8 / 24
第8話:ずっとあなたにテイムされたい
しおりを挟むダンジョンの主が崩れ落ち、光の粒子となって消えていく。
静寂が戻った最深部の広間で、俺たちは荒い息を吐きながら向かい合っていた。
「……終わったな」
「はい。完勝ですね」
俺たちはハイタッチ……ではなく、自然と抱き合った。
ボロボロの装備、泥と汗にまみれた体。けれど、達成感は最高潮だ。
かつては逃げ惑うことしかできなかった俺が、最強の勇者の隣で、最後まで立っていられた。
アレクセイが俺の背中を強く抱きしめる。
鼓動が直に伝わってくる。戦いの興奮か、それとも別の感情か。彼の心臓は早鐘を打っていた。
「ノワール」
「はい」
「先ほどの……続きだ」
アレクセイが体を離し、俺の肩を両手で掴んだ。
その碧眼は、どんな魔物よりも逃れられない引力で、俺を捕らえていた。
「俺は、お前との契約を見直したい」
ドキリ、とした。
契約の見直し。サラリーマン時代なら、それは「クビ」か「減給」の合図だ。
だが、目の前の男の表情は、そんなドライなものではない。切実で、どこか怯えすら含んだ、迷子の子供のような顔だ。
「主従という関係は、もう限界だ。俺はお前に命令したくない。お前を縛りたくない。……だが」
アレクセイは言葉を詰まらせ、俺の手を取って自身の胸に押し当てた。
「離したくもない。誰にも渡したくない。お前がいない世界など、もう考えられないんだ」
それは、最強の勇者による、あまりにも不器用で重い愛の告白だった。
勘違い? いや、もうそんな逃げ道はない。
彼は俺の能力(スキル)を見ているんじゃない。俺という存在そのものを、渇望してくれている。
(……ああ、参ったな)
俺は苦笑して、彼を見上げた。
俺だって同じだ。
生きるために媚びていただけのはずが、いつの間にか、彼の孤独を埋めることが俺の生きがいになっていた。
彼が笑うと嬉しい。彼が傷つくと許せない。
それはもう、「忠誠心」なんて言葉じゃ説明がつかない。
「アレクセイ様。……それは、俺に『永久就職』しろという勧誘ですか?」
「……永久就職?」
聞き慣れない単語に、アレクセイが目を瞬かせる。
俺はニカリと笑った。
「一生、あなたの側で、あなたのためだけに生きていい、という意味です」
アレクセイの目が大きく見開かれる。
俺は彼の手を握り返し、続けた。
「俺も、あなた以外に仕える気はありません。……責任、取ってくださいね? 俺をここまで育てたんですから」
それが俺なりの精一杯の答えだった。
次の瞬間、俺の視界はアレクセイの顔で埋め尽くされた。
「――愛している、ノワールッ!!」
唇が重なる。
魔力供給の時の、事務的な接触とは違う。
食らいつくような、それでいて慈しむような、熱烈な口づけ。
俺の口の中に、彼の熱と感情が雪崩れ込んでくる。
息ができない。腰が砕けそうだ。
俺は彼の首に腕を回し、その情熱に溺れた。
システムログが流れるとすれば、きっとこう表示されているだろう。
『契約更新:完了。関係ステータスが【主従】から【伴侶】に変更されました』――と。
◇◇◇
数ヶ月後。王都、勇者の屋敷。
「ノワール、今日の予定は?」
「午前中はギルドへの報告書の提出。午後は王宮からの使者との面会です。……あ、その前に」
俺は書類から顔を上げ、目の前の男――アレクセイの襟元を直した。
彼は満足げに目を細め、俺の腰に手を回す。
あれから俺たちは王都へ凱旋し、英雄とそのパートナーとして平穏(?)な日々を送っていた。
俺は正式にアレクセイの「補佐官」兼「パートナー」として公表され、この屋敷で同居生活を始めている。
アレクセイの独占欲は相変わらず……いや、悪化していた。
俺の首元には、あの時プレゼントされた黒革のチョーカー(GPS機能付き)が常に巻かれている。
これを着けていると、貴族や他の冒険者が俺に手を出してこないので、魔除けとして非常に優秀だ。
まあ、背後で「あれが勇者様の愛人……」「囲い込みがすごい……」というひそひそ話は聞こえてくるが、無視だ無視。
「……ノワール」
「はい?」
「面会などキャンセルして、今日は一日寝室にいないか?」
アレクセイが俺の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。
朝から何を言っているんだ、この最強勇者は。
「ダメです。働いてください。稼がないと、美味しいご飯が食べられませんよ」
「金ならある。一生遊んで暮らせるほどに」
「そういう問題じゃありません。……それに」
俺は少し顔を赤らめ、小声で付け加える。
「……昨日の夜、あんなに『補給』したじゃないですか。俺の腰、まだ痛いんですけど」
そう。
かつての「魔力供給」は、今や「愛の確認行為」という名目で、夜な夜な行われている。
アレクセイの体力(スタミナ)は底なしだ。人間になったとはいえ、元ウサギの俺にはハードすぎる。
嬉しい悲鳴というやつだが、これこそ労災申請したい案件だ。
「足りないな。俺の魔力(愛)を受け止める器は、お前しかいない」
アレクセイは悪びれもせず、俺の首筋――チョーカーの上から、所有印をつけるようにキスを落とした。
「一生離さないと言っただろう。覚悟しろ」
「……はいはい、仰せのままに、ご主人様」
俺は諦めの(でも満更でもない)ため息をつき、彼に身を預けた。
森で草を食んでいた、HP一桁の雑魚モンスター。
それが俺の始まりだった。
まさか転生した先で、こんな重くて甘い「永久就職先」を見つけることになるとは。
窓の外には、青い空が広がっている。
俺の平穏で刺激的な日々は、これからも続いていく。
最強の勇者に、身も心もたっぷりと「テイム」されながら。
928
あなたにおすすめの小説
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?
キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!?
平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。
しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。
「君、私のコレクションにならないかい?」
そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。
勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。
「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。
触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。
裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。
俺の妹は転生者〜勇者になりたくない俺が世界最強勇者になっていた。逆ハーレム(男×男)も出来ていた〜
陽七 葵
BL
主人公オリヴァーの妹ノエルは五歳の時に前世の記憶を思い出す。
この世界はノエルの知り得る世界ではなかったが、ピンク髪で光魔法が使えるオリヴァーのことを、きっとこの世界の『主人公』だ。『勇者』になるべきだと主張した。
そして一番の問題はノエルがBL好きだということ。ノエルはオリヴァーと幼馴染(男)の関係を恋愛関係だと勘違い。勘違いは勘違いを生みノエルの頭の中はどんどんバラの世界に……。ノエルの餌食になった幼馴染や訳あり王子達をも巻き込みながらいざ、冒険の旅へと出発!
ノエルの絵は周囲に誤解を生むし、転生者ならではの知識……はあまり活かされないが、何故かノエルの言うことは全て現実に……。
友情から始まった恋。終始BLの危機が待ち受けているオリヴァー。はたしてその貞操は守られるのか!?
オリヴァーの冒険、そして逆ハーレムの行く末はいかに……異世界転生に巻き込まれた、コメディ&BL満載成り上がりファンタジーどうぞ宜しくお願いします。
※初めの方は冒険メインなところが多いですが、第5章辺りからBL一気にきます。最後はBLてんこ盛りです※
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
泥酔している間に愛人契約されていたんだが
暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。
黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。
かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。
だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。
元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。
交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる