アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~

崎田毅駿

文字の大きさ
13 / 20

エピソード3:遠眼鏡 4

しおりを挟む
 部屋の中へ、突然、風が流れ込んできた。
「おかしいな」
 怪訝そうに、風の来た窓の方を見やるロビンソン博士。
「昨日、観察のあと、閉め忘れたか……」
「待ってください」
 立ち上がろうとした博士を、言葉で押しとどめるフランク。
「昨日から開け放していたとしても、今になって風が入ってくるなんて、おかしい……。窓は外開きですか?」
「あ? ああ、確か、そうだ」
「それなら、錠を掛け忘れたにしたって、勝手に開くはずがない。博士、アベル。これは誰かが、今しがた、窓を開けたのだと考えるべきでは……」
 フランクの見方に、言葉にならぬ声でうなるアベル。
「誰かが開けただって? ここは二階だよ」
 ロビンソン博士が一笑に付しかけたところに、嘲笑の声がとどろいた。
「――愉快だったよ、フランク・シュタイナー!」
「その声、まさか、カイン?」
 アベルらは立ち上がり、身構える。
「アベル、君も来ているとはね」
 カーテンが揺らめき、その奥から、灰色らしきマントをまとったカインが、ゆらりと姿を現した。わずかに見えた窓ガラスは、きれいに切り取られていた。
「カイン君……」
 呆気に取られたようにつぶやいたのは、ロビンソン博士。いくらアベルから説明を受けていても、かつてのカインを知る者として、現状が把握できない。そんな様子だ。
「お久しぶりですな、ミスターロビンソン」
「逃げてください、博士」
 フランクが前面に出た。
「何をしに来た?」
「今日のところは、君に用はない。無論、アベルにも」
「博士をどうするつもりだと聞いているんだ!」
 アベルが、怒声を上げた。
「――実験台になってもらおうと思ってね」
「実験台?」
 まだ部屋に残っていたロビンソン博士が、裏返った声で言った。
「じゃ、じゃあ、カイン。君は、私の胸を切り裂き、魔玉とかを試すつもりなのか……」
 博士の言葉に対するカインの反応は、わずかだが驚いたもののように見受けられた。
「ほう……そのような言葉が出てくるとは、これまでの事件も知っているのだろうね。大方、アベルのつまらん猿知恵なんだろう」
「やはり、五人の胸を切り裂いて殺したのは、貴様か」
「五人?」
 アベルの質問を、カインはじらすかのようにゆったりとした物言いと身振りで、否定した。
「六人だよ、アベル! 新聞に報道されていないのは、確か、日雇労働者だったかねえ?」
「日雇労働者だって? 眼についての能力を得たくて、職業を選んでいたんじゃなかったのか?」
「フランク、素晴らしいな! そこまで気付いていたとはね。君達にとって第六の男は、覗きを趣味にしていたんだよ。いい趣味じゃないが、試す価値はあった。結果的に失敗だったが」
「どうして、博士を選んだ?」
「おや? そこまで見抜いていながら、分からないのか。これは気分がいい。教えてやろう。ロビンソン、あなたは今でも、望遠鏡を覗いていますよねえ?」
 その一言で、すぐに理解できた。
「天体観測の眼を、試したい訳か」
「ご名答だ。付け加えるならば、学者として優れた頭脳を持つ人間で試せば、成功するんじゃないかと思ってね。そういう条件を満たす者として、我が旧知のスティーブン・ロビンソンは適役だ!」
 カインは素早く、右手をかまえた。
「博士!」
 アベルが叫びながら、ロビンソン博士の腕を掴み、部屋の外へ飛び出した。
「フランク、そこを退くんだ」
「聞けないね」
 扉を背に、立ちふさがるフランク。
「行きたければ、俺を倒すことだ」
「君とは――まだ闘う時期ではないと思っているのだが……。君が隠している能力について、探らないとね。私は完全なる勝利の確信を得るまで、行動に出ない誓いを立てたのだよ」
「誰に誓った? 悪魔にでもか?」
「つまらんジョークだ。確実に君を倒せるならば、あの六人を殺し、今またロビンソンを狙う理由もなくなるのだがね。仕方ないな、今夜は出直すとしよう」
 あっさり引き下がるカインの態度に、フランクは拍子抜けした。
「驚いたようだな」
 愉快そうに、カインは唇を歪めた。
「旧知の間柄のロビンソンへ、敬意の代わりに忠告しておこう。夜道を歩くときは、気を付けろと伝えてくれたまえ」
「くっ、言われなくても、俺が守ってみせる!」
「ふん。いつまで、あんな老人一人にかまっていられるかな。はははは!」
 カインは言い終わらぬか否かの内に、身を翻すと、来たのと同じ窓から飛び出していった。
 すぐさま、フランクはその窓へ駆け寄ったが、闇に紛れたカインの姿を捉えるのは、もはや困難だった。

 ただならぬ気配を察してか、ベルサは階下で一人、おびえてしまっていた。彼女をロビンソン博士に任せ、フランクはカインの言葉をアベルに伝えた。
「まだ狙い続けるつもりですよ、カインの奴……」
「そのようだ。それに」
 カインは去ったとは言え、何かしら気になって仕方がないらしく、仕切りに窓外を見やるアベル。
「『確実にフランクを倒せるなら、ロビンソン博士を狙う理由もなくなる』、
確かに、そう言ったのだね、カインは」
「そんな意味のことを言いました。でも、分からないんです。僕の力では、まだカインを倒すのは無理だ。せいぜい、相打ちがいいところ。現時点では、カインの方が有利でしょう」
 フランクは本心から言った。
「僕には隠している力なんて、何もない」
「――そうか」
 アベルは何か閃いたらしく、視線を窓の外から室内へ戻した。
「これまで二度、君がカインと相対した際、切り抜けられたのは何故か? 二度とも、向こうが君の力をよく知らないという事実を利用した訳だよ……。カインが知りたいのは、フランクの能力の全てだ。この前のワンマン・デュオの件で、君は自分が新たな能力を得たように見せかけた。それをあいつは信じている。そして、その正体を探るために、眼についての特殊能力――遠視のようなものかな――を求めている。この想像に、無理はあるだろうか」
「遠視、ですか」
「そう。カインは思い込んでいるのだ。君が、隠している能力をカインの目の届かぬ場所で試している、とね。それを探るには、その場にいなくても状況を見ることができる、遠視のような能力があれば、一番だろう」
「筋道は通っていますね……」
「分かったことは、まだある」
 アベルが言った。フランクがアベルの顔を見つめると、彼は片目をつむった。
「『今夜は出直すとしよう』、『夜道に気を付けろ』――カインのこれらの言
葉は、夜しか動き回れない奴の不自由な立場を、如実に示しているとは思わないかね?」

 トニー・リッチは、いつになく落ち込んでいた。
(畜生、チルトの馬鹿めが)
 カウンターに上半身を持たせかけるようにしながら、彼はグラスの中身を呷った。いくらか液体がこぼれ、口の周りを濡らす。
(いつまで経っても、三流雑誌の記者止まりだと? 約束が違うだと? 俺がいつ、そんな約束したってんだ!)
 口の周りを手の甲で拭いつつ、腹の中でわめくトニー。ふらふらと揺れる頭からは、冴えない緑色のハンチングがずり落ちそうになっている。
(一流新聞社の記者になって、ばりばり働いてみたいって言う、夢は語ったかもしれねえけどよ。そいつを、あの馬鹿女、勝手に受け取りやがって。その上、何てこと言いやがる。『あなたって、名前と逆ね。いつまでも貧乏なまま。リッチになんかなれやしない』ときたか。はっ、くだらねえぞ!)
「隣、いいかね」
 不意に肩に触れられ、トニーは思わず、席から転げ落ちそうになった。背の高い丸椅子なので、腰が安定していない上、心の中だけでわめいたつもりが外に漏れ聞こえてしまったのかと、慌ててしまった。
「あ……いいですよ」
 見上げると、身なりのいい男が、マントを店の者に預けているところだった。

 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

サウンド&サイレンス

崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

処理中です...