つむいでつなぐ

崎田毅駿

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その15

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「ふむ。理屈だな。今までどうして気付かなかったんだろ」
 指を鳴らして悔しがる法月。生徒の中では一番優秀なマジシャンの彼だが、推理の面では七尾に後れを取ってきた。せめて一矢報いたくてたまらないようだ。が、その願いはかないそうにない。
 やがて電話を終えて刑事が戻って来た。
 彼が捜査本部に進言したことは、七尾の想像とぴたりと一致していた。

「先生……本当にうまくできるのか、僕、心配になってきました」
「技術的には、ずっと上昇線を描いているよ。魅せ方も含めて」
「知らない人の前でやった経験がほとんどないから、自信持てないっていうか」
「何を心配しているのかと思ったら」
 大会直前ということで、特別レクチャーを受けた直後、用具を片付けながらこぼす七尾に、ケシンは微苦笑を綯い交ぜにした表情を向けた。
「知らない刑事を相手に堂々と推理を披露し、私を窮地から救ってくれたという度胸は、どこへ行ってしまったんだろう?」
「あれは」
 云い掛けて口ごもる七尾。鞄の中と机の上とを往復していた手も止まった。
「『あれは』、何だね?」
「あれは……先生がピンチだったから、封印していたのを、久しぶりにフル回転してみたまでで、度胸とかとは関係ありません。確かに、必死だったけど」
 マジックの種が分かったからといって、ずけずけとその場で暴露してしまうような真似は、長らくやめていた。三年前、マジックの魅力や奥深さに気付かされ、演じる側になってみて初めて、種明かしに意味がないと思った。大げさに表現するなら、悟ったのだ。
 他人のマジックの種を暴くのは、単なる自己満足に過ぎず、不思議さを幻滅に変えるだけ。仲間内での技術の向上、あるいはマジックの演目そのものの進化を伴わない限り、種明かしはしないと自らに誓った。
「いや、私はやはり度胸、自信のなせる業だと思うがね。マジックの暴露は失敗しても恥を掻くだけで済むが、殺人事件の推理となると、一歩間違えれば、名誉毀損や捜査妨害になるんじゃないか? 必死さが君の力を充分に引き出し、満足の行く推理ができ、自信を持てた」
「それはまあ、そうかもしれないけどぉ……」
 嘆息し、片付けを再開する七尾。ケシンは真顔で続けた。
「マジックを演ずることも、似たようなものだ。必死になってやれば、自信が出るし、度胸もつく。失敗なんかしない」
「……あの、実は……。いくら練習しても、いくら必死になっても充分な自信が持てないのは、自分でも何となく分かってるんです。知らない人が見てるとかじゃなくて」
「ほう。分かっているのなら、いいじゃないか。それを云ってみなさい」
「僕のやるマジックなんか、種がばればれで、不思議でも何でもないんじゃないか……って思うんです」
「ふふふ。それは、七尾君が種を見破る能力に長けているからだ。観客のほとんどは、君ほど観察眼に優れてはいないよ」
「そうでしょうか」
 面を起こし、見上げる七尾。依然、背は小さい。
「ああ。これまでに練習を見て貰った相手だって、私を含め、専門家ばかりだったね。家で家族に披露したことはないの?」
「ないです。どうしても恥ずかしくて。専門家以外で練習を見て貰ったのは、横路の叔父さんだけ」
「あの人も平均よりは遥かに鋭いだろうなあ。もっと多くの普通の人相手に練習しないと。それに、家族に見せるのを恥ずかしがっていたら、大会だと緊張の頂点に達するだろうに」
「知らない人なら、大勢いても平気なんです。知ってる人が相手だと、この人なら種に気が付くんじゃないかって思えて、恐くなる……」
「やれやれだ。同じところをぐるぐる回っている気がしてきたよ。大丈夫、種を見破る人なんて、極僅かだ。それにね、大会を見に来る人は、ちゃんとエチケットを心得ている。万が一、種が分かっても、三年前の君みたいにきつい種明かしはしないよ」
「それなら……まあ……」
 漸く少し前向きになった七尾だが、まだ不完全だ。
 彼女の師匠はない髭をぴんと跳ねる仕種をやってみせ、片目を瞑った。
「種がどんなに詰まらなくても、くだらなくても、現象が素晴らしければ人々を悩ませ、感動させることができる。口を酸っぱくして云ってきたこのことを、ついこの間、身を持って体験したはずだが?」
「え?」
「私が巻き込まれた事件だよ。一番の難問だった密室の答は、莫迦みたい簡単だったろう?」
 七尾は思い起こし、静かに首肯した。
 仮面のマジシャン殺害事件は急転直下、呆気なく幕が引かれた。
 スタジオとホテルそれぞれについて指紋の採取を行い、縫川のそれと照合したところ、いくつかの一致が見られた。特にホテルの方は、縫川が過去、全く出入りしていないだけに、強力な証拠となった。
 この事実を突きつけられた縫川は、超能力者然とした傲慢さも霧散し、敢えなく陥落。犯行を認める供述を始めており、七尾達の推測がほぼ的を射ていたという。
 七尾達を最後まで悩ませた、ワンダーマン宅の密室に関しては、無味乾燥な答が用意されていた。ワンダーマン殺害後に鍵を持ち出し、合鍵を作った。それを使って施錠した、ただこれだけのことだったのである。合鍵製作が警察の捜査で露見していなかったのは、複製にマジック特有の器具を用いて自作したからに外ならない。
「ほんと、あの真相には『ずるーい!』って叫んじゃいました」
 七尾の表情が明るくなる。笑い声も漏れた。
「だけど、分からない内は必死になれて、本気で考えたわ。ミステリ、推理小説も悪くない、マジックに負けず劣らず夢中になれるって。もしも本当の事件じゃなく、マジックだったなら心の底から楽しめたと思う」
「そう。面白いのは、種じゃない。マジックそのものなんだ」
 ケシンの言葉に、七尾は大いに同感した。
 彼女の内に、自信がやっと芽生えつつあった。

――「天衣無法」おわり
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