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5、手段なんて選ばない
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俺の手によって赤ワインを頭からかけられた男子生徒は、椅子に座ったまま呆然としていた。
誰も彼もが驚きに顔を強ばらせ、沈黙している。食堂は静まりかえっていた。
顎から赤い雫を滴らせたそいつは、立っている俺の方を見上げた。
「何を……」
「失礼。君は服を一着しか持っていなかったかな。貧乏男爵家が無理をしない方がいいよ。君のような男は、この学園にふさわしくない」
このオリヴァーという男爵家の青年が、身の丈に合わない出費をして学園に入ってきたのは周知の事実だ。オリヴァーは真面目であり、同学年で風紀を乱す俺に何度かつっかかってきた。
今夜も食事の時間になんだかんだと文句を言ってきたので、俺はおもむろに立ち上がってワインを頭にかけてやったのだった。
「借金してまで来るところではないと思うがね。お父上は余程の見栄っ張りのようだ。そのうち生活苦で、盗みでもやらなくちゃならなくなるぞ。そうなる前に、荷物をまとめて出て行けよ」
「………………」
オリヴァーは唇をわなわなと震わせていた。
俺が言ったのはほとんど事実である。この学園は、国中全ての貴族令嬢令息が通うものではない。入学させるには莫大が金がかかるし、貴族の中には貧乏貴族と呼ばれる余裕のない者達もいた。
オリヴァーの家がまさにそうだった。オリヴァーが学園に在籍し続ければ、彼の男爵家はもたなくなる。
「おい、よさないか」
そう言って割って入ってきたのは、ロイド王子の取り巻きの一人、俺の学友でもあるウォーレンだった。給仕係に何か拭くものを、と指示を出し、俺には謝るように言ってきた。
俺は、馬鹿馬鹿しいという風に肩をすくめると食堂を出て行く。
「ジュリアン、ジュリアン!」
放置しておけないと思ったのか、ウォーレンが追いかけてきた。
「何故あんなことをした」
「先に侮辱してきたのはあっちだ。それに、俺は皆が知ってる事実を口にしただけじゃないか? オリヴァーは学園を出て行った方がいいに決まってる。俺は親切心からそう言っただけだよ」
このところの俺の酷い言動に、ウォーレンも頭を悩ませているらしかった。理解出来ない、とでも言いたげにかぶりを振っているが、別に俺は弁明するつもりもないからウォーレンを置いて立ち去った。
◇
数日後、オリヴァーは学園から出て行った。伯爵家の俺に衆人の前で酷い侮辱を受け、これ以上はここにいられないと憤っていたという。
これでいい。一つ、危機を回避できた。俺はオリヴァーを追い出し、オリヴァーは俺という存在を口実に名誉を傷つけられたからと大手を振って実家に戻れる。万々歳だ。
オリヴァーはこのまま学園にいると、破滅する。親が金策に悩み、ついにオリヴァーは盗みに手を染めることになるのだ。そして、よりによってロイドの私物を盗み出す。
盗人を追いかけたロイドは事故死し、オリヴァーは責任を感じて命を絶つ。で、その時はオリヴァーがロイドの死を俺のせいにした手紙を残したので、俺は処刑される運びなったのだった。だから正直あいつには恨みがある。
この出来事に関しては、ロイドが助かった回もあったが、オリヴァーが投獄されてしまう。盗みをするほど切羽詰まって病む前に実家に帰った方がいいに決まっている。
俺は寮の部屋に戻ると、机の引き出しから本を取り出した。
・オリヴァーの盗み
という項目に線を引く。この出来事は回避されるはずだった。よって、これによって起こるロイドの事故死も避けられる。今のところは順調に進んでいた。俺の評判はガタ落ちだが。
この本にはこれまで俺が繰り返してきた九回のルートについて詳細に書かれている。ちなみに使用している言語は日本語だ。
この世界には独自の言語があり、文字の形は英語に非常に似ている。喋っている言葉は日本語のような気もするが、どうなのだろう。自動翻訳されている可能性もあるな。
俺以外の人間は日本語の読み書きができないので、ここに何が書かれているのかはわからないはずだ。
(俺って結局、どういう存在なんだろう……。やっぱり転生したのかな?)
普通に日本人として生きていたあの頃は、前世と呼ぶべきなのか。あんまりはっきりした記憶はないのだが、ゲームをやっていて気分が悪くなった気がするし、向こうでの人生は終わった可能性が高い。
ジュリアンに生まれ変わって、最近それに気づいたのか、それともジュリアンの体に俺が憑依したのかは不明だ。この辺は答えが見つからないし、今の俺にとっては些細な問題なので気にしないようにしている。
そうだ。俺はとにかく、ロイドに降りかかる危険を避けてやらなければならないのだ。
(ここまで順調に来ている。気を抜くなよ。またいつ思わぬ災難があるかわからないからな)
本をしまったところで、ドアがノックされる音が響いた。
ドアを開けると、上級生が三人、にやにやしながら見下ろしてくる。
「ジュリアン、パーティをしないか?」
俺は三人へ順繰りに視線を向けた。
「俺、今日は疲れてるからなぁ。また今度でお願いします」
つれない返事をして、ドアを閉めようとする。すると一人が乱暴にそのドアをつかんで阻止した。
「お前の大好きな、下世話な話を集めてきてやったぞ。聞きたいだろう? この尻軽め」
やれやれ、このお貴族様達はどこでこういう下品な言葉を覚えてくるのだろうか。たまの外出日に外へ発散しに行っているらしいが、ほどほどにしておかないと親が泣くぞ。俺も他人のことは言えないが。
「お小遣いもほしいな」
「それじゃ、強欲な娼婦と変わらんぞ」
俺は愛らしく唇を尖らせて見せる。
「娼婦と一緒にされたら傷つきますよ。どちらも同じなら、女を抱きにいけばいいでしょう」
「拗ねるなよ。お前は高級娼婦よりもずっといいぜ」
抱き寄せられて、キスをされる。尻を揉まれたが抵抗しなかった。
ドアがしまり、俺を囲んだ上級生達は性急な手つきで服を脱がせにかかった。こういう状況に慣れている俺は、脱がしやすいように身を委ねてやる。
顔が可愛くてビッチな貴族令息は、そう多くないから重宝される。俺は情報と金をくれたら応じてやるので、特に上級生から人気だった。
薄目を開けて、これから俺を犯そうとしている奴らの顔を見る。
俺の処刑を毎回見に来る面子だった。にやついて楽しそうに、俺が酷い目に遭うのを眺めていたっけ。
俺は何かが溢れそうになる心にふたをして、先輩達に媚びを売った。
いいんだ、これは無理矢理じゃない。俺が望んでしていることだ。
運命はすごく残酷だけど、いつか俺はそれに勝って、大事な友人だけは助けてみせるんだ。
そのためならば、手段なんて選ばない。
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