2 / 24
1章
1.契約と猫 「もふもふ……もふもふ、可愛い……」
しおりを挟む
声になってもいない筈なのに、なぜかその声は、少女に届いたらしい。
びくりとその華奢な肩が震える。
「契約……? 契約をすればいいの?」
『そうだ。契約し、器を与えてほしい。そうすれば存在が安定して、俺はこの世界に留まることができる』
――と、思う。多分。
頼りなげな根拠のない言葉。彼自身も戸惑いを隠せなかったが、しかし少女は、ひと筋の希望にすがるかのように、その瞳に覚悟の色を乗せた。
「わかった! 私でいいなら、契約して」
『名を……』
「私はアセリア。アセリア・ファイストス=プタハ・ユピテル」
長い名前だ。そう思った刹那、何かが繋がる感覚が全身をかけぬけ、同時に先ほどまでの痛みが、嘘のように消え去る。
(え……)
先ほどまでは感じていなかった身体の"重み"や“匂い”。
そしてこの世界というものを、肌で感じる。
(お、お、おおおおっ。すごい、なんだかわからないが助かった! これでようやく、まともに生きられる)
『ありがとう! 君のおかげで助かったよ。えっと、アセリアだっけ?』
そう呼びかけると、アセリア少女は目を丸くして、こちらを凝視していた。
まるで時でも止まったかのように、固まったままじっとこちらを見続けている。
『おーい、アセリア? えっと……アセリアが駄目なら、なんだっけ、ファピ? えっと……』
「……アセリアでいいよ。猫さん」
やがてアセリアは、息を吹き返したように、その薄桃色の唇で声を紡いだ。
『ああ、よかった。ありがとうアセリア……って、猫?』
膝をつきこちらへと手を伸ばしてこようとするアセリアを見上げる。
アセリアは微笑みながらそっと、伸ばした手で首筋をそっと撫でてきた。
そんな仕草でさえ優雅であり、上品さを感じさせることができるのだとうっとりと思っていると――
『ん? ん、んん?』
得も言われぬ心地よさが、触れられた部分から溢れてくる。
『あっ、ちょっ、そこ、にぁふぁっ!?』
「ふふ、気持ちいい?」
抵抗もままならずされるがままでいると、アセリアは零れんばかりの笑みを浮かべた。
そしてとうとう両手でわしゃわしゃもふもやと、彼の立派な毛並みをなで回し始める。
『ちょ、まっ、あふんっ、うにゃん! うにゃにゃにゃううううん』
「あは、もふもふ……もふもふ、可愛い……」
『ちょっ、ちょっと待てアセリア、ストップ! 本当に止まって、お願い!』
必死になって懇願すると、ようやくその手が止まる。
「……ちっ」
(えっ、何!? 今舌打ちした? 天使が!?)
驚愕に慄く彼の目の前で、アセリアはがらりと表情を変える。
「……ごめんなさい。私、ずっとこうやって猫に触れるのが夢で……。それでつい……」
うるうると瞳を潤ませ申し訳なさげにする様は、まさに儚げな天使のようである。
しかしその変わり身の早さから察するに、なかなかに、したたかな心根を持っているような気がしなくもない。
『あー……いや、その、別に嫌というわけではないんだが。少し、現状が理解できていなくてだね』
ごくり、と唾を飲み込んで尋ねる。
『その……俺は今、猫の姿をしているのか?』
アセリアは天使もかくやという仕草で不思議そうに首を傾け、それから彼の前脚の下へ手を差し入れてそっと抱き上げた。
「うん、君は猫だよ。ふわふわの」
『……そうか、ふわふわの猫か』
いまいち信じられないが、こうして少女の腕に抱き上げられている上、彼の翡翠色の瞳にも、猫らしき動物が映り込んでいるように、確かに見える。
(いや、せめて鏡とかないのか)
周囲を見渡したが当然森の中では鏡代わりになるようなものはない。
「猫さん、実体を持ったの初めて?」
すると彼の気持ちを察したのか、アセリアが、少し待ってねとつぶやき、何処かへと歩き出す。
『実体……ううん、そうだとも言えるし、そうでもないとも言えるような』
「ふふ、何それ」
アセリアは、おかしそうにくすくすと笑う。
そのことに少しほっとしていると、アセリアは落ち着いた様子で道なき道を進んでいった。
やがて視界が開け、目の前に湖が広がる。
(おお……!)
美しく澄んだ湖だった。
湧き水が豊かなのか、遠目からでも湖面が澄んでいるのがわかる。
アセリアは、自分を腕に抱いたまま、そっとそんな湖の水面を覗き込むようにした。
果たして、そこに映っていたのは――
まどうことなき美少女と、ふわふわの毛並みの大型猫だった。
びくりとその華奢な肩が震える。
「契約……? 契約をすればいいの?」
『そうだ。契約し、器を与えてほしい。そうすれば存在が安定して、俺はこの世界に留まることができる』
――と、思う。多分。
頼りなげな根拠のない言葉。彼自身も戸惑いを隠せなかったが、しかし少女は、ひと筋の希望にすがるかのように、その瞳に覚悟の色を乗せた。
「わかった! 私でいいなら、契約して」
『名を……』
「私はアセリア。アセリア・ファイストス=プタハ・ユピテル」
長い名前だ。そう思った刹那、何かが繋がる感覚が全身をかけぬけ、同時に先ほどまでの痛みが、嘘のように消え去る。
(え……)
先ほどまでは感じていなかった身体の"重み"や“匂い”。
そしてこの世界というものを、肌で感じる。
(お、お、おおおおっ。すごい、なんだかわからないが助かった! これでようやく、まともに生きられる)
『ありがとう! 君のおかげで助かったよ。えっと、アセリアだっけ?』
そう呼びかけると、アセリア少女は目を丸くして、こちらを凝視していた。
まるで時でも止まったかのように、固まったままじっとこちらを見続けている。
『おーい、アセリア? えっと……アセリアが駄目なら、なんだっけ、ファピ? えっと……』
「……アセリアでいいよ。猫さん」
やがてアセリアは、息を吹き返したように、その薄桃色の唇で声を紡いだ。
『ああ、よかった。ありがとうアセリア……って、猫?』
膝をつきこちらへと手を伸ばしてこようとするアセリアを見上げる。
アセリアは微笑みながらそっと、伸ばした手で首筋をそっと撫でてきた。
そんな仕草でさえ優雅であり、上品さを感じさせることができるのだとうっとりと思っていると――
『ん? ん、んん?』
得も言われぬ心地よさが、触れられた部分から溢れてくる。
『あっ、ちょっ、そこ、にぁふぁっ!?』
「ふふ、気持ちいい?」
抵抗もままならずされるがままでいると、アセリアは零れんばかりの笑みを浮かべた。
そしてとうとう両手でわしゃわしゃもふもやと、彼の立派な毛並みをなで回し始める。
『ちょ、まっ、あふんっ、うにゃん! うにゃにゃにゃううううん』
「あは、もふもふ……もふもふ、可愛い……」
『ちょっ、ちょっと待てアセリア、ストップ! 本当に止まって、お願い!』
必死になって懇願すると、ようやくその手が止まる。
「……ちっ」
(えっ、何!? 今舌打ちした? 天使が!?)
驚愕に慄く彼の目の前で、アセリアはがらりと表情を変える。
「……ごめんなさい。私、ずっとこうやって猫に触れるのが夢で……。それでつい……」
うるうると瞳を潤ませ申し訳なさげにする様は、まさに儚げな天使のようである。
しかしその変わり身の早さから察するに、なかなかに、したたかな心根を持っているような気がしなくもない。
『あー……いや、その、別に嫌というわけではないんだが。少し、現状が理解できていなくてだね』
ごくり、と唾を飲み込んで尋ねる。
『その……俺は今、猫の姿をしているのか?』
アセリアは天使もかくやという仕草で不思議そうに首を傾け、それから彼の前脚の下へ手を差し入れてそっと抱き上げた。
「うん、君は猫だよ。ふわふわの」
『……そうか、ふわふわの猫か』
いまいち信じられないが、こうして少女の腕に抱き上げられている上、彼の翡翠色の瞳にも、猫らしき動物が映り込んでいるように、確かに見える。
(いや、せめて鏡とかないのか)
周囲を見渡したが当然森の中では鏡代わりになるようなものはない。
「猫さん、実体を持ったの初めて?」
すると彼の気持ちを察したのか、アセリアが、少し待ってねとつぶやき、何処かへと歩き出す。
『実体……ううん、そうだとも言えるし、そうでもないとも言えるような』
「ふふ、何それ」
アセリアは、おかしそうにくすくすと笑う。
そのことに少しほっとしていると、アセリアは落ち着いた様子で道なき道を進んでいった。
やがて視界が開け、目の前に湖が広がる。
(おお……!)
美しく澄んだ湖だった。
湧き水が豊かなのか、遠目からでも湖面が澄んでいるのがわかる。
アセリアは、自分を腕に抱いたまま、そっとそんな湖の水面を覗き込むようにした。
果たして、そこに映っていたのは――
まどうことなき美少女と、ふわふわの毛並みの大型猫だった。
52
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
二月から週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる