「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

文字の大きさ
19 / 57
第3章 俺たちは『公務』じゃなくて、『新婚旅行(ハネムーン)』がしたい

第19話:氷の城塞都市と、有能な補佐

しおりを挟む

 白銀領の領都、『クリスタリア』。
 その名の通り、街全体が氷と水晶で構成された、美しくも冷厳な城塞都市だ。
 中心にそびえ立つ領主の館――通称「氷城」に到着した俺たちは、息つく暇もなく公務の波に飲み込まれようとしていた。

「――お着きになられました! 領主、オルドリン・クライス伯爵閣下のお成りです!!」

 重厚な扉が開くと同時に、衛兵が大声で告げる。
 ホールには、白銀領を管理する役人や騎士たちが整列し、直立不動で頭を下げていた。
 ピリリとした緊張感。
 空気の温度が、外よりも低い気がする。

「……出迎えご苦労」

 オルドリンが短く応える。
 その声には、俺に向ける甘さは微塵もない。絶対的な支配者としての威厳と、冷たさが満ちている。
 役人たちがビクリと肩を震わせるのが見えた。

(うわぁ……やっぱり怖がられてるなぁ)

 俺はオルドリンの半歩後ろを歩きながら、苦笑した。
 彼は優秀な領主だが、完璧主義すぎて部下にプレッシャーを与えがちなのだ。
 現に、最前列にいる代官らしき初老の男性は、すでに顔面蒼白で滝のような汗をかいている。

「長旅でお疲れでしょう、閣下。まずは客室で旅装を……」
「不要だ。すぐに状況報告を聞く。会議室へ案内しろ」
「は、はいっ! ただちに!」

 オルドリンは歩みを止めない。
 完全に「仕事モード」だ。

「ルシアン」
「ん?」
「君は部屋で休んでいてくれ。移動で疲れただろう」

 彼は歩きながら、低い声で指示した。
 いつもなら「一緒に寝よう」とか甘えるくせに、今はあくまで事務的だ。
 俺を公務という「戦場」から遠ざけようという配慮だろう。

 だが、俺は首を横に振った。

「断る」
「……なぜ?」
「俺は今回、アンタの『妻兼臨時補佐』として来たんだ。部屋でゴロゴロしてるために来たんじゃない」

 俺はニカっと笑い、自分の胸を叩いた。

「お茶汲みでも、書類の仕分けでもなんでもやるよ。……アンタの背中、守らせてくれよ」

 オルドリンの足が、一瞬だけ止まる。
 彼はわずかに視線を泳がせ(デレそうになるのを必死に堪えてるなこれは)、咳払いをした。

「……好きにしていいが、無理はするな」
「了解、閣下」

 許しは出た。
 俺は心の中でガッツポーズをし、凍りついた会議室へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇

 会議室の空気は、窒息しそうなくらい重かった。
 というより、会話が成立していなかった。

「――説明しろ、代官。魔力供給率の数値が、先月の報告書と0.5%食い違っている」

 上座に座ったオルドリンが、書類をテーブルに静かに置いた。
 叩きつけたりはしない。ただ、絶対零度の視線を送るだけだ。
 それが一番怖いのだが。

「も、申し訳ございません! 観測機器の不調による誤差かと……!」
「機器のメンテナンスは定例業務のはずだ。それを怠ったのか? それとも、虚偽の報告を上げようとしたのか?」
「め、滅相もございません!!」
「ならばなぜ報告しなかった? 言語中枢まで凍りついたのか?」

 代官が震え上がり、他の役人たちも下を向いて嵐が過ぎるのを待っている。
 オルドリンの言っていることは、論理的には正しい。
 魔力供給のズレは、大事故に繋がりかねない重大なミスだ。
 だが、正論を氷の刃で突き刺しても、相手は萎縮して思考停止に陥るだけだ。これでは問題の根本が見えてこない。

(……やっぱり、こうなるのか)

 部屋の隅に控えていた俺は、ため息をついた。
 オルドリンは悪くない。ただ、彼は優秀すぎるがゆえに、「凡人の恐怖心」や「小さなミスの隠蔽心理」が理解できないのだ。
 これじゃあ、いつまで経っても平行線だ。

(よし。ここは、俺の出番だな)

 俺はワゴンに乗せてあったティーセットを手に取った。
 王都から持参した、とっておきの茶葉と、糖分たっぷりの高級クッキーだ。

「はい、失礼しまーす。ちょっと休憩挟みましょうか」

 俺は能天気な声を出し、ピリピリした会議の真っ只中に割って入った。
 役人たちが「えっ!?」とギョッとした顔をする。
 オルドリンも不快そうに眉をひそめた。

「……ルシアン、今は会議中だ。遊びではない」
「知ってるよ。でも、みんな顔色が悪いだろ? 脳に糖分回さないと、いい答えも出ないって」

 俺は構わず、オルドリンの前にカップを置き、次に代官の前にクッキーの皿を置いた。

「これ、王都で流行ってるクッキーなんです。代官様もどうぞ。……そんなに怯えなくても、閣下は取って食ったりしませんから」
「は、はあ……しかし……」
「閣下が怒ってるのは、皆さんが憎いからじゃないですよ。この街を守りたいから、必死なだけです」

 俺は代官の耳元で、こっそりと、しかし部屋中に聞こえる音量で囁いた。

「うちの旦那様、顔は怖いですけど、中身は領民思いの不器用な人なんですよ。……言葉が足りないのは、俺がお詫びしますから」
「……誰が不器用だ」

 オルドリンが不服そうに鼻を鳴らしたが、否定はしなかった。
 その様子を見て、役人たちの間に走っていた緊張の糸が、ふっと緩んだ。
 「あの氷の伯爵に、あんな軽口を叩ける人間がいるのか?」という驚きと、「伯爵も人間なんだ」という安堵。

「……いただきます」

 代官が恐る恐るクッキーを口にする。
 サクサクとした音と共に、彼の強張った肩から力が抜けた。

「……申し訳ありません、閣下。機器の不調を見落としていたのは、私の管理不足です。……実は、予算不足で部品交換が遅れておりまして……」
「予算だと? 申請は上がってきていない」
「そ、それは……却下されるのを恐れて、現場で揉み消してしまい……」

 萎縮が解けたことで、ようやく「本当の原因」が出てきた。
 オルドリンは目を丸くし、それからバツが悪そうに視線を逸らした。

「……そうか。私の威圧感が、報告を妨げていたということか」
「い、いいえ! そんな!」
「反省すべきは私の方だな。……すぐに予算を組む。部品の手配は私が直接行おう。……その代わり、隠し事はなしだ。いいな?」
「は、はいっ! ありがとうございます!!」

 場が回った。
 一度流れができれば、あとは早い。
 オルドリンの的確な指示と、役人たちの報告が噛み合い、滞っていた案件が次々と片付いていく。
 俺はその間、空いたグラスに水を注いだり、疲れた人に飴を配ったりして、部屋の中をちょろちょろと動き回った。

 「潤滑油」。
 それが、今の俺の役割だ。
 最強の歯車(オルドリン)を、錆びつかせずに回すための油。
 地味だけど、悪くない仕事だ。


 ◇◇◇

「――以上で、本日の会議を終了する」

 数時間後。
 予定よりも大幅に早く、会議が終わった。

「お疲れ様でした、閣下! 奥様!」

 役人たちが一斉に頭を下げる。
 最初のような恐怖に満ちた礼ではなく、敬意と親しみのこもった礼だ。
 オルドリンが退室すると、代官が俺の元へ駆け寄ってきた。

「あ、あの……ルシアン様」
「はい」
「ありがとうございました! あなた様のおかげで、我々は救われました……! まさか、あの閣下とこれほど円滑に話ができる日が来るとは……」

 代官は涙目で俺の手を握った。

「あなた様は、我々にとっての女神……いや、救世主です!」
「大袈裟ですよ。俺はただ、お菓子配ってただけですし」
「いいえ! その気遣いが、どれほどありがたかったか! どうか末長く、閣下のお傍にいて差し上げてください!」

 他の役人たちも、口々に感謝を述べてくる。
 どうやら、俺の「愛想」スキルは、この極寒の地でも通用したらしい。
 俺は少し照れくさくなりながら、「これからも旦那様をよろしくお願いします」と笑顔で返した。


 ◇◇◇

 夜。領主の館のプライベートルーム。
 二人きりになった途端、オルドリンが俺をソファに押し倒した。

「……うおっ!? なんだよ急に!」
「……君には、完敗だ」

 彼は俺の上に覆いかぶさり、悔しさと愛しさが入り混じった瞳で見下ろしてきた。

「正直、君の仕事は何もないだろうと思っていた。……だが、まさかあそこまで場をコントロールするとは」
「コントロールなんてしてないよ。ちょっと空気を入れ替えただけ」
「それがすごいと言っているんだ。……私にはできない」

 彼は俺の肩に顔を埋めた。
 少し弱気な、甘えるような仕草だ。

「私は人を畏怖させることはできても、安心させることはできない。……今日の会議で痛感したよ。君がいなければ、私はただの暴君だったとな」
「……買いかぶりすぎだって」
「いいや。君は最高の補佐だ。……いや、私にとってなくてはならない『半身』だ」

 彼は顔を上げ、すがるように俺を見た。

「頼むから、ずっと私の側にいてくれ。……君がいないと、私はただの凍りついた彫像になってしまう」

 昼間の威厳ある領主様とは大違いだ。
 でも、この不器用で寂しがり屋なところが、俺の旦那様の本当の姿なのだ。

「分かってるよ。離れろって言われたって、くっついててやる」

 俺が頭を撫でてやると、彼は嬉しそうに目を細め、俺の唇にキスを落とした。
 甘い。
 仕事の疲れも吹き飛ぶような、とろけるようなキスだ。

「……隣に立たせてくれてありがとな、オルドリン。俺も、仕事してるアンタを見て、惚れ直したよ」
「ほう? 私の不器用なところに惚れたのか?」
「違うよ。街のために必死になってるところが、かっこいいって言ってんだよ」

 俺が素直に褒めると、彼は耳まで赤くして、「……そうか」と呟いた。

「君に褒められるのが、どんな勲章よりも嬉しい」

 彼は俺の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「……さて。仕事は順調に進んだ。明日は魔脈の儀式だ」
「ああ。一番の大仕事だな」
「それが終われば、少し自由な時間が作れる」

 彼の言葉に、俺の耳がピクリと反応した。

「自由な時間?」
「ああ。……どこか行きたいところがあるんだろう?」

 彼は顔を上げ、悪戯っぽく笑った。

「君がこっそり『氷結ダンジョン』の資料を読んでいたのを、私は知っているぞ」
「げっ、バレてた!?」
「私の目を欺けると思うな。……儀式が無事に終われば、どこへでも連れて行く。君の望む場所へ」

 すべてお見通しだったらしい。
 さすが旦那様。敵わない。

「やった! 約束したからな!」
「ああ。……だから今夜は、たっぷり英気を養ってもらおうか」
「えっ、寝るんじゃないの?」
「君という『糖分』を補給しないと、明日の儀式に響くからな」

 彼は妖艶に笑い、再び唇を重ねてきた。
 どうやら、俺の補佐としての業務(夜の部)は、ここからが本番らしい。

 窓の外は極寒の吹雪。
 けれど、この部屋の中だけは、真夏のように熱い夜が更けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL 不定期更新

英雄の溺愛と執着

AzureHaru
BL
転生した世界は前世でどハマりしたBLゲーム。最推しは攻略対象!ではなく、攻略対象達の剣術の師匠である、英雄の将軍閣下。メチャクチャイケオジでドストライクだった主人公はこのイケオジみたさにゲームをやっていた。その為に、ゲームの内容など微塵も覚えていなかった。 転生したからには将軍閣下を生でみないとというファン根性で付きまとう。 付き纏われていることに気づいていた将軍だか、自分に向けられる視線が他とは違う純粋な好意しかなかったため、戸惑いながらも心地よく感じていた。 あの時までは‥。 主人公は気づいていなかったが、自分達にかけらも興味を持たないことに攻略対象者達は興味をそそられ、次第に執着していく。そのことにいち早く気づいたのは剣術指南役の将軍のみ。将軍はその光景をみて、自分の中に徐々に独占欲が芽生えていくのを感じた。 そして戸惑う、自分と主人公は親子ほどに歳が離れているのにこの感情はなんなのだと。 そして、将軍が自分の気持ちを認めた時、壮絶な溺愛、執着がはじまる。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...