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第二章 汐里と亮太

第10話 汐里 カモメ堂

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 カランカラン、と店のドアの開閉を知らせるベルが鳴る度に、ハッと顔を上げた。

 違う……エリカじゃない……

 私はそれを認識するたびにため息を吐き、視線をテーブルに戻した。
 目の前の店の看板メニュー“カモメ堂オリジナルブレンドコーヒー”は、とっくに冷たくなっていた。
 真っ白なコーヒーカップの半分くらい残ったそれを、口にする。
 コーヒー独特の微かな苦味と、フルーティな甘い香りがバランスよくミックスされている。

 亮太とも、よくここに来てこれ飲んだっけな……

 ペラペラと喋るのは、私の役。
 彼は曖昧で優しい表情かおでうんうんと頷く役。

『君は知らなかったかもしれないが、亮太こいつは劣等感の塊みたいな男でね……君と一緒にいた時ですら、ずっと自問していたようだよ……このままで、君を幸せにできるのか……君は他の男と生きた方が幸せになれるのではないか、とね』

 変わってしまった亮太が、部屋で言った言葉が頭に浮ぶ。
 私はスケジュール帳をバッグから取り出し、テーブルの上に広げた。
 劣等感、と三つの漢字を書いてみる。
 好きじゃない言葉だ。
 暗くて、ジメッとしていて、気持ちが重くなる。

 今思うと、亮太を本気で好きになる前は亮太にそれを感じていたかもしれない。
 なんとなく漂う薄暗さ、というのだろうか。
 多分、表情の薄い顔や少しぶっきらぼうな口調、低い声からそう感じていたんだと思う。
 それが一緒にいて居心地がいいと感じるように変わったのは、亮太が元々持つ優しさと怯えが原因だと思う。

 亮太は、明らかに女馴れしていなかった。
 それどころか、人馴れもしていないように感じた。
 迷いながら私に触れてくる仕草、言葉を選びに選んでいるような沈黙。
 それはとてもやきもきするものだったけれど、嫌だとは思わなかった。

 私は亮太に触れたければ自分からくっつきに行ったし、私はおしゃべりだから、空気が静まり返って気まずくなるようなこともあまりなかった。

 劣等感……か……

 どうして亮太が、それを背負うようになったのか。
 スケジュール帳にペンで“なぜ?”と書いてみる。
 亮太は地元の人間じゃない。彼の出身地は同じ地方ではあるものの、ここから車で2時間はかかる場所だ。
 一人っ子で地元育ちだと言った私に、亮太はただ『そうなんだ……なんか、そんな感じがする』
 と言っただけで終わった。
 家族構成はどうとか、両親がどんなで……とか、学生時代はどうだったか、は聞いても返ってきた言葉は少なかった。

 言いたくないんだ……なら、聞かなくてもいいか。
 あの時はそう思ったけど……やっぱり聞いておけば良かったな……でも、言いたくないのなら亮太は絶対に言わなかったような気がする。
 亮太には、少し頑固なところがあるから。

 カランカラン、と店のドアの開閉を知らせるベルが鳴った。

 エリカ……

 髪型が違うけれど、間違いなく店に入ってきたのはエリカだった。
 気づけば、私はその場で立ち上がっていた。
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