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2話:俺の常識は、この世界では通じないらしい(レオン視点)
しおりを挟む異世界転移。
それは、突然見知らぬ地へ飛ばされるものらしい。昔書物で読んだことがあった。
俺は確かに住民の避難を――いや、土砂崩れの……いや、そこから先の記憶はない。だが、次に気づいたときには見知らぬ場所にいた。
学舎らしき空間。妙に整然とした机と椅子が規則正しく並び、天井には白い光を放つ四角い物体が等間隔で設置されている。壁には、見慣れないが何となく意味の分かる文字が並ぶ紙が貼られている。黒板というものもある。見たことのない技術や、見慣れない服を着た人々――だが、何よりも衝撃的だったのは。
「何故、俺のことを知っているのだ……」
周囲の者たちは皆、俺を『カンザキレオン』と呼ぶ。
違う。俺はレオン・シュヴァルツだ。カンザキなど知らない。
「……何かがおかしい」
俺は廊下の壁に背中を預け、冷たい壁の感触を確かめる。この建物の構造も、石造りでもなければ木造でもない。どこか人工的で、均質な材質だ。
異世界転移には幾つかの法則があるとされる。
通常、転移者はその世界で一から立場を築くものだとされていた。しかし俺の場合、この世界に『神崎レオン』という存在があらかじめ用意されていたらしい。
これはどういう理屈なのか。
……まあ、考えても詮無いことだ。
重要なのは「ここが異世界である」という事実。そして、「俺はここで生きていくしかない」という現実だ。
ならば――この異世界の常識に従って行動するまで。
俺は立ち上がり、服の塵を払った。この衣服も見慣れない。織物は上質だが、縫製が奇妙だ。
◇◇◇
俺はしばしフジミヤから話を聞き、この世界について必要な知識を得た。
彼は俺の隣の席に座り、困ったような表情を浮かべながら懇切に説明してくれた。机の上には彼が持ってきた教科書が広げられ、文字や図表を指しながら話している。
『ニホン』という国の名。『コウコウセイ』という立場。そして、ここが剣と魔法の時代などではなく、どうやら魔道具に頼らない高度な技術を持つ世界であること。
技の程度は思ったより高そうだが、俺にとって差し支えない。何しろ俺には魔法があるのだ。
たとえば――喉が渇いたとき。
「……さて、水でも飲むか」
俺は席を立ち、掌をかざし、水の魔法を発動させる。右手を胸の前に構え、魔力を集中させる。
「水の精霊よ、我が声に応え――」
「ちょっと待てええええ!!」
突然、フジミヤが椅子から勢いよく立ち上がり、俺の腕を掴んだ。その勢いで俺はよろめき、机に手をついて体勢を立て直す。
「な、なんだフジミヤ! いきなり騒ぐな!」
「お前が原因だよ!! ここ、学校!! 魔法とか使うな!!」
フジミヤは俺の腕を掴んだまま、教室の隅へと引っ張っていく。周りにいた数人の生徒たちが振り返り、不思議そうな視線を向けてきた。
「何故だ。水が欲しいから作る。それだけのことではないか」
「水道あるからあああ!!」
指差された先には――確かに蛇口らしきものがついた白い台が教室の後ろに並んでいた。銀色の金属製で、見たことのない形状だが、水が出る仕組みらしい。
「……これは一体どう使う」
俺は蛇口に近づき、屈んで観察する。魔力の痕跡は感じない。純粋な技術によるものか。
「お前、本当に日本のこと何も覚えてねぇのな……」
フジミヤは途方に暮れ、蛇口をひねる。すると、管の先から透明な水が勢いよく流れ出してきた。
「……ほう、水の魔道具か」
「魔道具じゃねぇよ!! 普通の蛇口だよ!!」
俺はじっと蛇口を見つめ、観察する。魔力の流れは感じない……つまり、これは純粋な技術によるものか。手を伸ばして水に触れてみる。冷たく、清潔で、魔力の穢れもない。
「ふむ……まあ、水が手に入るなら良しとしよう」
俺は蛇口をひねり、水を手ですくって飲む。予想以上に美味い。
「……ほう。冷たくて清潔な水が、こんなにも簡単に手に入るとはな」
「そりゃ、水道だからな」
「便利なものだな。この世界の技術は侮れん」
フジミヤはどこか納得いかない表情をしつつも、もう言う気力を失ったのか、ただ意気消沈していた。その後ろで、何人かの生徒たちがこちらをちらちらと見ている。
◇◇◇
次に俺は、この世界の施設をより詳しく観察することにした。
この教室という場所は、やけに息苦しい。空気の流れが悪い。窓は大きいが、閉め切られている。外の景色は見えるが、新鮮な空気が入ってこない。こういうときは換気が必要だな。
「ふむ……窓が開かないのか」
俺は窓の前に立ち、適度に距離を取る。透明な板の向こうには青い空と、見慣れない建物が並んでいる。窓枠は金属製で、どこか込み入った構造をしている。
「ならば、魔法で開けるとしよう」
俺は指先に微弱な火を灯し、慎重に魔力を調整する。こういった開閉機構は、熱によって膨張する部分を狙えば簡単に解除できる。小さな炎が橙色に揺れる。
「火の精霊よ、僅かに力を貸せ――」
「だからあああああ!!!」
再びフジミヤが俺の元へ駆け寄ってきた。今度は教室の前の方から、慌てた様子で走ってくる。
「今度は何だ! 俺はただ、窓を開けようと――」
「普通に手で開けろおおおおお!!!」
彼は俺の手を掴み、炎を消させた後、普通に窓の鍵を外した。そして窓枠を横に滑らせて開ける。涼しい風が教室内に流れ込み、布がひらりと揺れた。
「……」
「な。開くだろう」
「……技術とはすごいものだな」
俺は窓枠の構造を改めて観察する。滑車の仕組みを応用した、実に精巧な機構だ。
「いや、それは確かにすごいんだけど! 何かやる前に誰かに聞けよ!」
フジミヤは両手を広げて抗議しているが、俺にはその反応が理解できない。
◇◇◇
「とにかく、お前のことや、この世界のことをちゃんと説明する。ついでに、お前の家にも行ってみようぜ」
「カンザキレオンという男の住処か……」
「お前の家だよ」
俺は複雑な気持ちで頷いた。
教室を出て、校舎の廊下を歩く。滑らかな床材は規則正しく敷かれ、履物の音が響く。他の生徒たちとすれ違うたび、俺への視線を感じる。きっと先ほどの魔法騒動が既に噂になっているのだろう。
校門を抜けると、見慣れない街並みが広がっていた。建物は低く、規則正しく並んでいる。道路は石畳のように整えられ、車という乗り物が行き交っている。
そして、フジミヤと共に向かった『カンザキレオン』の家――そこは、俺の知るどんな屋敷とも異なる建築様式だった。
石造りでもなければ、木造でもない。妙に平べったい造りで、無駄に広い玄関、見たことのない鍵の仕組み、そして靴を脱ぐ習慣――全てが異質だ。
「ここが……俺の家、か」
建物の前で立ち止まり、俺は改めて見上げる。二階建ての家は、簡素ながらも実用的に見える。庭には手入れされた植物が植えられ、門扉は金属製だ。
「まあ、そういうことになるな」
フジミヤが俺の荷物袋から鍵を見つけ出し、玄関の扉を開ける。
中に入ると、やたらと整った空間が広がっていた。物が少なく、どこか人工的な香りがする。床は木材だが、見慣れない加工が施されている。壁は白く、天井には照明器具が取り付けられている。
「で、お前本当に何も覚えてないんだな」
「ああ。ここが俺の住まいと言われても、全く馴染みがない」
部屋を見回しながら、俺は慎重に『カンザキレオン』の生活の痕跡を探した。本棚には教科書と思われる書物が並び、机の上には筆記具が置かれている。壁には見慣れない絵が飾られ、窓際には植物が置かれている。
「……なあフジミヤ」
「ん」
俺は部屋の中央に立ち、改めて周囲を見渡す。
「この世界、剣は持たなくても生きていけるのか」
「……お前、マジでどんな世界から来たんだよ……」
フジミヤは呆れたようにため息をつく。そして、長椅子に腰を下ろした。
どうやら俺の『常識』は、この世界ではことごとく通じないらしい。
これは、中々難儀しそうだな――。
窓の外では、この世界の夕日が沈みかけていた。橙色の光が部屋を照らし、長い影を作っている。俺は異世界で一日目の夜を迎えようとしていた。
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