アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~

崎田毅駿

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エピソード3:遠眼鏡 3

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 中に入るなり、そう言ったアベル。室内は、星図が張ってあったり、天体模型が所狭しと並べられたりと、いかにも天文学者の部屋然としている。天文研究のシンボルと言える天体望遠鏡は、窓際に二種類、備えられていた。
「おお、本当に久しぶりだね」
 椅子に腰掛けていた白髪の老紳士が、そのまま身体をこちらに向ける。
「お変わりありませんね……髪の色を除いては」
「ふむ、君も変わっとらんようだ。その口の悪さは」
 見かけは頑固で厳しそうな雰囲気だが、このロビンソン博士、なかなかユーモアを解するらしい。
「参りましたね。さて、紹介しておきましょう。彼が私の協力者、フランク・シュタイナー」
「お目にか、お目にかかれて光栄です、ロビンソン博士」
 フランクは、やや、どもりながら頭を下げた。緊張しているのが、自分でも分かった。
「初めまして、私がスティーブン・ロビンソンだ」
 ゆっくりと立ち上がり、手を差し出してくる博士。フランクは、慌てて駆け寄った。
 二人と握手を交わしてから、ロビンソン博士は、ベルサが用意したお茶をカップに注ぎ始めた。
「フランク君は、立派な体格をしとるね。何か、やっているのかな?」
「特に限ってやってる訳ではありません。運動は好きですが」
 当たり障りのないところを答えておく。まだ、アベルがフランクの正体をロビンソン博士に打ち明けるのかどうか、はっきりと決めていないから。
「そうかねそうかね。私なんかは、もうこの年齢だ。身体を動かしたくても、思うように動いてくれんよ、全く」
「私なんか、今でも身体がなまって、だめです」
 アベルが苦笑混じりに応じた。その手にティーカップが渡される。
 フランクも、自分の大きな手で包み込むようにして、カップを受け取った。
「いただきます」
 香りを楽しむように、目を閉じるアベル。そして、満足そうに一つうなずき、口を付けた。
「――いい感じですね」
「そうだろう。ベルサの用意したお茶は、いつも、これぐらいの時間を取ってから注ぐのが、こつだ」
「なるほど」
 アベルの頬がゆるむ。が、その表情がふっと、真面目なものとなった。
「ところで、ロビンソン博士。今日、寄せてもらったのは」
「あ? 何だ、手紙には、天体、特に太陽や月、惑星のことについて聞きたいことがあると書いてあったようだが」
 状差しから、その手紙を見つけ出すつもりか、博士は机に向き直ってしまった。
「それもあります。が、手紙の件が全てではないのです」
 アベルが言った。
 その口調に、ただならぬ気配を察したのだろう、スティーブン・ロビンソンは、すぐにアベルらに向きを戻した。
「話してくれたまえ」
「かなり長くなると思います。……その前に、この部屋ですが、第三者に聞かれる心配はないでしょうね?」
「大丈夫だよ。ご覧の通り、ドアさえきちんと閉めれば、音は漏れない」
 カップを机の上に置き、代わりにパイプをくわえる博士。
「それでは……」
 アベルは、いくらか逡巡する顔つきをしてから、おもむろに話し始めた。
「博士も当然、ご存知の事件でしょうが、刻み屋ニックのことから始めましょう……」

 ――アベルの話が終わったとき、スティーブン・ロビンソン博士は、口を半開きにしていた。それだけ、信じがたい話だったのだろう。魔玉、アベル自身のこと、フランクの正体、級友だったカインの現在……これら全てを、ほとんど隠すところなしに、アベルは話したのだ。信じられぬのも当然かもしれない。
「……アベル……本当かね?」
「直ちに信じてもらおうとは、考えていません。――フランク」
 アベルが、フランクの方を向いた。
 フランクは腰掛けから立ち上がり、数歩、進み出る。
「すまないが、この場で君の能力を披露してくれないか」
「分かりました」
 すぐさま、フランクはいつも持ち歩いている中ぶりの刃物を取り出した。
「多少、『飛び散る』かもしれないので、何か、受け皿のような物があればいいのですが」
「飛び散る?」
 分からないとばかり、首を傾げるロビンソン博士。
「お盆を使わせてもらおう。ベルサさんには悪いが」
 アベルが言った。
 フランクは無言のままうなずき、空の盆を置いたテーブルへ向かう。そして、ロビンソン博士に見えるような位置に立ち、能力を示すための行為を始めた。
「あまり気持ちのいいものではありません」
 低い声で、アベルが注意を促した。
 博士は眼鏡を掛け、腰を浮かし加減にして、これから始まることを見逃すまいとしている様子だ。
 フランクは右手に刃物を持ち、左手を盆の上にかざした。次の瞬間、いきなり、フランクは刃物を左手の手首辺りに突き立てた。血が溢れ始める。
「な――」
 声をなくす博士を横目に、続けるフランク。彼は、突き立てた刃物を思い切り、手前に引いた。傷口は大きくなり、裂けた皮膚から中の肉が見えるほどだ。
 フランクはさらに力を込め、傷に沿って、何度か刃物を往復させる。
「あ、危ないぞ……」
 その内、フランクの左手首から先は、くたっという感じで、ぶら下がった。ほとんど、ちぎれかかっている。
「ここからが重要です」
「し、しかしだね」
 フランクは右手で左手首を持つと、傷口がうまく合わさるよう、あてがう。すると、しばらくしてから煙が細く上がり、見る間に元通りになっていく……。
 フランクは一分強ほど待ってから、右手を左手首から放した。それから、左手の感触を確かめるために、何度か握ったり開いたりを繰り返す。その自然な動きから、もはや、フランクの左手が完全に蘇生したことは明らかだった。
「どうです? 信じてもらえますか」
 アベルの口調は強い。これで信じてもらえないと、面倒になると感じているらしい。
「……何という」
 言って、老博士は、疲れたように椅子の背もたれへ身体を預けた。
「驚かせて、すみませんでした」
 フランクは、申し訳なく感じていた。
「いや、いい。君は悪くないよ。……思い出したよ。アベル君、君が学界を追放されたときの噂を……」
「……博士の耳にも入っていましたか」
 自嘲気味に、アベル。
「ああ。人体各部を遺体から集め、何か呪術的な操作を施し、人造人間を完成させたのだ、と。事実だったんだな……。フランク君、君が……そうなのか?」
「……はい」
「君はしかし、どう見ても人間だ。体格のいい、普通の心を持った人間にしか見えないよ」
 感に堪えないように、首を振り、肩を震わせるロビンソン博士。
「私のよき友人ですよ、彼は」
 アベルが、さりげない調子で言葉を挟んだ。
「さあ、信じていただけましたか?」
「ああ。カインも、このような力を身につけたのか……。彼もその名を聞かなくなったなとは思ったんだが、畑違いだから耳に入らないだけだろうと、解釈していたんだがね……。しかし、力を身につけたとしても、あのカインが、君の言うような悪事に走るとは」
「あいつは、負けず嫌いの上に、征服欲・支配欲の強い男です。博士のような年輩者の眼前ならともかく、同年代の私なんかの前では、その性格を隠そうとさえしませんでしたよ」
「……カインを倒す、とは、つまり、彼を殺すことになるのかね」
「現在のところ、そうなるでしょう。やむを得ません」
「そうか……何てことだ」
「協力をお願いします、博士」
 頭を深く下げるアベル。
「カインを倒すためには、魔玉の謎の解明が第一歩。そして、それには、星々の動きが一つの鍵となりそうなのです」
「……具体的に」
「魔玉の能力が発動する仕組みについて、私は考えています。当初、魔玉の者の能力の強弱が、星の動きに起因するのではと思っていたのですが、はっきりしない。魔玉が身体に馴染むに従い、能力も徐々に強化されるようなのです。現在は、魔玉を生きている人間に埋め込む『時』の星の位置が、埋め込まれる側が魔玉の者となれるか否かを決定するのでは、という仮説を持っています」
「……少なくとも一つ、疑問がある」
 ロビンソン博士は、パイプを握りしめた手の指を一本、立てた。
「私が天文学の知識を提供したとしても、君の言う仮説を、どう検証するのかね? さっきの話じゃ、魔玉とかいう石は、手元に一つもないそうじゃないか」
「それについて、私も頭を痛めていたのですが、昨日、閃いたことがあり、半分は解決できそうなのです。つい最近、カインが起こしたと思われる、五つの殺人があります」
 言ってから、アベルは新聞の切り抜き記事を取り出した。昨日、コナン警部から知らされた事件の記事だ。
「別に、これと言った共通点はないように、私には思える」
 納得いかない風の博士に対し、アベルはコナン警部から明かされた情報と、さらには被害者の職業上の類似点を説明した。
「――以上の点から、これら五つの事件は、眼に関する特殊能力を持つ魔玉の者を産み出さんがため、カインが引き起こしたものと考えられます」
「まだ話が見えないな」
「五人の被害者がいつ狙われ、死に至ったかは、警察の捜査でおおよそ定まっています。これを基に、事件の頃の星の位置を導き出せるでしょう?」
「なるほど、分かった。言うなれば……失敗例ばかりだが、検証の材料だ」
 ロビンソン博士は、パイプに煙草を詰め直した。
「成功例も、一つだけ手中にありますよ」
 アベルはかすかに笑い、フランクを見やった。
「僕の『誕生日』は、はっきりしていますから」
 フランクの言葉に、博士はまたうなずいた。

 新月の夜、外気は冷たかった。
(誰か来ているようだ……)
 窓ガラス越しに確認できた人影の数から、カインはそう判断した。
(この家には、博士と義理の娘、二人だけのはず。四つの人影……二階に三人、一階に一人。孫娘とかが帰って来ているとしても、もう一人いる訳か)
 そこまで考えてから、ふっと口元に笑いを浮かべたカイン。馬鹿馬鹿しくなったのだ。
(誰が来ていようが、関係ない。邪魔であれば、始末すればいい)
 それからカインは木陰から離れると、暮れたばかりの暗い空間を切り裂くように、一気に跳躍した。
(目指すは二階……。ロビンソン、私のために、役立ってもらおう!)


 続く
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