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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た

67. 先の勇者の遺した物

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 村長さんが取り出したのは、布に包まれた物体……色あせてボロボロになった箱だった。
 でも、俺は自分の予想が当たっていたことを確信する。

「おじいちゃんも私も、それが何かわからないのです。書かれているのが異国の文字のようで、読めません。もし勇者様がご存知であれば、教えてください」

「これは……薬だよ。先の勇者が元いた世界の物だ」

 箱はボロボロだが、かろうじて読めた『発熱』『小児用』『いちご味』の文字。
 それに、シートに均等に並んだ錠剤が見える。
 これは、子供用の風邪薬だ。
 
 やはり、アンディは見捨てられてなどいなかった。
 父親は、どうにか高熱を下げようと元いた世界へ行き、薬を手に入れ再び戻ってきていたのだ。
 しかし……残念ながら間に合わなかった。

「アンディ、近くにいるんだろう? 出ておいで」

 声をかけると壁からアンディが出てきたが、三人はアンデッドに見慣れているようで、大した驚きはなかった。
 それどころか、人にしか見えないアンディに興味津々の様子。

≪……父上は、気付いていたのか?≫

「アンディが熱心に調べ物をしているから、もしかしてと思って宰相さんへ尋ねてみたんだ」

 このシトローム帝国は、昔は『シトロエンデ帝国』という名前だった。
 だから、アンディの父親は、先の勇者『リョウ・ソネザキ』さんだと。
 自分たちの子孫を探していたんだろう?と尋ねたら、アンディはコクリと頷いた。

≪私の名は、アンドリュー・ソネザキという≫

「ソネザキ? ということは……僕のご先祖様!?」

「アンディは、先の勇者の子息なんだ。縁あって、今は俺と一緒にいる」

 はあ…と目を丸くして驚いているリョーマの隣で、少女が「小さい頃のリョーマに似ている…」と率直な感想を述べている。
 たしかに、顔がそっくりだもんな。特に、美少年なところが、

≪リョーマ、其方は死霊使いとのことだが、どの程度のものか私に見せてみよ≫

 アンディに命じられ、リョーマは詠唱を始めた。
 現れたのは、三体のアンデッド。
 アンディの眷属スケルトンたちとは違い、髪があって古びた服を着ており、やや人に近い感じだ。
 ただし、足は見えない。

≪……ふむ、その年齢でここまでできるとは。これからも、日々精進せよ≫

「あ、ありがとう、ございます」

 ご先祖様に褒められて、リョーマはちょっと嬉しそうだね。
 その後、猫型トーラも一緒に皆でお茶をして、手土産を持って三人は村へ帰っていった。


 ◇


 その日の夜、俺は改めてアンディと向き合った。

「アンディ、君のお父さんのことだけど……」

≪……私は、ずっと誤解していたのだな。父上から、見捨てられてなどいなかった≫

「そうだよ。アンディの病気を治そうと勇者送還魔法であちらの世界へ戻り、薬を持って戻ってきたんだ」

 おそらく、こっちから勇者召喚儀式をしてもらったんだろうね。
 母親が反対したのは、再びこの世界に戻ってこられる確実な保証がなかったから。
 それでも、父親は強行した……幼い我が子を救うために。

≪長年の心のわだかまりが、とけた。父上、ありがとう≫

「どういたしまして」

 息子から誤解されたままなんて、お父さんも悲しいもんな。
 父親の愛情を証明するのに数百年もの年月がかかってしまったけど、とにかく良かった。
 いつもの何か企んだ微笑みではない、子供らしい素直な笑顔を見せるアンディにほっこりした俺だったが……


 ◇


 翌朝、目を覚ますと、トーラがいつものように腹を出して寝ている傍にアンディの姿はなかった。
 また宮殿内をうろうろしているのだと思っていたが、昼食の時間になっても姿を現さない。

「アンディは、一体何をしているんだ?」

 トーラも心配なようで、食事がほとんど進んでいない。

⦅もしや……あやつは、天に帰ったのではないか? おぬしの国では、『成仏』『輪廻りんね転生』と言うのじゃったか⦆

 そうか!
 父親に対する誤解も解けたことで、思い残すことはなくなった。
 もう、この世界にアンディを縛り付けるものは何もない。
 だから、これで良かったんだ。 

 でも……

 これが本来あるべき姿なのは、わかっている。
 人は亡くなったら、皆天へと帰る。
 それが自然の摂理だと、ばあちゃんが死んだときにじいちゃんも言っていた。
 きちんとお別れできなかったのは寂しいけど、今ごろはあの世で家族と再会を果たしているのだろうな。
 俺はここから、アンディの冥福を祈りたいと思う。
 どうか、安らかにお眠り……

≪父上、帰りが遅くなってすまぬ!≫

「ア、アンディ!? 『成仏』…じゃなくて天に帰ったんじゃないのか?」

≪私が、父上とトーラを置いていくわけがなかろう。ランプト村に行っていたのだ≫

 リョーマたちの畑が収穫期を迎えているため、早朝から作業をしていると村長さんは言っていた。
 アンディは、その手伝いに行っていたのだという。
 
≪リョーマが「魔力をたくさん籠めれば、白昼でも外で活動できるアンデッドを召喚できる」と言っていたから、私も試してみたのだ≫

 あれ、なにか嫌な予感がするぞ。

≪ところが、魔力を籠めすぎたようで、とんでもない大男が出てきてしまった≫

 ハハハ……だろうな。
 そいつは力が強すぎて野菜を収穫どころか粉砕してしまうため、結局、皆が収穫作業をしている間の護衛となったらしい。
 収穫した野菜を狙ってくる魔獣を、二人で殲滅したのだそうな。
 アンディ、早朝からご苦労様でした!

≪さて、私の用件も済んだことだし、そろそろ村へ帰ってもよいのではないか? 私には、どうしてもやらなければならぬことができたのだ≫

「やらないといけないことって、何だ?」

≪父上とルビー嬢を……いや、詳細は秘密にしておく。トーラには、あとで話してやろう。私の壮大な計画を……フフッ≫

 いつもの悪人面で、アンディが不敵に笑う。
 そんな顔をするから、せっかくの美少年が台無しになるんだぞ。
 リョーマはご先祖様の良いところだけを受け継ぎ、悪いところは絶対に似ませんようにと願う俺だった。


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