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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい
第27話:二人だけの星渡り
屋敷に帰り着いた頃には、日はとっぷりと暮れ、夜空には無数の星々が瞬いていた。
だが今夜の空は、いつもとは違う。
『星渡り』の影響で、夜空全体が淡い光の粒子を帯び、オーロラのような揺らめく光の帯が、天の川を彩るように流れているのだ。
「……綺麗だな」
「ああ。だが、地上も負けていないぞ」
オルドリンが指差した先、リビングの窓辺には、俺たちが事前に用意しておいた『星光樹(スターライト・ツリー)』が飾られていた。
背丈ほどの高さの針葉樹だが、その葉の一枚一枚が星の魔力を受けて自発光し、シャンデリアのように青白く輝いている。
電気のないこの世界で、これほど幻想的な光景が見られるなんて。
「よし、最高のシチュエーションは整った。……あとはメインディッシュの仕上げだ!」
俺、ルシアンは袖をまくり、キッチンへと向かった。
セバスチャンやシェフたちも、「本日はお二人のために厨房をお明けします」と気を利かせて下がってくれている。
今夜は、俺たち二人だけの祝宴だ。
◇◇◇
一時間後。
リビングのテーブルには、見たこともないほど豪華な料理が並んでいた。
「……すごいな。これが、あの鳥か?」
オルドリンが目を丸くして、テーブルの中央を見つめている。
そこには、こんがりと黄金色に焼き上がった『極光鳥』のローストが鎮座していた。
腹には香草とバターライスを詰め、表面には特製のハニーソースを塗って焼き上げている。
不思議なことに、焼かれてなお、その肉からは微かな光の粒子が立ち上り、湯気と共にキラキラと輝いている。
「ああ。セバスチャン直伝のレシピだ。……さあ、座ってくれよオルドリン」
俺は彼の向かい……ではなく、当然のように隣の席に座った。
今夜は堅苦しいマナーなどいらない。
照明を落とし、星光樹の優しい明かりだけが二人を照らす中、ディナーが始まった。
「乾杯の酒だが……」
オルドリンがボトルを手に取った。
最高級のアイスワインだ。だが、常温で置いてあったため少しぬるい。
「少し冷やそう」
彼がボトルの首に指を添える。
以前なら、この時期に魔力を使うことを極端に恐れていた彼だ。
だが今の彼は、俺を見てふわりと微笑むと、躊躇なく指先に魔力を込めた。
「――冷却(クール)」
キィン……と澄んだ音がして、ボトルが薄い霜に覆われた。
完璧な温度管理だ。
暴走の気配など微塵もない。
「はい、どうぞ。最高の飲み頃だ」
「ありがとう。……魔法、怖くないか?」
「君が隣にいるからな。……今の私にとって、魔法は君を喜ばせるための道具でしかない」
彼はさらりと言いのけ、グラスに黄金色の液体を注いだ。
「乾杯、ルシアン。……私の光」
「乾杯、オルドリン」
グラスを合わせる。
冷えたワインは甘く、濃厚な果実の香りが口いっぱいに広がった。
「さて、メインだ」
俺はナイフを入れ、極光鳥を切り分けた。
皮はパリパリと小気味よい音を立て、中はしっとりと柔らかい。溢れ出した肉汁がソースと混ざり合い、食欲をそそる香りが爆発する。
「はい、あーん」
「ふふ、いただくよ」
オルドリンが素直に口を開ける。
一口食べた瞬間、彼の目が驚きに見開かれた。
「……ッ!!」
「どうだ?」
「美味い……! なんだこれは、口の中で光が弾けるようだ」
彼は恍惚とした表情で咀嚼した。
「肉の旨味が濃厚なのに、後味は驚くほど爽やかだ。それに……食べた瞬間、体の中から力が湧いてくる気がする」
「だろ? ギルドのじいちゃんが『幸福になる味』って言ってたけど、本当だったな」
俺も自分の分を口にする。
美味い。今まで食べたどんな鳥料理よりも美味い。
苦労して雪山を登り、二人で協力して捕まえたからこそ、その味は格別だった。
「ルシアン、私も君に食べさせたい」
「えっ、俺は自分で……」
「ダメだ。今日は甘やかす日だろう?」
彼はフォークを奪い、逆に俺の口へと運んできた。
甘いワインと、極上の料理。
そして、蕩けるような甘い視線を送ってくる旦那様。
俺たちは互いに食べさせ合いながら、ゆっくりと夜の時間を楽しんだ。
◇◇◇
食事が終わり、デザートの果物をつまんでいる頃。
窓の外の光が一層強くなった。
「……そろそろか」
オルドリンがワイングラスを置き、空を見上げた。
『星渡り』のピーク。
天体の魔力が最も強く地上に降り注ぐ時間だ。
「……大丈夫か?」
俺は彼の様子を窺った。
顔色は良い。震えてもいない。
だが、彼の記憶の中にある「恐怖」が蘇らない保証はない。
「……バルコニーへ出よう」
オルドリンが立ち上がり、俺に手を差し出した。
「えっ、外へ? 寒いぞ?」
「平気だ。君と『共鳴』している今なら……きっと、美しいものが見られる気がする」
俺はその手を取り、二人でバルコニーへと出た。
冷たい夜風が頬を撫でる。
だが、それ以上に圧倒されたのは――光だった。
「うわぁ……!!」
空一面に、光のカーテンが揺らめいている。
青、紫、緑。様々な色の光が混ざり合い、まるで生き物のように夜空を舞っている。
そして、空から雪のように降ってくる光の粒子。
それが肌に触れると、パチパチと小さな魔力の火花となって消えていく。
「……これが、星渡り……」
俺が息を呑んで見上げていると、隣のオルドリンが静かに息を吐いた。
「……ああ。聞こえる」
「え?」
「星の音が。……昔は、これが鼓膜を破るような轟音に聞こえた。頭を掻き回されるような不快なノイズだった」
彼は空に手を伸ばし、降ってくる光の粒子を受け止めた。
「だが今は……まるで祝福の鐘の音だ」
彼が振り返り、俺を見た。
逆光の中で、彼のアイスブルーの瞳が優しく輝いている。
「君というフィルターを通すだけで、世界はこんなにも優しくなるのか」
「……オルドリン」
「美しいな、ルシアン。……空も、君も」
彼は俺の腰を引き寄せ、バルコニーの手すりを背に俺を抱きしめた。
彼の胸元にあるペンダントと、俺のペンダントが触れ合い、カチンと小さな音を立てて共鳴する。
青い光が二人の周りを包み込み、寒さを遮断してくれた。
「……俺さ、アンタに渡したいものがあるんだ」
俺は彼の腕の中で、用意していた包みを取り出した。
「プレゼント?」
「ああ。……まあ、あのペンダントのお返しみたいなもんだけど」
彼が包みを開けると、中から出てきたのは、肌触りの良いフワフワの布地だった。
濃紺の生地に、星の刺繍が散りばめられたガウン。
俺用に用意したものと、色違いのお揃いだ。
「これは……」
「部屋着だよ。特注で作ってもらったんだ」
俺は少し照れくさそうに説明した。
「アンタさ、家でもいつもカチッとした服着てるだろ? もっとリラックスしてほしいなって思ってさ。……これなら、そのまま寝られるし」
「……君と、お揃いか?」
「うん。……嫌だったか?」
「嫌なわけがない!!」
彼は食い気味に叫び、そのガウンを顔に押し当てて深呼吸した。
「最高だ……。君が選んでくれた、私だけのリラックスウェア……。一生着ていたい」
「洗濯はしろよ!?」
「ありがとう、ルシアン。……では、私からも」
オルドリンは、ポケットから小さな箱を取り出した。
パカッ、と開かれた箱の中には、銀色の指輪が収まっていた。
ただの銀ではない。表面に細かなダイヤモンドが埋め込まれ、まるで星空を切り取ったかのように瞬いている。
「これは……?」
「『星屑の指輪』だ。……白銀領の鉱山で見つかった、星の魔力を宿した鉱石で作らせた」
彼は俺の左手を取り、薬指にその指輪をはめた。
「この指輪には、私の魔力を込めてある。……君がどこにいても、どんな暗闇にいても、私が君を見つけられるように」
「……また重い機能ついてるな」
「当然だ。君は私の星だからな」
彼は俺の手の甲にキスをした。
「愛している、ルシアン。……過去のどんな痛みも、君に出会うための試練だったと思えるくらいに」
その言葉は、降り注ぐ星の光よりも眩しく、俺の胸を焦がした。
俺は彼の首に腕を回し、背伸びをしてキスをした。
「俺もだよ、オルドリン。……アンタのトラウマが消えてよかった」
「ああ。……もう、星渡りの夜は怖くない。君と愛し合うための、最高の夜になった」
空には満天の星。
俺たちは光の雨の中で、何度も口づけを交わした。
かつて彼を苦しめた魔力の嵐は、今や二人を祝福するファンファーレとなっていた。
◇◇◇
「……さて。体も冷えてきたし、中に入ろうか」
「そうだな。……せっかく貰った部屋着に着替えたい」
俺たちはリビングに戻り、互いにプレゼントのガウンに着替えた。
フワフワの生地は肌触りがよく、着ているだけで心が解けていくようだ。
お揃いの姿で並ぶと、なんだか本当の「新婚さん」みたいで気恥ずかしい。いや、新婚なんだけど。
「……似合うな、ルシアン。その色、君の肌の白さが際立つ」
「アンタこそ。……なんか、いつもより幼く見えて可愛いぞ」
前髪を下ろし、ガウンを羽織ったオルドリンは、いつもの「伯爵」の鎧が外れて、無防備な青年の顔をしていた。
それがたまらなく愛おしくて、俺はソファに座る彼の膝の上に乗り、抱きついた。
「……甘えん坊だな」
「今日くらい、いいだろ?」
「もちろん。……朝まで離さないと言ったのは私だ」
オルドリンの手が、ガウンの隙間から滑り込んでくる。
素肌に触れる指先は熱く、優しい。
「ルシアン……」
「ん……」
彼が俺を押し倒すようにして、ソファに沈み込ませる。
上から見下ろす瞳には、星空よりも深い情熱が宿っていた。
「星の魔力のせいかな。……君が欲しくてたまらない」
「……俺も」
「今日は、たっぷりと愛させてくれ。……私の全てで、君を塗りつぶしたい」
甘い囁きと共に、深い口づけが降ってくる。
窓の外では、まだ光の祭典が続いている。
だが、今の俺たちには、目の前の互いの存在だけが全てだった。
星光樹の淡い明かりが揺れる部屋で、俺たちは互いの体温を確かめ合うように、深く、激しく愛し合った。
過去の傷跡も、不安も、全てが溶けて消えていく。
そこにあるのは、ただひたすらに甘く、幸せな「現在」だけだった。
こうして、オルドリンにとっての「厄日」だった星渡りの夜は、俺たち二人にとっての、忘れられない「最愛の記念日」へと書き換えられたのだった。
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