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第二章 汐里と亮太
第23話 帰郷
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世間はすっかり夏になった。
毎日あちぃし、虫やカエルはうじゃうじゃいるし、夏は大嫌いだ。
しかも、今日からお盆休みときてる。
ピンポーン!
あ? 呼び鈴だあ? っとに、誰だよ……水持って行ってぶっかけてやろ……
「ごめんくださーい!」
あ……あの声……何ヶ月か前に来たあの女の声じゃねぇか……もう二度と来ないだろうって思ってたのに、また来たのかよ!
俺はイラッとして、玄関の扉をばっと開けた。
目に入ってきたのは、あの女とくそオヤジともう一人は……
「あ、龍彦さん」
亮太……
俺は一瞬怯んだ。
なんで……なんでそこにお前がいるんだよ……なんだ、その女……やっぱりそいつ、お前の女なのかよ……くそっ、なんだかむしゃくしゃする!
「龍彦、こちら佐川汐里さん……亮太の婚約者だよ」
うっせぇ親父! 俺にはなんも関係ねぇよ!
なぜか、水を入れたバケツが持ち上がらない。あの女を追い返そうと、わざわざ持ってきたのに。
「初めましてじゃないですけど、この間は名前を名乗らなくて失礼しました! あ、それ、私にかけるために持ってきたんですか? 大丈夫です、今回はちゃんと着替ありますから! かけたかったらじゃんじゃんかけてください!!」
あはは、と女は無邪気に笑った。
くそ暑い夏の日差しの中の笑顔が、やたらと胸に沁みる……なんなんだ、こりゃ……
俺はたまらず視線を外して、手にしたバケツをひっくり返した。
足元から亮太の足元に向かって作られていく黒い筋を、じっと目で追いかける。
「何しに来やがった、疫病神が……」
「龍彦、またそんな言い方をして!」
「大丈夫です、おじいさん……私にとっては、亮太は幸福の神様なんで!」
っ! 俺の前でベタベタすんな! やっぱりさっきの水、この女にかけてやれば良かった!
「親父……」
「あぁ? なんだよ?」
「ごめん」
……はあ? なんだよ、亮太……なんでお前が謝るんだよ……
「俺が生まれてこなければ、母さんは死ななくて済んだかもしれない……ずっと……それを謝りたかったんだ」
「今さら……謝ったって……」
亮子は、帰ってこない。
違う……亮太が悪いんじゃない……わかってんだ、そんなことは……本当は、俺だってわかってる……
「うん……今さら俺が謝っても、どうしようもないことはわかってる。これは、けじめだよ」
「けじめ?」
「俺は、幸せになることにしたんだ。汐里と……汐里が傍にいてくれたら、俺はきっと強く生きていかれるから」
一緒に……この先の人生を、亮子と一緒に歩めたら。俺は頑張れる。どんなに辛いことがあったとしても。
それ……俺が思ったことと一緒じゃねぇか……
気づけば、頬に冷たい筋ができていた。
亮太とあの女、それに親父までもが呆けた視線を向けてくる。
やめろ、俺を見るな!
俺はいたたまれずに、家の中に向かって走った。
「亮子……」
仏壇の前で笑う亮子は、あの日と変わらずに明るくて眩しい。
ごめん、ごめんな、亮子……
俺は縋るように、亮子の写真を胸に抱えて静かに叫び続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫かな、お父さん……私、お父さんを泣かすようなこと、なにか言ったかな?」
「いや……もしそうだったとしたら、原因は俺の方だと思う」
数年ぶりに姿を見せた孫の横で、その婚約者の娘さんが幸せそうに笑う。
ああ、本当にこの日まで生きてて良かったよ……里子……
「あの、私達お墓参りに行きたいんです……皆さんに、手を合わせたくて」
「ああ、そうかい……ありがとう。じゃあ、私も一緒に行こうかな」
不意に夏の太陽が雲に隠れて、一瞬だけひやりとした。
亮子さん、亮一、里子……みんながそこにいて、優しく微笑んでいるような気がした。
亮太と佐川さん、私の3人で墓地までの道を歩く。
雨が降る日も晴れの日も。人生のどんな苦しみも喜びも。
どうか二人で分かち合って、幸せに生きて欲しい。
私は若い二人の前を歩きながら、そっと空を見上げて強く祈ったのだった。
毎日あちぃし、虫やカエルはうじゃうじゃいるし、夏は大嫌いだ。
しかも、今日からお盆休みときてる。
ピンポーン!
あ? 呼び鈴だあ? っとに、誰だよ……水持って行ってぶっかけてやろ……
「ごめんくださーい!」
あ……あの声……何ヶ月か前に来たあの女の声じゃねぇか……もう二度と来ないだろうって思ってたのに、また来たのかよ!
俺はイラッとして、玄関の扉をばっと開けた。
目に入ってきたのは、あの女とくそオヤジともう一人は……
「あ、龍彦さん」
亮太……
俺は一瞬怯んだ。
なんで……なんでそこにお前がいるんだよ……なんだ、その女……やっぱりそいつ、お前の女なのかよ……くそっ、なんだかむしゃくしゃする!
「龍彦、こちら佐川汐里さん……亮太の婚約者だよ」
うっせぇ親父! 俺にはなんも関係ねぇよ!
なぜか、水を入れたバケツが持ち上がらない。あの女を追い返そうと、わざわざ持ってきたのに。
「初めましてじゃないですけど、この間は名前を名乗らなくて失礼しました! あ、それ、私にかけるために持ってきたんですか? 大丈夫です、今回はちゃんと着替ありますから! かけたかったらじゃんじゃんかけてください!!」
あはは、と女は無邪気に笑った。
くそ暑い夏の日差しの中の笑顔が、やたらと胸に沁みる……なんなんだ、こりゃ……
俺はたまらず視線を外して、手にしたバケツをひっくり返した。
足元から亮太の足元に向かって作られていく黒い筋を、じっと目で追いかける。
「何しに来やがった、疫病神が……」
「龍彦、またそんな言い方をして!」
「大丈夫です、おじいさん……私にとっては、亮太は幸福の神様なんで!」
っ! 俺の前でベタベタすんな! やっぱりさっきの水、この女にかけてやれば良かった!
「親父……」
「あぁ? なんだよ?」
「ごめん」
……はあ? なんだよ、亮太……なんでお前が謝るんだよ……
「俺が生まれてこなければ、母さんは死ななくて済んだかもしれない……ずっと……それを謝りたかったんだ」
「今さら……謝ったって……」
亮子は、帰ってこない。
違う……亮太が悪いんじゃない……わかってんだ、そんなことは……本当は、俺だってわかってる……
「うん……今さら俺が謝っても、どうしようもないことはわかってる。これは、けじめだよ」
「けじめ?」
「俺は、幸せになることにしたんだ。汐里と……汐里が傍にいてくれたら、俺はきっと強く生きていかれるから」
一緒に……この先の人生を、亮子と一緒に歩めたら。俺は頑張れる。どんなに辛いことがあったとしても。
それ……俺が思ったことと一緒じゃねぇか……
気づけば、頬に冷たい筋ができていた。
亮太とあの女、それに親父までもが呆けた視線を向けてくる。
やめろ、俺を見るな!
俺はいたたまれずに、家の中に向かって走った。
「亮子……」
仏壇の前で笑う亮子は、あの日と変わらずに明るくて眩しい。
ごめん、ごめんな、亮子……
俺は縋るように、亮子の写真を胸に抱えて静かに叫び続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫かな、お父さん……私、お父さんを泣かすようなこと、なにか言ったかな?」
「いや……もしそうだったとしたら、原因は俺の方だと思う」
数年ぶりに姿を見せた孫の横で、その婚約者の娘さんが幸せそうに笑う。
ああ、本当にこの日まで生きてて良かったよ……里子……
「あの、私達お墓参りに行きたいんです……皆さんに、手を合わせたくて」
「ああ、そうかい……ありがとう。じゃあ、私も一緒に行こうかな」
不意に夏の太陽が雲に隠れて、一瞬だけひやりとした。
亮子さん、亮一、里子……みんながそこにいて、優しく微笑んでいるような気がした。
亮太と佐川さん、私の3人で墓地までの道を歩く。
雨が降る日も晴れの日も。人生のどんな苦しみも喜びも。
どうか二人で分かち合って、幸せに生きて欲しい。
私は若い二人の前を歩きながら、そっと空を見上げて強く祈ったのだった。
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