魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第1章 とっても悪い魔王様

一難去ってまた一難に見舞われる元勇者

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 ゲホッゴホッと複数人の咳き込む音が廃屋に響く。その中心でルークは己の服についた埃を払っていた。


「くそ…ッ…たかが人間ごときが…」

「その人間に負けたのはあなたたちです。それに僕ごときに負けるようじゃ、魔王様の指先にも届きませんよ」


 武器はないため殺すことこそなかったものの、一方的と言うに相応しい戦いっぷりだった。殴られ、蹴られ、折られ、捻られた男たちは、壁に叩きつけられたり床に転がったりしており、まさに死屍累々とも言える光景だった。


「さて、ここがどこかはわかりませんが早く魔王様の元へ戻らないと………ッ!」


 ふと後ろから鋭い殺気を感じ、ルークはとっさに身体を捻り背後へと飛ぶ。
 しかし着地と同時に身体から不自然に力が抜け、思わず膝をつきそうになるのをなんとか堪える。


「イイ反射神経してるネェー♡さっすが元勇者クンだ♡今度も刺すつもりだったのにかすり傷だけで済んじゃうなんテ♡」

「あなたは…」


 暗闇から現れるヒョロリとした長身の男。その体躯に不釣り合いな太く長い歪な尾が目を引き、その鋭い尾の先からは緑色の粘液が滴り落ちている。


「お初にお目にかかりますゥ、しがない暗殺者でェす♡さっきはどうだったァ?俺ちゃんの毒のア・ジ♡一刺しすればどれだけ屈強なオトコでもたちまちおねんねしちゃう特性の神経毒だヨォ♡」

「そうか…あなたが僕を気絶させたんですね…」

「そ♡俺ちゃん賢い子はだァい好き♡そんで、そーいう子に膝をつかせるのはもーっと大好きィ♡」

「悪趣味、ですね…」


 正直今のルークは気力だけで立っている。力を抜けばまた膝をつき、そして今度こそ意識を飛ばすだろう。次は生きている保証などない。


「ンー、でもさすが元勇者クンだねぇ…俺の毒は掠っただけでも時間が経つにつれ身体の自由をどんどん奪うはずなのにナァ…。なんだか俺ちゃん、自信なくなっちゃウ!」

「そうですか…それはおかわいそうに…。ですが、僕は主の元へ一刻も早く戻らなくてはならないのです……穏便に道を開けてはいただけませんか」

「そんなの……すると思ウ?」


 やはりこれは力づくで対処するしかない。
 しかしどう見ても目の前の男は今までとは違い手練れに見える。一筋縄ではいかないだろう。加えて武器もなく、ましてや身体には毒が徐々に巡っている状態だ。


(でも…諦めるわけにはいかない)


 なんとかしてこの絶望的状況から生きて勝つしかない。
 ルークが毒の影響で霞む視界を必死に振り払ったその時だった。


「お前、我のものに何をしている」


 凛とした冴え渡る声が一つ、静かに響いた。
 同時にルークの身体を支えるように、その背には軽く手が添えられる。


「ワァオ!番犬クンの飼い主様までご登場してくれるなんテェ♡今日の俺ちゃんってばさいっこーにツイてるカモ♡」

「我をご所望だったのか?それはそれは、登場が遅くなってすまなかったな」

「魔王様、こいつは毒の使い手で…ッ!」

「わかっている。お前もよく頑張ったな、もう休んでいい」

「そんな訳には…いきません…。あなたを置いていくなど…ッ」

「強情だな、お前も。我は魔術には精通しているが怪我を治したり解毒などはできぬ。だがまぁ…せいぜい対処療法にはなるか」


 ノアがルークの身体に手をかざすと、青い光がスッとルークの体に入り込んだ。


「時間を遅くする魔術だ。今お前の身体の中は一時的に時間が遅くなっている。これで少しは毒の巡りも遅くなるだろう」

「感謝いたします…魔王様…」


 そのままノアはルークの身体を壁際に座らせると、静かに男に向き直った。


「待たせてすまぬな」

「俺ちゃんのこと放っといて2人でラブラブしちゃうんだからもォー俺ちゃん寂しかったんだゾ♡」

「一つ、尋ねよう。お前はなぜこんなことをした」

「エー、別にぃ?特に理由はないかナァ♡強いて言えばだったから♡」

 そう言うと男は舌なめずりをした。
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