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第24話 陽君からお手紙作戦を聞く田口先生
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「次はこれで行こうと思います」
一月に入り、三学期がスタートした。
村上君が新たなプランを口に出したのは、始業式の二週間後の定期連絡会でのことだった。
場所はいつもの市立図書館。
外は雪が降りそうな日だった。
おまけに落ち合う時間は、いつも通りの閉館十五分前だ。
そんな事情があってか、暖房がきいた図書館内にいる人の姿はまばらだった。
私はいつものベンチに、いつものように間をあけて村上君の隣に座る。
ボイスレコーダー、発信器ときて、次は手紙か……確か前の連絡会の時に、違う駒を動かすと言っていたけど……
私は村上君が差し出すグレーの封筒を手に取った。
触った感触から、封筒の中には紙のようなものが入っているのがわかる。
宛名を書くスペースには、小学生が書いたようなたどたどしい大きな字で、桐崎幸恵様、とあった。
桐崎幸恵は、校長の奥さんの名前だ。
そうか、駒っていうのは校長の奥さんのことか。
「この字……村上君が書いたのかい?」
手紙の差出人が村上君であることがバレないように、わざと崩して書いたのだろうか?
宛名の字が、普段の村上君の書くものと違うということはわかっている。私は村上君の担任だから。
「違いますよ。妹に書かせました」
「妹さん……って、確か小学二年生だったっけ? 文化祭の時にも協力してくれた子かな……いやあ、お兄さん想いのいい妹さんだねぇ」
私は脳裏に、見ず知らずの村上君の妹さんをイメージした。なんだか微笑ましい気分になってくる。
「五枚です」
「五枚? なんの話?」
「ブロマイド五枚。アイドルの」
私が思い描いた微笑ましい村上家兄妹関係の図は、あっけなく崩れ去った。
「お金は使ってないですよ。僕、バイトしてなくてお小遣いも沢山はもらってないですし。ブロマイドは、天野君の悩みを解決した報酬です」
「あぁ、そうなんだ……本当にしっかりしているね、村上君は」
思い出してみれば村上君は、文化祭の時もタロット占いという自分の特技を使って、手芸部の人力を活用していた。
「文化祭の時のメモのように、パソコンから打ち出した字を使うとダイレクトメールと勘違いされてしまうかもしれないから」
「なるほど……確かに、子どもの手書きの字の方が、封筒の中身を見てみようかという気になるね」
妹さん、桐崎幸恵という画数が多い文字を書くの、大変だっただろうな……と思いつつ封筒の中を見た。
便箋と写真が一枚ずつ。
私はそれらをそっと引き出した。
「こ、これは!」
「よくできてるでしょ?」
愕然とする私に問う村上君の表情は、いつものようににこりともしていない。
写真には、教頭と一緒にとある女性が写っていた。
問題は、教頭ではなく女性の方だ。
『先生、クリスマスは一人?』
私は先月、年内最後の定期連絡会で村上君にそう聞かれたことを思い出す。
『りょ、両親がいるから一人ではないです』
違う。
村上君が言いたいのはそういう意味じゃない。
それは、嫌っていうほどよくわかっているんだよ。
『先生の女性の好みってどんなの? 髪の長さとかストレートかパーマか、あと色とか。目の感じとか』
『随分細かく聞くんだね……』
私は村上君の言動を少し不審に思いつつも、素直に好みの女性像の特徴を伝えた。
教頭の隣で笑顔を浮かべる女性は、その時私が伝えた特徴をすべて持っていた。
「この写真を作るために、私にあんなことを聞いたのか……」
ようやく合点がいった私は、こんなことに使われるなら素直に答えるんじゃなかったと後悔した。
複雑な気持ちのまま写真を封筒に戻し、私は便箋を広げる。
そこには、どこかで見たような記憶がある、きれいな字が並んでいた。
教頭があなたと会っているのを知っている。
私も教頭とつきあっている。
特別なのは、あなただけじゃない。
残念ね。
「この字……どこで見たんだっけ……」
「森君の字ですよ、それ。一学期の間だけいて、福岡に引っ越した人……覚えてます?」
「ああ! 森君か! 村上君は森君と仲が良かったんだね、知らなかったよ」
森君はとても優しげな子だった。
特に彼の書く字がとてもきれいで読みやすく、字には自信がない私は羨ましいとすら思っていた。
「森君の悩み相談には乗りましたけど、そんなに仲良くはなかったですよ。アドレス交換とかもしてないですし」
「え……じゃあ、どうやってこれを頼んだの?」
「実は森君の転校先のクラスに、同い年の僕の従兄弟がいたんです……さすがに僕も驚きましたよ……ものすごい偶然ですよね」
そうか、じゃあその従兄弟の子づてに頼んだ、というわけか。
それにしても、こんな文面をよく書いてくれたなあ……
「僕の創作資料だと伝えてあります……じゃ、また二週間後に」
なんでもないことのように村上君は言い、膝の上に置いていた文庫本を手にして立ち上がった。
「先生、彼女できた?」
やっぱり聞くんだね……年が明けても……くそ、今年こそはこの質問に、できたよ! と答えたい。
村上君が合成したあの写真の女性……かわいかったな……あれ、ちょっと待てよ。
「できてないです……ねぇ、あの写真、まさか林先生にも見せたの?」
村上君は、保健室の林先生とも連絡を取り合っているのだ。
「見せましたよ。田口先生の好みがわかって嬉しいって喜んでました」
喜んでた⁉
村上君が最後に残していった台詞に、なんともいえない気まずさが私の中に湧き上がってきたのだった。
一月に入り、三学期がスタートした。
村上君が新たなプランを口に出したのは、始業式の二週間後の定期連絡会でのことだった。
場所はいつもの市立図書館。
外は雪が降りそうな日だった。
おまけに落ち合う時間は、いつも通りの閉館十五分前だ。
そんな事情があってか、暖房がきいた図書館内にいる人の姿はまばらだった。
私はいつものベンチに、いつものように間をあけて村上君の隣に座る。
ボイスレコーダー、発信器ときて、次は手紙か……確か前の連絡会の時に、違う駒を動かすと言っていたけど……
私は村上君が差し出すグレーの封筒を手に取った。
触った感触から、封筒の中には紙のようなものが入っているのがわかる。
宛名を書くスペースには、小学生が書いたようなたどたどしい大きな字で、桐崎幸恵様、とあった。
桐崎幸恵は、校長の奥さんの名前だ。
そうか、駒っていうのは校長の奥さんのことか。
「この字……村上君が書いたのかい?」
手紙の差出人が村上君であることがバレないように、わざと崩して書いたのだろうか?
宛名の字が、普段の村上君の書くものと違うということはわかっている。私は村上君の担任だから。
「違いますよ。妹に書かせました」
「妹さん……って、確か小学二年生だったっけ? 文化祭の時にも協力してくれた子かな……いやあ、お兄さん想いのいい妹さんだねぇ」
私は脳裏に、見ず知らずの村上君の妹さんをイメージした。なんだか微笑ましい気分になってくる。
「五枚です」
「五枚? なんの話?」
「ブロマイド五枚。アイドルの」
私が思い描いた微笑ましい村上家兄妹関係の図は、あっけなく崩れ去った。
「お金は使ってないですよ。僕、バイトしてなくてお小遣いも沢山はもらってないですし。ブロマイドは、天野君の悩みを解決した報酬です」
「あぁ、そうなんだ……本当にしっかりしているね、村上君は」
思い出してみれば村上君は、文化祭の時もタロット占いという自分の特技を使って、手芸部の人力を活用していた。
「文化祭の時のメモのように、パソコンから打ち出した字を使うとダイレクトメールと勘違いされてしまうかもしれないから」
「なるほど……確かに、子どもの手書きの字の方が、封筒の中身を見てみようかという気になるね」
妹さん、桐崎幸恵という画数が多い文字を書くの、大変だっただろうな……と思いつつ封筒の中を見た。
便箋と写真が一枚ずつ。
私はそれらをそっと引き出した。
「こ、これは!」
「よくできてるでしょ?」
愕然とする私に問う村上君の表情は、いつものようににこりともしていない。
写真には、教頭と一緒にとある女性が写っていた。
問題は、教頭ではなく女性の方だ。
『先生、クリスマスは一人?』
私は先月、年内最後の定期連絡会で村上君にそう聞かれたことを思い出す。
『りょ、両親がいるから一人ではないです』
違う。
村上君が言いたいのはそういう意味じゃない。
それは、嫌っていうほどよくわかっているんだよ。
『先生の女性の好みってどんなの? 髪の長さとかストレートかパーマか、あと色とか。目の感じとか』
『随分細かく聞くんだね……』
私は村上君の言動を少し不審に思いつつも、素直に好みの女性像の特徴を伝えた。
教頭の隣で笑顔を浮かべる女性は、その時私が伝えた特徴をすべて持っていた。
「この写真を作るために、私にあんなことを聞いたのか……」
ようやく合点がいった私は、こんなことに使われるなら素直に答えるんじゃなかったと後悔した。
複雑な気持ちのまま写真を封筒に戻し、私は便箋を広げる。
そこには、どこかで見たような記憶がある、きれいな字が並んでいた。
教頭があなたと会っているのを知っている。
私も教頭とつきあっている。
特別なのは、あなただけじゃない。
残念ね。
「この字……どこで見たんだっけ……」
「森君の字ですよ、それ。一学期の間だけいて、福岡に引っ越した人……覚えてます?」
「ああ! 森君か! 村上君は森君と仲が良かったんだね、知らなかったよ」
森君はとても優しげな子だった。
特に彼の書く字がとてもきれいで読みやすく、字には自信がない私は羨ましいとすら思っていた。
「森君の悩み相談には乗りましたけど、そんなに仲良くはなかったですよ。アドレス交換とかもしてないですし」
「え……じゃあ、どうやってこれを頼んだの?」
「実は森君の転校先のクラスに、同い年の僕の従兄弟がいたんです……さすがに僕も驚きましたよ……ものすごい偶然ですよね」
そうか、じゃあその従兄弟の子づてに頼んだ、というわけか。
それにしても、こんな文面をよく書いてくれたなあ……
「僕の創作資料だと伝えてあります……じゃ、また二週間後に」
なんでもないことのように村上君は言い、膝の上に置いていた文庫本を手にして立ち上がった。
「先生、彼女できた?」
やっぱり聞くんだね……年が明けても……くそ、今年こそはこの質問に、できたよ! と答えたい。
村上君が合成したあの写真の女性……かわいかったな……あれ、ちょっと待てよ。
「できてないです……ねぇ、あの写真、まさか林先生にも見せたの?」
村上君は、保健室の林先生とも連絡を取り合っているのだ。
「見せましたよ。田口先生の好みがわかって嬉しいって喜んでました」
喜んでた⁉
村上君が最後に残していった台詞に、なんともいえない気まずさが私の中に湧き上がってきたのだった。
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