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第2章:スーパー・ヘッドハンティング大戦
第9話:業務提携(カップル)の危機は突然に
しおりを挟む「永久就職」。
なんと甘美な響きだろうか。
過酷なダンジョン攻略というブラック業務の果てに、俺、元社畜・佐伯湊(現ノワール)は、ついに最強の勇者アレクセイの「パートナー」という安定した地位を手に入れた。
これからは、彼の右腕として颯爽と敵を倒し、夜は愛のある生活を送る。
順風満帆なキャリアプランが約束されているはずだった。
――そう、今朝目が覚めるまでは。
「……ん、ぅ?」
朝の光がまぶしい。
ふかふかのベッドの上で、俺は気持ちよく伸びをした。
昨夜はすごかった。アレクセイの愛が重すぎて、体中の魔力回路が焼き切れるかと思うほど濃厚な「供給」を受けた。
おかげで腰も背中もガタガタだが、精神的な充足感はすごい。
さあ、今日も一日、愛する旦那様(勇者)のために働きますか!
そう思って体を起こそうとした、その時だった。
コロン。
「……きゅ?」
視界が低い。
妙に低い。枕が山のように見える。
そして、自分の声がおかしい。
俺は慌てて自分の手を見た。
そこにあったのは、人間らしい五本の指ではなく、黒い毛に覆われた丸い前足だった。
(……はい?)
嫌な予感がして、お尻の方を確認する。
丸い。フワフワだ。ついでに耳も長い。
俺は恐る恐る、サイドテーブルに置かれた鏡を覗き込んだ。
そこには、つぶらな赤い瞳をした、一匹の愛らしい黒ウサギが映っていた。
「キュ、キュウウウウウッ!?(戻ってるうううううっ!?)」
俺は絶叫した。ウサギの声で。
嘘だろ!? なんで!? 進化したんじゃなかったのか!?
まさか夢オチ? いや、昨日のアレやソレの感触はリアルにあったぞ!
俺がベッドの上でボールのように跳ね回ってパニックになっていると、隣で眠っていたアレクセイがのそりと動いた。
「……ん……騒がしいな、ノワール……」
寝ぼけ眼の勇者が、上半身を起こす。
その鍛え上げられた裸体に、昨夜俺が爪でつけたひっかき傷が残っているのを見て、俺はカッと顔を熱くした(ウサギなので分からないが)。
いや、照れている場合じゃない!
「キュッ! キュキュッ!(アレクセイ様! 大変です! 俺が! 俺の体が!)」
俺は必死に彼の膝に飛び乗り、訴えかけた。
見てくださいこの姿! 退化してます! これじゃ剣も握れないし、あなたの背中も守れません!
まさか、役立たずになったから契約破棄ですか!? 試用期間終了ですか!?
アレクセイは、膝の上でジタバタする黒い毛玉を、ぼんやりとした瞳で見下ろした。
そして。
「……夢か」
ふわり、と。
彼は俺を両手で包み込むと、そのまま顔を俺の腹毛に埋めた。
「スーッ……ハァーッ……」
「キュウッ!?(吸うなッ!!)」
思い切り深呼吸された。
アレクセイは恍惚とした表情で顔を上げる。
「極上のモフモフだ……。やはり、この触り心地は何物にも代えがたい」
「キュッ!(現実逃避しないでください! 俺です! あなたの右腕です!)」
俺がペチペチと彼の頬を叩くと、アレクセイはようやく覚醒したようで、ハッと目を見開いた。
「……ノワール? なぜその姿に?」
「キュゥ……(俺が聞きたいです……)」
アレクセイは俺を抱き上げ、しげしげと観察し、そして「ああ」と納得したように頷いた。
「魔力切れ(ガス欠)だな」
「キュ?」
「昨夜、少し張り切りすぎた。お前の許容量を超えて魔力を注ぎ込んだせいで、逆に回路がショートして、一時的な防衛本能が働いたのだろう」
なんという理由だ。
つまり、愛されすぎてキャパオーバーし、初期化してしまったと。
俺はガックリと項垂れた。
「安心しろ。魔力が安定すれば、また人化できるはずだ」
アレクセイは優しく俺の頭を撫でる。
よかった。クビではないらしい。
だが、彼の次の言葉に、俺は耳を疑った。
「だが……しばらくはそのままでもいいかもしれん」
「キュ?(は?)」
「久しぶりのウサギ姿だ。懐かしいな。……可愛い」
アレクセイの顔が、デレデレに溶けている。
彼は俺を頬ずりし、高い高いをし、しまいには「餅のようだ」と言ってこねくり回し始めた。
そこに、「最強のパートナー」に向ける信頼感はない。
完全に「愛玩動物(ペット)」に向ける目だ。
(……まずい)
俺の社畜センサーが警鐘を鳴らす。
このままでは、「可愛いから家で留守番してろ」という名の窓際族コースに一直線だ。
俺は「戦える右腕」としての地位を確立したいのだ。
ただ守られるだけの存在に戻るのは、プライドが許さない!
「キュッ!(リハビリに行きます! 俺はまだ戦えます!)」
俺はアレクセイの手をすり抜け、彼が脱ぎ捨てた服を鼻先で押し付けた。
アレクセイは不思議そうな顔をしたが、俺の必死なアピールに折れた。
「……わかった。体の調子を見るついでに、近場のダンジョンへ行くか」
◇◇◇
やってきたのは、王都近郊の『迷わずの森』。
初心者向けのダンジョンだが、リハビリには丁度いい。
「いいか、ノワール。無理はするなよ」
「キュ!(任せてください!)」
俺は地面を蹴った。
体は小さくなったが、レベル自体は下がっていないはずだ。
進化したステータス、特に『俊敏』の値はそのまま。
シュバッ! と風を切って走る。
速い。視界が流れるようだ。これなら、敵の攻撃なんて当たるわけがない。
ガサガサッ。
草むらから飛び出してきたのは、『ピクシー・モス』。
蛾の羽を持つ妖精型の低級モンスターだ。
物理攻撃力は皆無だが、鱗粉を撒き散らす厄介な相手。
(ふん、遅い!)
俺は余裕で回避行動を取る。
相手が羽ばたき、キラキラした粉――『混乱の鱗粉』を飛ばしてくる。
あんなフワフワした軌道の攻撃、目を瞑っていても避けられる。
俺は華麗なステップでかわし、背後に回り込んで首(?)を狩ろうとした。
――その時だった。
フワリ。
風向きが変わった。
避けたはずの鱗粉が、わずかに一粒、俺の鼻先に付着した。
(……あ)
たった一粒だ。
アレクセイなら、鼻息で吹き飛ばして終わる程度の微量な魔力。
だが。
ドクン!!
俺の脳内を、強烈な電撃が駆け巡った。
「キュ、キュルルルルッ!?(せ、世界が回るぅぅぅぅ!?)」
視界がグニャリと歪む。
地面が天井に、木々がバナナに見える。
俺の平衡感覚は一瞬で崩壊した。
足がもつれる。まっすぐ走っているつもりなのに、体は右へ左へと千鳥足。
「ノワール!?」
アレクセイの声が、水の中にいるように遠く聞こえる。
俺は制御不能のまま、全速力でスピンし――。
ドガンッ!!
そのまま、近くの大木に頭から激突した。
◇◇◇
「……大丈夫か」
気がつくと、俺はアレクセイの手のひらの上でぐったりと横たわっていた。
頭には大きなタンコブができている(多分)。
目は回ったままだ。
「キュゥ……(すみません、面目ない……)」
情けない。
たかだか初心者用モンスターの状態異常攻撃で、このザマだ。
アレクセイは、険しい顔で俺を見つめ、そして重々しく口を開いた。
「……やはり、そうか」
彼は俺のステータス画面(鑑定スキル)を見ながら分析を始めた。
「お前の敏捷性や物理攻撃力は、確かにSランク並みに成長している。……だが」
言いづらそうに、彼は続ける。
「『魔法防御力』と『状態異常耐性』が……Fランク、いや、それ以下のままだ」
ガーン。
衝撃の事実に、俺は白目を剥きそうになった。
つまり、こういうことだ。
俺は「攻撃は当たらない前提」の超高速アタッカーに進化した。
だが、その素体(ベース)はあくまで『初期雑魚モンスター(ダーク・ラビット)』。
物理的な頑丈さは鍛えられても、魔法や呪いに対する抵抗力といった「種族値」は、最弱のまま更新されていなかったのだ。
いわゆる、『紙装甲』ならぬ『紙メンタル』。
物理には強いが、魔法にかすっただけで即死・即無力化する、極端すぎるバランス。
「なるほどな。人化している時は俺の魔力でコーティングされているから耐性も上がるが、ウサギの姿に戻ると、その恩恵が消えるわけか」
アレクセイの分析は的確だった。
つまり、今の俺は――。
「物理攻撃無効、魔法攻撃弱点(特大)」のボーナスキャラだということだ。
「……危険すぎる」
アレクセイが俺を抱く腕に力を込めた。
その顔から、さっきまでのデレデレした表情は消えている。
「物理的な攻撃なら俺が防げる。だが、広範囲の魔法や、精神干渉系の攻撃は……俺が剣で斬り伏せる前に、お前に届いてしまうかもしれん」
彼は俺を胸元に引き寄せ、マントで包み隠した。
その瞳には、かつてないほどの過保護な光が宿っている。
「もう、お前を前線には出せない」
ズキリ、と胸が痛んだ。
それは「戦力外通告」ではない。純粋な「心配」だ。
けれど、だからこそ辛い。
俺は彼の隣に立ちたいのに。足手まといになりたくないのに。
「キュウ……(でも……)」
「大人しくしていろ、ノワール。お前を守るのは俺の役目だ」
アレクセイはそう言って、俺を懐のポケットに押し込んだ。
温かい。安全だ。
でも、そこは「相棒」の居場所ではなく、「庇護されるペット」の指定席だった。
俺はポケットの縁から顔を出し、情けない気持ちで揺れる景色を見つめた。
魔法に弱い。特に精神系に。
この致命的な弱点が、まさか二人の関係を揺るがす最大の危機を招くことになろうとは。
そして、運命の悪戯か。
そんな「精神耐性ゼロ」の俺を狙い澄ましたかのような天敵が、すぐそこまで迫っていた。
王都の門をくぐる一台の豪奢な馬車。
そこに掲げられた紋章は、隣国のもの。
そして中には、類まれなる『魔獣使い(テイマー)』にして、稀代の『魔物愛好家』が乗っていることを、俺たちはまだ知らない。
「……微かに感じるね。極上のレアモンスターの気配が」
馬車の中で、チャラついた美青年が鼻を鳴らし、不敵に微笑んだ。
「勇者くんが独り占めしてるのかな? ……ふふっ、それはズルいよ。僕にも可愛がらせてくれないと」
俺の「永久就職先」を脅かす、スーパー・ヘッドハンティング大戦の幕開けである。
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