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第6話「夢の終わり」
しおりを挟むあの夜から数日が過ぎた。
ライオスは変わらず優しく接してくれるけれど、俺の心には罪悪感と愛おしさが日増しに募っていく。彼の笑顔を見るたび、胸が締め付けられた。
そして、ついに目標まであと一歩のところまで来ていた。
ステータス画面を開くと、経験値ゲージは驚くべきことに目標レベルの95%を達成している。「成長遅延」の呪いがあったからこそ、ここまでの道のりはまさに血と汗と涙の結晶だった。
このままいけば、夢だった「人並みの戦力」に手が届く。やっと、ライオスに頼らず、この世界で自分の足で立てる日が近いのだ。
ギルドでも、俺の働きぶりが評価され始めていた。ドラゴンの巣窟での活躍や、その後のいくつかの任務での的確なナビゲーションが、噂となって広まったのだろう。
「アキラさん、近いうちにウチのパーティに来ないか?」
ある日、A級パーティのリーダーから、正式な誘いが届いた。
実力も経験もある、最近話題のパーティだ。俺のような最弱が、A級パーティから誘われるなど、ライオスと組む前には考えられなかったこと。こんな好条件な誘いを受けること自体、夢のまた夢だった。
考えるまでもなく、即了承すべき案件だ。だが今は、その誘いに迷いが生じた。
「考えさせてください」
こんなに好条件なのに、俺はすぐに答えられなかった。
ライオスの顔がちらつき、心が大きく揺れていた。
しかし、すぐに冷静な自分が語りかける。
(ちょうどよかったじゃないか。これで離れる理由もできた。今ならきっと、お互い感情を引きずらず、綺麗な形で終われるタイミングだ)
そうだ、これは俺がこの世界で生き延びるために始めた「寄生」という関係だ。他のパーティへ移れるのなら、ライオスに負担ばかりかける今の関係は、すぐに解消すべきなのだ。
(俺がライオスの隣にいる理由は、レベル上げだけだったはずなのに……)
それなのに、別の感情ばかりが大きくなっていた。こんな状態の俺が、これまで通りライオスと「相棒」で居続けることなんて、できるはずがない。
「……うん。やっぱり、別れるなら今がいい」
俺は、固く決意した。
宿に戻った俺は、ライオスに「少し話がある」と切り出した。
俺のこんな心情を知る由もないライオスは、いつものように朗らかな笑顔で俺を迎えた。
「アキラくん! 今日ちょっといい酒が手に入ったんだって~! 一緒に飲も!」
そう言って、テーブルの上にワインボトルとグラスを二つ並べる。
最近のライオスは、以前とはだいぶ違って見えた。酒は相変わらずだが、酒場でも彼は、俺と話すことを優先し、俺の話に耳を傾け、俺の意見を真剣に聞いてくれる。まるで、俺を「本物の相棒」として見ているかのように。
俺は誘いを断らなかった。これがライオスと酌み交わす最後の酒になるかもしれない。そう思うと、胸の奥に痛みが走った。
俺はライオスの隣に座り、差し出されたグラスを受け取った。ライオスは普段よりも酒量を抑えているようで、今日はふざけることもなく、どこか真面目な雰囲気が漂っていた。
ワインを飲みながら、今日の任務のこと、これからのこと……とりとめのない会話が続く。ふとした沈黙の中、ライオスがぽつりとつぶやいた。
「もうアキラくんのいない生活は考えられないな……。毎日が満たされてるって感じるんだ。もし、アキラくんが消えちゃったら、さびしくて泣いちゃうかも」
その言葉に、俺のグラスを持つ手が止まった。ライオスは、グラスをくるくると回しながら、どこか遠くを見るような目で、続けた。
「俺ね、アキラくんと一緒にいると、心から笑えるんだ。だから……ずっと一緒にいてね」
俺の心臓が、ドクンと大きく鳴った。
(やめろよ……今、それを言うの……!)
俺は喉まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。別れを切り出そうとしている俺にとって、その言葉は、あまりにも重く、そして、甘すぎた。
そのまま、特に何も言えないまま、夜は更けていった。
俺は自分のベッドに潜り込み、横になった。疲れているはずなのに、なかなか寝付けない。
ぼんやりと天井を見つめていると、ある違和感に気づいた。
「……あれ? そういえば今日、キスされてない?」
いつもなら、ライオスが酒を飲んだ夜は、必ずと言っていいほどキスされる。だが、今日は、そんなそぶりもなかった。
思い返せば、ライオスは今日、酒量を抑えていた。
つまり、今日の彼のあの言葉は、酒のせいじゃない可能性がある。
“素で”“意識して”俺に向けられた、好意の言葉だったかもしれないのだ。
俺は、自分の胸をぎゅっと掴んだ。
(ずっと一緒にいてだなんて、普通恋人に言う言葉じゃないのか……なら、いつもの好きは?)
その事実を自覚した瞬間、俺の感情は爆発寸前だった。ライオスが酒乱だから、記憶がないからと、心のどこかで割り切ろうとしていた気持ちが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
深夜、俺は衝動で宿を飛び出し、街を一人で歩いた。冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。
胸をかきむしるような思いに駆られ、俺は独り言を呟いた。
「俺は……ライオスのあの好意が、ただの“酔ったノリ”だから受け流せたんだ」
酔っ払いの戯言だと、そう思っていたからこそ、俺は冷静でいられた。だから、彼の隣に居続けられた。
「それが、素面でも向けられてるとしたら……」
彼の真剣な眼差し、優しい声、そして「ずっと一緒にいてね」という言葉。それは、俺が心の奥底で、密かに願っていた言葉だった。
「俺はどうしたらいいの? 利用してるだけの身なのに……」
木陰に身を隠し、俺は静かに涙をこぼした。頬を伝う涙が、ひどく熱い。
もう認めるしかない。俺は、ライオスを本気で好きになってしまった。別れを切り出そうという前に、この期に及んで、自分の気持ちを完全に認めてしまったのだ。
パーティを組みたがった理由が最低すぎる俺だ。ただ生きるためだった。彼を踏み台にして、人並みにレベルさえ上がれば、後腐れなくトンズラする気だった。最低すぎる。
しかも、前世の記憶の話だって、何も伝えていない。おかしいって絶対気づいているはずなのに、彼は何も聞かないでいてくれてる。ただその優しさに甘え、隠し続けてる。こんな嘘の塊みたいな自分、バレてもバラしても一発アウトで嫌われ確定に決まっている。
そのうえ、先日俺が調子に乗って足を引っ張り、酷い怪我まで負わせた。手伝ってもらったのに結局弱いまま、ライオスに守られるしかない俺に、恋人になりたいなんて言う資格はない。ここまで尽くしてくれた彼に、俺はふさわしくない。
俺は、逃げ道を探すように、自分に言い聞かせた。
「違うパーティに行けば、全部終わる」
そうすれば、この苦しい感情も、きっと消えてなくなるはずだ。
だが、そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、俺の心は鉛のように重く、決断することができなかった。
翌朝。
俺が共有スペースへ行くと、ライオスはいつものように、眩しい笑顔で俺を迎えてくれた。
「おはよ、アキラくん! 今日もいい天気だよ!」
その笑顔は、昨夜の真剣な表情とはまるで違う。いつもと変わらない太陽のような笑顔。
俺は、その笑顔を見つめた。そして、心に決める。
(そうだ、もうライオスの気持ちなんて見極めなくていい)
俺のことを「好き」だと言ってくれた言葉が、たとえ彼の気まぐれだったとしても、酔った勢いだったとしても、昨夜の言葉が、ただのリップサービスだったとしても。
(俺はどのみち、嫌われる結末なんだから)
俺は、ライオスの言葉を信じないふりをして、目標レベルまでただこの関係を続けることにした。
(あとほんの少しだけ……この夢の中に)
俺は、ライオスを見つめながら心の中で呟いた。
レベルが上がったら、A級パーティに返事をする。そして、この関係に終止符を打つ。それが、俺たち二人のためなのだと、自分に言い聞かせた。
終わりがもう間近の関係だと分かっていながら、俺は、今だけこの甘い夢の中に溺れていくことを選んだのだった。
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