旦那様は、最推し作家の(訳アリ)幽霊でした

gari@七柚カリン

文字の大きさ
7 / 10

7. 突然の……

しおりを挟む
 
 今日は、店の定休日。
 私がやって来たのは、エズラの仕事場だ。
 昨日、最後の客が帰る時間まで店に留まっていたエズラは、「明日きちんと話をしたいから、あの家まで来てほしい」と告げ姿を消す。
 行くかどうか最後まで迷っていたが、覚悟を決めここに来たのだった。

 部屋に入ると、エズラはすでに待っていた。

「クララが来てくれて良かった。もう、会ってもらえないと思っていたから……」

 余所行きではない微笑みを浮かべたエズラに促されるかたちで椅子に腰を下ろすと、彼はおもむろに口を開いた。

「まず、今まで正体を隠していたことを謝罪させてくれ」

「あなたが謝る事なんて、何もないわ。だって、その……王子殿下が危篤状態なんて国の重要機密事項でしょう? それに、もしあの時伝えられていても、私は信じなかっただろうし」

「ははは……たしかに、信じてもらえなかっただろうな」

 クララは慎重だからな…と笑うエズラ。
 変わらない、いつもの笑顔。
 この人が王子だなんて、本当に今でも信じられない。
 エズラを眺めながら、私はほんのひと月の間に起こった出来事を思い返していた。

「いきなり『おい、おまえ』って言われたときは何て失礼な霊だと思ったけど、王子殿下なのだから当たり前よね。私のほうが不敬だったわ……」

「あの時のことは、是非ともクララの記憶から抹消してほしいな。俺も忘れるから」

「ふふふ、残念ながら印象に残っているから、忘れられそうにないわ」

「そう言うと思ったよ」

 二人で顔を見合わせて笑ったあと、エズラは真面目な顔つきになる。

「クララだけには真実を知っておいてもらいたいが、君が嫌なら無理強いするつもりはない」

「私が一番気になっているのは、あなたが危篤状態に陥ってしまった原因だけど……これも、重要機密よね?」

「隠し事はしたくないから聞かれたことには全て答えるが、聞いていてあまり気持ちの良い話ではないぞ。それでもいいのか?」

「構わないわ」

 問いかけに大きく頷いた私に、エズラは順を追って話を始めた。


 ◆◆◆


 ひと月前、いつものように王城を抜け出したエズラは、仕事場に向かっていた。
 王都を出歩く際には帽子を目深に被り、庶民のような恰好をしている。
 兄たちとは違い、エンズライトの顔はそれほど世間に認知されてはいないが、一応念には念を入れていた。
 今日のエズラは、先日書き上げた新作を再度推敲したあと、時間が許せば版元へ持ち込むつもりだ。
 自分は自信作だと思っている物語を、版元の店主シルクがどのような評価を下すのか……楽しみ半分不安半分の心持ちだった。

「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが……」

 エズラに声をかけてきたのは、旅装姿の小柄な中年男性。
 街中を歩いていると道を尋ねられることがたまにあり、これまでと同じように気軽に応じる。
 道を教え、礼を言われ、挨拶をして旅人とすれ違った瞬間だった。
 脇腹に激痛を感じたエズラは声を発することなくその場に崩れ落ちるように倒れ、気付いたときには空をさまよっていた。


「俺は、命を狙われたんだ」

「そんなことが……」

 絶句し言葉が出てこないクララとは対照的に、エズラは冷静に話を続ける。


 自分は死んだと思ったエズラは、光が導くほうへ引き寄せられるように向かっていく。
 あともう少しで辿り着くところで、ふと脳裏をよぎったのは今日版元へ持ち込むつもりだった新作のこと。
 シルクは、人気作家であるエズラに対しても「この挿話エピソードは、面白くない」とか「この話の展開は、不自然だ」とはっきり指摘をしてくれる。
 彼の評価を聞くまでは、死ぬに死ねない。
 エズラは流れに逆行して、現世に残ることにした。
 王家お抱えの霊媒師たちに協力を依頼しようとしたが、彼らが偽物だったと知り絶望してしまう。
 目的を失い街をさまよう傷心のエズラが行き着いたのは、ミーサのカフェだ。
 ここで食事をしたりミーサとおしゃべりをすることは、エズラにとって執筆の合間の息抜きであり、何物にも代え難い大切な時間だった。
 
 だから、エズラは店の老朽化を理由にカフェを閉店しようとしていたミーサを強引に説得し、改装費用を出した。
 これは自分のわがままであり、借金の返済は一切不要。
 その代わり、長く店を続けてほしいとお願いをしたのだ。
 それなのに、自分はこんな姿になってしまい、もう二度と店へ行くことはできない。
 最後に、彼女へ別れの挨拶をして出て行こうとしたエズラに声をかけてきたのは、ミーサだった。


「ミーサ叔母さんも、エズラがわかったのね」

「『姿はほとんど見えないけど、気配は感じるし、声も聞こえた』と言われたよ。それが、ミーサさんが亡くなる前日だった」

 自分の希望を伝えたエズラに、ミーサは自分にはもう時間がないから代わりに姪を紹介すると伝える。
 そして、その場で遺言書を書いたのだった。


「クララは、最初から借金の形になどなっていないんだ。確実に俺に会いに来るように、ミーサさんが手配をしてくれただけで……本当に、今まで騙していて申し訳ない」

 自分へ深々と頭を下げるエズラを、クララは黙って見つめる。
 クララがここへ来るか来ないか最後まで迷っていたのは、エズラから様々な真実を聞かされて自分がどういう感情を抱くのか、知るのが怖かったから。

「エズラ、頭を上げて。それに……王子殿下が庶民に頭を下げるなんて、絶対にダメでしょう?」

 努めて明るく、冗談めかしてクララは告げた。

「たしかに私は騙されていたけど、今やっていることは、全部自分が望んだことでもあるのよ?」

 カフェは、いずれ再開させるつもりだった。
 それに、推し作家の執筆の手伝いなんて、こんなことがなければ絶対にできなかったとクララは言い切る。

「だから、もう自分自身を責めるのは無しだからね!」

「ハハハ……本当に、クララには敵わないな」

 苦笑しながら、エズラは机の引き出しを指さす。

「この中に、書きかけの原稿や資料などがあるんだ」

「あなたの大切なものだから、私が大事に保管しておくわ」

 引き出しを開け中身をすべて取り出したクララは、持ってきた鞄に丁寧に入れる。

「この家の鍵は、クララが持っていてくれ」

「わかったわ。エズラがいつ来ても大丈夫なように、ここは私が管理しておく」

「いや、その必要はない。この家は売却し、君に不要な物はすべて処分してくれ。世話をかけて申し訳ないが、ここにある初版本と残った金と、これから入ってくる印税等は手間賃としてぜひ受け取ってほしい……夫から妻へ、最初で最後の贈り物として」

「エズラ……急にどうしたの? また会いに来てくれるんでしょう?」

 新作を書くと前向きになっていたはずのエズラの心変わり。
 胸騒ぎを覚えたクララは尋ね返したが、彼は小さく首を横に振った。

「残念ながら、俺にはもう時間がないらしい。ずっと俺を呼んでいる声が聞こえていて……もう行かなければ」

「そんな……あの新作は、まだ完成していないのよ! それに、本だって発売されるのに……」

 二人で協力して一から書き上げた作品や、版元に持参し手直しもした作品だけに、クララの思い入れは深い。
 悲鳴に近い声を上げたクララに、エズラは優しいまなざしを向ける。

「クララ、君と出会えて良かった。今まで本当にありがとう。どうか、これからも元気で……」

「エズラ、待って!!」

 クララが伸ばした手をエズラは両手で優しく包み込むとゆっくりと目を閉じ、フッと消えた。
 それは、瞬きをするようなあっという間の出来事。
 しかし、クララは彼の手の温もりをたしかに感じ取った。


 ◇


 数日後、第四王子エンズライトの逝去が発表される。
 国民は若くして亡くなった彼を悼み、冥福を祈り、喪に服す。
 
 クララは自宅の棚に置いてあるエズラの遺作となった未完の原稿の前に花を供え、一人静かに涙を流したのだった。


 ◇◇◇


 後日、大聖堂で行われた国葬には多くの国民が詰めかけた。
 参列者が花を手向ける先にあるのは、二つの棺。
 一つはエンズライトのもので、もう一つは、彼の婚約者だった公爵家令嬢のもの。
 彼の死を聞きショックのあまり床に臥せっていたが、彼女も後を追うように亡くなった。
 
 公務の場では仲睦まじい姿を見せていた彼らの悲劇は悲恋として語り継がれ、その後、歌劇や物語の題材となっていく――――

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

処理中です...