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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい
第28話:魔王の憂鬱と、共闘のドレスコード
翌朝。
屋敷の窓から差し込む日差しは、昨夜の『星渡り』の余韻を含んで、いつもよりキラキラと眩しかった。
「……ん……」
俺、ルシアンは、温かい腕の中で目を覚ました。
目を開けると、すぐ目の前にオルドリンの寝顔がある。
長い睫毛に、整った鼻筋。昨夜プレゼントしたお揃いのガウンを着て、彼は子供のように俺にしがみついて眠っていた。
「……幸せだな」
昨夜の「極光鳥」のディナーと、星空の下での愛の告白。
かつて彼を苦しめたトラウマは消え、俺たち夫婦にとって最高の記念日となった。
今日は休日だ。冒険もいいが、今日ばかりはこのまま昼まで二度寝して、午後は読み溜めた冒険小説でも読んで過ごそう。
そう思っていたのだが。
コンコン。
無慈悲なノックの音が、甘い静寂を破った。
「失礼いたします、旦那様、奥様。……緊急の『召集状』が届いております」
セバスチャンの声だ。
オルドリンが不機嫌そうに片目を開け、俺を抱きしめる腕にさらに力を込めた。
「……無視だ」
「王家からの親展でございますよ」
「チッ……」
オルドリンは舌打ちをし、世界への呪詛を吐くような顔で身を起こした。
こうして、俺たちの甘い休日は、一枚の金ピカな封筒によって終わりを告げたのだった。
◇◇◇
「……行かん。断固として欠席だ」
場所を移して、リビングでの遅い朝食。
焼きたてのパンとコーヒーが並ぶテーブルの上には、場違いに豪奢な招待状が投げ出されていた。
内容は『星渡りの祝賀舞踏会』への招待。
本来なら名誉なことだが、オルドリンの全身からは「拒絶」のオーラが立ち上っている。
「ですが旦那様。今回の舞踏会は、旦那様が白銀領で魔脈を鎮めた功績を称えるためのものでもあります。主役が欠席というのは……」
「知ったことか! ルシアン以外からの称賛などいらん!」
オルドリンはコーヒーカップを置き、俺の方を見て切実な声を上げた。
「ルシアン、君だって嫌だろう? 今日は二人きりで、誰にも邪魔されずに過ごすはずだったんだ。君とお揃いの部屋着でゴロゴロして、甘い時間を過ごす権利が私にはあるはずだ!」
「うん、まあ、俺も楽しみにしてたけどさ……」
俺が苦笑すると、彼はさらに身を乗り出した。
「それに、今の君を外に出すなんて危険すぎる」
「えっ、危険? なんで?」
「昨日の星の光を浴びて笑う君は、まさに天使そのものだった。……いや、常日頃から可愛いが、昨夜の君は特に無防備で、色気が溢れていた」
彼は真剣な顔で、俺の頬に触れた。
「あんな好色な貴族たちが集まる場所に連れて行ってみろ。彼らの粘つくような視線が君に注がれると思っただけで、私ははらわたが煮え繰り返りそうだ。……君を隠して、私だけが眺めていたいのに」
「……最近、オルドリンの目がちょっと心配になるんだが」
「事実だ。このままでは嫉妬で理性が飛ぶのが目に見えている」
彼はふっと表情を曇らせ、視線を落とした。
「それに……今の時期はまだ、星の魔力が肌に刺さる。気が立っているところに、不快な視線を感じたら……うっかり会場ごと氷漬けにしてしまいそうだ」
彼は俺の手を痛いくらいに強く握った。
「君を危険な目に合わせたくないし、私が嫉妬で理性を失う姿も見せたくない。……だから、今回は欠席だ。理由は『魔力の乱れによる体調不良』にしておく」
彼の心配はもっともだ。
嫉妬も、魔力への懸念も、すべて俺を大切に想うがゆえのこと。
以前の俺なら、「じゃあやめとくか」と言っていたかもしれない。
あるいは、「義務だから行こう」と説得していただろう。
でも、今の俺は違う。
「……なぁ、オルドリン」
「なんだ? 君も賛成だろう?」
「俺は……行きたいな」
俺が言うと、彼はショックを受けたように目を見開いた。
「な、なぜだ? まさか君は、私との安らかな休日よりも、あんな空虚な社交場の方がいいと言うのか……!?」
「違うって! 舞踏会に行きたいわけじゃない」
俺は椅子を引き寄せ、彼の目の前に顔を近づけた。
「俺は、アンタのお祝いの席に行きたいんだよ」
「え……?」
「だってそうだろ? 今回の会は、アンタが白銀領であんなに頑張って、みんなを救ったことを称えるための会なんだろ?」
俺は彼の両手を包み込んだ。
「俺は、みんなに知ってほしいんだよ。俺の旦那様がどれだけ凄くて、かっこいい魔法使いなのかをさ」
「ルシアン……」
「アンタは『称賛なんかいらない』って言うけど、俺は自慢したい。『あんたらがビビって避けていたうちの旦那様は超優秀でかっこいいんだ! 俺の旦那様は最高だろ!』って、会場のど真ん中で自慢したい気分なんだよ」
俺が本音をぶつけると、オルドリンはぽかんと口を開けた。
そして次の瞬間、彼の顔が沸騰したように真っ赤になった。
「自慢したい……?」
「そうだよ。だから俺は、最高の服で着飾った一番かっこいいアンタの隣を歩きたいんだ」
彼は両手で顔を覆い、小刻みに震え出した。
指の隙間から、潤んだ瞳が見える。
「……なんてことだ。私が嫉妬で見苦しく悩んでいる間に、君はそんな風に……私のことを誇りに思ってくれていたのか」
「当たり前だろ。世界一の俺の旦那様なんだから」
俺が笑いかけると、彼はガバッと顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの迷いは消え失せ、代わりに燃えるような決意が宿っていた。
「……行く。行くに決まっている!」
「えっ、いいのか? 嫉妬とか魔力とか」
「我慢してみせる! 最愛の妻が私を自慢したいと言ってくれているのだ。その期待に応えずに、何が夫か!」
彼の瞳に炎が宿った。
チョロい。あまりにもチョロいが、そこが愛おしい。
「すまない、ルシアン。私の器が小さかった。……君が望むなら、私は喜んで君の隣に立とう。誰よりも輝いて、君に『自慢の夫』と言わせてみせる!」
「ふふ、その意気だ」
やる気になってくれてよかった。
でも、魔力の問題は根性論ではどうにもならない。
「でも、魔力の暴走だけは心配だな。……どうする? 欠席の理由にするくらい不安なんだろ?」
「うむ……。正直、人混みの雑念に当てられると、制御が甘くなる自信がある」
「わかった。なら、こうしようぜ」
俺は、彼の首元にかかる青いペンダントに触れた。
そして、自分のペンダントと重ね合わせた。
「ずっと、触れていよう」
「え?」
「会場にいる間、ずっと俺と手を繋いでてよ。片時も離さずに」
俺は彼の目を真っ直ぐに見つめた。
そして、胸元のペンダントに触れる。
「俺たち、誓っただろ? 『俺がアンタのブレーキになる』って。……アンタがイラッとしたり、魔力が溢れそうになったら、俺の手を強く握ってくれ。このペンダントの『共鳴』があるんだ、俺にはすぐに分かる」
「手を……」
「そうしたら俺も握り返す。それが『落ち着け』の合図だ。……俺の体温があれば、アンタは正気に戻れるんだよな?」
魔導具の機能とか、難しい理屈はいらない。
今の俺たちには、この確かな「体温」の繋がりがあれば十分だ。
オルドリンは俺の言葉を噛み締めるように聞き、やがて優しく微笑んだ。
それは、魔王のような冷徹な笑みではなく、ただの一人の男としての、安心しきった笑顔だった。
「……ああ。その通りだ。君の体温さえあれば、私はどんな魔力嵐の中でも正気でいられる」
「だろ?」
「分かった。……片時も離さない。君の手も、視線も、全て私が独占させてもらう」
彼は俺の手の甲にキスを落とした。
「では、準備を始めようか。……君を世界で一番美しく飾るのも、私の務めだ」
◇◇◇
数時間後。
俺たちは衣装部屋にいた。
使用人を全て下がらせ、二人きりで着替えを行う。
「……ルシアン、動くな」
オルドリンが、俺の首筋に香油を塗り込む。
ひんやりとしたオイルが、彼の温かい指先で塗り広げられ、心地よい香りが立ち上る。
それは魔除けの意味もあるらしいが、今の彼の手つきは、まるで自分の所有物に名前を刻んでいるかのようだ。
「……くすぐったいって」
「我慢してくれ。……他の虫がつかないよう、私の匂いを染み込ませておくんだ」
「はいはい」
俺たちは互いに服を着せ合った。
濃紺の夜会服。銀糸の刺繍。
一つ一つのボタンを留めるたびに、二人の距離が近づいていく。
最後に、俺が彼に、彼が俺に、あの青いペンダントをかける。
「……完璧だ」
鏡の前。
並んで立った俺たちは、どこからどう見ても「最強のパートナー」だった。
タキシードの彼は息を呑むほどかっこよく、俺も(自分で言うのもなんだが)なかなかイケている。
「行こうか、ルシアン。……魔窟という名の舞踏会へ」
「おう。派手に自慢しに行ってやるよ」
俺たちはしっかりと指を絡ませ、手を繋いだ。
この手が繋がっている限り、何も怖いものはない。
扉が開く。
俺たちは不敵な笑みを交わし、馬車へと乗り込んだ。
さあ、俺たちの「自慢大会(デート)」の始まりだ。
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