魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第1章 とっても悪い魔王様

魔王は勇者に名前をつける

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「共犯…?」

「お前が勇者でいることに嫌気がさしたように、俺も魔王でいることに飽き飽きしてるんだよ。口を開きゃ次はどこの村や街を襲うだの、何人見せしめにして殺してきただの、どこの人間の肉が美味いだの血生臭い話ばっかり………いい加減もううんざりだ!俺は研究をしていたいんだよ!魔術の研究をな!人間を襲うことになんてこれっぽっちの興味もねぇっての!」

「でも、それならどうして魔王に?魔族は決まった神を信仰しないと聞きました。それなら僕たちのように神託で決まるわけではないのですよね?」

「ああ、魔族に信仰してる神はない。誰しも自分が一番っていう種族だからな。魔王の決まる条件はただ一つ『強さ』だ。腕っぷしでも、話術でも、他人を騙す演技力でもなんでもいい。抜きんでて強い何かがあれば前任の魔王が死んだ後、すぐに魔王に担ぎ上げられるんだよ。その点、俺が強かったのは『魔力の量』だ。おおよそ普通の魔族の百倍程度だな」

「百倍…!…どうりで歴代の勇者が勝てないわけですね…」


 ただでさえ魔族と人間では魔族の方が生まれつき魔力の量が多く、魔術を得意としているのは子供でも知っている話だ。
 その百倍であるならば、その道において人間が勝てるわけない。


「別に俺は生まれた時から強かったわけじゃない。むしろお前と同じ、ただの力も地位もない悪魔だった。俺にあったのは魔術に対する探究心と好奇心だけだ。まぁそれが行き過ぎて全身丸焦げになったり手足が吹っ飛んだり不老不死になったり、それでも研究を続けたせいで魔力が増え過ぎて魔王なんて面倒な立場になったんだけどな」

「待ってください、不老不死って言いましたか…?」

「あ?あぁ、まぁ…自分を実験台にしすぎたせいで魔術が相互作用を起こしちまった結果だ。細かい日数なんかはもう忘れたが、大体五百年は生きてるぞ。魔王になったのはまだたった百年前だけどな」

「ご、ひゃく…」


 人間の寿命は大体百年ほど。それは魔族も変わらない。つまり魔王はその五倍以上を生きている計算になる。
 勇者にとってはまるで想像のできない話に頭が追いつかなくなっていた。


「別に長く生きてるからって楽しいことなんてないからな。大体は孤独に狂って先に精神がイカレるだろうな。俺には魔術の研究っていう目的があったから狂わずに済んでるだけだ」

「寂しいと、思ったことはないんですか」

「寂しい?はっ、そんな感情は微塵も感じたことがねぇな。俺には魔術といういまだ未知なる世界を解き明かすという使命があるからな!……なのにどいつもこいつも口を開けば魔王様、魔王様…!俺は人間の解体方法よりも古代文字の一文がどういった意味を持つかの方がよっぽど知りたいんだよ!!……おほんっ!…というわけで、前置きが長くなったな。とりあえず、俺としては威厳を保ったまま魔王を辞めて隠居して、元の研究に明け暮れる日々に戻りたいんだ」

「なるほど」

「だが魔族には人間を排除すべきという意見も多い。でも俺は極力そういう血生臭いことはしたくない。ならどうやって過激な思考を持つ奴らに対しての面子を保つか。そこで、お前という存在だ」

「僕…ですか?」

「ああ、『勇者を洗脳して配下にした』なんて普通じゃできやしない、まさに過去誰もなし得なかった偉業だからな!隠居する方法は…まぁおいおい考えるとして……。お前には俺の『素』を唯一知っている人間として、これから俺の側近として行動することを命じる!そして俺の威厳を高める手助けをする!期間は俺が隠居するまでな」


 魔王はビッと勇者に指を突きつける。
 勇者は魔王の突然の行動に少し驚いた様子を見せたものの、心得たとばかりに胸に手を当て頭を下げた。


「かしこまりました、魔王様」

「それ、『魔王様』って呼ぶのはやめろ。公の場なら仕方ないが、他に誰もいない時にまでその名前で呼ばれたくはない。俺の名前はノア、家名は無いぞ。好きなように呼べばいい」

「ノア様…」

「ついでにお前に名前をやるか。いつまでも『お前』じゃ不便だし。…完全に忘れた原因は俺だからな…。うーん…名前、名前……」

「なんでもいいですよ。ポチでもタマでも」

「ペットじゃあるまいし…。そうだな……じゃあ、お前の名前は『ルーク』。今日からお前はただの『ルーク』だ」

「ルーク……それが、僕の新しい名前…」

「これからこき使ってやるからな。せいぜい俺の役に立ってみせろ、ルーク」

「はい…!これからよろしくお願いいたします、ノア様」
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