旦那様は、最推し作家の(訳アリ)幽霊でした

gari@七柚カリン

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9. 国家〇〇事項

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「ありがとう」

 手渡しでコーヒーを受け取ったエズラは、美しい所作で一口飲むと「ふう」と息を吐いた。

「クララが淹れたコーヒーを一度飲んでみたかったが、ようやく叶ったな」

 にこりと微笑むエズラをじっと観察していたクララは、「はあ…」と大きなため息を吐く。

「カップも持てるし、飲んだコーヒーも漏れていない……エズラは、本当に生きているのね」

「君が理解しやすいように行動で示していたのに、クララは全然気付いてくれないのだからな」

 本当にクララは鈍感なんだな…と呆れたまなざしを向けてくるエズラを、軽く睨む。
 たしかに自分は鈍感だけれど、今回の件に関しては私は何も悪くない!と、心の中だけで叫んでみた。
 
「何か複雑な事情があるみたいだけど、これも間違いなく重要機密……いや、国家機密よね? それを、私が知って良かったのかしら」

「前にも言ったが、クララにだけは真実を知ってもらいたい。でも、君が嫌なら……」

「もう、ここまできたら『乗りかかった船』よ! 何があったのか、最後まできっちりと話を聞かせてもらうわ!!」

 堂々と宣言したクララを目を細めて眺めていたエズラは、順を追って説明を始めた。


 ◇◇◇


 第四王子としてこの世に生を受けた『エズラ』こと『エンズライト』は、体の弱い子供だった。
 「環境の良い静かな場所で、療養を」との医師からの勧めもあり、ずっと王家所有の領有地で過ごしていた彼は、静かな遊び=読書をするのが何よりも好きで、その趣味が高じ、自分で物語を創作するまでになる。
 
 十五歳の成人を機に王都へ戻ったエンズライトには、他の兄弟たちと同じように影武者が付けられることになった。
 主に、大衆の前に出るとき(公務)用の身代わりだ。
 しかし、人前に出ることが苦手だったエンズライトは他の貴族たちとの交流の場も半分は彼に任せ、自身は従者として彼らのやり取りを傍で観察していた。
 このときの経験をもとに執筆した『貴族物語』で、その後、彼は『作家エズラ』として活動していくことになる。
 
 エンズライトに見合い話が持ち上がったのは、十八歳のとき。
 相手は同い年の公爵家令嬢で、第四王子であるエンズライトの婿入り先だ。
 王族に生まれた以上は最低限の務めは果たさなければならないと、エンズライトは婚約を了承する。……が、相手は派手な生活を好む、彼とは真逆の性格の持ち主だった。
 本はほとんど読まず、日々買い物や茶会・舞踏会に明け暮れる婚約者とはまったく反りが合わない。
 しかし、これも義務だと彼は我慢し耐えていた。
 ある日、風邪をひいたエンズライトの代わりに、急遽影武者が婚約者の相手を務めることになる。
 これを契機に、婚約者同伴行事も半分を影武者が担うこととなったが、これが後の悲劇を生む。


「俺が命を狙われたことはクララにも話したが、実行犯はその場ですぐに捕らえられ、そこから主犯たちが明らかになった」

「『主犯』って、エズラの命を狙ったのが複数だったってこと?」

「……俺の婚約者と、影武者だった」

「!?」

 衝撃の事実に、クララは言葉が出なかった。

「どちらが計画を立てたのかはわからない。取り調べでは、お互いが相手のせいにしていたからな」

「エズラは、それを見ていたのね……」

「どうして俺の命を狙ったのか、その理由が知りたかった」


 実行犯は、公爵家で裏の仕事を担う男だった。
 彼は暗殺対象者が第四王子とは知らなかったと主張し、わかっていたらこんな仕事は引き受けなかったと弁明する。
 事実、その日第四王子と婚約者は舞踏会に出席しており、庶民の恰好をして一人街を歩いていたエズラをエンズライトと見破れる者は誰一人いなかった……入れ替わりを知る、主犯の二人以外は。
 
 婚約者として振る舞っているうちに二人は親密になり、ある野望を抱く。
 エンズライトを街中で強盗に遭遇したと見せかけて秘密裏に暗殺すれば、入れ替わったまま結婚できると考えたのだ。
 エンズライトが身元不明のまま庶民用の墓地に埋葬されてしまえば、証拠は残らない。
 王城をこっそり抜け出しているため行き先はわからず、エンズライト本人が行方不明でも表向きは影武者が存在しており、婚約は継続される。
 
 そんな彼らの企みを阻止し、エズラの命を救ったのは、他でもない家族の愛情だった。


「俺一人だけが……いつまでも子供だったんだ」

「…………」

 ぽつりと呟いたエズラの顔が苦しげに見えて、クララは胸がギュッと苦しくなる。
 慰めの言葉も見つからないまま、ただ黙って彼の手を握りしめた。

「国王……父上は度々城を抜け出す俺のために、こっそり護衛をつけていた。だから、街で襲われたときも彼らが城まで運んでくれたし、犯人をすぐに捕らえることができた。母上は生死をさまよっている俺のために、何よりも好物のワインをって俺の回復を願ってくれていた。それに、兄上たちだって……」

 信心深い第一王子は、忙しい公務の合間をぬって何度も聖堂に足を運び、祈りを捧げていた。
 普段は経済学や政治学などの本しか読まない第二王子の私室には、エズラの本がすべて揃っていた。
 治癒魔法の使い手である第三王子は、魔力欠乏症になるまでエズラの治療に尽くしてくれた。

 エズラが気付いていなかっただけで、家族は彼のことを大切に想っていたのだ。

「刺されたときは死ぬほど痛かったし、二人に裏切られたとわかったときは辛かった。でも、自分は家族から愛されていたと確認できたことは良かったと思う。それに……君にも出会えた」

 クララの手を握り返したエズラは、穏やかな微笑みを浮かべた。

 仕事場でクララと別れたエズラが目を開けたとき、目に飛び込んできたのは五人の人物……彼の名を呼び続けていたのは、あの世からの使者ではなく家族だったのだ。
 何とか一命をとりとめたエズラは、自身の希望を伝える。「このまま『エンズライト』は死んだことにして、これからは『エズラ』として生きていきたい」と。

 実行犯、そして主犯の二人は処刑されることが決まっていた。
 通例であれば連座で公爵家は爵位返上となるところを、遠戚に代替わりさせることで家の存続を認め、代わりに口裏を合わせることに同意させる。
 こうして、第四王子と婚約者の悲恋物語が作り上げられ、真実は闇に葬りさられたのだった。


「まるで、エズラの貴族物語に登場するようなお話ね……」

「『事実は物語(小説)よりも奇なり』とは、よく言ったものだな」

 カウンターで食事をしながら、クララとエズラは苦笑いを浮かべる。
 話の途中で空腹に耐えきれなくなったクララのお腹が騒ぎ出し、一旦中断して夕食を食べることになった。
 霊のときは食事が必要なかったエズラだが、人に戻った現在はもちろんお腹もすく……というわけで、有り合わせの食材で簡単な夕食が二人分出来上がる。
 王子様にこんな貧相な食事を出していいのかと躊躇したクララに、エズラは「ぜひ、クララの手料理が食べたい!」と懇願し、あっという間に完食してしまう。
 少々量が物足りなさそうなエズラの皿へ、自分の分を少し分けてあげたクララだった。


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