化石の鳴き声

崎田毅駿

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12.危機一髪

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「だ、誰だ?」
「もうお忘れですかな」
 奇妙に落ち着いた、けれども、安心できる声。
「おじいちゃん!」
 その姿を確認した純子は、すぐに叫びました。
「お、おまえ……本当にいたのか?」
 自動車を発進させようと、太田は鍵を差し込もうとします。が、おじいちゃんの手が一瞬早く、鍵をつかみ取りました。
「返せ!」
「太田さん、あなたが何もせず、このまま帰ってくれるなら、返してもいいが」
「ふざけるな」
 太田は息を荒くしながら、運転席から飛び出してきました。そして、おじいちゃんめがけて、こぶしをふるってきたのです。
「危ない!」
 悲鳴にも似た声を上げる純子。とても見ていられず、顔を両手で覆いました。
(おじいちゃんを殴るなんて……)
 しーんとなりました。次に、いたたたといううめき声。
 純子は、その声がおじいちゃんのものでなかったので、おかしく思って、指のすき間から様子をうかがいます。
「あ。あれ?」
 見ると、おじいちゃんは太田の腕をねじりあげ、相手の自由を奪っているではありませんか。太田は地面に押し付けられるような格好で、情けない声を上げています。
「痛い。た、頼むから、放してくれ……」
「だめだなあ」
 実にのんきな調子で、おじいちゃんは答えています。
「あんたはもう、信用できん。せいぜい、この柔術をたっぷりと味わうことですな! はははは!」
 元気のいいおじいちゃんの声が、夜の空気に響きました。
 気が付くと、遠くでサイレンが。パトカーの音のようです。
「お、来た来た。谷林め、意外と素早かったな」
 状況が分からず、ただただ驚いている純子の前に、やがてパトカーが到着しました。何人かの人が下りてきて、太田の腕に手錠をかけ、連れて行きます。
 刑事さんの一人が、おじいちゃんに、事情を聞きたいから来てくれと言っているようです。
「その前に、ちょっと」
 と、おじちゃんは純子の方へと近寄ってきました。その横には、知らないおじさんも一緒です。
「おじいちゃん、帰っていたんじゃなかったの? これって……」
「こら!」
 大きな声でしかられてしまいました。純子は目をつむり、首をすくめました。
「純ちゃん、無茶なことはするなって、言ってたろうに。忘れたのかい?」
「わ、忘れてなんか……」
 突然、のどの辺りが痛くなってきました。かと思ったら、両目に涙が浮かんできて、勝手にぼろぼろとこぼれ始めます。
「で、でも、恐竜の化石が、こわれる夢を見て、私……とても心配で」
「おお、そうか」
 急に優しい声になるおじいちゃん。純子の泣き顔に、弱ってしまったのです。
「泣かないでおくれ。ますます、おじいちゃんはお母さんにしかられるよ」
 純子はそう聞かされて、懸命に涙をこらえました。
「おじいちゃんはね、専門家の人を連れて来たんだよ」
「え……だって、もっと時間がかかるって」
 しゃくりあげながら、純子はがらがらになった声で聞きます。
「それが、こいつ」
 と、おじちゃんは、横にいた、純子の知らないおじさんを指差しました。この人が化石の専門家で、谷林という人みたいです。
 谷林のおじさんは、まん丸の眼鏡をかけた顔で、にっこりと笑いました。
「谷林のおじさんが、急に予定が空いてね。こちらに来ることができるとなったんだ。それで、列車を乗り継いで、純ちゃんのお家に来てみたら、純ちゃんがいないと分かった。靴がなかったからね。それはもう、大騒ぎだよ」
 純子は、自分の足下を見つめました。
「それで、すぐに純ちゃんの部屋を見てみてら、ちゃんと着替えた様子がある。これは自分から家を出て行ったんだと判断して、おじいちゃんと谷林のおじさんが、外に探しに出たんだよ。お父さんとお母さんには、念のために家に残ってもらったんだ。誘拐かもしれないと、あわてていたからね」
「ご、ごめんなさい。心配かけちゃって……」
「今はいいんだ。あとで、お父さんお母さんに謝りなさい。さて、話の続きだが、私が真っ先に思い付いたのは、化石のことだった。だから、すぐにこちらへ来たんだ。そうしたら、純ちゃんの悲鳴が聞こえるじゃないか。かすかだったけど、絶対に間違いない。だから、谷林のおじさんに警察への通報を頼んで、私は純ちゃん、おまえを助けにがんばったというわけさ」
「……おじちゃん!」
 おじいちゃんに抱きつく純子。ふわっと、だけども、しっかりと受け止めてもらえました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いいんだ、いいんだ。さあ、もう泣きやんでおくれ。もうすぐ、お母さん達が来るはずだからね」
 それを合図にしていたかのように、もう一台、パトカーがやって来ました。その車の中に、お父さんとお母さんの姿が見えました。

 最初に思っていたほど、お父さん達からは怒られませんでした。逆に、お父さんやお母さんが泣くのを初めて見て、純子の方がびっくりしてしまったぐらいです。お父さんとお母さんがどうして泣いたのか、まだよく分からないのですが、とにかく、純子は謝っておきました。
「大丈夫だったの?」
 中森君が聞いてきました。二回目の登校日の帰り道です。
「うん。ひざをちょこっと、すりむいただけ」
 スカートのすぐ下のひざ小僧に、少し茶色くなった、けがのあとがあります。
「結局さあ、あの太田って奴は、何をしていたんだ?」
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