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新しい候補は滅茶苦茶近い
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「自覚があるのであれば、もうちょっと、男性らしさをアピールしてもよいのでは?」
アッシャーは日本語でこう言った直後に、「うーん、何か違う」と唸った。
「完全に見誤った僕が言うのもおかしいかもしれないが、今の時代、男性らしさという言い回しは、なかなか意味を定めづらい、定義しにくい言葉であると、前に習った。それにあなたの個性をとやかく言うのも、差し出口であった。許して欲しい」
こうべを垂れるアッシャー。彼らの国でも謝罪のときはこのポーズをするのが当然なのか、あるいは日本の流儀に合わせてくれたのか。
「いえ、全然気にしていませんから。王子、頭を上げてください」
「そうか」
あっさり、素早く元の姿勢に戻るアッシャー。
「気にしていないのなら、もう少しだけ言わせてくれ。女性と思われたくないのであれば、髭を生やしてみるのはどうか。我らの国や周辺地域では、髭こそが男性らしさの象徴のようなものだ」
「実は大学に入ってしばらく経ってから、髭を伸ばしてみたんですが、似合わないのと、カミソリ負けするのとでやめてしまいました」
その頃の感触を思い起こし、結月は自らの顎や頬を撫でた。
「とにもかくにも、自分は受け取れませんので、これはお返しします」
テーブルに、いつの間にか置かれていた砂竜の骨を小さなケースごと、アッシャーの前へと押しやる。王子は残念そうに嘆息した。
「やむを得ない。しかし、一度決意をし、火の着いた心は簡単には止まらないぞ」
「ええ?」
思わぬ発言に、身を引き気味にする結月。
アッシャーは、「何を恐れているのですか」と丁寧語で言って、きょとんとする。
「僕が言ったのは、日本人女性の中から婚約者好捕を探すことは続けるぞって意味だ」
「ああ、そういう……」
今日何度目かの安堵をした結月に、横合いから安藤が囁き調で話し掛ける。
「ちょうどいいんじゃないかな、つなぎを取ってあげれば」
「え? 何の話です?」
同じく小声で聞き返す。
「ゆー先生のお姉さんの話。確かまだ、恋人はいなかったでしょ?」
「まあ、そうですね」
いれば今の季節、外国へ取材旅行なんて出掛けないんじゃないだろうか。恋人とのデートを楽しむはず。結月は共作作家の姉の顔を思い浮かべつつ、そう思った。
“結月柚希”は、腹違いの姉弟二人で一人のペンネーム。月影優と吉井柚希というそれぞれの本名を、あれこれ分解・組み合わせをして捻り出したものなのだ。名字が異なるのは、親同士が再婚前する前のそれぞれの姓を使おうとお互いに取り決めたから。
「もしかすると、取材と称して外国へ彼氏探しとしゃれ込んでいたりして。何カ国語も操れますし」
「まさか。男性に要求するハードルが高いんですよ、あの人」
「もちろん知っていますが、その一方で惚れっぽいところもあるでしょ。こうと決めたら一直線」
「うーん、さすがに旅先の外国でそれはないと思いますが……うん、でも姉は外国人に抵抗が全くない人です、確かに」
そう認めた刹那。
「何やら耳寄りなお話が漏れ聞こえたようですが」
アレッサの呟きが飛び込んで来た。結月と安藤はシンクロナイズドスイミングみたいに、ぴたりと同期して、どきりとなった。
(そうだった。彼らは耳がいいんだ)
「アッシャー王子。もしかすると、失恋気分を癒やせるかもしれません」
「うん? 結月達の内緒話は、私の耳にも何となく届いていたけれども、断られたショックで話の内容にまで理解が及んでいない。何て言っていたのさ?」
「結月さんにはお姉さんがいるそうです。数カ国語に通じており、日本人以外にも門戸を開いているとのこと」
「おお」
結月の方を向いたアッシャーの目が、キラリと光ったような気がする。
「結月さん。あなたのお姉さんということは、あなたに似ているのでしょう?」
「え、ええ、まあ。母親が異なるのだけれども、私も姉も父に似たみたいでして」
「年齢は? それと身長も気になる」
「姉の方が半年ほど上です。実質、同い年。背の高さは私とほぼ同じだったかと。普段、意識してないので正確には分かりません」
「それならばよい。表面上の問題はない」
意を強くしたのか、拳をぐっと握るアッシャー王子。若干、一人芝居めいてきたが、はたと思い出したように言った。
「お姉さんの写真はあるのかな? あれば見せていただきたいんだ」
敬語がちょっと怪しくなってきた。それだけ期待で気持ちが盛り上がっているのだろう。結月は密かに嘆息し、携帯端末を取り出すと、必要な操作を手早くした。
「これが一番近いかな……あの、つなぎは取ってもかまいませんけど、あとは知りませんよ」
「かまわない、です」
言い切るのに合わせて、半ばひったくるように携帯端末を手に取ったアッシャー。画面に表示された女性のバストアップ写真に見入る。アレッサも当然、横から覗いた。
「――思った以上に似ているし、それにもまして美形だ」
感想を漏らしたのはアレッサの方。アッシャーは画像をじっと見つめている。
「眉がくっきりしているのは、化粧なのか地毛なのか。一般男性に負けず劣らず濃いな」
アレッサの問い掛けに結月が答える。
「あー、確か地毛ですね。もちろん化粧も手入れもしてるんでしょうけど」
「アッシャー王子、恥を掻いた勢いで、この方に申し込んでみるのですか」
「……」
「王子?」
「……」
写真の中の女性に気持ちを奪われてしまったのか、反応がない。アレッサは、すぅ、と息を深く吸い込み、一気に吐き出した。
「アッシャー!」
「――な、なんだ。突然ばかでかい声で呼ぶんじゃない。鼓膜がおかしくなるところだぞ」
アッシャーは日本語でこう言った直後に、「うーん、何か違う」と唸った。
「完全に見誤った僕が言うのもおかしいかもしれないが、今の時代、男性らしさという言い回しは、なかなか意味を定めづらい、定義しにくい言葉であると、前に習った。それにあなたの個性をとやかく言うのも、差し出口であった。許して欲しい」
こうべを垂れるアッシャー。彼らの国でも謝罪のときはこのポーズをするのが当然なのか、あるいは日本の流儀に合わせてくれたのか。
「いえ、全然気にしていませんから。王子、頭を上げてください」
「そうか」
あっさり、素早く元の姿勢に戻るアッシャー。
「気にしていないのなら、もう少しだけ言わせてくれ。女性と思われたくないのであれば、髭を生やしてみるのはどうか。我らの国や周辺地域では、髭こそが男性らしさの象徴のようなものだ」
「実は大学に入ってしばらく経ってから、髭を伸ばしてみたんですが、似合わないのと、カミソリ負けするのとでやめてしまいました」
その頃の感触を思い起こし、結月は自らの顎や頬を撫でた。
「とにもかくにも、自分は受け取れませんので、これはお返しします」
テーブルに、いつの間にか置かれていた砂竜の骨を小さなケースごと、アッシャーの前へと押しやる。王子は残念そうに嘆息した。
「やむを得ない。しかし、一度決意をし、火の着いた心は簡単には止まらないぞ」
「ええ?」
思わぬ発言に、身を引き気味にする結月。
アッシャーは、「何を恐れているのですか」と丁寧語で言って、きょとんとする。
「僕が言ったのは、日本人女性の中から婚約者好捕を探すことは続けるぞって意味だ」
「ああ、そういう……」
今日何度目かの安堵をした結月に、横合いから安藤が囁き調で話し掛ける。
「ちょうどいいんじゃないかな、つなぎを取ってあげれば」
「え? 何の話です?」
同じく小声で聞き返す。
「ゆー先生のお姉さんの話。確かまだ、恋人はいなかったでしょ?」
「まあ、そうですね」
いれば今の季節、外国へ取材旅行なんて出掛けないんじゃないだろうか。恋人とのデートを楽しむはず。結月は共作作家の姉の顔を思い浮かべつつ、そう思った。
“結月柚希”は、腹違いの姉弟二人で一人のペンネーム。月影優と吉井柚希というそれぞれの本名を、あれこれ分解・組み合わせをして捻り出したものなのだ。名字が異なるのは、親同士が再婚前する前のそれぞれの姓を使おうとお互いに取り決めたから。
「もしかすると、取材と称して外国へ彼氏探しとしゃれ込んでいたりして。何カ国語も操れますし」
「まさか。男性に要求するハードルが高いんですよ、あの人」
「もちろん知っていますが、その一方で惚れっぽいところもあるでしょ。こうと決めたら一直線」
「うーん、さすがに旅先の外国でそれはないと思いますが……うん、でも姉は外国人に抵抗が全くない人です、確かに」
そう認めた刹那。
「何やら耳寄りなお話が漏れ聞こえたようですが」
アレッサの呟きが飛び込んで来た。結月と安藤はシンクロナイズドスイミングみたいに、ぴたりと同期して、どきりとなった。
(そうだった。彼らは耳がいいんだ)
「アッシャー王子。もしかすると、失恋気分を癒やせるかもしれません」
「うん? 結月達の内緒話は、私の耳にも何となく届いていたけれども、断られたショックで話の内容にまで理解が及んでいない。何て言っていたのさ?」
「結月さんにはお姉さんがいるそうです。数カ国語に通じており、日本人以外にも門戸を開いているとのこと」
「おお」
結月の方を向いたアッシャーの目が、キラリと光ったような気がする。
「結月さん。あなたのお姉さんということは、あなたに似ているのでしょう?」
「え、ええ、まあ。母親が異なるのだけれども、私も姉も父に似たみたいでして」
「年齢は? それと身長も気になる」
「姉の方が半年ほど上です。実質、同い年。背の高さは私とほぼ同じだったかと。普段、意識してないので正確には分かりません」
「それならばよい。表面上の問題はない」
意を強くしたのか、拳をぐっと握るアッシャー王子。若干、一人芝居めいてきたが、はたと思い出したように言った。
「お姉さんの写真はあるのかな? あれば見せていただきたいんだ」
敬語がちょっと怪しくなってきた。それだけ期待で気持ちが盛り上がっているのだろう。結月は密かに嘆息し、携帯端末を取り出すと、必要な操作を手早くした。
「これが一番近いかな……あの、つなぎは取ってもかまいませんけど、あとは知りませんよ」
「かまわない、です」
言い切るのに合わせて、半ばひったくるように携帯端末を手に取ったアッシャー。画面に表示された女性のバストアップ写真に見入る。アレッサも当然、横から覗いた。
「――思った以上に似ているし、それにもまして美形だ」
感想を漏らしたのはアレッサの方。アッシャーは画像をじっと見つめている。
「眉がくっきりしているのは、化粧なのか地毛なのか。一般男性に負けず劣らず濃いな」
アレッサの問い掛けに結月が答える。
「あー、確か地毛ですね。もちろん化粧も手入れもしてるんでしょうけど」
「アッシャー王子、恥を掻いた勢いで、この方に申し込んでみるのですか」
「……」
「王子?」
「……」
写真の中の女性に気持ちを奪われてしまったのか、反応がない。アレッサは、すぅ、と息を深く吸い込み、一気に吐き出した。
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