「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい

第29話:魔窟という名の舞踏会

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 王宮の大広間は、まさに「光の海」だった。

 頭上には、無数のシャンデリアと共に『星渡り』の魔力を受けて輝く装飾用の魔石が散りばめられ、まるで天の川をそのまま室内に引き込んだかのようだ。
 床は大理石で磨き上げられ、着飾った貴族たちのドレスや宝石が、光を反射して煌めいている。

「……うわぁ、すっげぇ」

 俺、ルシアンは、入り口でその光景に圧倒され、小さく声を漏らした。
 今まで参加した夜会とは規模が違う。
 今日は国を挙げての『星渡りの祝賀舞踏会』。この国の重鎮たちが一堂に会する、重要なイベントだ。

「……ルシアン」

 隣から、緊張を含んだ低い声が聞こえた。
 見上げれば、濃紺のタキシードを完璧に着こなしたオルドリンが、眉間に深い皺を寄せて会場を睨みつけていた。
 その顔は「氷の伯爵」モード全開だが、繋がれた手は痛いくらいに俺の手を握りしめている。

「大丈夫か? 手、汗ばんでるぞ」
「……不快なら離す」
「まさか。俺は手汗ぐらいで離したりしないよ」

 俺は彼の指を強く握り返し、ニッと笑いかけた。
 今日の俺たちのミッションは二つ。
 一つは、星の魔力に当てられたオルドリンが暴走しないよう、俺が「ブレーキ役」になること。
 そしてもう一つは――俺の自慢の旦那様を、世間にアピールすることだ。

「行こうぜ、オルドリン。今日はアンタが主役なんだから、堂々としてろって」
「……ああ。君が隣にいるなら、地獄の業火の中だろうと歩いてみせよう」
「だから舞踏会だってば」

 俺たちは顔を見合わせ、光の海へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇

「――クライス伯爵閣下、ならびにルシアン様のご入場です!」

 アナウンスが響いた瞬間、会場のざわめきがピタリと止んだ。
 数百人の視線が、一斉に俺たちに突き刺さる。

 以前の夜会デビューの時のような、露骨な「恐怖」や「嘲笑」の視線ではない。
 そこにあるのは、「好奇心」と、そして隠しきれない「畏敬」の色だった。

「……あれが、白銀領を救ったという……」
「魔脈の暴走を一人で鎮めたらしいぞ。やはり規格外だな」
「隣にいるのが、噂の『猛獣使い』の奥方か?」

 ヒソヒソという囁き声が聞こえる。
 どうやら、白銀領での一件はすでに王都にも広まっているらしい。
 「氷の魔王」という二つ名は相変わらずだが、そこに「救国の英雄」という新たな箔がついているようだ。

(よしよし、いい反応だ)

 俺は内心でガッツポーズをした。
 みんな、俺の旦那様の凄さに気づき始めている。
 俺は背筋を伸ばし、オルドリンに寄り添って歩いた。
 オルドリンも、俺の手をしっかりと握ったまま、貴族たちに優雅に会釈を返している。完璧な立ち振る舞いだ。

 その時だった。
 人垣がモーゼの十戒のように割れ、その向こうから一人の青年が歩み寄ってきた。

「やあ! 待っていたよ、クライス伯爵!」

 爽やかな声と共に現れたのは、絵本から飛び出してきたような「王子様」だった。
 サラサラの金髪、碧眼、そして太陽のような笑顔。
 白を基調とした豪奢な軍服に身を包み、背後には近衛兵を従えている。

「……アレクセイ殿下」

 オルドリンが足を止め、恭しく頭を下げた。
 俺も慌てて倣う。
 この国の第二王子、アレクセイ殿下だ。
 魔法学の権威でもあり、民衆からの人気も高い、まさに「理想の王子」と名高い人物である。

「顔を上げてくれ。今日は無礼講だと伝えただろう?」

 アレクセイ王子は気さくに笑い、なんと自らオルドリンの手を取り(俺と繋いでいない方の手だ)、力強く握手をした。

「白銀領での活躍、報告書で読ませてもらったよ! いやぁ、素晴らしい! あの規模の魔力干渉を、単独の術式で制御するなんて! 君の『多重並列展開』の理論、ぜひ今度詳しく聞かせてくれないか?」
「は、はあ……恐縮です」

 オルドリンが珍しくたじろいでいる。
 それもそのはず、王子の瞳がキラキラと輝いているのだ。
 これは……完全に「ファンの目」だ。

「特に、あの『極北の棺(コキュートス)』の応用! 魔脈の流れを凍結させて逆流を防ぐなんて発想、常人にはできない! 君は我が国の魔法技術の至宝だよ!」
「殿下、買いかぶりすぎです。私はただ、領民と……妻を守るために必死だっただけで」
「そこがいいんじゃないか! 愛の力で魔法を昇華させる! なんてロマンチックなんだ!」

 王子は大興奮でまくし立てた。
 周囲の貴族たちも、王子がこれほど手放しで賞賛する姿を見て、「やはりクライス伯爵はすごいのか」と頷き合っている。

 俺は嬉しくなって、つい口を挟んでしまった。

「そうなんです、殿下! うちの旦那様、魔法の腕だけじゃなくて、判断力も凄いんですよ!」
「ル、ルシアン!?」

 オルドリンが驚いて俺を見たが、もう止まらない。
 だって、この王子、話が分かる!

「儀式の時なんて、自分の身を削って結界を維持して……本当にかっこよかったんですから!」
「おお、そうか! やはり現場で見ると迫力が違うだろうね! 羨ましいなぁ、私もその場にいたかったよ!」

 アレクセイ王子は俺の方を向き、満面の笑みで同意してくれた。

「君がルシアン君だね? 噂は聞いているよ。君が傍にいたからこそ、彼が全力を出せたのだと」
「へへ、俺なんてただのへっぽこサポーターですけどね。でも、旦那様が世界最強だってことは、俺が一番よく知ってます!」
「ははは! 言い切ったね! 気持ちいいくらいの惚気だ!」

 俺と王子は顔を見合わせ、意気投合して笑い合った。
 なんだこの王子、めっちゃいい人じゃん!
 俺の「旦那様自慢」をこんなに楽しそうに聞いてくれるなんて、最高の聞き手だ。

 会場の空気も、王子の明るさに引っ張られて和やかなものになっていく。
 ああ、来てよかった。
 俺の自慢作戦は大成功だ――。

 そう思った、その時だった。

 ヒュオッ……。

 足元を、冷たい風が吹き抜けた。
 シャンデリアの光が一瞬、チカチカと瞬いた気がした。

「……?」

 俺は違和感を覚え、隣を見た。
 オルドリンが、笑っていなかった。
 いや、表情は崩していない。完璧な「貴族の微笑み」を浮かべている。
 だが、その瞳の奥――アイスブルーの瞳孔が、恐ろしいほど冷たく、そして暗く沈んでいた。

(……やばい)

 繋いだ手から、体温が急速に失われていくのが分かる。
 代わりに流れ込んでくるのは、冷たく尖った魔力の奔流だ。
 胸元のペンダントが、カチン、カチンと小さく震え始めた。
 共鳴(アラート)だ。

「……殿下は、随分とお詳しいのですね」

 オルドリンが口を開いた。
 その声は滑らかだが、周囲の気温を一度に五度くらい下げるような冷気を含んでいた。

「それに……随分と、私の妻と気が合うようだ」
「うん? ああ、彼はとても話しやすいね! 太陽のように明るくて、君が骨抜きになるのも分かるよ」

 王子は悪気なく(本当にいい人なのだ)、俺の肩をポンと叩いた。

「君のような気難し屋には勿体ないくらいのパートナーだね。大切にしたまえよ? なんて」

 その瞬間。
 ピキッ、と床の石材が音を立てた。
 オルドリンの足元から、白い霜が広がり始める。

(――嫉妬だ!!)

 俺は瞬時に悟った。
 オルドリンは怒っているのではない。
 この完璧な王子――身分も高く、性格も良く、誰からも愛される「光」のような存在が、俺と楽しそうに笑い合っている姿を見て、自分の居場所がないと感じてしまったのだろう。

『君のような気難し屋には勿体ない』

 その冗談めかした言葉が、オルドリンの根深いコンプレックスを直撃したに違いない。
 「私では、あんな風にルシアンを笑顔にできない」という、とてつもなく重くて面倒くさい劣等感が、星の魔力と反応して暴走しかけている!

「……ええ。勿体ないほどの妻です」

 オルドリンの周囲に、不可視の魔力旋風が巻き起こる。
 周囲の貴族たちが「ひっ」と息を呑み、後ずさりする。
 王子も怪訝そうに眉を寄せた。

「クライス伯?」
「ですから……誰にも、触れさせたくない」

 空気が張り詰める。
 まずい。このままだと、会場ごと氷漬けにして「誰も近づくな!」と叫ぶ魔王モードに突入する。
 せっかくの称賛の場が台無しだ。

 俺は動いた。
 繋いでいた手を、骨が軋むくらい強く握りしめたのだ。
 そして、グイッと彼を自分の方へ引き寄せた。

「――なあ、オルドリン」

 俺は彼の耳元に唇を寄せ、周囲には聞こえない声量で、しかしはっきりと囁いた。

「よそ見すんな。……俺が見てんのは、アンタだけだぞ」

 オルドリンの肩がビクッと跳ねた。
 俺は彼の胸元に手を当て、ペンダント越しに自分の体温と魔力を流し込む。
 共鳴する青い光が、二人の間で柔らかく脈動する。

「殿下は素敵な人だけどさ……俺にとっての王子様は、オルドリンしかいないんだから」
「……ッ」
「だから……そんな不安そうな顔すんな。世界で一番かっこいい俺の旦那様が、台無しだぞ?」

 俺が少し悪戯っぽく笑って見せると、オルドリンの凍りついた瞳に、ゆらりと光が戻った。
 彼はハッとして、俺と、そして周囲を見回した。
 自分が何をしようとしていたかに気づき、顔色が蒼白になる。

「……ルシアン、私は……」
「大丈夫。……まだ、何も壊してない」

 俺は彼の手の甲を優しく撫でた。
 霜は消えた。
 空気の冷たさも和らぎ、ただの「少し空調が効きすぎた部屋」程度に戻った。

 オルドリンは深呼吸をし、震える手で眼鏡の位置を直した。
 そして、王子に向き直り、今度は心からの(少し照れくさそうな)笑みを浮かべた。

「……失礼しました、殿下。妻が魅力的すぎるあまり、つい独占欲が出てしまいました」
「おや、そうか! ははは、熱烈だねぇ!」

 王子は豪快に笑い飛ばしてくれた。
 周囲の貴族たちも、「なんだ、ただのノロケか」「氷の伯爵も、愛妻家なのは変わらないな」と、安堵の笑みを漏らしている。
 危機一髪、セーフだ。

「……助かった」

 オルドリンが俺だけに聞こえる声で呟いた。
 その手はまだ微かに震えていたが、俺の手を握る力は優しく、そして温かかった。

「言ったろ? 俺がブレーキになるって」
「ああ。……君の体温が、私を繋ぎ止めてくれた」

 彼は俺の手を胸元まで持ち上げ、愛おしそうに頬ずりをした。
 公衆の面前だが、もう誰も気にしない。
 むしろ、この「バカップルぶり」こそが、周囲の安心材料になっているようだ。

「……でも、王子と話しすぎるのは禁止だ」
「はいはい」
「あとで王子と話していた時間分、埋め合わせをしてもらう」
「分かったよ、嫉妬深いなぁ」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。
 やれやれ、やっぱり俺の旦那様は手がかかる。
 でも、そんな不器用なところが愛おしいのだから、俺も大概だ。

 会場にはワルツの音楽が流れ始めた。
 平和な舞踏会が続く――はずだった。

 そう。
 俺たちがイチャイチャしている間に、頭上の「光の海」に異変が起きていることに、まだ誰も気づいていなかったのだ。

 パリンッ。

 微かな破裂音が、音楽の裏で響いた。
 天井の装飾用魔石の一つに、不吉な亀裂が入る。
 今年の『星渡り』の魔力は、例年になく強大だった。
 人々の「称賛」や「興奮」、そしてオルドリンが一瞬放出した「嫉妬」の魔力。
 それらが会場に充満した星の魔力と過剰に反応(ハウリング)し、限界を迎えようとしていたのだ。

 煌びやかな舞踏会は、間もなく『魔窟』へと変貌する。
 だが、今の俺たちにはまだ知る由もなかった。
 ただ、繋いだ手の温もりだけを頼りに、俺たちは次の曲を待っていた。
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