アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~

崎田毅駿

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エピソード4:処女懐胎 6

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 コナン警部が叫ぶ。
 が、しかし。
「まだです! まだ、動いている!」
 フランクの言う通り、ベラは両腕を突っ張ると、上半身を起こした。そして膝をつき、立ち上がろうとする。だが、すでに足がどうにかなっているのであろう、前のめりに倒れた。
 それでも、まだ動こうとするベラ。両手で匍匐前進を始めた。
「フランク、とどめを!」
「……殺したくない」
「何だって?」
 フランクの言葉に、己の耳を疑うコナン警部。
「殺したくないだと?」
「カインの奴から聞かされたんです! この女性がこうなる前の話を。それが事実だとしたら、あまりにも」
「だったら、どうだと言うんだ? 人間に戻せるのか? アベルがそんなことを言ったのか? 私の同僚が何人死んだと思っているんだ!」
「全てはカインのせいだ。と、とにかく、アベルを呼んできてください。お願いします」
 一瞬、ためらったコナン警部。だが、フランクの叫びに必死さを読み取り、すぐにきびすを返した。
 ロビンソン邸に駆け込むと、彼はアベルの姿を探した。

 フランクは、できることならベラを助け起こしたかった。
「やめてくれ、ベラ」
 先ほどから何度呼びかけても、彼女の耳には届かないらしい。相変わらず、這ってでも邸内を目指している。
「カインはあんたを見捨てた。もう奴に忠誠を尽くすことはない。大人しくしてくれ、頼む」
 ベラは止まらない。
 アベルがコナン警部と共に外に出て来た。
 フランクはベラの側を離れ、二人のいるところへ向かった。
「アベル、助ける方法はないんですか?」
「分からない。だが、助けたいのは私も同意見だ」
「何ですと?」
 今度はコナン警部が慌てる番のようだ。アベルの前に立ち、両腕を掴んで揺すぶる。
「何故ですか?」
「彼女――ベラを死なせると、キーナが助からないかもしれない。我々の目的の第一は、キーナの命を救うことだ。それを忘れてはならない」
「……そうか」
 警部はわざとらしく、せき払いをした。
「ベラが死ぬと、キーナはどうなるのか? キーナのお腹の中にいる闇の赤子はどうなるのか? 分からないことばかりだ」
「いったい、どうする気だ? この女を助ける方法も分からないんだろう?」
 まだ近付きつつあるベラを、じっと見やる警部。その目には、複雑な感情が渦巻いているようだ。
「真っ先に思い付くのは、魔玉を外すことだが」
 フランクへ視線を投げてくるアベル。
 魔玉は心臓に密着する形ではめ込まれている。装着する際に、すでに生死の境をさまようほどの困難を伴う。それを外すとどんなことになるのか、誰にも想像できない。
「自分には……思い切れるかどうか」
「そうだろうな……。警部。とにかく、ベラを収容したい。両腕さえ封じれば、危険はないでしょう。キーナの容態にもよるが、ぎりぎりまで研究してみようじゃないか」
「そうですな……車の手配をしましょう」
 コナン警部は再び邸内へと走った。
「アベル……」
 フランクはアベルに話しかけずにはおられなかった。
「ベラを見るに忍びないんです。でも、離れてはまずいでしょうね……」
「そ、そうだな」
 アベルが肩越しにベラを振り返ったときだった。
 ベラが立ち上がっていた! 両手を大きく広げ、今にもアベルの身体を挟もうとしている。
「危ないっ」
 思い切り手を伸ばすフランク。
 何も考えていなかった。考えていたとすれば、アベルを救うこと、ただ一つ。
 右手の五指がベラの左胸を抉るように捕らえ、そこにあった魔玉に爪がかかった。
「フ、フランク……」
 とっさに自らの身体を倒していたアベルは、そこに展開されている光景に、声をなくした。

 ロビンソン博士とアニタを前に、アベルとフランクは改めて尋ねた。
「本当に、キーナは助かったのかい?」
「ええ」
 アニタがうれしそうにうなずく。
「まだ完全に復調した訳ではないようですけど、バリアント先生も太鼓判を押してくださっています。一週間もすれば治るだろうって」
 これまでになくはしゃいでいる。この辺は、まだまだ子供のようだ。
「そうか……よかった」
 やっと安心できる。アベルとフランクは互いに顔を見合わせ、深くうなずいた。二人の面に、自然に笑みが浮かぶ。
「どうやったのだね」
 ロビンソン博士が興味深そうに聞いてくる。
「アベルが襲われるのを見て、とっさのことだったんです。ベラ=カスティオンの魔玉を取り外した、ただそれだけでした」
「うまくいったのは結果論だ。幸運な偶然だったとしか言い様がない」
 アベルは目を閉じ、首を幾度か小さく振った。
「ベラという女性は、どうなっておるのだね?」
「瀕死の状態で、警察病院へ担ぎ込まれました。現在は、何とか快方に向かいつつあるそうです。魔玉の力が消えているのも、まず間違いないと思われます。まあ、その点も含めて、調べてみなければなりません」
 アベルはそれからポケットに手を入れ、中の物を取り出した。
「これを新たに入手できたのも大きい。今まで以上に、研究を進められる」
 固い口調で語るアベルの手のひらには、丸い、赤い石――魔玉が乗っていた。

――「処女懐胎」.終
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