの名前を。……これだけです」
気のせいか、話し終えたアニタの顔色はよくない。思い出すだけで気分が悪くなったのかもしれない。
「その女性はどこへ?」
アベルが質問する。
「見ていません。最後にはキーナも気味悪くなって、私達、逃げるようにその場を立ち去りましたから」
「お金は取られなかったのかね?」
ロビンソンが心配そうに言った。
「はい。ただただ、祈りを求めてきただけでしたわ」
「奇妙な話で、実に暗示的ですね……うむ」
腕を組むアベル。
「何とかなるでしょうか、アベルさん、フランクさん?」
「正直なところ、任せてくださいとは言えません。だが、放置してもおけない。手を打ってみましょう。何かが分かるまで、アニタ、君はキーナさんの側についてあげるといい。それが彼女の力になるはずだ」
気休めだなと内心では思いつつ、アベルはアニタを励ました。
「博士、もしやと思いますが、魔玉との関係があるかもしれません。念のために注意していてください」
「あ、ああ。分かった。君達もな」
「ありがとうございます。急ぎの用もできたことなので、すぐに失礼を。行こう、フランク。まずはコナン警部に」
アベルの声に、フランクは素早く立ち上がった。
「アベル。君の言っていた妙な女のことだが」
アベルの家に入り、応接の間の椅子に腰掛けるなり、始めたコナン=ヒュークレイ警部。
フランクに呼ばれたアベルは、個室から飛び出してきて、同じように着席した。
「何か分かったと?」
「S**駅周辺で聞き込んだだけでも、いくつかの証言を得られた。アニタ、だっけ? その子の証言するような風貌の女性が一時期、駅の辺りを徘徊していたのは間違いなさそうだ」
「お祈りをされた人はいましたか?」
フランク、そしてアベルの気がかりは、その点だった。
「いや、調べた範囲ではおらん。お祈りを持ちかけられた人は何人もいたんですがね。全て断って、逃げている。ああっと、お祈りさせてくれと言われたのは、全員が女性だ。本人達に会えた訳じゃないからはっきりしないが、二十代から三十代ぐらいを対象としていたようだ」
「現時点では、問題の女性は姿を見せなくなったんだね?」
「そのようだ。一応、駅の界隈に張り込みをさせてはいるが、期待薄だろう。しかしなあ、その女性が本当に罪を犯したのかどうか、分からんのだろ?」
「怪しいとしか言えませんね、今のところ。それより警部。もう一つの件は?」
「妊娠に関わる異常、か? 漠然とし過ぎ。唯一具体例として君が示したのは、処女なのに妊娠の兆候を見せている女性がいるかどうか、なんて馬鹿げたものだ」
「では、そういう例は報告されていないと」
「ああ。病院の方だってガードが堅いんだ。何も起こっていないのに、ずかずか入り込んで、調べられるはずもなかろう」
「他の異常例には、どんなものがあったか、教えてください」
「ん? ああっと、そうですな」
面倒くさそうに手帳を開く警部。
「どう統計を取るべきやら、分からん。とにかく、症例だけ挙げましょう。子宮外妊娠は十を越えている。手足の欠損といった様々な奇形が四つ。シャム双生児等はなかった。それから、これが分からんのだが……想像妊娠らしき症状の後、当人が死亡。何のことだ、こりゃ?」
「想像妊娠? それはつまり、胎児はできていなかったってことですね」
「分からんと言ってるだろう」
癇癪を起こしたように吐き捨てるコナン警部。
「こっちが聞きたいよ。死んだ女性の名は、デスピナ=スポックとあるだけだ。若い俳優らしい」
「警部、そこの病院の医師の名前、教えてください。直接、話がしたい」
「いいとも。ポール=バリアント。病院は市立の」
警部の言葉を書き留めると、アベルは礼を言った。
「さあ、すぐにでも行かないと、キーナの命に関わるかもしれない。警部、これは特殊な症例のはずだよ。もう一度、この症例に限って、各産婦人科医院を当たってもらえないかな」
「そうそう人員を割けないんだ。あやふやな話では、動くに動けないのは、これまでの経験から、君もよく分かってると思っていたがね」
皮肉めいた口調だったが、コナン警部は腰を上げた。
「やってくれるんですか?」
「幸い、大事件は抱えていません。ははっ」
片手を小さく振る警部に、アベルは会釈を返した。
ポール=バリアントは、外見から、比較的若い医師のように感じられた。眼鏡をかけ、金髪を短く刈り、こざっぱりとしている。背はさして高くないが、人――妊婦を安心させるであろう笑顔の持ち主だ。
「まともに取り合ってもらえるとは、意外です」
話を聞きたい旨を伝えると、すぐに時間を取ってくれただけあって、バリアントは協力的に始めた。
「意外ですが、ほっとしてもいます。目の当たりにした私でさえ、とても信じられない出来事でしたからね。今ではあれは夢かと思い、一日も早く忘却しようとするもう一人の自分がいるのです。第三者に伝えたかった」
「私達とて信用するかどうかまでは、まだ言えませんが、興味を持っているのは事実です」
アベルも気さくな調子で応じる。
「ただの興味本位ではありません。ある人の命が関わっているかもしれませんし、ある犯罪と関係しているかもしれないのです。そこのところを、よくご了解ください」
「分かっていますよ。警部さんの紹介ですし、信用しています。では、始めましょう。あの方はデスピナ=スポックさんと言いました」
こうしてバリアントが語った、デスピナ=スポックなる女性の死に様は、異様を極めていた。
妊娠した兆候が顕著にも関わらず、胎児の確認ができない。中絶しようにも失敗してばかりで、恐らく不可能と思われる。さらに胎児(らしき存在)の成長が通常と比べて早すぎる。
とにかく、普通に言う産み月が訪れたので、出産の手筈に取りかかるも、うまくいかなかった。母胎にも悪影響が出るため、やむを得ず、帝王切開してみたところ、赤ん坊が見当たらないという奇異。
とにもかくにも、開いた腹を縫い合わせ、様子を見るが、デスピナの苦しみは収まらず、帝王切開から二日後に、死亡した……。
「そのときが、異様さのピークでした」
身震いするポール=バリアント医師。眼鏡の向こうの眼球が、落ち着きをなくしている。
「縫合した彼女の傷が、音を立てて内側から開かれたのです」
「内側、ですか?」
「はい。赤ん坊の手のような物が傷の内側から覗き、傷を開いてしまった。暗い色の肌を持つその赤ん坊は、そのまま全身を現した。かと思ったら、次にはもう消えてなくなったのです」
「消えた……」
医師の言葉を繰り返すしかないアベルとフランクは、呆然と顔を見合わせた。
「デスピナ=スポックさんの遺体は、すぐに解剖されました。死因は大量失血によるショック死と判断されます。そして……彼女は妊娠していたのです。その形跡が認められました」
「……志望者が出ると、警察に報告義務が生じるでしょう。何と報告を?」
「ですから……形式上は、想像妊娠によるショック死、でした。実際にあった妊娠痕は、過去のものだということにして。でも、彼女はかつて一度も妊娠した経験はないそうでしたから、矛盾するのですがね。とにかく、警察にも彼女の関係者にも、これで押し通しました。他に説明のしようがない」
「……仕方ないんでしょう。とやかく言いませんよ、その点については。それでですね、亡くなったデスピナ=スポックは、あなたに何か言っていませんでしたか?」
「何か、とは」
首を傾げるバリアント。
「例えば、道端で女性から子宝に恵まれるよう、お祈りを受けた、という……」
「ああ、言っていましたよ」
目を輝かせたのは、医師だけでない。アベル達二人も同様だ。
「本当ですか!」
「ええ。名前まで決められたって、あのときは冗談めかした世間話のようでしたが。でも、何故、あなた方がこのことを?」
「我々の身近にいる女性が、同じ目に遭っているのです」
「――なるほど」
「彼女を救うためにも、少しでも情報がほしい。お答えいただけますか」
「もちろん。スポックさんが目の前で死んでいくのを、私はどうすることもできなかった。あの無力感は、今後、二度と味わいたくありません」
強い意志が感じられる口調だった。
続く
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