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第6話
しおりを挟むその男は私を見抜いていた。
「シスターさん、こんな男知ってる?」
軽薄そうに微笑んだ男が私に紙を差し出す。そこには青い目をした甲冑を装う男性が描かれていた。
「存じ上げません」
こんな男は知らない。私の知っている男といえば、髪は艶やかに黒く、頬は白く、そして瞳の色は青紫色に輝き、その目は私を毒婦の如く誘惑する。そんな男だ。
似顔絵の男は、髪は同じく黒いが、頬は小麦色に焼け、瞳は空のように青かった。太い眉は小麦色に良く映え、引き締めた表情が如何にも軍人であると語っている。
「うーん、そっかあ」
似顔絵を引っ込めた男は乱雑に紙を折るとポケットに仕舞った。紙が、くしゃ、と悲鳴を上げた。私は男の仕草ひとつひとつを監視する。身体はあまり大きくは無いが決して薄くない胸板や弾力のありそうな腰周り。
さしづめ、「彼」の「元」同僚であろう。
「シスターさん」
「はい」
男が私を見つめる。にやにやと軽薄に笑っていた先ほどの表情から一変し、私を凍てついた視線で刺し捉えた。口元だけは微笑を残していた。
「嘘つきは天国にイケないんでしょ」
「っ!」
だん!
大きな音が玄関口で響いた。
首元に襲い掛かる衝撃を感じ頭が一瞬固まった後、私は男によって四肢を床に張り付けられていた。男の太く節くれだつ指が私の手首を圧迫する。甲冑を身に纏う男の体重は私の下半身の自由を奪った。
「罰当たり」
「どっちが」
毒づくと、男は私を見下げて笑った。
その瞳の奥が真紅に燃えているのを私は見た。
「あいつはどこにいる?」
私の肌にぎりぎりと男の指が食いこむ。
「……誰のことかわからな」
ぱんっ
言い切ることは出来なかった。
叩かれた頬がじんじんと火照り赤く色づくのを感じた。私は男を睨みつけた。
「その反応が全てだよ、シスターさん」
にやにやと軽薄に笑いながら男が言う。
背筋がぞく、と冷え恐ろしさを感じた。
「……知らない、知らない知らない知らない!!!」
私は体を思いっきりよじる。突然の反撃に一瞬の隙を見せた男を突き飛ばした。
「ってぇな」
男は収納棚に頭をぶつけたのか、後頭部をさすっている。私は修道服の袂にいつも忍ばせている小型ナイフを利き手にしっかり握り、男の顔面目掛けて振り下ろした。
「だからァ、本物のシスターはこんな事しないっての」
血塗れた手によって私は拘束された。
「まさか刃を素手で折るとは思いませんでした」
鳩尾がじくじくと痛む私は、再び自由を奪われた身体を男の腕に抱えられる形で車へ運ばれた。後部座席へ横たわるように置かれた為、革張りの固いシートに顔を擦り付ける事になる。
「さてさて、ガソリン足りるかなぁ」
ぶわん!と一度大きく蒸かし、車は荒々しく教会を後にした。
私は、うっ、と小さく呻いた。
刑務所。
慰問で何度か訪れたが何度来ても気の滅入る場所だ。
「もう豚箱かよ」
「おっ、本性出てきたねェ」
でもこれからもっと色々見せてね、と軽薄な男が言った。
かん、かん。
石造りの無骨な階段を降りると、無機質な寝台が一基と、磔台があった。
ああ……これは。
「感づいたぁ?流石だねぇ」
私の顔色を見た男が磔台をさすりながら私を褒める。
「随分遅かったね」
聞き慣れない声に振り向くと、階段からまたひとり男が現れた。濃紺の詰襟を堅苦しく着こなした眼鏡の男。黒い髪は丁寧に分けられている。
「ごめんごめん。まあ色々あって」
「なんでお前が怪我してるの」
「いや俺はいいんだけど、尋問頼むよ」
「ああ……」
眼鏡の男が、立ちすくむ私を一瞥する。
その冷ややかな顔つきは、これから私にする行為を物語るようだった。
「じゃあ……まあ痛いと思うから早く楽になりなよね」
私の長い夜が始まった。
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