上 下
4 / 90

不真面目男子と思ってたのに_3

しおりを挟む
 それからの私は、吸い寄せられるように成瀬くんの姿を目で追うようになっていた。
 成瀬くんに気づかれないうちに視線をそらすようにしていたのが、いつのまにか私が見られているのに気づいて、交わる方が多くなった。

 態度や口調をいくら先生らしいものにしても、目に宿る熱は隠せない。
 成瀬くんが好きだと言う気持ちが溢れてしまわないように必死で抑え込むのに、彼を見る目だけは。

 たぶん、成瀬くんにその目は気づかれてる。だから彼の態度も変わりつつあった。

「センセ、これ消せばいい?」

 板書を消していると、隣に誰かが立った。
 それが誰かなんて、声で、雰囲気で、すぐ分かる。
 少し甘えたような、胸の奥をぎゅっと締めつける彼の。

「ありがとう、成瀬くん」

 数センチの距離を残して隣り合うだけで、気持ちが高揚するのが分かった。

「上の方は、オレ消すから」

 身体をのばすようにして、成瀬くんが私の方に少し身を乗り出した。
 肩が触れた。
 そのささいなことだけで、嬉しくなる。

 黒板の上の方を消すその顔をちらと盗み見ると、目が合った。

 どきりとする。
 少し熱を帯びた成瀬くんの目が、悪戯を隠す少年のような光も帯びて。

「センセ、背ちっさ」

 周りに聞こえないように囁く声は、からかう響きなのに甘くて、ミントの爽やかなにおいがした。

「オレの肩、くらい? ちゃんと牛乳飲まないと」

 成瀬くんがくすくす楽しそうに、とん、とわざと肩を軽くぶつけるようにしてきた。
 それだけで胸の奥が息苦しいほどにつまって、見抜かれないように板書を消すのが乱暴になった。

「からかわないで。いまさら飲んだって伸びないし」

 怒ってみせると、成瀬くんは「からかってない」と笑いながら私の黒板消しを私の手ごととりあげた。

 どきっとしてとっさに反応できない。

「手もちっさくてかわいー……」

 大きく心臓が跳ねて、思わず黒板消しから手を離した。
 おっと、と成瀬くんがすばやく落ち切る前に黒板消しを片手で受け止めた。

「あと、オレやっとく」

「ありがと」とお礼を言うのが精いっぱいだというのに、平然としてる成瀬くんに、私ばかり顔の温度が熱くなって、ちょっと悔しい。

 成瀬くんは「ん」と頷いて、嬉しそうにほおを緩めた。

「……笑ってないでよ」

「べーつにー?」

 成瀬くんはやっぱり嬉しそうだった。

 教科書を片づけてようやく教室を出た。
 その直後、少し息を吐いた。

 心が震える。

 参ったなあと心底思うのに、本当は参ったわけじゃなくて、ただ私だって、嬉しい。
しおりを挟む

処理中です...