旦那様は、最推し作家の(訳アリ)幽霊でした

gari@七柚カリン

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4. 妻としての仕事

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 エズラと夫婦になって一週間。
 私は、これまでと変わらない日々を過ごしていた。

 結婚をしたといっても相手は『霊』なので、そのままカフェの二階に一人で住んでいる。
 食事の用意や洗濯なども自分の分だけをすればいいので、一人暮らしと何ら変わりはない。
 エズラはというと、私に用事があるときだけ、どこからともなく姿を現す。
 一度、私が着替え中にエズラがふらりとやって来て、「クララ、すまない!」とすぐに姿を消したことがあった。
 私は大して気にしなかったが、それ以来、エズラは一階のカフェにしか現れない。
 そこに私が居なければ下から声をかけて、許可を得てから二階へやって来る。
 その紳士然としたエズラの態度には、育ちの良さを感じた。
 

 ◇◇◇


 この日、私たちはいつものようにエズラの仕事場にいた。
 大きな机の前に座りペンを構えた私は、エズラが口を開くのを待っている。

「……『○○まるまるは、○○まるまる侯爵の派閥へ入る決意を固めた。悠長に構えている時間はない。こうしている間にも、状況は刻一刻と変化しているのだ。』」

 全神経を集中し、一言一句書き漏らさぬよう素早くペンを走らせる私の表情は真剣そのもの。
 少しでも借金を返済すべく、エズラの執筆活動に貢献しなければならない。
 ちなみに、執筆の手伝いを始めた初日に、私は彼が『作家エズラ』であることをあっさり認めた。
 趣味で執筆活動をしている素人が、有名作家を詐称して模倣しているだけではないと感じたことが一番の理由。
 偽者だったらこんな面白い作品は書けないだろうし、もし書けるのであれば詐称する必要はない。
 自分の名で、堂々と作品を発表すればいいのだから。
 さんざん疑い頑なに信じなかった過去の自分の態度を謝ったら、エズラは「信じてもらえて良かった」とにこやかに笑っていた。

 エズラの口述は、まだまだ続いている。
 よくこんなに文章が思い浮かぶものだと、感心してしまう。
 しばらくして、ようやく言葉が途切れたところで、集中が切れ手も疲れた私はそのまま机に突っ伏した。

「……ねえ、エズラ。また、名の決まっていない登場人物が増えたの?」

 今日だけでもすでに数名が登場済みで、実は、主役の名もまだ『仮』のままだったりする。
 書いている私は、頭がごちゃごちゃになってきた。
 趣味で創作活動をしていた学校の後輩は、まず主要な登場人物の名や細かい設定・起承転結あらすじなどを決め紙に書き出す。
 それから、それを基に物語を書き始めていたと記憶している。
 しかし、エズラにはそんなものは一切存在しない。
 彼の頭の中には物語の設計図はあるようだが、いきなりそれを文章化するのだ。
 そして、読み直しながら何度も加筆・修正を加えていくという方法を取っているとのこと。

「俺は、いつもこんなふうに書いているんだ。登場人物たちが勝手に動くから、それを文章化するだけで手一杯になる。俺にとっては彼らの動きを止めないよう物語を進めていくことが一番重要で、人名・国名などは後から考えればいいからな」

「でも、『○○』ばかりじゃ後から見直したときに誰が誰かわからなくなるし、国名だって『○○王国』や『○○帝国』ばかりなのも……」

「まったく問題はない。クララが気になるのなら適当に名付けてくれて構わないし、そのほうが俺も名を考えずに済んで有り難い。じゃあ、続きを言っていくぞ。『「○○様、王城から使いが……」』」

「あっ、ちょっと待って!!」

 どうやら、私とエズラでは頭の出来が違うらしい。
 自分の残念な頭を恨めしく思いつつ、ペンを持ち直し再び作業に戻る。
 今日のエズラは、すこぶる調子がいいようだ。
 波に乗ればエズラはいくらでも文章が思い浮かび、私は彼の声を聞き取りひたすらペンを走らせることになる。
 反対に、行き詰まったときは一日中停滞することも。
 そんな時は、未読のエズラ本を読みながら静かに待つことにしている。
 好きな本をたくさん読むことができる待ち時間も、私にとっては至福の時間なのだ。
 
 今回執筆代行をして、エズラほどの人気作家でも生みの苦しみがあることを初めて知った。
 苦しみを経て生まれる作品を、これまで以上に大切に読み進めようと思う。
 と同時に、生み出してくれたエズラへ感謝の念を抱いたのだった。


 ◇


 夕刻近くなり、本日の作業は終了となった。
 薄暗くなりかけている空を眺めながら、店までの道程をのんびりと歩いていく。

「クララのおかげで、かなり作業が捗った。これなら、予定より早く版元へ持ち込めるかもしれないな」

「でも、その前にこっちが先なんでしょう?」

 私が指をさしたのは、自身が下げている鞄。
 中には、エズラの未発表作品が入っている。
 新作の執筆代行とは別に、エズラが書き上げていた別作品の音読もした。

「『自分が声に出して読む』のと『他人に読んでもらう』のとでは、まったく受ける感じが違った。十分推敲したと思っていたが、修正点もあったし……」

「じゃあ、持ち込むのはまだ止めておく?」

「いや、明日持って行くことにしよう。いつまでも推敲していたらキリがないし、クララに版元の場所や担当者を紹介しないといけないからな」

「わかったわ」

 ついに、エズラの妻としての(対外的な)初仕事が始まる。
 今から緊張している私に、エズラは「担当者は見た目が強面こわもてのおじさんだけど、良い人だぞ」と笑う。
 それでも、妻である自分に粗相があれば、夫であるエズラの評判にもかかわってくる。
 改めて気を引き締めたのだった。


 ◇◇◇


 翌日、立派な店構えを前にして、私はすでに怖気づいていた。

「クララ、中へ入らないのか?」

「こんな大店おおだなだとわかっていたら、もっとちゃんとした恰好をしてくるのだったわ……」

 一応、余所行き用の服ではあるが、学校を卒業したばかりの小娘が持っている物などたかが知れる。

「俺も、いつもこの恰好で出入りしていたから、大丈夫だ」

 エズラが着用している服も、一般庶民が着ているものと大差はない。
 しかし、着手が良いからか上等なものにしか見えないのが、私とは大きく違うところ。

「…………」

「うん? どうかしたのか?」

「……ううん、何でもないわ」

 エズラは、己の魅力に気付いていない。
 作家としての才能。
 外見の見目の良さ。
 温厚な性格。
 少々子供っぽいところはあるが、品行方正な青年で誰からも愛される人物だ。
 しかし、なぜか家族関係は希薄。
 以前聞いた話では優秀な兄たちがいるようで、それが彼の自己肯定感の低さにつながっているのでは?と私は(勝手に)分析をしている。

(もっと、自信を持ってもいいのにね……)
 
 小さく呟くと、私は大きな扉に手をかけた。


 ◇


 私は、応接室に案内されていた。

「へえ~、あのエズラが結婚とはビックリだな。明日、空から矢でも降ってこなけりゃいいがな……ワッハッハ!」

 もじゃもじゃの顎ヒゲを撫でながら、厳めしい顔をした壮年の男性が豪快に笑っている。
 彼…店主のシルクはガタイがよく日焼けもしていて、版元の主人ではなく冒険者といったほうがしっくりくる。
 見た目にたがわず声も大きいシルクに、私はさっきからビクビクしっぱなしだ。

「で、あんたがエズラの代わりに原稿を持って来てくれたのか?」

「はい。主人は所用がありまして、『修正・訂正箇所があれば、私へ伝えてほしい』と申しておりました」

「じゃあ、さっそく見せてもらうとするかな」

 そう言うと、シルクは真剣な表情で読み始める。
 分厚い紙の束を太い指で器用に捲っていく様を、私は眺めていた。
 シルクには見えていないが、私の隣にはもちろんエズラもいて、こちらも真剣な顔つきで彼の反応を窺っている。
 静かな室内に、時折、ガシャンガシャンと印刷機の稼働音が響く。
 エズラによれば、この版元では印刷所も併設しているとのこと。
 だからシルクの声が異様に大きいのだと、妙に納得してしまった。
 
「……ふむ。まあ、及第点といったところか」

(「良かった……」)

 エズラはホッとしているが、私としてはギリギリ合格と言われたみたいでかなり不満がある。
 それが表情に現れていたようで、シルクはフフッと笑った。

「奥さんは、納得していないみたいだな。では、今からダメ出しをさせてもらうが、いいか?」

「はい、お願いします」

 鞄からメモ帳とペンを取り出したが、隣でエズラ本人が聞いているため書くフリだけだ。

「あいつには何度も言っているが、同じ言い回しが多すぎる。表現を変えろ」

(「そうか。いつもの悪い癖が出てしまったな」)

「この幕間まくあいの挿話だが、もう少し話を膨らませられないか? できなければ、ばっさり削除だ」

(「う~ん、あれでは物足りなかったか……でも、削除はいくらなんでもひどいぞ」)

 その後も、シルクは遠慮なくズバズバと指摘をしてくる。
 エズラはそれに納得したり反発したりと、なかなか忙しい。
 それでも、彼が終始楽しげなのは二人の間に信頼関係があるからなのだろう。
 生き生きとした表情を見せるエズラを、私は微笑ましく見つめていた。

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