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第6話「王の本音」
しおりを挟む夕暮れの光が窓辺を照らし、王宮の廊下を柔らかく染めていた。
俺はエルヴェルの執務室の前に立ち、深く息を吸う。
──ここを出ると決めたんだ。
そう自分に言い聞かせながら、扉を叩いた。
「……透?」
低く響く声が、すぐに返ってくる。
俺が中へ入ると、エルヴェルは机に向かって書類に目を通していた。その横顔は相変わらず凛々しく、美しく、俺なんかがこんなにも近くにいていいのかとさえ思わせる。
「どうした?」
彼の琥珀色の瞳が俺を捉える。
──今ならまだ、何も言わずに部屋を出ていけるかもしれない。
そんな考えが脳裏をよぎるが、それでは駄目だとわかっていた。
「……俺、元の世界に帰ります」
声が少し震えた。
エルヴェルは静かに目を伏せ、一瞬だけ何かを考え込むような間を挟んだ。
「そうか」
それから、まるで覚悟を決めたように俺を見つめる。
「……それが、そなたの望みなのか?」
その問いに、俺は答えられなかった。
望み──俺は、本当に帰りたいのか?
「ここにいる資格がないんです」
無理やり言葉を絞り出した。
「俺は王の番なんかじゃないし、貴族の人たちも俺のことを認めていない。エルヴェルさんだって、本当は俺じゃなくて……」
「違う」
遮るように、彼の声が響く。
「そなた以外の誰を、我が番だと言うつもりもない」
エルヴェルは立ち上がり、俺の前まで歩み寄る。
その瞳が、真っ直ぐ俺を捉えて離さない。
「我はそなたが幸せならば、会えなくとも良いと思っていた。しかし、今はもう帰したくない」
穏やかで、しかし迷いのない言葉。
それが、俺の胸を容赦なく貫く。
「……なんで、そこまで俺にこだわる必要があるんですか」
「決まっている」
エルヴェルは手を伸ばし、そっと俺の頬に触れた。
「そなたを愛しているからだ」
鼓動が、跳ね上がる。
こんなにも優しく、真っ直ぐな言葉で告げられたことなんて、今まで一度もなかった。
彼の手の温もりが心地よくて、思わず目を閉じそうになる。でも、それを自分に許すわけにはいかなかった。
「……俺は、そんなふうに愛してもらえる人間じゃないんです」
気づけば、そう呟いていた。
──こんな俺が幸せになれるはずがない。
そんな思いが、胸の奥底にこびりついている。
もし、この手を取ったら。もし、彼の言葉を信じてしまったら。
俺は、もう二度と引き返せなくなる。
「……透」
エルヴェルの声が、そっと俺の名前を呼ぶ。
優しくて、俺の全てを包み込むような声。
──もし、こんなふうに誰かを愛せたなら。
そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。
だけど、それを振り払うように俺は彼の手をそっと押しのける。
「ごめんなさい」
それだけを言って、俺はその場から逃げるように執務室を後にした。
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