断罪予定の悪役令息、次期公爵に囚われる

muku

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4、好きだから

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 * * *

 ジュリアンはノートエル伯爵家の子息であり、れっきとした貴族の一員だ。一応歴史ある家系で、上級貴族に属しているが、上の下といったところだろう。
 はしたない言動は慎まなければならない。そうでなければ現当主である伯爵も、その妻も、要するにジュリアンの両親が痛手をこうむるのである。

(けどまあ、そんなこと構っていられないよな。いつもの通りなら、俺が上品下品以前の最悪な状況になるんだから)

 ジュリアンは毎回ノートエル伯爵家から廃嫡される運命にある。両親もある意味被害者であって気の毒だし、恨みはなかった。俺はジュリアンのこれまでの記憶があるから、両親への情がもあった。だから多少のつらさはある。

(父上母上、こうするしかないので。すみません……)

 そっとため息をつくと、俺は笑顔を浮かべて振り返った。

「俺、こっそり酒を持ち込んだんですよ。一緒に一杯、どうですか?」
「ジュリアン。君はそんなに悪い子だったか?」

 今夜自室に連れこんだのは俺にとっては先輩で、ルイディアン伯爵家の子息、エイベルである。この家はあちこちに太いパイプを持っているから、仲良くしておいて損はない。エイベルも学園では情報通な方である。
 長椅子にエイベルを座らせ、上等な酒をそそいだグラスを手渡した。俺が一気に飲み干すと、エイベルが機嫌良く褒めてくれる。

 そもそも酒は禁じられていないし、夕食にもしょっちゅう出てくるものだ。けれど飲み過ぎはよくないとされ、寮内に持ち込んではいけないという規則だ。酒に呑まれて自分の子供が醜態をさらすのを恐れている親達はこの規則を歓迎しているが、飲み足りない子供達は不満を抱えている。
 俺はエイベルにすすめながら、何杯も酒をあおった。

「いい飲みっぷりだな」
「でも、あんまり強い方じゃないんですよ。なんか、酔っぱらってきちゃったぁ」

 笑いながらエイベルにしなだれかかると、肩を抱かれた。エイベルは慣れた様子で俺に顔を近づけ、口づけをする。唇を割って、舌が入り込んできた。
 学生という身分でありながら、男女問題で何か起きたら貴族は家名にも傷が付く。不純異性交遊は禁止され、当然と言えば当然だが、男子寮と女子寮は遠く離れている。夜間の行き来もできない。

 だから、というか、男子はたまっているのである。というわけで、不純同性交遊に走る者は少なくない。妊娠をして、誰の子だという騒ぎにならないという安心感もあってか、男同士の「遊び」は実は多く見られるのであった。
 俺はとにかく、情報を集めたいのだ。ロイドを生かすルートを見つけたい。それにはあらゆる情報を集めておく必要があった。

「んっ……、ねえ、面白い話、聞かせてくれるんですよね? 最近俺も退屈してるんですよ」

 長いキスの合間に顔を離してそう訴える。エイベルは俺の顔を見つめて微笑んだ。

「そうだな。『運動』が終わったら、俺の知ってるよその家の醜聞を教えてやろう。ただし、誰にも言うなよ」
「わかってますって」

 エイベルが俺のシャツに手を突っ込んで体をまさぐってきた。俺は別にセックス狂いじゃないし、長ければ長いほど疲れるだけだ。みんなジュリアンの可愛い顔と体を堪能したいらしいが、俺は早く終わらせてほしい。
 いつまでも続く愛撫に痺れを切らして俺は言った。

「ねえ、早く欲しい……。あまり焦らさないでくださいよ」

 服を脱いで放り投げる俺を見て、エイベルは苦笑していた。

「そんなことばかり言うから、淫乱だと言われるんだぞ」
「どうでもいいです、評判なんて。俺は気持ち良いことが好きなだけ」

 全裸になった俺を、エイベルが舐めるように眺め回す。
 美形なキャラでよかったと思う。大して同性に興味がない男だって、ジュリアンの美貌を前にすると生唾を飲むのだ。抱いてもいいと言われれば、手を出したくなるだろう。
 少し吊り目で、わがままそうな顔。美人だがどこか幼さもあり、可愛らしい。ヤリマンだが口は固く、美人なジュリアンは性欲旺盛な貴族子息達に重宝されていた。

 俺は体を提供して、相手からは情報を得る。持ちつ持たれつというやつである。

「今夜は楽しみましょう?」

 一糸まとわぬ姿で足を開いて挑発すると、エイベルも鼻で笑って俺にかぶさってきた。
 こんな淫らな夜は、何回目だろう。いつからか、こういう行為に何の思いも抱かなくなっていた。俺にとっては必要なものを得るための、ただの手段なのだった。

 * * *

 疲れるし痛いし楽ではない。
 俺は寝不足であくびを連発させながら廊下を歩いていた。すると、あの日と同じようにロイドがカレンと立ち話をしているところを見つける。

「ご機嫌よう、殿下にカレン様」

 俺が微笑みかけると、カレンは笑顔で挨拶を返そうとして、硬直した。そして顔を真っ赤にすると、聞き取れないくらいの小声で挨拶をして、逃げるように走り去っていった。
 原因はこれだろう。首元のキスマークだ。
 制服のタイをしっかり締めれば隠せる場所だが、俺はあえて見せつけるように着崩している。

「ジュリアン……」

 ロイドは苦い顔をして、廊下のひとけのない方へと俺を引っ張っていった。

「申し訳ありません、カレン様とのお話の邪魔をしてしまって」
「そんなことはいい。しかし、最近お前は生活が乱れていないか? あまり口出ししたくはないが、奔放すぎるのも問題だぞ」

 ロイドは真面目だし上品だから、具体的なことには言及しない。だが俺が夜な夜などんなことをしているかは当然想像がついているのである。ロイドだって男だ。王子なのでそういう教育も早くからされている。

「俺と縁を切りますか? 殿下。俺みたいな奴をそばに置いておくと、あなたの評判まで下がってしまう」
「ジュリアン。そういうことを言っているのではない」

 ロイドは俺の両肩をつかんで顔をのぞきこんできた。前は俺より小さかったのに、少しだけ背を抜かれてしまった。

「何があってもお前は大切な友人だ。何かあったら私に相談してくれ」
「はいはい。お優しいしお人好しだなぁ、あなたは」

 俺はロイドの耳元に口を寄せる。

「それで、最近どうなのですか? カレン様との関係は」

 この不意打ちに、ロイドはぽっと頬を染める。可愛い奴である。いい感じでカレンに惚れているようだ。

「彼女とは、……その、友人で……」
「どうぞ、お幸せに」
「おい、友人だと言っているだろうが!」

 わめくロイドを置き去りにして、俺は笑いながら手を振ると離れていった。
 今のところはなかなか良い流れである。ロイドとカレンは結ばれてくれる方が俺にとっては都合が良い。
 何回か同じルートを繰り返した結果、ジュリアンは「淫乱な悪役」というポジションがベストだと俺は考えた。

 ロイドが俺と関わることによって死んでしまうなら、徹底的に突き放そうとしたこともあった。その時の俺は傍若無人に振る舞って、どうにかロイドを遠ざけようとしたのだ。
 結果は最悪だった。俺を思いやるロイドの感情は何故か恋情に発展してしまい、見事なヤンデレとなって自死を選択してしまったのだ。思い出すのもつらい。

 カレンが俺に惚れてロイドが嫉妬する展開、ロイドが俺に惚れる展開の行く末はバッドエンドだ。これは回避しなければならない。
 俺が悪役を演じるのは動きやすいし、途中までは上手くいく。ロイドとは上手く友人関係を築きながら、適度な距離を保つしかない。

(嫌ってくれるとやりやすいんだけど、嫉妬以外で俺に敵意を向けたことがないからな、あの王子様は……)

 ロイドはお人好しだし繊細で、傷つきやすい。扱いが難しかった。

(今回は、思い切って悪役度を増してみるか。ロイドに対してはあくまでいつも通り、でも周囲には最悪な振る舞いをする。うん、これはいけるかもな。俺が最低な人間だってわかれば、周囲が俺をロイドから引き離すだろうし、ロイドも俺と距離を取らざるを得なくなる)

 と今後の方針を考えながら歩いていると、前方から見知った相手が近づいてくるのに気づいてぎょっとした。考え事をしていたせいで、認識するのが遅れてしまったのだ。いつもであればもっと早くに見つけて、すぐさま進路を変更したのに。

(どうしよう。不自然に思われるかもしれないけど、来た道を戻ろうか……)

 と逡巡したせいで、余計に歩く速度が遅くなった。大股で歩いてくる彼は、あっという間に俺の前まで来てしまう。

「ジュリアン」
「エリック、様……」

 俺はへらりと笑った。
 時が戻った初日から、避け続けてきたエリック・ウィンルード公爵子息が目の前に立っている。

 エリックは学年が違うので、授業で顔を合わせることが少ない。別学年との合同授業というのもあるにはあるのだが、エリックのクラスとの授業の時、俺は仮病で休むことにしていた。
 サロンにも近寄らないし、エリックと俺はもう長いことろくに会話をしていなかった。

 断頭台で刑に処されて時が戻った後。最初に顔を合わせたエリックは俺に何か話しかけようとしていたが、俺は短い挨拶をして逃げたのだった。
 エリックと話すのが怖いのだ。その理由が「好意」なのだから笑えてくる。

「近頃授業の欠席が多いと聞いているが」
「はは……サボりですよ。俺、頭は良いから試験の方も大丈夫ですし」

 エリックと話をすると、情けないくらい緊張して心拍数が上がる。何を言われるんだろう、どう思われているんだろう、と不安になるのだ。

「そんな態度でいいと思っているのか? お前は殿下の友人だ。お前の悪評は殿下にも影響を及ぼすぞ」
「じゃあ、殿下に俺と縁を切るように言ってもらえません? 俺は生活態度改めるのは無理そうなんでー」
「私は真面目な話をしているんだ。ジュリアン」
「真面目な話って苦手なんですよ。じゃ、俺はこれで。ああ、殿下ならまだその辺にいらっしゃいますよ」

 と一方的に話を切り上げると、俺は歩き出した。エリックはついてこない。
 彼から離れられたことに安堵して、胸を撫で下ろした。

(顔も、声も、性格も、好きすぎる)

 恋する乙女の心って、こういう感じなんだろうなと思う。不安な一方、話をしているだけで舞い上がって、ふわふわする。

(好きだから、だから――さっさと嫌われたい)

 俺は振り返らず、足を早めて歩いていった。
 少しの期待もしたくない。希望は打ち砕かれるとわかっているから。俺の心を乱すあの人が、一秒でも早く、いなくなってくれますようにと祈らずにはいられなかった。
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