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第8話:ずっとあなたにテイムされたい
ダンジョンの主が崩れ落ち、光の粒子となって消えていく。
静寂が戻った最深部の広間で、俺たちは荒い息を吐きながら向かい合っていた。
「……終わったな」
「はい。完勝ですね」
俺たちはハイタッチ……ではなく、自然と抱き合った。
ボロボロの装備、泥と汗にまみれた体。けれど、達成感は最高潮だ。
かつては逃げ惑うことしかできなかった俺が、最強の勇者の隣で、最後まで立っていられた。
アレクセイが俺の背中を強く抱きしめる。
鼓動が直に伝わってくる。戦いの興奮か、それとも別の感情か。彼の心臓は早鐘を打っていた。
「ノワール」
「はい」
「先ほどの……続きだ」
アレクセイが体を離し、俺の肩を両手で掴んだ。
その碧眼は、どんな魔物よりも逃れられない引力で、俺を捕らえていた。
「俺は、お前との契約を見直したい」
ドキリ、とした。
契約の見直し。サラリーマン時代なら、それは「クビ」か「減給」の合図だ。
だが、目の前の男の表情は、そんなドライなものではない。切実で、どこか怯えすら含んだ、迷子の子供のような顔だ。
「主従という関係は、もう限界だ。俺はお前に命令したくない。お前を縛りたくない。……だが」
アレクセイは言葉を詰まらせ、俺の手を取って自身の胸に押し当てた。
「離したくもない。誰にも渡したくない。お前がいない世界など、もう考えられないんだ」
それは、最強の勇者による、あまりにも不器用で重い愛の告白だった。
勘違い? いや、もうそんな逃げ道はない。
彼は俺の能力(スキル)を見ているんじゃない。俺という存在そのものを、渇望してくれている。
(……ああ、参ったな)
俺は苦笑して、彼を見上げた。
俺だって同じだ。
生きるために媚びていただけのはずが、いつの間にか、彼の孤独を埋めることが俺の生きがいになっていた。
彼が笑うと嬉しい。彼が傷つくと許せない。
それはもう、「忠誠心」なんて言葉じゃ説明がつかない。
「アレクセイ様。……それは、俺に『永久就職』しろという勧誘ですか?」
「……永久就職?」
聞き慣れない単語に、アレクセイが目を瞬かせる。
俺はニカリと笑った。
「一生、あなたの側で、あなたのためだけに生きていい、という意味です」
アレクセイの目が大きく見開かれる。
俺は彼の手を握り返し、続けた。
「俺も、あなた以外に仕える気はありません。……責任、取ってくださいね? 俺をここまで育てたんですから」
それが俺なりの精一杯の答えだった。
次の瞬間、俺の視界はアレクセイの顔で埋め尽くされた。
「――愛している、ノワールッ!!」
唇が重なる。
魔力供給の時の、事務的な接触とは違う。
食らいつくような、それでいて慈しむような、熱烈な口づけ。
俺の口の中に、彼の熱と感情が雪崩れ込んでくる。
息ができない。腰が砕けそうだ。
俺は彼の首に腕を回し、その情熱に溺れた。
システムログが流れるとすれば、きっとこう表示されているだろう。
『契約更新:完了。関係ステータスが【主従】から【伴侶】に変更されました』――と。
◇◇◇
数ヶ月後。王都、勇者の屋敷。
「ノワール、今日の予定は?」
「午前中はギルドへの報告書の提出。午後は王宮からの使者との面会です。……あ、その前に」
俺は書類から顔を上げ、目の前の男――アレクセイの襟元を直した。
彼は満足げに目を細め、俺の腰に手を回す。
あれから俺たちは王都へ凱旋し、英雄とそのパートナーとして平穏(?)な日々を送っていた。
俺は正式にアレクセイの「補佐官」兼「パートナー」として公表され、この屋敷で同居生活を始めている。
アレクセイの独占欲は相変わらず……いや、悪化していた。
俺の首元には、あの時プレゼントされた黒革のチョーカー(GPS機能付き)が常に巻かれている。
これを着けていると、貴族や他の冒険者が俺に手を出してこないので、魔除けとして非常に優秀だ。
まあ、背後で「あれが勇者様の愛人……」「囲い込みがすごい……」というひそひそ話は聞こえてくるが、無視だ無視。
「……ノワール」
「はい?」
「面会などキャンセルして、今日は一日寝室にいないか?」
アレクセイが俺の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。
朝から何を言っているんだ、この最強勇者は。
「ダメです。働いてください。稼がないと、美味しいご飯が食べられませんよ」
「金ならある。一生遊んで暮らせるほどに」
「そういう問題じゃありません。……それに」
俺は少し顔を赤らめ、小声で付け加える。
「……昨日の夜、あんなに『補給』したじゃないですか。俺の腰、まだ痛いんですけど」
そう。
かつての「魔力供給」は、今や「愛の確認行為」という名目で、夜な夜な行われている。
アレクセイの体力(スタミナ)は底なしだ。人間になったとはいえ、元ウサギの俺にはハードすぎる。
嬉しい悲鳴というやつだが、これこそ労災申請したい案件だ。
「足りないな。俺の魔力(愛)を受け止める器は、お前しかいない」
アレクセイは悪びれもせず、俺の首筋――チョーカーの上から、所有印をつけるようにキスを落とした。
「一生離さないと言っただろう。覚悟しろ」
「……はいはい、仰せのままに、ご主人様」
俺は諦めの(でも満更でもない)ため息をつき、彼に身を預けた。
森で草を食んでいた、HP一桁の雑魚モンスター。
それが俺の始まりだった。
まさか転生した先で、こんな重くて甘い「永久就職先」を見つけることになるとは。
窓の外には、青い空が広がっている。
俺の平穏で刺激的な日々は、これからも続いていく。
最強の勇者に、身も心もたっぷりと「テイム」されながら。
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