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第三章 雨降って、地固まる?
56. <幕間>ある魔剣士の回想
しおりを挟む己を鍛えることを止めたのは、いつ頃だったのだろう。
カヴィル公爵領騎士団の中で、一番の剣士になったときだろうか。
それとも、父親にカヴィル公爵令嬢と結婚し、エミネル家を継ぐよう命じられたときだったのか……
◇◇◇
ヒューゴ・エミネルは、エミネル侯爵と第二夫人との間に生まれた。
兄弟は、六歳上の異母兄と、同腹の二つ下の弟がいる。
家督は長男の兄が継ぐため、ヒューゴは幼い頃からの夢であった騎士になるべく、遠戚のカヴィル公爵家の騎士団へ入団する。
そこで腕を磨き、いつかは自分も兄のようにライデン王国の王立騎士団へ入る……その頃のヒューゴは、夢と希望に燃えていた。
兄は天性の剣の才能があり、人格ともに非常に優秀な人物で、ヒューゴたち兄弟の最初の剣の師でもある。
腹違いではあったが三兄弟の仲は良く、魔法の才があったヒューゴへ魔剣士になるよう勧めたのも彼だ。
尊敬すべき兄に追いつけ・追い越せと、日々鍛練に励んでいたヒューゴに転機が訪れたのは、彼が二十一歳のとき。
突然兄が病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。
結局ヒューゴは兄に追いつくことはできなかったが 志半ばでこの世を去った兄の分まで今を全力で生きると、悲しみの中で前を向いた。
こうして、カヴィル公爵領随一の剣士となったのだが……
◇
「勝者、カヴィル公爵領騎士団、エミネル殿!」
同僚が我先にと自分へ駆け寄り祝福を贈る姿を、ヒューゴはどこか冷めた目で見ていた。
憧れの王立騎士団との模擬戦だったが、相手は誰一人として自分に勝つ事ができなかったのだ。
(兄であれば、今の私にも勝てただろうな……)
自分に立ちはだかる強大な壁が存在しない事実は、ヒューゴの心に大きな変化をもたらす。
同時期に、家督相続とカヴィル公爵令嬢との婚約話が浮上したことも、それに拍車をかけた。
(今まで頑張ってきたことは、何だったのか。すべては、無駄だったのだ……)
気付けば、これまでずっと続けてきた鍛練を怠る日が多くなっていた。
◇
無味乾燥な日々を送りながら迎えたのは、武闘大会。
ヒューゴは全く乗り気ではなかったが、主君であり未来の義理父の命とあらばやるしかない。
予選では、いきなり大魔法を発動させた老齢の魔法使いが注目を集めたが、ヒューゴは気にも留めなかった。
魔法使いは魔法攻撃に特化しているため、接近戦には弱い。
たとえ予選を勝ち抜いたとしても、魔剣士である自分の敵ではない……ヒューゴはそう思っていた。
順当に決勝戦へ勝ち進み、次の対戦相手になるであろうSランク冒険者の戦いぶりを見ておくことにした。
この前の試合で彼は何らかの魔法を発動し、相手を下している。
それが何か、この試合で見極めるつもりだった。
相手はあの魔法使いだが、彼の前の試合は見ていない。
(これは、すぐに片がつきそうだ)
あまり参考にはならないと思いつつ近場で観戦していたヒューゴは、信じられない光景を目の当たりにする。
若さと体力を武器に激しい剣撃を繰り出すSランク冒険者に対し、魔法使いは一歩も引かず魔法で渡り合っていた。
魔法の発動が早く、しかも無詠唱。
どうやら、予選で見せていた長い長い詠唱は、周囲の目を欺く作戦だったようだ。
そして、あっという間に形勢は逆転。
Sランク冒険者が起死回生の望みをかけて発動させた魔法も、ヒューゴは苛立ちを感じるほどの影響を受けたが、魔法使いには一切通用せず彼は決勝へと勝ち進んだのだった。
◇
「カヴィル公爵領騎士団所属 ヒューゴ・エミネル。主君の命により、汝を倒す者なり!! いざ、尋常に我と勝負を!」
王立騎士団との模擬戦以来、久しく行っていなかった対戦相手への敬意を示す試合前の口上。
この老人の名と、彼が何の目的で武闘大会へ出場したのか、ヒューゴは非常に興味があった。
「儂は、大魔法使いのモホーという。貴族たちの魔の手から、トーアル村を守るべく立ち上がった者じゃ!」
まさに主君が狙っている村を守るため、モホーは自らの意思で出場していたのだ。
「遠慮はいらん。かかってくるがよい」
『ヒューゴ、俺に全力でぶつかってこい!!』
いつか、兄から言われた言葉。
再び自分の前に強大な壁が立ちふさがったことに、ヒューゴは感動すら覚える。
彼は全力でぶつかり……完敗した。
その後の出来事は、自分で思い返してみても失笑を買うようなことばかり。
ともかく、ヒューゴはトーアル村の正規職員として、無事採用されたのだった。
◇◇◇
トーアル村での、ヒューゴの朝は早い。
顔を洗い身支度を整えると、開門の時間に合わせて外壁の外へ出る。
それから一時間ほど心身を鍛練しながら、村周辺を見回っていく。
不審者はいないか、魔物が潜んでいないか、など。
長期不在になるモホーに代わって、村と村人の安全に注力していた。
同時期に村へ移住してきたSランク冒険者のルカとも、約束をしている。
自分たちがこの村を守っていこう、と。
モホーが不在になる前に行った模擬戦では、ヒューゴがモホーと、ルカはモホーの眷属のアンディと戦ったが、やはり二人とも完敗だった。
ルカは自身のレアスキル『音操作』が通用しない相手との戦い方を模索している途中で、どうにか一矢を報いようとしている。
ヒューゴも少しはモホーへ肉薄するべく、次の模擬戦に備えて鍛練を怠ることはない。
(さて、そろそろ朝食の時間だな……)
村で一人暮らしを始めて困ったことは、食事の支度だ。
騎士団では寮生活をしていたため、洗濯や掃除など身の周りのことは一通りできる。
しかし、食事は用意されており、全くと言っていいほどできない。
台所の使い方もわからず悪戦苦闘するヒューゴを見かねた近所の村人たちが、夕食をおすそ分けしてくれるようになった。
ヒューゴはヒューゴで、買い物の重い荷物を村人の代わりに運んだり、彼らが素材採取で壁の外へ出かけるときは護衛を引き受けたりと、困ったときはお互い様の精神で助け合って生活をしている。
朝食は、鍛練の帰り道にパン屋で焼き立てを、昼食は村の食事処で食べているため、顔見知りも増えてきた。
「エミネルさん、このパンは新作なんだけどおまけで入れておくから、また味の感想を聞かせておくれ」
「わかりました」
庶民だけでなく、王都からやって来る上流階級の口にも合うような味を模索するべく、貴族であるヒューゴへ意見を求める店主は多い。
それに、ヒューゴは真摯に応えている。
焼き立てパンの香りにつられ、腹の虫がグーと鳴る。
行儀が悪いと思いつつ、ヒューゴはパンをかじりながら朝の喧騒に包まれた村をゆっくりと歩いていった。
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