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第5話「強くなれた気がしただけ、だった」
しおりを挟む「今日は街外れの森の調査だよ~。アキラくんと一緒だから、きっと楽勝だね!」
ライオスは、昨夜の出来事など何もなかったかのように、いつもの調子で話しかけてくる。その屈託のない笑顔を見ていると、俺の心はさらに複雑になった。
(昨日あんなこと考えてたのに……やっぱり、俺の一人相撲だったのか)
最近、任務中に感じる手応えが、少しずつ変わってきた。
以前は、ただライオスの後ろに隠れてアイテムを拾うだけだった俺が、今では積極的にサポートに回れている。敵の配置を察知し、ライオスに警告する。地形の知識を活かして、最適なルートを指示する。危険な罠を事前に見つけて、回避を促す。
「そこ、ゴーレムが一体隠れてます!」
俺の叫びに、ライオスが大剣を構える。彼の動きは迷いがない。
「助かるよ、アキラくん!」
ライオスは、俺の言葉に迷いなく応え、俺の指示通りに動いてくれる。その姿を見ていると、ぎこちなかった俺たちの連携が、まるで熟練のパーティのように自然になっていくのが分かる。
任務が終わると、ライオスはいつもの笑顔で俺を褒めてくれた。
「最近のアキラくん、頼りになってるじゃん! もう俺がいなくても戦えるんじゃない?」
そう言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
俺は嬉しくて、顔が熱くなるのを感じた。心臓がドクドクと音を立てる。だが、その感情を悟られるまいと、俺はそっぽを向いてごまかした。
「ば、馬鹿言わないでください。あなたがいなきゃ、俺なんてただの足手まといですよ」
口ではそう言いながらも、内心では歓喜していた。
(俺、本当に役に立ててるかも)
この世界に来てから、ずっと抱えていた無力感が、薄れていくのを感じていた。俺は、変われたのかもしれない。
だが、その希望は、あっという間に打ち砕かれることになる。
翌日は、街の地下に広がる遺跡の探索任務だった。薄暗い通路に、不気味な空気が漂っている。
俺は、記憶を辿りながら、ライオスを誘導した。
「この道なら安全です。敵の配置も覚えてますし、罠もありません」
俺は自信を持ってそう言った。ゲーム知識をフル活用すれば、完璧なはずだった。
しかし、遺跡の奥へ進んでいくと、突然、床に敷かれた石板が怪しく光り始めた。
「なっ……!?」
俺の記憶には、この場所に罠があったという記録はない。だが、光を放つ石板は、間違いなく罠のサインだ。
その瞬間、足元から爆炎が吹き上がった。
「アキラくん! 危ない!」
ライオスの声が響く。彼が俺を庇うように、咄嗟に俺の前に飛び出した。
轟音と共に、熱い炎が俺たちの体を包み込む。
炎が収まった時、俺は無傷で立ち尽くしていた。だが、目の前のライオスは違った。
彼の肩から腕にかけて、衣服が裂け、ぱっくりと裂傷が走っている。鮮血が服に滲み、滴り落ちていく。
俺はその光景に凍りつき、声が出なかった。全身が硬直し、その場に立ち尽くすことしかできない。
ライオスは、俺の方を振り返り、いつものように笑ってみせた。
「うわ、ちょっと派手だったね~。また勲章が増えちゃったかな?」
冗談めかした声だが、その顔は痛みに歪んでいた。その奥に、本物の苦痛が滲んでいるのが分かった。
俺が、間違えたからだ。俺の知識が、過信が、ライオスを傷つけた。
ギルドに戻り、ライオスはすぐに治療を受けた。
魔法による治療は、目に見える傷を癒してくれる。だが、彼の肩から腕にかけて走る裂傷は、完全に消えることはなく、痛々しい跡となって残る可能性が高いと言われた。
ライオスは、そんな状況にもかかわらず、飄々としていた。
「かわいいアキラくんに傷がつかなくてよかった~。俺は元々勲章だらけだから、それがもう一個増えたってことで~」
そう言って、いつものように軽薄な笑みを浮かべる。
周囲の冒険者たちも、「ライオスならこの程度大丈夫だろ」と軽く流している。彼にとって、傷を負うことは日常なのだろう。
「久々にやっちゃったのかい、ライオスさん」なんて、笑い声すら聞こえる。
だが、俺だけは、笑えなかった。罪悪感が、俺の心を支配していく。
(戦力になれたなんて、調子に乗ったからだ)
(寄生だけでよかったのに。俺が”役に立ちたい”なんて、欲張ったから……)
あの時、俺が迂闊なことを言わなければ、ライオスが傷つくことはなかった。俺が、ライオスに認められたいなんて、そんな傲慢な気持ちを抱かなければ。
「強くなれたかもしれない」と浮かれた瞬間、俺は、大切なものを傷つけてしまったのだ。
その日の夜。ライオスは、いつもより多めに酒を飲んでいた。
「はぁ~、今日の任務は疲れたねぇ……」
彼は、頬を赤く染めながら、俺の隣にぴったりと密着してきた。
「ねぇねぇ、俺今日も頑張ったでしょ? かわいいアキラくんの癒しちょうだい~」
そう言って、冗談っぽく俺にキスしようとする。
いつものことだ。いつもなら、俺は「また始まった」と内心でため息をつきながらも、彼のキスを受け入れていた。どうせ覚えてないのだから、と。
だが、今日はそう思えなかった。
俺は、とっさにライオスの肩に手を置き、強く押し返した。
「……やめてください」
俺の声は、震えていた。だが、はっきりと拒絶の意思を示した。
「冗談で気持ちを揺らがされるの、今は無理です」
俺の言葉に、ライオスの動きが止まった。
彼は、酔いで潤んでいた瞳をゆっくりと開け、真顔に戻る。
「え……冗談じゃないよ」
ライオスの声は、ひどく静かだった。その声が、俺の胸に突き刺さる。
俺は、それ以上何も聞こうとしなかった。聞けば、きっと、何かが壊れてしまう。
俺は、無言で席を立ち、酒場を後にした。
振り返ることはできなかった。
宿の部屋に戻り、俺はベッドに膝を抱えて座り込んだ。
月明かりが差し込む部屋は、ひどく冷たく感じられた。
(役に立てると思った。やっと相棒になれたと思った)
(けど、勘違いだった。寄生するしかない役立たずの俺が、彼に傷まで負わせてしまった。こんなの――一緒にいる資格、ない)
俺は、弱すぎる自分に絶望した。
俺は、ただの足手まといだ。変われてなんかいない。弱いままだ。ライオスに寄生して気が大きくなっただけ。
いつからか、酔ってキスされるのさえ、俺の特権だ、特別だと勘違いしてしまった。だけど、それは、ライオスに記憶がないからこそ成り立っている。
あんなキス、どうでもいいやつじゃなきゃできない。本当に特別な人とかだったら、できるわけがない。
俺は相棒でもなんでもない。
ライオスの、あの苦痛に歪んだ表情を思い出す。
「いっそ、責めてくれたらよかったのに……」
枕をそっと濡らしながら、俺は震える声で呟いた。
ライオスのあの笑顔を、俺のせいで曇らせるくらいなら……俺は、いなくなった方がいい。
しかし、そんな俺の前に、部屋のドアがそっと開かれた。
「アキラくん……?」
振り返ると、ライオスが立っていた。酔いはすっかり醒めているようで、その表情は真剣そのものだった。
「あ……」
俺は慌てて涙を拭おうとしたが、もう遅い。
「泣いてるの?」
ライオスは、俺の傍に静かに座った。いつものように強引に距離を詰めることはせず、少し離れた場所で俺を見つめている。
「俺、何か悪いことした?」
その問いかけに、俺は首を横に振った。
「……違います。俺が、俺が悪いんです」
「なんで?」
「だって、俺のせいで、あなたが怪我したじゃないですか。俺が調子に乗って、知ったかぶりして……」
俺の言葉を聞いて、ライオスは少し困ったような表情を浮かべた。
「あー、それか。アキラくん、気にしてたんだ」
「気にしますよ! 当然でしょ!」
俺は思わず声を荒らげた。
「俺なんかのせいで、あなたに傷がついて……俺、本当に最低です」
「最低じゃないよ」
ライオスは、俺の言葉を静かに否定した。
「アキラくんがいなかったら、俺、もっと大怪我してたかもしれないし。それに、罠のこととか、敵の配置とか、いつもアキラくんに助けられてるもん」
「でも……」
「それに」
ライオスは、俺の方に少し体を向けた。
「俺が勝手に庇っただけだよ。アキラくんを守りたかったから。それだけ」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「……どうして、そこまで」
「だって、大切だから」
ライオスは、当たり前のことを言うように答えた。
「アキラくんは、俺の大切な相棒だよ。……それとも、俺の一方的な思い込みだった?」
彼の問いかけに、俺は答えることができなかった。
大切。相棒。
その言葉が、俺の心を激しく揺さぶる。
「俺、さっき『冗談じゃない』って言ったよね」
ライオスは、俺の目をまっすぐ見つめて続けた。
「あれ、本当だよ。俺、アキラくんのこと……」
「やめてください」
俺は、彼の言葉を遮った。
「今の俺には、それを聞く資格がないんです。俺は、卑怯な寄生虫で……」
「キセイチュウって、何それ?」
ライオスは、本当に分からないという顔で俺を見つめた。
「アキラくんは、俺の大切なパートナーだよ。それ以外の何物でもない」
俺は、そんな彼の真摯な言葉に、ますます自分が情けなくなった。
「俺、やっぱり……」
「アキラくん」
ライオスは、俺の言葉を優しく制した。
「今日は、もう休もう。疲れてるでしょ?」
そう言って、彼は立ち上がった。
「明日、また一緒に任務に行けるよね?」
俺は、彼の問いかけに、小さく頷いた。
「おやすみ、アキラくん」
ライオスは、いつものように優しく微笑みかけて、自分のベッドへ向かった。
俺は、彼の寝息を聞きながら、天井を見つめていた。
胸の奥で、気持ちが大きく膨らんでいる。それは、先日の夜に感じた「好きかも」よりも、もっと確実で、もっと切ない感情だった。
だが、同時に、彼への罪悪感も、日に日に重くなっていく。
(俺が本当のことを言ったら、ライオスは俺を嫌いになる)
(でも、このまま黙って一緒に居続けるのも、もう限界かもしれない)
俺の心は、愛おしさと罪悪感の間で、激しく揺れていた。
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