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番外章 零れ話
躑躅の花は夜に咲く
しおりを挟む ある日、躑躅は宮殿内に作られた庭園を歩いていた。
これといった予定も無く、用事も思い浮かばなかった昼下がり。
けれど何となくいいことがあるような気がして、綺麗に手入れされた花壇や植木を見渡しながら、鼻歌混じりに彼女は歩く。
そしてその最中――ふと、足を止めた。
「……あら♪」
ふと零れるのは、弾んだ呟き。
止めた足を、止まる前よりちょっとだけ早めながら躑躅は。
花壇の傍で横になった夜行の元へと、駆け寄った。
「ん……すぅ……」
そっと見下ろせば、小さく寝息を立てて眠る彼の顔。
心地良さそうな寝姿に、躑躅の頬が優しく緩む。
そよ風で揺れる夜行の黒髪。
ほんの少しだけ癖のあるそれへと、長手袋を外して手を伸ばす躑躅。
「『位置強奪』♪」
そして指先が届く寸前、彼女は技を発動。
夜行が枕代わりにしていたコートの位置を、奪った。
「ふふ、成功ね」
一瞬の後、躑躅は夜行に膝枕をする配置となっていた。
何事も無かったかのように寝息を立て続ける彼の髪を撫でながら、コートを傍らに退ける。
「よく寝てる……疲れてたの? ちっちゃなお姫様に、いつも振り回されてるものねぇ」
頬には赤みが差し、静かに紡がれる声は甘く。
まるで恋人みたいだと思い、胸を少しだけ高鳴らせて、彼女は唐突に得られたこの緩やかで幸せな時間を噛み締めた。
「……思い出すなぁ」
躑躅にとって膝枕とは、ちょっとだけ特別なこと。
出会いの記憶。彼女の今を形作る切っ掛け、入り口となった出来事。
夜行と初めての邂逅を交わした時、彼と過ごしたほんの短い時間を彩る存在であった。
――あれは、そう。
忘れもしない、中学3年生の秋。
『困りました……』
公園を散歩していた私は、突然吹いた風に帽子を飛ばされて、木に引っ掛けてしまった。
とてもじゃないけどジャンプしても届かない高さで、運動神経の鈍い私は木登りなんてしたことも無くて。
どうしたものかと、困り果てていた。
『……こうなったら、石でも投げて落とせば……!』
ちなみに私はこの時の選択を、5秒後に後悔する羽目になる。
投げた石が垂直に飛んで、おでこにこれでもかってくらい強くぶつかったから。
『~~~~ッ!? ッ! ッ!!』
痛過ぎて声も出なかった。血が出なかったのは、殆ど奇跡に近かったと思う。
とにかく痛くて涙が出そうで、うずくまって震えながら耐えた。
夜行君が私に話しかけてきたのは、そんな時。
『……お姉さん、大丈夫? 腹でも痛いのか?』
痛いのはお腹じゃなくておでこ。
けど痛くて喋れなかったから、首を横に振るしか出来なかった。
『腹じゃない……じゃあ、肋骨? 膵臓? 上腕二等筋?』
うずくまってる人に何処が痛いか聞く際の、彼の選定基準が分からない。
そして膵臓が痛いなら腹痛のひとつに数えていいだろうし、上腕二等筋が痛かったら、うずくまらずに腕を押さえてるだけだと思う。
『違うんだ。じゃあどこ……あぁ、もしかしてあの帽子を飛ばされて困ってるのか? 痛いんじゃなくて、帽子を失くして悲しいのか……うずくまるほど悲しいなんて、よほど大事なものなんだな』
夜行君は昔から勘がいいけど、それを纏める思考回路が致命的にずれている。
確かに帽子を飛ばされたし、悲しみはしないまでも困っていたけれど、あの時うずくまっていたのはおでこに石をぶつけて、目から火花が出そうなほど痛かったから。
そして別にそこまで大事と言うほどでも無かった。1週間前に買ったばっかりだったってだけで。
――でも、今の私には何より大事な宝物。
彼と私を繋いでくれた、青い鳥みたいな帽子だから。
『っと。ほら、取れたよ。だからうずくまってないで、泣き止むといい』
目がチカチカしていたから良く見えなかったけど、夜行君はするすると木を登って帽子を取ってくれた。
ようやく多少痛みがマシになってきた私は、取り敢えずどうにか立ち上がって、真上から落とされた帽子をキャッチする。
お礼を言おうとしたけれど、まだ完全には痛みが引いてなかったから上手く喋れなくて。
どうにか頭だけ下げて感謝を伝えると、彼はひらひら手を振ってそのまま木の枝に座り込んだ。
『……はぁ』
そうして溜息を吐きながら、ぼうっと遠くを見つめて。
その姿が、何故かとても悲しそうに見えたから。私は痛いのも忘れて、じっと夜行君を見上げていた。
考えてみれば、夜行君があんなに沈んでいるところなんて、後にも先にもあの時くらいしか知らない。
とにかく気になって、やっと喋れるくらいになった私は彼に声をかけた。
『あの……下りないんですか?』
『ん? あ、まだ居たんだ。えっと、うん。なんか、しばらくこうしてたくてさ』
遠くを見たままそう言って、物憂げな面差しを浮かべていた彼。
そして。
『風が冷たい……まるで今の俺みたいだ――と、のあぁぁぁぁッ!?』
何か、ちょっとカッコいい雰囲気だった最中。
枝が折れて、顔面から盛大に落ちた。
『だ、大丈夫ですか……?』
一瞬で死に体になった夜行君を近くのベンチまで運んで、私は少しでも休めるように彼の頭を自分の膝に乗せた。
あまりにも辛そうに見えたから、自分の痛みなんて何時の間にか忘れてしまっていた。
『し……死ぬところだった。頭蓋骨が人の三倍は頑丈な俺でなければ死んでた……』
『まあ、そんなに頑丈なんですか』
『気持ち的にはそれくらいの男でありたいと常々思ってる。実際は、上手く受身を取っただけ』
顔面で受身を取るなんて聞いたことがない。
夜行君の言うことは、初めて会った時から時々ちょっと不思議。
あと、確かに頭蓋骨は頑丈に作られていると思う。
中身が少ないから、少なくともその分は分厚い。
『つかゴメンね、マジで……会って2分の男に、膝枕なんかさせちゃって……』
そう言われて初めて、私は自分が男の人に膝枕をしていることをちゃんと自覚して。
咄嗟にこんなことをしてしまうなんてと、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
『すぐ起きるからさ……くそ、目がチカチカしてなんも見えねぇ』
『あ、私は別にいいですから! 元はと言えば私の帽子を取って貰ったからこうなったので、良くなるまでじっとしてて下さい!』
無理に起き上がろうとする夜行君を押し留めて、心なしか熱を持った彼の額に手を当てる。
ひどい冷え性の私にとって、冷たい指先は悩みの種でしかなかったけれど。
あの時だけは、手が冷たくて良かったと不意に思ったことを覚えている。
『ひんやりして気持ちいい……それに、柔らかい。肉付きの悪かったアイツとは雲泥の差だな……同じ膝枕で、こうも違うもんなのか』
『……? どうか、しましたか?』
何か呟いた後、夜行君が膝の上で微かに震えた気がして。
首を傾げて尋ねた直後、私はそれに気付く。
――額と一緒に覆っていた彼の瞼から、じわりと雫が溢れたことを。
『やべ……ゴメン、ホントにゴメン。ああもう情けない、なんでまだこんなもん出てくんだよ……!』
『……何か、あったんですか?』
今にして思えば、それは会ったばかりの人に対してあまりに踏み込んだ質問だった。
私は私の醜さを晒さないために、ずっと他人と微妙な距離を保って生きてきた筈なのに。
あの時私は、私の膝で泣いた彼へと、考えるよりも前に自分から近寄っていた。
『あーいや、あったと言えばまあそうなんだけども、もうとっくに過ぎたことをいつまでも引きずってるだけって言うか……』
『もし良かったら、話してみて頂けませんか?』
何故そんなことをしたのか、と自問しても未だに明確な答えは出てこない。
人目を引くらしい容姿をした私に向けられる異性の目、その大半に多寡の差はあれど篭められているイヤなものを、けれど彼からは全く感じなかったとか。
帽子を拾って貰ったお礼がしたかったとか、目の前で泣かれれば誰だって気にかかるとか色々考えたけれど、結局どれもピンと来なかった。
『いや、他所様相手にするような話じゃ……』
『ゆきずりの相手だからこそ、話せることもあると私は思いますが』
たぶん、ちゃんとしたひとつの理由なんて無かったんだと思う。
そもそもあの出会いを、あの時の行動を、理屈立ててしまうのは……何だか、嫌だった。
理由なんて要らない。欲しくない。
出会うべくして出会った。それでいい、それを誰にも否定なんかさせない、許さない。
……ただ。もし何かひとつ、どうしても理由をつけるなら。
それはきっと――ひと目惚れ、だったのだろう。
『どう、でしょうか?』
『……愉快なもんじゃないぞ。多分、みじめったらしく泣くし』
『構いませんよ。泣き顔を見られるのが嫌でしたら、こうして顔を隠しておいて差し上げますから』
頷く私に、彼はしばらくの間黙りこくって。
やがて大きく溜息を吐いて、ぽつりぽつりと語り始めた。
『……ちょうど2ヶ月くらい前、彼女にフラれたんだ』
1年間交際していた恋人だと、夜行君はそう言っていた。
けれど本当に唐突に、別れを切り出された、と。
『他に男が出来たから別れろって、ちゃんとした説明もなくそんだけで……』
曰く、偽悪的な言動の所為で周りから誤解されがちだけれど、本当は心根の優しい子で。
本当に好きになった、初めての相手で。
『俺に何か不満があって別れるなら、すげー悲しいし散々引き止めるだろうけど、それでも駄目なら仕方ないって割り切れる。けど、何も言ってくれないでハイさよならなんて……どう諦めろって言うんだよ……』
夜行君の言葉ひとつひとつからは、その恋人だった人に対する想いがひしひしと感じられて。
この時はまだ名前すら知らなかった彼の吐き出す悲しみに、私はいっそ自分の方が泣いてしまいそうな程の感情を覚えた。
『マサの前で初めて泣いちまって、それでアイツ、今まで見たこと無いくらい物凄く怒って……ちー君もちー君で、茉莉夏のこと殺してやるって言い出すし……』
今なら、彼の語る場景が克明に思い浮かべられる。
伊達君も鬼島君も、夜行君のことが大好きだから。本当に大切な友達だと思っているから。
『で、そんな状態で話し合う機会なんて作れるワケ無いし、そうこうしてる間に茉莉夏はどっかに転校しちまって、それっきりで』
喋っている内に言葉尻がどんどん小さくなって、声音が震え始める。
気付けば彼はまた、じわりと涙を滲ませていた。
『有り得ないんだよ、アイツが何の理由も無しにあんなことするなんて……でも俺、離れてくアイツの背中を追い掛けられなかった……怖くてさ、動けなかったんだ』
当然だ。本当に好きな相手に拒絶されて悲しまない人なんて、居ない。
離れて行く相手を、もう一度拒絶されるかも知れないのに躊躇無く追いかけられる人なんて居ないと、私はそう思う。
でも夜行君は、その時に何も出来なかった――彼曰く、何もしなかったことを。
今でもずっと、後悔し続けている。
『また何もしなかった所為で失った……叔父さんの時と同じだ。俺、結局何も変われてねぇじゃねぇか……!』
そう言って、声を押し殺して泣き始めた夜行君。
あの時の私に出来たのは、そんな彼の髪を、嗚咽が収まるまでそっと撫で続けることくらいだった。
『あー、なんかありがとね。色々と』
ひとしきり泣いた後、夜行君はこっちが拍子抜けするくらいケロッとして私にそう言った。
本当に、切り替えの早い人だと思う。
『つーかお姉さん外人さん? 日本語上手いのな』
『日本人です』
まあ、確かにクォーターではあるんだけど。栗毛はともかく碧眼のせいで、この手の質問は珍しくない。
そして当時は知らなかったけど同い年だから、お姉さん呼びは適切じゃありません。
『あ、そうなんだ……まあいいや、とにかくありがとう。お陰で少しスッキリした』
『それは何よりです』
まだちょっと赤い目で、それでも元気そうに笑う夜行君。
その顔を見ただけで、私は彼から話を聞いて良かったと心から感じた。
だから、このまま別れるのが名残惜しくなってしまって。
『……あの。そちらさえ良かったら、これからお茶でも――』
『ヤコォォォォッ!! どーこーだぁーッ!?』
生まれて初めて、逆ナンと呼べる行いをしようとした私のそれは。
けれど突然響いた恐ろしく大きな声に、遮られた。
『あれ、ちー君の声だ。そう言えば、待ち合わせしてたんだった』
『いるなら返事しろー!! 若しくは狼煙で合図しろー!! 早くしないと川ヶ岬の願書、締め切られちまうぞー!!』
『ええいうるさい大声魔人が! 叫ぶよりも前にまず携帯にかけろ、原始人かお前は!! そして締め切りは再来週だ、馬鹿が!!』
伊達君の言う通り、大声で叫ぶよりもまず携帯にかけようとは考えなかったのだろうか。
鬼島君の行動は、昔から大雑把に過ぎる。それに公園で狼煙なんてしたら、下手すれば消防車が来ると思う。
『それじゃお姉さん、俺はこれで。今度は帽子飛ばされないようになー!』
『あっ……』
そして止める間も無く、夜行君は走り去ってしまった。
今にして考えると、携帯の番号くらい聞いていっても良かっただろうに。
たぶん、もし聞かれてたら絶対教えたし。
『ごめんごめんちー君、ちょっと木から落ちててさー!』
『おおヤコ! そうか木から落ちたのか、じゃあ仕方ないな!』
『いや、何故それで疑問ひとつ挟まずに納得するんだ……』
伊達君と鬼島君。遠くに居た2人と合流して、そのまま歩いて行く夜行君。
彼の背を見えなくなるまで追っていた私は、まるで胸に穴でも開いたみたいな気分になって。
帰った後も、その穴は埋まらず。
日に日に、ひとつのことを強く思うようになった。
もう一度彼に会いたい、と。
私は別れ際、鬼島君が川ヶ岬に願書を出しに行くと叫んでいたことを、確かに覚えていた。
恐らく、私立川ヶ岬高校のことだと思った。
偏差値は67。この辺では1番高いところで、最初の志望校だった聖花女学院より若干ランクは上だったけど、私の学力なら問題なく通れるレベル。
……て言うか、夜行君と鬼島君はどうしてここを受けようと考えたんだろう。
2人合わせてやっと偏差値60くらいなのに。
まあそれはともかく、私は3年の秋というギリギリの時期で進路を変えた。
そこに行けば、もう一度会えるかも知れないと思ったから。
突然のことだったけど、両親や先生を説き伏せるのはそんなに難しいことじゃなかった。
学力的には十分射程圏内だし、元々進路相談で勧められた学校の中には、川ヶ岬も入っていたし。
お父さんお母さん、頭のいい子に産んでくれてありがとう。
実は私より、柳本君の方が成績上だけど。伊達君とか雪代さんとか、化け物みたいな記憶力してるけど。
――恙無く進路変更に成功した私は、そして特に問題も無く川ヶ岬高校に合格した。
でも合格発表の日、私は夜行君を見付けることが出来なかった。
とは言え、最近は合格発表なんてネットで普通に見れるし、寧ろわざわざ見に来ていた人の方が少なかった。
だから特に不安も感じなかったし、そもそも本当に会えるかなんて最初から分からなかった。
ただ、何もせず後悔したくなかっただけ。私が動いた理由は、言ってしまえばそれだけだったから。
やがて冬が過ぎて、迎えた入学式。
そこで私は――あっさりと、彼を見付けた。
『いやー、入れたな高校。先生絶対無理だって言ってたけど』
『そうだな! 俺様達に不可能はない!』
『オレは今でも不思議でならないんだが……お前達、面接で何をしたんだ?』
『大根切って変形ロボット作った、1分で』
『瓦割り50枚やった、1撃で』
『それで受かったのか!? どうなってるんだこの学校は!』
ひと際騒がしくて、ひと際目立っている3人組。
その姿を見付けた瞬間、私は嬉しくて笑顔になったのを覚えている。
頭痛を堪えるように、額を押さえる伊達君。
腕組みして豪快に笑う鬼島君。
スマホを出して、入試の面接で作った作品の写真を見せる夜行君。
そんな3人に、私は歩み寄って。
そして最初に私に気付いた夜行君に、笑顔のままかけた。
『こんにちわ。晴れて良かったですね』
「んむぅ……うん?」
躑躅が夜行の髪を撫でる内、彼が小さく身じろぎする。
やがてうっすらと、瞼を開いた。
「ふぁ……あれ……鳳龍院、さん?」
「おはようございます、戌伏君」
撫でる手はそのままに、ふわふわと笑って夜行を見下ろす躑躅。
暫しぼうっとしていた夜行だが、やがて自分が膝枕をされていることに気付く。
「やーらかい」
「ふふっ、そうですかぁ?」
「あぁ、肉付きがちょうどいい感じ」
骨格から細身な九々が比較対象となってしまうため、もう少し細くなりたいと考えている躑躅だけれど、夜行に満足して貰えるのなら今のままでもいいかとやや思う。
彼はまだ起き上がる気にならないのか、膝の上で心地良さげに目を細めていた。
「戌伏君」
「んー?」
そんな夜行に、躑躅はあることを尋ねる。
「私と初めて会った時のこと、覚えてますかぁ?」
「うん? ああ、そりゃまあ覚えてるさ。高校の入学式の日だろ?」
「……ですよねぇ」
夜行の答えに、少しだけ困ったような笑みと、曖昧な答えを返す躑躅。
そう。夜行は再会した時、彼女のことを覚えていなかった。
そもそも考えてみれば、向こうはこちらの顔もロクに見ていない筈。
あの時彼は強く頭を打ってもいたし、意識が若干曖昧だったかも知れない。
だからこそ、ゆきずりの自分に身の上を話してくれたのかも。
それに――覚えていなくても、別に構わなかった。
「……ただ」
けれど。
「その前にも一度、どこかで会ったことがあるような気がするんだよなぁ」
「え……?」
夜行の手が、自分を見下ろす躑躅の顔に伸びる。
栗色の前髪を掻き分け、その先にある碧眼を、じっと見つめる。
「いつかどこかで、こんな感じに、綺麗な青い目を見たことが……あるよう、な……」
「……戌伏、君?」
ぱたりと、持ち上げられていた手が力なく草の上に落ちる。
少しの間を挟んだ後、再び聞こえてくる静かな寝息。
どうやらまた、眠ってしまったらしい。
「……もう」
そんな姿に、躑躅はまた少し困ったような笑みを浮かべて。
一度自分の唇に当てた指先を、夜行のそれに重ね合わせた。
「本当に、馬鹿なんだから」
思い出してくれるなら、確かにそれは嬉しいことだけれど。
別に忘れたままであっても、何ひとつとして変わらない。
あの日、貴方が蹲る私を案じて、声をかけてくれたことも。
あの時、私の存在が少しでも貴方の慰めになれたことも。
あの瞬間、誰かの苦しむ姿に何の愉悦も感じなかったことも。
今こうして、私が貴方を好きであることも。
何ひとつ――変わることなど、無いのだから。
************************************************
感想で九々以外の各員に対する好感度が知りたいとあったので、こっちに纏めて乗せときます。
0 興味なし、他人
1~2 知人
3~6 友人
7~ 親友、気になる異性
・夜行 人好きする性格なので、ある程度までは好感度が上がりやすい。
雅近:9
千影:8
九々:6.5
躑躅:6
平助:6
サクラ:5
茉莉夏:9.5
・雅近 皮肉屋で気難しいため、一定以上の友人関係となるまでは忍耐が必要。
夜行:10
千影:7
躑躅:5
九々:5
平助:5
サクラ:1
テスラ:8
・千影 気が合えばすぐ仲良くなれる。直情的なので、性格的な相性が合わなければずっとそのままで終わることも多い。
夜行:9
雅近:8
平助:7
躑躅:5
九々:5
サクラ:2
リスタル:9
・平助 何も考えてないようで実は思慮深い、と思わせておいてやっぱり何も考えていないことも多い。色々と破天荒だが根本的には善人なので、普段の行いにさえ目を瞑れば付き合いやすい。
夜行:7
雅近:6
千影:6
躑躅:6
九々:6
サクラ:5
リスタル:8
・躑躅 観察能力に優れ、下心を持って近付いてくる相手にはまず気を許さない。反面、純粋な善意や無害な者には弱い。また、驚くほど一途なので好きになった相手以外恋愛対象としては見向きもしない。
夜行:10+
九々:6
雅近:5
千影:5
平助:5
サクラ:1
茉莉夏:-8
・九々 人間不信。他の全てに向ける信頼を夜行にのみ向け、夜行を通してでしか他人を信じない。つまり彼が大丈夫だと言った者に初めて目を向け、その上で気に入れば心を開く。
夜行:10
躑躅:9
千影:6
雅近:5
平助:3
サクラ:0
誠:-10
・サクラ 物静かだが我が強いため、自分から興味を持った相手にしか深く関わらない。ぶっちゃけ日本では1人も友達が居なかったが、本人は全く気にしていない。
夜行:5
雅近:2
千影:2
平助:1
躑躅:1
九々:1
ホウジ:-9
これといった予定も無く、用事も思い浮かばなかった昼下がり。
けれど何となくいいことがあるような気がして、綺麗に手入れされた花壇や植木を見渡しながら、鼻歌混じりに彼女は歩く。
そしてその最中――ふと、足を止めた。
「……あら♪」
ふと零れるのは、弾んだ呟き。
止めた足を、止まる前よりちょっとだけ早めながら躑躅は。
花壇の傍で横になった夜行の元へと、駆け寄った。
「ん……すぅ……」
そっと見下ろせば、小さく寝息を立てて眠る彼の顔。
心地良さそうな寝姿に、躑躅の頬が優しく緩む。
そよ風で揺れる夜行の黒髪。
ほんの少しだけ癖のあるそれへと、長手袋を外して手を伸ばす躑躅。
「『位置強奪』♪」
そして指先が届く寸前、彼女は技を発動。
夜行が枕代わりにしていたコートの位置を、奪った。
「ふふ、成功ね」
一瞬の後、躑躅は夜行に膝枕をする配置となっていた。
何事も無かったかのように寝息を立て続ける彼の髪を撫でながら、コートを傍らに退ける。
「よく寝てる……疲れてたの? ちっちゃなお姫様に、いつも振り回されてるものねぇ」
頬には赤みが差し、静かに紡がれる声は甘く。
まるで恋人みたいだと思い、胸を少しだけ高鳴らせて、彼女は唐突に得られたこの緩やかで幸せな時間を噛み締めた。
「……思い出すなぁ」
躑躅にとって膝枕とは、ちょっとだけ特別なこと。
出会いの記憶。彼女の今を形作る切っ掛け、入り口となった出来事。
夜行と初めての邂逅を交わした時、彼と過ごしたほんの短い時間を彩る存在であった。
――あれは、そう。
忘れもしない、中学3年生の秋。
『困りました……』
公園を散歩していた私は、突然吹いた風に帽子を飛ばされて、木に引っ掛けてしまった。
とてもじゃないけどジャンプしても届かない高さで、運動神経の鈍い私は木登りなんてしたことも無くて。
どうしたものかと、困り果てていた。
『……こうなったら、石でも投げて落とせば……!』
ちなみに私はこの時の選択を、5秒後に後悔する羽目になる。
投げた石が垂直に飛んで、おでこにこれでもかってくらい強くぶつかったから。
『~~~~ッ!? ッ! ッ!!』
痛過ぎて声も出なかった。血が出なかったのは、殆ど奇跡に近かったと思う。
とにかく痛くて涙が出そうで、うずくまって震えながら耐えた。
夜行君が私に話しかけてきたのは、そんな時。
『……お姉さん、大丈夫? 腹でも痛いのか?』
痛いのはお腹じゃなくておでこ。
けど痛くて喋れなかったから、首を横に振るしか出来なかった。
『腹じゃない……じゃあ、肋骨? 膵臓? 上腕二等筋?』
うずくまってる人に何処が痛いか聞く際の、彼の選定基準が分からない。
そして膵臓が痛いなら腹痛のひとつに数えていいだろうし、上腕二等筋が痛かったら、うずくまらずに腕を押さえてるだけだと思う。
『違うんだ。じゃあどこ……あぁ、もしかしてあの帽子を飛ばされて困ってるのか? 痛いんじゃなくて、帽子を失くして悲しいのか……うずくまるほど悲しいなんて、よほど大事なものなんだな』
夜行君は昔から勘がいいけど、それを纏める思考回路が致命的にずれている。
確かに帽子を飛ばされたし、悲しみはしないまでも困っていたけれど、あの時うずくまっていたのはおでこに石をぶつけて、目から火花が出そうなほど痛かったから。
そして別にそこまで大事と言うほどでも無かった。1週間前に買ったばっかりだったってだけで。
――でも、今の私には何より大事な宝物。
彼と私を繋いでくれた、青い鳥みたいな帽子だから。
『っと。ほら、取れたよ。だからうずくまってないで、泣き止むといい』
目がチカチカしていたから良く見えなかったけど、夜行君はするすると木を登って帽子を取ってくれた。
ようやく多少痛みがマシになってきた私は、取り敢えずどうにか立ち上がって、真上から落とされた帽子をキャッチする。
お礼を言おうとしたけれど、まだ完全には痛みが引いてなかったから上手く喋れなくて。
どうにか頭だけ下げて感謝を伝えると、彼はひらひら手を振ってそのまま木の枝に座り込んだ。
『……はぁ』
そうして溜息を吐きながら、ぼうっと遠くを見つめて。
その姿が、何故かとても悲しそうに見えたから。私は痛いのも忘れて、じっと夜行君を見上げていた。
考えてみれば、夜行君があんなに沈んでいるところなんて、後にも先にもあの時くらいしか知らない。
とにかく気になって、やっと喋れるくらいになった私は彼に声をかけた。
『あの……下りないんですか?』
『ん? あ、まだ居たんだ。えっと、うん。なんか、しばらくこうしてたくてさ』
遠くを見たままそう言って、物憂げな面差しを浮かべていた彼。
そして。
『風が冷たい……まるで今の俺みたいだ――と、のあぁぁぁぁッ!?』
何か、ちょっとカッコいい雰囲気だった最中。
枝が折れて、顔面から盛大に落ちた。
『だ、大丈夫ですか……?』
一瞬で死に体になった夜行君を近くのベンチまで運んで、私は少しでも休めるように彼の頭を自分の膝に乗せた。
あまりにも辛そうに見えたから、自分の痛みなんて何時の間にか忘れてしまっていた。
『し……死ぬところだった。頭蓋骨が人の三倍は頑丈な俺でなければ死んでた……』
『まあ、そんなに頑丈なんですか』
『気持ち的にはそれくらいの男でありたいと常々思ってる。実際は、上手く受身を取っただけ』
顔面で受身を取るなんて聞いたことがない。
夜行君の言うことは、初めて会った時から時々ちょっと不思議。
あと、確かに頭蓋骨は頑丈に作られていると思う。
中身が少ないから、少なくともその分は分厚い。
『つかゴメンね、マジで……会って2分の男に、膝枕なんかさせちゃって……』
そう言われて初めて、私は自分が男の人に膝枕をしていることをちゃんと自覚して。
咄嗟にこんなことをしてしまうなんてと、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
『すぐ起きるからさ……くそ、目がチカチカしてなんも見えねぇ』
『あ、私は別にいいですから! 元はと言えば私の帽子を取って貰ったからこうなったので、良くなるまでじっとしてて下さい!』
無理に起き上がろうとする夜行君を押し留めて、心なしか熱を持った彼の額に手を当てる。
ひどい冷え性の私にとって、冷たい指先は悩みの種でしかなかったけれど。
あの時だけは、手が冷たくて良かったと不意に思ったことを覚えている。
『ひんやりして気持ちいい……それに、柔らかい。肉付きの悪かったアイツとは雲泥の差だな……同じ膝枕で、こうも違うもんなのか』
『……? どうか、しましたか?』
何か呟いた後、夜行君が膝の上で微かに震えた気がして。
首を傾げて尋ねた直後、私はそれに気付く。
――額と一緒に覆っていた彼の瞼から、じわりと雫が溢れたことを。
『やべ……ゴメン、ホントにゴメン。ああもう情けない、なんでまだこんなもん出てくんだよ……!』
『……何か、あったんですか?』
今にして思えば、それは会ったばかりの人に対してあまりに踏み込んだ質問だった。
私は私の醜さを晒さないために、ずっと他人と微妙な距離を保って生きてきた筈なのに。
あの時私は、私の膝で泣いた彼へと、考えるよりも前に自分から近寄っていた。
『あーいや、あったと言えばまあそうなんだけども、もうとっくに過ぎたことをいつまでも引きずってるだけって言うか……』
『もし良かったら、話してみて頂けませんか?』
何故そんなことをしたのか、と自問しても未だに明確な答えは出てこない。
人目を引くらしい容姿をした私に向けられる異性の目、その大半に多寡の差はあれど篭められているイヤなものを、けれど彼からは全く感じなかったとか。
帽子を拾って貰ったお礼がしたかったとか、目の前で泣かれれば誰だって気にかかるとか色々考えたけれど、結局どれもピンと来なかった。
『いや、他所様相手にするような話じゃ……』
『ゆきずりの相手だからこそ、話せることもあると私は思いますが』
たぶん、ちゃんとしたひとつの理由なんて無かったんだと思う。
そもそもあの出会いを、あの時の行動を、理屈立ててしまうのは……何だか、嫌だった。
理由なんて要らない。欲しくない。
出会うべくして出会った。それでいい、それを誰にも否定なんかさせない、許さない。
……ただ。もし何かひとつ、どうしても理由をつけるなら。
それはきっと――ひと目惚れ、だったのだろう。
『どう、でしょうか?』
『……愉快なもんじゃないぞ。多分、みじめったらしく泣くし』
『構いませんよ。泣き顔を見られるのが嫌でしたら、こうして顔を隠しておいて差し上げますから』
頷く私に、彼はしばらくの間黙りこくって。
やがて大きく溜息を吐いて、ぽつりぽつりと語り始めた。
『……ちょうど2ヶ月くらい前、彼女にフラれたんだ』
1年間交際していた恋人だと、夜行君はそう言っていた。
けれど本当に唐突に、別れを切り出された、と。
『他に男が出来たから別れろって、ちゃんとした説明もなくそんだけで……』
曰く、偽悪的な言動の所為で周りから誤解されがちだけれど、本当は心根の優しい子で。
本当に好きになった、初めての相手で。
『俺に何か不満があって別れるなら、すげー悲しいし散々引き止めるだろうけど、それでも駄目なら仕方ないって割り切れる。けど、何も言ってくれないでハイさよならなんて……どう諦めろって言うんだよ……』
夜行君の言葉ひとつひとつからは、その恋人だった人に対する想いがひしひしと感じられて。
この時はまだ名前すら知らなかった彼の吐き出す悲しみに、私はいっそ自分の方が泣いてしまいそうな程の感情を覚えた。
『マサの前で初めて泣いちまって、それでアイツ、今まで見たこと無いくらい物凄く怒って……ちー君もちー君で、茉莉夏のこと殺してやるって言い出すし……』
今なら、彼の語る場景が克明に思い浮かべられる。
伊達君も鬼島君も、夜行君のことが大好きだから。本当に大切な友達だと思っているから。
『で、そんな状態で話し合う機会なんて作れるワケ無いし、そうこうしてる間に茉莉夏はどっかに転校しちまって、それっきりで』
喋っている内に言葉尻がどんどん小さくなって、声音が震え始める。
気付けば彼はまた、じわりと涙を滲ませていた。
『有り得ないんだよ、アイツが何の理由も無しにあんなことするなんて……でも俺、離れてくアイツの背中を追い掛けられなかった……怖くてさ、動けなかったんだ』
当然だ。本当に好きな相手に拒絶されて悲しまない人なんて、居ない。
離れて行く相手を、もう一度拒絶されるかも知れないのに躊躇無く追いかけられる人なんて居ないと、私はそう思う。
でも夜行君は、その時に何も出来なかった――彼曰く、何もしなかったことを。
今でもずっと、後悔し続けている。
『また何もしなかった所為で失った……叔父さんの時と同じだ。俺、結局何も変われてねぇじゃねぇか……!』
そう言って、声を押し殺して泣き始めた夜行君。
あの時の私に出来たのは、そんな彼の髪を、嗚咽が収まるまでそっと撫で続けることくらいだった。
『あー、なんかありがとね。色々と』
ひとしきり泣いた後、夜行君はこっちが拍子抜けするくらいケロッとして私にそう言った。
本当に、切り替えの早い人だと思う。
『つーかお姉さん外人さん? 日本語上手いのな』
『日本人です』
まあ、確かにクォーターではあるんだけど。栗毛はともかく碧眼のせいで、この手の質問は珍しくない。
そして当時は知らなかったけど同い年だから、お姉さん呼びは適切じゃありません。
『あ、そうなんだ……まあいいや、とにかくありがとう。お陰で少しスッキリした』
『それは何よりです』
まだちょっと赤い目で、それでも元気そうに笑う夜行君。
その顔を見ただけで、私は彼から話を聞いて良かったと心から感じた。
だから、このまま別れるのが名残惜しくなってしまって。
『……あの。そちらさえ良かったら、これからお茶でも――』
『ヤコォォォォッ!! どーこーだぁーッ!?』
生まれて初めて、逆ナンと呼べる行いをしようとした私のそれは。
けれど突然響いた恐ろしく大きな声に、遮られた。
『あれ、ちー君の声だ。そう言えば、待ち合わせしてたんだった』
『いるなら返事しろー!! 若しくは狼煙で合図しろー!! 早くしないと川ヶ岬の願書、締め切られちまうぞー!!』
『ええいうるさい大声魔人が! 叫ぶよりも前にまず携帯にかけろ、原始人かお前は!! そして締め切りは再来週だ、馬鹿が!!』
伊達君の言う通り、大声で叫ぶよりもまず携帯にかけようとは考えなかったのだろうか。
鬼島君の行動は、昔から大雑把に過ぎる。それに公園で狼煙なんてしたら、下手すれば消防車が来ると思う。
『それじゃお姉さん、俺はこれで。今度は帽子飛ばされないようになー!』
『あっ……』
そして止める間も無く、夜行君は走り去ってしまった。
今にして考えると、携帯の番号くらい聞いていっても良かっただろうに。
たぶん、もし聞かれてたら絶対教えたし。
『ごめんごめんちー君、ちょっと木から落ちててさー!』
『おおヤコ! そうか木から落ちたのか、じゃあ仕方ないな!』
『いや、何故それで疑問ひとつ挟まずに納得するんだ……』
伊達君と鬼島君。遠くに居た2人と合流して、そのまま歩いて行く夜行君。
彼の背を見えなくなるまで追っていた私は、まるで胸に穴でも開いたみたいな気分になって。
帰った後も、その穴は埋まらず。
日に日に、ひとつのことを強く思うようになった。
もう一度彼に会いたい、と。
私は別れ際、鬼島君が川ヶ岬に願書を出しに行くと叫んでいたことを、確かに覚えていた。
恐らく、私立川ヶ岬高校のことだと思った。
偏差値は67。この辺では1番高いところで、最初の志望校だった聖花女学院より若干ランクは上だったけど、私の学力なら問題なく通れるレベル。
……て言うか、夜行君と鬼島君はどうしてここを受けようと考えたんだろう。
2人合わせてやっと偏差値60くらいなのに。
まあそれはともかく、私は3年の秋というギリギリの時期で進路を変えた。
そこに行けば、もう一度会えるかも知れないと思ったから。
突然のことだったけど、両親や先生を説き伏せるのはそんなに難しいことじゃなかった。
学力的には十分射程圏内だし、元々進路相談で勧められた学校の中には、川ヶ岬も入っていたし。
お父さんお母さん、頭のいい子に産んでくれてありがとう。
実は私より、柳本君の方が成績上だけど。伊達君とか雪代さんとか、化け物みたいな記憶力してるけど。
――恙無く進路変更に成功した私は、そして特に問題も無く川ヶ岬高校に合格した。
でも合格発表の日、私は夜行君を見付けることが出来なかった。
とは言え、最近は合格発表なんてネットで普通に見れるし、寧ろわざわざ見に来ていた人の方が少なかった。
だから特に不安も感じなかったし、そもそも本当に会えるかなんて最初から分からなかった。
ただ、何もせず後悔したくなかっただけ。私が動いた理由は、言ってしまえばそれだけだったから。
やがて冬が過ぎて、迎えた入学式。
そこで私は――あっさりと、彼を見付けた。
『いやー、入れたな高校。先生絶対無理だって言ってたけど』
『そうだな! 俺様達に不可能はない!』
『オレは今でも不思議でならないんだが……お前達、面接で何をしたんだ?』
『大根切って変形ロボット作った、1分で』
『瓦割り50枚やった、1撃で』
『それで受かったのか!? どうなってるんだこの学校は!』
ひと際騒がしくて、ひと際目立っている3人組。
その姿を見付けた瞬間、私は嬉しくて笑顔になったのを覚えている。
頭痛を堪えるように、額を押さえる伊達君。
腕組みして豪快に笑う鬼島君。
スマホを出して、入試の面接で作った作品の写真を見せる夜行君。
そんな3人に、私は歩み寄って。
そして最初に私に気付いた夜行君に、笑顔のままかけた。
『こんにちわ。晴れて良かったですね』
「んむぅ……うん?」
躑躅が夜行の髪を撫でる内、彼が小さく身じろぎする。
やがてうっすらと、瞼を開いた。
「ふぁ……あれ……鳳龍院、さん?」
「おはようございます、戌伏君」
撫でる手はそのままに、ふわふわと笑って夜行を見下ろす躑躅。
暫しぼうっとしていた夜行だが、やがて自分が膝枕をされていることに気付く。
「やーらかい」
「ふふっ、そうですかぁ?」
「あぁ、肉付きがちょうどいい感じ」
骨格から細身な九々が比較対象となってしまうため、もう少し細くなりたいと考えている躑躅だけれど、夜行に満足して貰えるのなら今のままでもいいかとやや思う。
彼はまだ起き上がる気にならないのか、膝の上で心地良さげに目を細めていた。
「戌伏君」
「んー?」
そんな夜行に、躑躅はあることを尋ねる。
「私と初めて会った時のこと、覚えてますかぁ?」
「うん? ああ、そりゃまあ覚えてるさ。高校の入学式の日だろ?」
「……ですよねぇ」
夜行の答えに、少しだけ困ったような笑みと、曖昧な答えを返す躑躅。
そう。夜行は再会した時、彼女のことを覚えていなかった。
そもそも考えてみれば、向こうはこちらの顔もロクに見ていない筈。
あの時彼は強く頭を打ってもいたし、意識が若干曖昧だったかも知れない。
だからこそ、ゆきずりの自分に身の上を話してくれたのかも。
それに――覚えていなくても、別に構わなかった。
「……ただ」
けれど。
「その前にも一度、どこかで会ったことがあるような気がするんだよなぁ」
「え……?」
夜行の手が、自分を見下ろす躑躅の顔に伸びる。
栗色の前髪を掻き分け、その先にある碧眼を、じっと見つめる。
「いつかどこかで、こんな感じに、綺麗な青い目を見たことが……あるよう、な……」
「……戌伏、君?」
ぱたりと、持ち上げられていた手が力なく草の上に落ちる。
少しの間を挟んだ後、再び聞こえてくる静かな寝息。
どうやらまた、眠ってしまったらしい。
「……もう」
そんな姿に、躑躅はまた少し困ったような笑みを浮かべて。
一度自分の唇に当てた指先を、夜行のそれに重ね合わせた。
「本当に、馬鹿なんだから」
思い出してくれるなら、確かにそれは嬉しいことだけれど。
別に忘れたままであっても、何ひとつとして変わらない。
あの日、貴方が蹲る私を案じて、声をかけてくれたことも。
あの時、私の存在が少しでも貴方の慰めになれたことも。
あの瞬間、誰かの苦しむ姿に何の愉悦も感じなかったことも。
今こうして、私が貴方を好きであることも。
何ひとつ――変わることなど、無いのだから。
************************************************
感想で九々以外の各員に対する好感度が知りたいとあったので、こっちに纏めて乗せときます。
0 興味なし、他人
1~2 知人
3~6 友人
7~ 親友、気になる異性
・夜行 人好きする性格なので、ある程度までは好感度が上がりやすい。
雅近:9
千影:8
九々:6.5
躑躅:6
平助:6
サクラ:5
茉莉夏:9.5
・雅近 皮肉屋で気難しいため、一定以上の友人関係となるまでは忍耐が必要。
夜行:10
千影:7
躑躅:5
九々:5
平助:5
サクラ:1
テスラ:8
・千影 気が合えばすぐ仲良くなれる。直情的なので、性格的な相性が合わなければずっとそのままで終わることも多い。
夜行:9
雅近:8
平助:7
躑躅:5
九々:5
サクラ:2
リスタル:9
・平助 何も考えてないようで実は思慮深い、と思わせておいてやっぱり何も考えていないことも多い。色々と破天荒だが根本的には善人なので、普段の行いにさえ目を瞑れば付き合いやすい。
夜行:7
雅近:6
千影:6
躑躅:6
九々:6
サクラ:5
リスタル:8
・躑躅 観察能力に優れ、下心を持って近付いてくる相手にはまず気を許さない。反面、純粋な善意や無害な者には弱い。また、驚くほど一途なので好きになった相手以外恋愛対象としては見向きもしない。
夜行:10+
九々:6
雅近:5
千影:5
平助:5
サクラ:1
茉莉夏:-8
・九々 人間不信。他の全てに向ける信頼を夜行にのみ向け、夜行を通してでしか他人を信じない。つまり彼が大丈夫だと言った者に初めて目を向け、その上で気に入れば心を開く。
夜行:10
躑躅:9
千影:6
雅近:5
平助:3
サクラ:0
誠:-10
・サクラ 物静かだが我が強いため、自分から興味を持った相手にしか深く関わらない。ぶっちゃけ日本では1人も友達が居なかったが、本人は全く気にしていない。
夜行:5
雅近:2
千影:2
平助:1
躑躅:1
九々:1
ホウジ:-9
0
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