化石の鳴き声

崎田毅駿

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8.立ち入り禁止、そして

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「だって」
 純子は意外に思いながら、おじいちゃんの顔を見上げます。
 おじいちゃんは、だまって首を振りました。そして、太田へ視線を向けます。
「分かりました。完全にあきらめたわけじゃありませんが、今日のところは帰ります」
「完全にあきらめてくれなきゃ、困りますな」
 あきれたような太田。
「まだ手段はありますぞ。脅すようで気が引けるが、あなたのお嫌いな教育委員会を動かすという手が」
 おじいちゃんは、低い声で言いました。
 太田は、ふんと鼻を鳴らしただけです。
「地主と喧嘩したくないので、もう一度、考えてくれるよう望みます」
「……本当にしつこいね。まあ、いいさ。ここは私の土地だ」
 そう言って、また、追い払う手つきをする太田です。
 純子達は、渋々、坂を上り始めました。
「太田のおじさん!」
 坂を上がりきったところで、純子は叫びました。わざと、嫌味たっぷりな調子です。
 下で仁王立ちしている太田が、何だという感じに見上げてきます。
「タバコの吸殻、投げ捨てたらいけないんだから!」
 純子はそう言って、思い切り舌を出してやりました。少しだけ、胸がすっとしたような気がします。
 隣では、中森君達男の子も、純子と同じようにしていました。

 秘密の場所への出入りを禁じられてから二日後のことです――。
「あ!」
 再度、話を聞いてもらうため、とりあえず、あの場所へ向かった純子や中森君達、それにおじいちゃんは、思わず、声を上げてしまいました。
 いつの間にやったのでしょう。秘密の場所は、とげとげのある針金で囲われていたのです。手前には、何かの立て札が見えました。
「何て書いてあるの?」
 純子が聞くと、おじいちゃんはしばらく立て札に目をこらし、やがて、
「ここは太田開発の持ち物だから、入るには許可を得ること。そういう意味のことが書いてある」
 と、教えてくれました。
「その上……何てことだ」
 続けようとしていたおじいちゃんが、だまってしまいました。
「どうしたの?」
「……いや、よくない話だよ。えーっと、十二日後か。十二日後に、ここに建物を建てるための基礎工事を始めると、書いてあるんだ」
「ええっ?」
 みんな、いっせいに声を上げます。
「ここ、壊されちゃうの?」
「あ、ああ。恐らく、鉄の柱を何本も、土に突き刺すだろうから……化石が傷つけられる可能性は大きいな……。運よく、化石が無事だったとしても、発掘を続けることは、ほとんど不可能になってしまう」
 苦しそうに、うめくように、おじいちゃんは言いました。
「そんな! 前は、工事する予定なんかないって、言っていたのに」
「分からないな……。嫌がらせとしか思えんよ。ひどいことをする」
「何とかならない?」
 子供達みんなで、おじいちゃんを取り囲むようにして、頼みます。
 おじいちゃんは、あごひげを触りながら、思案げです。
「うーむ、難しいな……。だが、私もこのままだまっている気は、毛頭ないよ。もう、知り合いの専門家に電話連絡もしたんだし」
 その専門家の人が来るまでは、もう少し、日にちがかかるそうなのです。
「それまで、工事を中止させないといかん」
「乗り込むとか?」
 木下君は、やる気満々のようです。
 それを、おじいちゃんはおだやかに押しとどめます。
「いやいや。この間の太田さんの様子じゃあ、これから押しかけて、話し合いをしたところで、いい結果は導き出せんだろうな。それよりも、なるべく早く、知り合いの専門家――谷林たにばやしと言うんだが、彼に来てもらって、正確かつ正式な判断を示してもらおうと思う。それを材料にしてだね、この町に関わっている教育委員会なり何なりを動かし、工事中止命令を引き出したいと考えておる」
「それに成功すれば、化石は発掘できるんですね?」
 川上君は、元気を取り戻したような声で言います。
「そういうことになるな。なあに、心配はいらんよ。十二日間もあれば、充分、間に合うはずだよ」
 おじいちゃんは、胸をどんと叩きました。

 おじいちゃんは、予定を変更して、一度、純子の家を離れることになりました。もちろん、専門家の谷林という人に会うためです。谷林さんは忙しくてこちらに来れそうもない。ですから、おじいちゃんの方から出向くことにしたわけです。
「何を一生懸命になっているんです?」
 あきれ顔なのは、お母さんです。それはそうでしょう。お父さんがいない昼間に、突然、おじいちゃんが帰ると言い出したのですから。理由をたずねてみても、あまりはっきりしませんし、お母さんにはお母さんの事情があったに違いありません。
 だけど、今はそんなこと、気にしている場合ではありません。純子は、おじいちゃんの味方です。
「すっごく、大事なことよ。お母さん、前に言ってたよね。『自然がいっぱいあって、いい町ね』って」
「言った覚えはあるけど、それが何か、関係があるの?」
 やれやれという風に、お母さんは純子を見てきます。
 純子は、自信を持って答えました。
「その自然を守る意味もあるのよ、おじいちゃんや私達がしようとしていることって」
「とても、そうは思えないんだけど」
 ため息まじりに言ったお母さん。どうやら、とうとうあきらめたようです。腰に両手をあてると、
「止めたって、むだみたいですわね。分かりました。おとうさま、純子に無茶をさせないでくださいよ」
 と、お願いを始めます。
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