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2 女装の悲劇

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「どうぞ」

 広い応接室のソファに座った刑事たちに、メイドに変装した怪盗は紅茶を出す。

「これは、どうも」

香坂刑事は会釈をする。メイドの正体にはまだ気付いていないようだ。

 俺はまだ予告状も出してねーぜ。一体、どこで嗅ぎつけたんだ、と怪盗は思う。ゆっくり立ち去りながら、彼は会話に聞き耳を立てた。

「して、怪盗がワシの財宝を狙っているとは?」

 肥満体型の老紳士は、自慢の口髭を撫でながら言う。彼こそが、この屋敷の主人、カミンズ伯爵だった。

「ええ。実は3日ほど前、建築家であるポートマン氏の事務所に泥棒が入りまして」

香坂刑事は、胸ポケットから、写真を取り出し、テーブルの上に置く。

「事務所近辺の防犯カメラが捉えたものです」

「ふむ」
差し出された写真を、カミンズ伯爵は興味なさそうに摘み上げて眺める。そこには、キャップを深く被り、走り去る男の姿が写されていた。
「これが何か?」

「これが、例の怪盗です。そして、事務所から盗まれた設計図が、この屋敷のものだったのですよ、カミンズ伯爵」


 応接室の扉を閉めながら、怪盗は下唇を噛んだ。今の段階で、香坂刑事は男女それぞれの部下を連れてきている。もしかしたら、従者を含めたこの屋敷にいる全員が、これから身体チェックを受けることになるかもしれない。そうすると、女装がバレてしまう。
 従者用の部屋に入った怪盗は、ベッドに腰掛けて考えこんだ。

「どうしたの?リーサ」

ベッドから眠そうに起き上がった女性が、怪盗に尋ねる。同じ日に新人メイドとして雇われた、クララだ。

「何でもないのよクララ。起こしてごめんなさい」

動揺を悟られないように微笑む。クララは、なんだぁ、おやすみなどと口籠ったあと、再び眠りについた。

 怪盗は、窓の外を眺めた。下には玄関が見え、近くの庭には1台のパトカーが止まっている。刑事たちがまだ帰っていないのなら、今夜は眠ることも出来ない。
 もし、刑事たちが一旦帰ったのならば、それから財宝の情報を探る。もし、身体チェックにやって来たら、このまま逃げるしかない。
 ふと目線を右にやると、屋敷の近くには、深い森が広がっていた。いざとなったら、窓から降りて、森に逃げるか。

 怪盗は、2時間ほど窓の側に立っていたが、玄関から刑事たちが出て行く気配も、従者をチェックする気配もない。
 一体、奴らは何をしている。と苛立ちながら、怪盗は太ももを擦り合わせた。
 彼は、寒い廊下を歩いている時から、尿意を感じていた。刑事が来たせいでトイレに行くタイミングを逃してしまったが、こんなに動きがないなら、さっさと済ませておくべきだった。
 スカートの上から、股間を押さえる。指先に感じる柔らかさとは裏腹に、下腹部全体に強い尿意が襲う。

 駄目だ、我慢出来そうにない!
 
 怪盗は、そっと部屋を抜け、走りたいのを必死に耐えながら、トイレを目指した。

 
 廊下がやたら長く感じる。パンプスのヒールがコツコツと鳴るたび、振動が膀胱を刺激する。
 もう出る、いや駄目だ、頑張れ俺。と内心で励ましながら、怪盗は歩く。冷たい隙間風がスカートの中に吹き込んでは、尿意を加速させていた。
 あと、もうひと辛抱だからっ・・・!

 トイレが見えた瞬間、怪盗は小走りで中に入っていった。

 小便器の前に立ち、慌ててスカートを捲りあげてパンティから性器を取り出す。
 勢いよく放たれた尿が、便器にビチャビチャと当たり落ちていく。
「良かった、間に合っ

 その時、奥の個室から、流す音が聞こえ、ズボンを上げながら安田巡査が姿を現した。

「は?お前・・・」

 メイド服を着た女性が、目の前で立ちションをしている姿に驚き、安田巡査は固まる。

「わ、わ、」

 怪盗は焦りながら排尿を中断させ、トイレから逃げ出す。

 安田巡査は3秒ほど呆然としてハッと気付いた後、無線の電源を入れながら、彼を追いかけた。
 
 
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