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その3
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「え、嘘でしょ。顔を覚えてはいないけど、イメージが全然違う……」
小学五年のときに見たあのマジシャンは軽薄で、どこか無理をしている雰囲気があって、ダンディな月影里雨とは結び付かない。三年という時間を経てもだ。
「嘘じゃないさ。当時は別の名前で出ていたが、正真正銘同一人物。若作りをやめて、渋さを隠さないようにしたのが、月影里雨だ」
「ふうん。それって奇術ファンの間では有名な話なの? 随分、詳しいみたいだけど」
それに江栗君の不機嫌な理由がまだ聞けてない、と思った矢先。
「有名な話かどうかは知らないけど、僕は知っていて当然なんだ。何せ、月影里雨は僕の父だから」
「――」
嘘!という声が出ないまま、腕を精一杯伸ばして江栗君を指差していた。
「こんなことで嘘なんてつかないよ。親父を悪く言われたら、小五の僕が機嫌を悪くするのは無理ない、だろ?」
口をつぐんだまま、こくこく頷く私。そうしてやっと声が出た。
「ごめんなさい。今さらだし、知らなかったこととはいえ……」
「いや、まあ、実は感謝もしてるんだ」
「はい? 何で」
「あの頃の親父が行き詰まっていたのは事実で、あとから出て来た若手にどんどん追い抜かれていて、将来を迷っていた。このまま細々と続けるか、すっぱりとやめて別の仕事に就くか。そんなとき、僕が伝えたんだ、親父に君の感想を」
うわぁ。恥ずかしくて思わず両頬を押さえた。
「見た目でも演目でも背伸びすることをやめ、素で勝負するようになった親父は、運もあったんだろうけど、人気が再び出始めた。月影里雨という名前もよかったと、僕にお世辞を言ってくる始末さ」
「月影里雨って名前、あなたが考えたとか?」
「そうだよ。……君島さんにだけ明かそうか。アナグラムになっている」
「アナグラム?」
「言葉遊びの一種で、文字の並べ替えとでも言えばいいのかな。この場合、ローマ字で考えた。僕、EGURI-KATUKIをうまく並べ替えると、TUKIKAGE-RIUになる」
「へえー! 凄い」
ほぼ無意識の内に拍手していた。江栗君はくすぐったそうに横を向き、ぼそりと「君の感想ほどじゃない」なんてことを言った。
「それより、君島さんはマジックなんて種を知っている物ばかりでつまらないというスタンスだったのに、よく心変わりしたな」
「ん? 種を知っている?」
聞き咎め、首を左右に振った。
「ほとんど知らないわよ、マジックの種。四月にマジック好きになってから、いくつか調べて覚え始めたばかり」
「ええ? おかしいな。小学生のとき、僕が見せる度に、知ってるを連発してたくせに」
「あ、それは」
誤解されてたんだ。何年も経って気付かされたけど、遅すぎるかなぁ……。とにかく話さなくては伝わらない。
「知っていると言っても、種を知っているんじゃなくて、そのマジックを見たことがあるという意味で言ってたんだけど……」
「なに」
再び、口ぽかんの江栗君。うう、何だか凄く申し訳ない。肩を縮こまらせ、背を丸くして、俯いてしまう。
と、斜め下を向いていた私の視界に、江栗君が入って来た。力が抜けたのか、玄関に続く飛び石の一つにへたり込んでいる。
「ったく、何だよそれ。ほんとにもう……」
泣き笑いに近い声で、しかし意外と元気な口ぶりで、江栗君。心配することないかなと思いつつ、「大丈夫?」と声を掛けた。
「ああ、大丈夫。いやー、凄く損した気分だ」
「損をした……って何を」
首を傾げた私の前で、江栗君は勢いよく立ち上がった。今さらだけど、背が伸びているなと感じる。
「うーん、遠回りをした分だな。よし、君島さん、時間は平気だよな? わざわざ訪ねてきたくらいだから」
「う、うん、まあ多少は」
「じゃあ」
きびすを返し、家へと向かう江栗君。
「上がって行けよ。昔みたいに」
「え、あ、あの-」
嬉しいんだけど、展開が唐突で着いて行けない。
「マジック、見せてやる」
え、お、あ、そ――返事がまとまらない。驚きと喜びと感謝それぞれの表明と、あとマジックを見せてくれる意味について問い返したい。
結局、最後の事柄を優先した。
「私なんかに見せていいの、マジック。噂のことは?」
「……皆まで言わせるなよな。マジックの種と同じ、秘すれば花」
なるほど、確かに。
「それよりも僕のマジックを見て満足したなら、奇術部の設立メンバーに迎え入れてくれ」
「それはもちろん、喜んで」
前を行く江栗君がドアを開け、招き入れてくれる。中に入るとき、三和土にある革靴が目に付いた。よく手入れされていて、ぴかぴかだ。
「あ、親父、今日は休みで家にいるんだ。いいよね?」
「――」
どんな顔をしてお会いすればいいんだろう……。
――「あやまりマジックの種は?」終わり
小学五年のときに見たあのマジシャンは軽薄で、どこか無理をしている雰囲気があって、ダンディな月影里雨とは結び付かない。三年という時間を経てもだ。
「嘘じゃないさ。当時は別の名前で出ていたが、正真正銘同一人物。若作りをやめて、渋さを隠さないようにしたのが、月影里雨だ」
「ふうん。それって奇術ファンの間では有名な話なの? 随分、詳しいみたいだけど」
それに江栗君の不機嫌な理由がまだ聞けてない、と思った矢先。
「有名な話かどうかは知らないけど、僕は知っていて当然なんだ。何せ、月影里雨は僕の父だから」
「――」
嘘!という声が出ないまま、腕を精一杯伸ばして江栗君を指差していた。
「こんなことで嘘なんてつかないよ。親父を悪く言われたら、小五の僕が機嫌を悪くするのは無理ない、だろ?」
口をつぐんだまま、こくこく頷く私。そうしてやっと声が出た。
「ごめんなさい。今さらだし、知らなかったこととはいえ……」
「いや、まあ、実は感謝もしてるんだ」
「はい? 何で」
「あの頃の親父が行き詰まっていたのは事実で、あとから出て来た若手にどんどん追い抜かれていて、将来を迷っていた。このまま細々と続けるか、すっぱりとやめて別の仕事に就くか。そんなとき、僕が伝えたんだ、親父に君の感想を」
うわぁ。恥ずかしくて思わず両頬を押さえた。
「見た目でも演目でも背伸びすることをやめ、素で勝負するようになった親父は、運もあったんだろうけど、人気が再び出始めた。月影里雨という名前もよかったと、僕にお世辞を言ってくる始末さ」
「月影里雨って名前、あなたが考えたとか?」
「そうだよ。……君島さんにだけ明かそうか。アナグラムになっている」
「アナグラム?」
「言葉遊びの一種で、文字の並べ替えとでも言えばいいのかな。この場合、ローマ字で考えた。僕、EGURI-KATUKIをうまく並べ替えると、TUKIKAGE-RIUになる」
「へえー! 凄い」
ほぼ無意識の内に拍手していた。江栗君はくすぐったそうに横を向き、ぼそりと「君の感想ほどじゃない」なんてことを言った。
「それより、君島さんはマジックなんて種を知っている物ばかりでつまらないというスタンスだったのに、よく心変わりしたな」
「ん? 種を知っている?」
聞き咎め、首を左右に振った。
「ほとんど知らないわよ、マジックの種。四月にマジック好きになってから、いくつか調べて覚え始めたばかり」
「ええ? おかしいな。小学生のとき、僕が見せる度に、知ってるを連発してたくせに」
「あ、それは」
誤解されてたんだ。何年も経って気付かされたけど、遅すぎるかなぁ……。とにかく話さなくては伝わらない。
「知っていると言っても、種を知っているんじゃなくて、そのマジックを見たことがあるという意味で言ってたんだけど……」
「なに」
再び、口ぽかんの江栗君。うう、何だか凄く申し訳ない。肩を縮こまらせ、背を丸くして、俯いてしまう。
と、斜め下を向いていた私の視界に、江栗君が入って来た。力が抜けたのか、玄関に続く飛び石の一つにへたり込んでいる。
「ったく、何だよそれ。ほんとにもう……」
泣き笑いに近い声で、しかし意外と元気な口ぶりで、江栗君。心配することないかなと思いつつ、「大丈夫?」と声を掛けた。
「ああ、大丈夫。いやー、凄く損した気分だ」
「損をした……って何を」
首を傾げた私の前で、江栗君は勢いよく立ち上がった。今さらだけど、背が伸びているなと感じる。
「うーん、遠回りをした分だな。よし、君島さん、時間は平気だよな? わざわざ訪ねてきたくらいだから」
「う、うん、まあ多少は」
「じゃあ」
きびすを返し、家へと向かう江栗君。
「上がって行けよ。昔みたいに」
「え、あ、あの-」
嬉しいんだけど、展開が唐突で着いて行けない。
「マジック、見せてやる」
え、お、あ、そ――返事がまとまらない。驚きと喜びと感謝それぞれの表明と、あとマジックを見せてくれる意味について問い返したい。
結局、最後の事柄を優先した。
「私なんかに見せていいの、マジック。噂のことは?」
「……皆まで言わせるなよな。マジックの種と同じ、秘すれば花」
なるほど、確かに。
「それよりも僕のマジックを見て満足したなら、奇術部の設立メンバーに迎え入れてくれ」
「それはもちろん、喜んで」
前を行く江栗君がドアを開け、招き入れてくれる。中に入るとき、三和土にある革靴が目に付いた。よく手入れされていて、ぴかぴかだ。
「あ、親父、今日は休みで家にいるんだ。いいよね?」
「――」
どんな顔をしてお会いすればいいんだろう……。
――「あやまりマジックの種は?」終わり
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